聖女様の飼い猫   作:もふもふもふも

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45話 猫と“呪槍”

 

 

 

 夜。

 木の幹に額をくっつけた状態で、プレンフィルは項垂れていた。

 

「う、うぅ……う〜……どうしよう……どうしようぅ……うぅ」

 

「はっはっは。しょうがねぇよ嬢ちゃん。引き摺ってても何の解決にもならないし、さっさと切り替えな」

 

 そんな模範的なくらいに解りやすく落ち込むプレンフィルの様子を、青髪の男は隣で愉しげに眺めている。

 あまりにも軽く、そして完全な他人事のように言ってくる男を、プレンフィルは涙目で見つめた。

 

「き、切り替えられるわけないじゃないですかぁ……こ、こんなミス。ああ……なんで、なんで……私はダメダメな愚か者だよぉッ」

 

「まあ思うところは色々あるかもしれないが、一旦落ち着けよ。自分を責めたって状況は変わらないぜ? ……くくっ」

 

「笑みが漏れてますッ」

 

 プレンフィルの返しに、男は笑みを深めた。

 

「悪いな、嬢ちゃんの反応だけを見て笑ってるってわけじゃねぇんだ。只、このクソくだらない任務も、漸く面白くなってきたと思ってよ」

 

「な、何も面白くない……どこら辺が面白いんですか、これっ」

 

「今の状況『全て』だな」

 

 男は、困惑と絶望の混ざり合った視線で見つめてくるプレンフィルに、心の底から愉しそうに言う。

 

「俺がしたいのは、“戦争”であって“蹂躙”じゃねえ。このまま街の奴等が何も気づかずに滅ぶのは、俺の目的とはてんでズレてんだよ。上の臆病者共は、そんな結果全く望んじゃいないだろうけどもな」

 

「え、ど、どういう……何の話ですか? ま、街が滅ぶ? そんなことになるわけないじゃないですか……」

 

「あ? あー……あれだ。こっちの話」

 

 純粋かつ、何も解っていないプレンフィル。その度し難い程の能天気ぶりは、騙される奴の典型であると、思わず男は溜息を吐きそうになる。

 しかし、この場で上の者達の真意を伝えてもまた面倒事になると予想し、男は話を逸らした。

 

「しっかしちょっぴりだけ不満だな。あの“神聖殺し”と殺り合える機会なんざ、この先一生ないだろうに。誰かは知らねーが、とんでもない大英雄がこの街にはいるらしい。やってくれるもんだぜ全く……ははっ!」

 

「わ、笑い事じゃないですよ! わ、わ、私、皆様の切り札である蛇さんをちょっと目を離した隙に死なせちゃって……う、うぅ! あ、合わす顔がないですぅ!! このミスがバレたら、わ、私、粛清されちゃいますよぉ!!」

 

 自責の念から、頭をガンガンと木の幹に叩きつけるプレンフィル。あれだけ皆が楽しみにしてくれていたモノを、たった数時間で終わらせてしまった。

 彼女の元々の責任感溢れる性格も合わさって、その絶望感は計り知れない。

 

「だから落ち着けって。傷んじまうぜ……木が」

 

「わ、私の身体と心も傷んでます!」

 

「いや、あんたは問題ないだろ」

 

 『考えることを止めた化け物だし』と言いそうになる口を押さえて、男は沈黙する。

 

「な、なんで……なんで目を離したんですか……わ、私はっ……ううう」

 

「………はあ」

 

 嘆きと絶望が止まらないプレンフィル。ずっとこの状態のままでいられるのも面倒臭いし、気が滅入る。そう思い、男は口を開いた。

 

「慰めってわけじゃねえが……嬢ちゃんはよくやったと思うぜ? マーキング魔法で“神聖殺し”の居場所や状態、生死に関する情報もしっかり把握してたんだろ?」

 

「え? は、はい……そうですが」

 

「嬢ちゃん程の使い手なら、目を離して対象から距離が離れたとしても、見つけるのに一分あれば充分だろうよ。つまり、落ち度があったとしてもソイツは極小ってことだ」

 

「え? え、えっと……そ、そうで……しょうか??」

 

「応とも。それよか、たった一分の間に“神聖殺し”を跡形もなく消すことのできる実力者がいる。そっちの方が俺の欲しい情報としては遥かに有益だぜ。……あー畜生っ、血湧くなぁほんと! お手柄すぎるぞ嬢ちゃん!」

 

「わっ! えっと、あの……ど、どういたしまして??」

 

 男の嬉しそうな声と共に背中を叩かれたプレンフィルは、戸惑いつつも気持ちが軽くなる。彼女は、どこまでも単純であった。

 

「やっぱ一番愛着のある最高の“呪槍(じゅそう)”を持ってきて正解だったぜ。全身全霊で挑める祭りになりそうだな!」

 

「え、“呪槍”!? そ、そんなモノ持ってきたんですか!? バ、バレたら……た、大変なことになりますよ! い、今すぐ街の外に持っていってください!!」

 

 プレンフィルの切実な叫びを聞いても、男はまるで笑みを崩さない。

 

「安心しな。“呪槍”は“呪槍”でも、そこらの物とはランクが桁違いの大業物だ。下級の呪いなら兎も角、上級の呪いは普通の奴じゃあまず気が付くことすら不可能だからな。問題ねえよ」

 

「ほ、本当ですか……?」

 

「応。実際、今は手入れのために鍜治屋にその呪槍を預けてきてるんだが、誰一人気が付く気配はなかったぜ。安全安心な呪いの武器とはこのことよ」

 

「あ、それなら……いや、でも……んー……うーんッ……言ってること、可怪しい気が」

 

