聖女様の飼い猫   作:もふもふもふも

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47話 猫とヘソ天

 

 

「あら、そうなの。それはとても大変ね」

 

 昼間。街をぐるりと見渡せる、高台の上。

 

 路行く人々の姿を眺めながら、あっけらかんとカルミナは呟いた。その気の抜ける姿を見、共に高台に登っていたテレスは眉を顰める。

 

「“大変”どころの問題ではありません。これは明らかに異常事態です……貴方を狙う何者かが、水面下で善くない動きをしたとしか」

 

「否定はしないけれど……考えすぎの可能性もまだ残っているんじゃないかしら。皆さん、何か予定が入ったのかも──」

 

「そんなわけないでしょう! 聖譚祭が3日後に差し迫ったこの段階で、護衛依頼を受けたはずの者、その殆どが急にエイコーンから去るなどっ、ありえない動きです!」

 

 のほほんと、コトの異常性を今一把握していないカルミナに、声を荒げてしまうテレス。

 今まで一度足りとも経験したことのない現象への焦りが、声に表れていた。

 

「私も、焦っていないわけではないわ。優先順位を定めているだけ……護衛の方々は、無事なのかしら?」

 

「むっ……街から離れたメンバーは、既に拠点である王都に戻っているとは聞いています……が、不思議なことに、心身共に何の異常もないようです。ッ、事情はどうあれ、サブリーダーである私に直接何の連絡もないとはっ……リーダーの悪い部分が感染りましたかっ。また話し合いが必要みたいですねッ」

 

「なら、命の心配はないわね。一先ずは安心よ」

 

 怒るテレスを見据え、カルミナは優雅かつ絢爛な微笑みを浮かべる。

 

「どうする? 残る護衛は貴方と、ムクロくらいじゃないかしら。敵がいるとすれば、確実に貴方達も狙ってくるわよ。敵は、私の翼を削ごうとしているようだから……護衛任務、キャンセルしておく? そっちの方がオススメよ」

 

「寝言は寝て言ってください」

 

「ふふ、なら一緒に添い寝する?」

 

「しません」

 

 現状に相応しくない気の抜ける冗談を、テレスはバッサリと切り捨てた。

 

「一度引き受けた以上、最後までやり通します……たとえ、過程で何人のメンバーがふるい落とされようとも。それが、『星詠の聖典』の使命ですから」

 

「真面目ね……もっと気を抜いてもいいのよ。私のするべきことは、もう決めているから……貴方の意に調和しないことをね」

 

「わかっているのなら控えてください」

 

「善処はするわ」

 

「………」

 

 絶対に守るつもりのない発言に、テレスは溜息を吐きそうになる。

 

 実際、現在の状況はあまりにも良くない。影は一向に掴めきれないのに、悪い『結果』だけが徐々に侵食してくる感覚。

 なぜカルミナを狙うのか。敵の数も能力も全容も、その全てが不明。只、“神聖殺し”を含め、カルミナを狙う強大な“何か”が……迫りつつある。

 聖譚祭、もしくは聖譚祭が始まるまでのこの数日の間に、小さくない『闘い』が始まる。そんな、不安と予感があった。

 

「怖い顔になってしまっているわよ、テレス。何か、一曲歌いましょうか」

 

「誰のせいですか誰の……というか、貴方が歌えば周囲の人々が此方に気が付いてしまうでしょう。絶対に止めてください」

 

「あら、そうかしら。案外、皆私の顔なんて忘れているかもしれないわよ」

 

「あるわけないでしょうそんなこと……」

 

 控え目に言っても、彼女の名は世界的規模で知れ渡っている。たとえ知らなくとも、一目彼女と会えば忘れる人など現れるわけもない。

 恐ろしい程に整った美しい容姿と圧倒的歌唱力。そして、歌に込められた精度の高い“原初の魔法”。

 どれか一つでも知れば、彼女のことを忘却できる者などあり得るはずがないからだ。

 

