聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
「あら、そうなの。それはとても大変ね」
昼間。街をぐるりと見渡せる、高台の上。
路行く人々の姿を眺めながら、あっけらかんとカルミナは呟いた。その気の抜ける姿を見、共に高台に登っていたテレスは眉を顰める。
「“大変”どころの問題ではありません。これは明らかに異常事態です……貴方を狙う何者かが、水面下で善くない動きをしたとしか」
「否定はしないけれど……考えすぎの可能性もまだ残っているんじゃないかしら。皆さん、何か予定が入ったのかも──」
「そんなわけないでしょう! 聖譚祭が3日後に差し迫ったこの段階で、護衛依頼を受けたはずの者、その殆どが急にエイコーンから去るなどっ、ありえない動きです!」
のほほんと、コトの異常性を今一把握していないカルミナに、声を荒げてしまうテレス。
今まで一度足りとも経験したことのない現象への焦りが、声に表れていた。
「私も、焦っていないわけではないわ。優先順位を定めているだけ……護衛の方々は、無事なのかしら?」
「むっ……街から離れたメンバーは、既に拠点である王都に戻っているとは聞いています……が、不思議なことに、心身共に何の異常もないようです。ッ、事情はどうあれ、サブリーダーである私に直接何の連絡もないとはっ……リーダーの悪い部分が感染りましたかっ。また話し合いが必要みたいですねッ」
「なら、命の心配はないわね。一先ずは安心よ」
怒るテレスを見据え、カルミナは優雅かつ絢爛な微笑みを浮かべる。
「どうする? 残る護衛は貴方と、ムクロくらいじゃないかしら。敵がいるとすれば、確実に貴方達も狙ってくるわよ。敵は、私の翼を削ごうとしているようだから……護衛任務、キャンセルしておく? そっちの方がオススメよ」
「寝言は寝て言ってください」
「ふふ、なら一緒に添い寝する?」
「しません」
現状に相応しくない気の抜ける冗談を、テレスはバッサリと切り捨てた。
「一度引き受けた以上、最後までやり通します……たとえ、過程で何人のメンバーがふるい落とされようとも。それが、『星詠の聖典』の使命ですから」
「真面目ね……もっと気を抜いてもいいのよ。私のするべきことは、もう決めているから……貴方の意に調和しないことをね」
「わかっているのなら控えてください」
「善処はするわ」
「………」
絶対に守るつもりのない発言に、テレスは溜息を吐きそうになる。
実際、現在の状況はあまりにも良くない。影は一向に掴めきれないのに、悪い『結果』だけが徐々に侵食してくる感覚。
なぜカルミナを狙うのか。敵の数も能力も全容も、その全てが不明。只、“神聖殺し”を含め、カルミナを狙う強大な“何か”が……迫りつつある。
聖譚祭、もしくは聖譚祭が始まるまでのこの数日の間に、小さくない『闘い』が始まる。そんな、不安と予感があった。
「怖い顔になってしまっているわよ、テレス。何か、一曲歌いましょうか」
「誰のせいですか誰の……というか、貴方が歌えば周囲の人々が此方に気が付いてしまうでしょう。絶対に止めてください」
「あら、そうかしら。案外、皆私の顔なんて忘れているかもしれないわよ」
「あるわけないでしょうそんなこと……」
控え目に言っても、彼女の名は世界的規模で知れ渡っている。たとえ知らなくとも、一目彼女と会えば忘れる人など現れるわけもない。
恐ろしい程に整った美しい容姿と圧倒的歌唱力。そして、歌に込められた精度の高い“原初の魔法”。
どれか一つでも知れば、彼女のことを忘却できる者などあり得るはずがないからだ。
「ともあれ、この段階で、他の手練を用意する暇はありませんね……時間と情報が足りなすぎます」
「それには同意よ。これ以上、私のせいで歪な旋律を流すわけにはいかないもの」
「………」
憂いを帯びた瞳で、カルミナは下にいる人々を眺め続ける。儚く、しかし何処か覚悟の籠った色に、テレスは胸騒ぎがした。
「……誰が相手であろうと貴方のことは護ります。貴方も、大人しく私達に護られていてください」
「ごめんなさい、約束はできないわ」
「……はあああ。悉く、私の周囲は厄介な者ばかりだ」
目尻を押さえ、一段と深く息を吐く。
だが、負けるつもりで仕事をやったことなど今の今まで一度もない。
成すべきことを正しく成す。どれだけ敵が強大だとしても。
覚悟を胸に、テレスはカルミナの横に並び立った。
◆◆◆◆◆
「ふんふんふふーん♪」
夜。人の気配のない路地裏を、綺麗な白髪をツインテールにして纏めた可憐な少女が、鼻歌を歌いながら機嫌よく歩いていた。
「
深紅のように濃い赤の瞳を細め、言う。
踊るようにその場で一回転をし、クスクスと周囲を嘲るかのごとく、少女は笑みを溢した。
「ふふ、“星詠の聖典”って凄いって聞いてたから、愉しみにしてたのに……てんで大したことなかったなぁ。簡単に魔法に掛かっちゃうんだもん、やりがいがないよねぇ。『予備品』捕獲は、もっと愉しめたらいいんだけれど」
美しい星々が浮かぶ夜空に手を伸ばし、愉しげに口角を上げる。無邪気な瞳には、『愉しいこと』を求める、愉悦の色のみがあった。
「まあ、何も問題はないよね……何てたって、世界一カワイイ“ミリス”がいるんだから」
それだけ言うと、少女──ミリスは、夜の闇へと消えていった。
◆◆◆◆◆◆
はあ〜、どっかに悪い奴いねえかなぁ。いたら絶対狩るのに。
そのような可愛らしいことを考えつつ、天に腹を向けた世界一カワイイ姿……いわゆる『ヘソ天』状態で、俺は廃教会の天井を見上げていた。
『お、お腹を曝け出している猫さん……致死量不可避のカワイさですっ』
否定はしない……が、頑張って回避してくれ。復活させるのが面倒だから。
『叶うことなら今すぐに抱きしめて、そのお腹に顔を埋めたいのですが……そうすれば、双方に幸福が舞い降りますし』
いや、俺の幸福はどこだよ。相変わらずいい加減なことを言いよって貴様は。
確かに猫のヘソ天は、リラックスや幸せ、降伏といった意味が込められているらしいが……俺の場合はほんの少し違う。
まあ、とてつもなくリラックスはしているのは間違いない……が、それ以上に俺は待っているのだ。このポーズを取ることで釣られた、愚かな獲物達を。
お腹に触れた瞬間、目にも止まらぬ速さで捕まえ、蹴りとパンチをお見舞いする……そう、これはトラップなのだ。回避不可かつ、狩猟本能を満たすための……な。
そうとも気付かず、楽しげにしおってからに……聖女ちゃん、お主は本当に愚かよの。いつか俺のお腹を撫でたとき、そのときこそが真の恐怖が刻まれる瞬間よ。
精々楽しみにしておくんだな、獲物共……そして、おバカな聖女ちゃん。
目を瞑り、俺は尻尾を少しだけ振った。
『ね、眠った……ふふ……世界一カワイイ』
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
高評価等もありがとうございます! いつもいつも、本当に励みになります! 感謝感激です!