「何も可怪しくないぞ」

 

 プレンフィルの言葉を強引に遮る。彼女に冷静な思考をさせれば、また話が長引いてしまう。それを避けるための作戦だった。

 そして、予想通り簡単に押し黙ったプレンフィルを見つめ、男は笑った。

 

「まあ……バレたらそれはそれで面白そうなんで構わないんだけどな」

 

「え、今、不吉なことを──」

 

「気の所為だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 プレンフィルと別れた後。

 男は、呪槍を預けている鍜治屋に赴いていた。

 

「おう、大将。俺が預けていた槍の手入れは終わったか?」

 

「ん、ああ……あんたか。終わってるよ。少し待て。あと、儂は別に大将じゃねえ。ガルドって名前がある」

 

「もう終わってんのか。へっ、流石だな、大将」

 

「ちっ……クソ生意気な小童だ」

 

 男の呼び掛けに反応した、革製のエプロンや手袋を着用しているドワーフの男──ガルド。彼は現在行っている作業を中断し、男の武器を取るべく腰を上げた。

 

「ところで大将。今はなんの作業をしてたんだ? 見る限り、透明な……あー、なんだ、鍋? を作ってたみたいだが。コイツも武器なのか?」

 

「あ? そうみえるか? まあ、ある意味人類特効の武器になりうるかもしれんが……カワイすぎて」

 

「??」

 

 ガルドのどうにもはっきりしない態度に男は困惑する。

 しかし、手入れを終えて生まれ変わったであろう“呪槍”をガルドに差し出されたため、男の困惑はすぐさまなくなった。

 

「おお! こりゃすごい、ピカピカじゃねえか!」

 

「当たり前だろ。誰が手入れしたと思ってんだ。世界一綺麗にしてやったわ」

 

「はは! 頼もしいったらないぜ! これで最高の戦いに挑めそうだな! 切れ味も抜群になっただろうし、見た目も前よりずっとよくなって───ん?」

 

 綺麗になった槍を見て、気持ちが高揚している男。しかし数秒後、ある違和感に気が付く。恐ろしい、あってはならない違和感に。

 

「む、どうかしたか?」 

 

「え? あー……いや……なんか、キレイすぎね(・・・・・・)??」

 

「何言ってんだ? 当たり前じゃねえか。儂が手入れしたんだからよ」

 

「いや……そりゃ、そうなんだが」

 

 そういうことではなく。もっと根本的な問題……本来、この槍に備わっていなければならない、極悪な“呪い”を微塵も感じ取れないこと。

 それどころか、“神聖さ”を呪槍から感じてしまうありえない現象に、男は冷や汗を流す。嫌な予感が、どんどん高まった。

 

「【我が槍よ、内にある“力”を解放せよ】【我が槍よ、内にある“力”を解放せよ】【我が槍よ、内にある“力”を解放せよ】。………あー……そうか成る程な。これは……最悪の展開かもな」

 

 というよりも、殆ど確信している。いくら、内に潜んでいる“呪い”を引き出そうとしても反応しない時点で。

 この“予感”は、当たってほしくない予想は……絶対であると。

 

 男は、天井を見上げた。どうしてこうなったのかがまるで解らない。まだ、冷静でいられるのが奇跡的だった。

 

「なあ大将……一応聞くけど、俺の武器に、変なことしてねえよな?」

 

「はあ? なんだ変なことって。するわけねえだろボケが」

 

「だよな……じゃあ、この武器に“聖魔法”……それも、とんでもなく高レベルのモノを掛けた奴はいるか??」

 

「せ、聖魔法って……そんな凄い魔法使える奴がこんな鍜治屋に来るわけねーだろ。ありゃ“原初”の魔法だぞ。もし使ったら誰だろうと見逃さないし、絶対サインもらうわ」

 

 嘘も偽りも誤魔化しもしている気配はない。男も、そのくらいは理解できた。

 

 しかし、だからこそ。この荒れ狂う激情をぶつけることが赦されず。

 

 “呪槍”と……最愛の相棒と戦場を走りぬいた愛しい記憶が、脳裏を駆け巡って。

 

 突如訪れた永遠の別れに、遂に感情が抑えきれなくなった男は……崩れ落ちた。

 

「俺の相棒、解呪されてんじゃねえか!! 誰だか知らねえが、これが人のやることかよおお!! うおおおおおおおおん!!!!!!!」

 

 天国から地獄。

 男は、過去一番泣いた。

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 廃教会にあるボロ椅子の上で、俺は可愛らしく箱座りをしていた。

 

『猫さん。今日は爪を研がなくていいのですか? その椅子に座れば、いつも研いでいるのに』

 

 んー……今日はもういいかな。鍛冶屋にあった、なんかすっごく黒いオーラを纏った槍で、たくさん爪研ぎしてきたし。俺が爪を研いだせいかは知らんが、あの槍最終的に黒いオーラが完全消滅しちゃってたな。

 

 やってはいけなかったことなのかもしれぬ。まあ、神だしカワイイし赦されるだろうけど。

 

 そんなことより、聖女ちゃんも見てみなよ、この最強のハンターに相応しき鋭利な爪を。

 

 聖女ちゃんの足元まで行き、己の爪を見せつけるように、俺は前足を聖女ちゃんの足に乗せた。

 

 さあ、我が爪を見て、讃えるのだ聖女ちゃん!

 

『ぐぅっ……ね、猫さんのお手々、肉球……て、天使過ぎますッッ』

 

 違うそっちじゃない。

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
高評価等もありがとうございます! とんでもなく励みになります! 猫さんも沢山爪研ぎができて喜んでおります!
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