「ともあれ、この段階で、他の手練を用意する暇はありませんね……時間と情報が足りなすぎます」

 

「それには同意よ。これ以上、私のせいで歪な旋律を流すわけにはいかないもの」  

 

「………」

 

 憂いを帯びた瞳で、カルミナは下にいる人々を眺め続ける。儚く、しかし何処か覚悟の籠った色に、テレスは胸騒ぎがした。

 

「……誰が相手であろうと貴方のことは護ります。貴方も、大人しく私達に護られていてください」

 

「ごめんなさい、約束はできないわ」

 

「……はあああ。悉く、私の周囲は厄介な者ばかりだ」

 

 目尻を押さえ、一段と深く息を吐く。

 だが、負けるつもりで仕事をやったことなど今の今まで一度もない。

 

 成すべきことを正しく成す。どれだけ敵が強大だとしても。

 

 覚悟を胸に、テレスはカルミナの横に並び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふんふんふふーん♪」

 

 夜。人の気配のない路地裏を、綺麗な白髪をツインテールにして纏めた可憐な少女が、鼻歌を歌いながら機嫌よく歩いていた。

 

呪槍使い(青たん)プレンフィル(プレたん)、ちゃんと仕事やってるかなぁ。やってなかったら、『本殿』送りにしちゃうかも〜」

 

 深紅のように濃い赤の瞳を細め、言う。

 踊るようにその場で一回転をし、クスクスと周囲を嘲るかのごとく、少女は笑みを溢した。

 

「ふふ、“星詠の聖典”って凄いって聞いてたから、愉しみにしてたのに……てんで大したことなかったなぁ。簡単に魔法に掛かっちゃうんだもん、やりがいがないよねぇ。『予備品』捕獲は、もっと愉しめたらいいんだけれど」

 

 美しい星々が浮かぶ夜空に手を伸ばし、愉しげに口角を上げる。無邪気な瞳には、『愉しいこと』を求める、愉悦の色のみがあった。

 

「まあ、何も問題はないよね……何てたって、世界一カワイイ“ミリス”がいるんだから」

 

 それだけ言うと、少女──ミリスは、夜の闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 はあ〜、どっかに悪い奴いねえかなぁ。いたら絶対狩るのに。

 

 そのような可愛らしいことを考えつつ、天に腹を向けた世界一カワイイ姿……いわゆる『ヘソ天』状態で、俺は廃教会の天井を見上げていた。

 

『お、お腹を曝け出している猫さん……致死量不可避のカワイさですっ』

 

 否定はしない……が、頑張って回避してくれ。復活させるのが面倒だから。

 

『叶うことなら今すぐに抱きしめて、そのお腹に顔を埋めたいのですが……そうすれば、双方に幸福が舞い降りますし』

 

 いや、俺の幸福はどこだよ。相変わらずいい加減なことを言いよって貴様は。

 

 確かに猫のヘソ天は、リラックスや幸せ、降伏といった意味が込められているらしいが……俺の場合はほんの少し違う。

 まあ、とてつもなくリラックスはしているのは間違いない……が、それ以上に俺は待っているのだ。このポーズを取ることで釣られた、愚かな獲物達を。

 

 お腹に触れた瞬間、目にも止まらぬ速さで捕まえ、蹴りとパンチをお見舞いする……そう、これはトラップなのだ。回避不可かつ、狩猟本能を満たすための……な。

 

 そうとも気付かず、楽しげにしおってからに……聖女ちゃん、お主は本当に愚かよの。いつか俺のお腹を撫でたとき、そのときこそが真の恐怖が刻まれる瞬間よ。

 精々楽しみにしておくんだな、獲物共……そして、おバカな聖女ちゃん。

 

 目を瞑り、俺は尻尾を少しだけ振った。

 

 

『ね、眠った……ふふ……世界一カワイイ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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