聖女様の飼い猫   作:もふもふもふも

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48話 猫とそっぽ

 

 

 

 

 深夜。

 少女──カロスは、自分以外の誰の姿も見えない礼拝堂で、祈りを捧げていた。

 

 両の掌を組み、目を瞑り、1つの存在を思い浮かべて祈りを注ぐ。その光景は、カロスの美しい容姿も相まって、聖画のように見えた。

  

 

 カロスは、“祈る”という行為が好きではなかった。いや実際の話、今でも好きではない。

 

 それでもこうして、毎夜毎夜礼拝堂に通い、何時間も“祈り”を捧げるのは……そうすることが、最も自分を苦しめられると、彼女自身が心の底から理解しているからだ。

 

 

 

 ──“祈り”とは、希うこと。即ち、人智を超越した何者かに救いを求めることだとカロスは教えられてきた。

 

 “祈り”が正しく通じれば、必ず天へと願いは、想いは届く。だから、どんなときでも誰かを慕い、敬う気持ちを忘れてはならない。誰かに優しく接すれば、巡り巡ってその善行は自らの救いになる。“祈り”は、その善行と同じ力があるのだと。そう、カロスは多くの人達に教わってきたのだ。

 

 その在り方と考え方は美しいと思う。否定したいとも思わない。この理不尽が横行する世界において、“祈り”は確かに人々の心を照らし救う素晴らしい行為なのだろう。希望と感謝を忘れない、とても尊い行為なのだろう。

 

 それは、よく理解できている。

 

 しかし、だからこそカロスは──

 

『わたしね、わたしね! おおきくなったら──』 

 

「───………ふー」

 

 目を開け、カロスは己の額に滲んだ汗を拭った。

 

 祈る度に、昔の光景がフラッシュバックする。思い出したくもない過去。分不相応な夢を掲げ、絶望し続けた……忘れていたかった。けれど同時に、絶対に忘れてはいけない愚かで、惨めな遠い理想。

 

 己の罪の象徴。

 

「………っ」

 

 窓から見える夜空へと手を伸ばし、何かを求めるかのごとく、カロスは体全体に力を込めた。

 

 夜空に輝く星は、聖女様の放つ光と見紛うほどとても美しく。カロスを明るく祝福するように照らし続ける。   

 

 そんなワケないと、解っているのに。

 

 そして、どれだけ祈っても何の“色”も灯らない身体を見て、彼女は自虐気味に小さく笑みを溢したのだった。

 

 

「……ほんと……バカみたい」

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 人類とは、モフモフなくしては生を謳歌出来ぬ獣の名である。

 

 いくら清廉潔白な聖人であろうと、高潔無比な王族であろうとも。猫の存在を知り、接してしまえばもう元の生活に戻ることなどできはしない。

 

 腹出してモフらせるだけで一発OUTだ。例外はなく、何人たりとも我がカワイさからは逃げられない。

 

 猫であり神であり天使であり液体であり球体でもある俺が言うのだから間違いないだろう。

 モフモフのカワイイ俺が言うことは、全て正しい。

 

 深夜。エル何とか教会の中。

 誰も居ない通路のど真ん中で寝転がりながら、俺はそう結論づけた。

 

「……何を我が物顔で通路を占領してんのよ、貴方は」

 

 にゃっはろー、シスター少女。

 今日もカワイイ俺の姿を見られて良かったね。お前の今日の運勢は『神』と出たぞ。感謝し咽び泣くことを赦そう。 

 

 そんな銀河一可愛らしくゴロンと転がる俺を、シスターはジト目で見つめた。

  

「なんでこんな時間にいるのかは聞かないわよ。大した理由じゃないでしょうし」

 

 世界で一番大したことだろ! 猫たる俺のすることは、全て“大したこと”に変換されるように世の中はできてんだよ! これ以上の重要事項はないというのに、フザケたことを申すんじゃあない!

 因みに、此処には普通に散歩しに来ただけである。グズる聖女ちゃんを宥めるのが大変だったぜ……。

 

「今は超陰鬱な気分なのよ私……それなのに、いつもいつもこっちの気持ちも知らずに能天気丸出しで貴方は……もうっ」 

 

 俺の隣にしゃがみ込むと、シスターはモフモフを味わうようにワシャワシャと撫で回してくる。

 不満気かつ、いつもよりも繊細さの薄い強引な“撫で”だな……妙な焦りを含んでいる気がする。 

 まあ、それでも超上手いのが銀髪エルフさんとは違う点だな。

 

 流石は我が臣下と褒めてやりたいところだぁ!

 

「喉が鳴ってる……ご機嫌か、貴方は」

 

「にゃあ」

 

「“にゃあ”じゃないわよ……全く」

 

 僅かに頬を緩め、俺の顔をモニュモニュするシスター。

 あの、前が見えないんで止めてくれませんか。猫の顔をモニュるのが楽しいのは解るが、度を超えれば普通に逆襲するぞ。

 

 顔と身体を捩り、俺はシスターの手から解き放たれた。結構お毛々が乱れたな……毛繕いしとこう。

 

「私が触ったところ、めちゃくちゃ毛繕いしてるし……なんか、微妙に傷付くんだけど」

 

 そんなこと知るか。

 貴様が微妙に傷つくのと、俺が可愛らしく毛繕いを完遂すること。どちらの比重が重いのかなんて、考えるまでもなく解っておろうが。

 我新世界の神ぞ?

 

「……周囲はまだまだ暗い。でも、貴方の姿だけは驚くくらいに見やすいわね。白猫だからっていうのもあるかもしれないけれど……まるで光ってるみたいよ」

 

 今更か? 俺は存在自体がこの世を照らす光だからな。光って見えるでしょうよそりゃ。

 

「また、変なこと考えてそうな顔してるわね……この能天気にゃんこは……うりうりっ」

 

 俺の身体を、丁寧かつ繊細に今度は撫で回すシスター。

 うむうむ、丁度良い力加減だ。撫で方にいつものキレが戻ってきたではないか、その調子で励むのだぞ。

 

 喉を鳴らしつつ、俺は機嫌よく鳴いた。

 

「なあん」

 

「いい鳴き声ね……どこまでも……元気が出るったらないわよ」

 

 目尻を下げ、シスターは妙に儚さの感じる表情で俺を見つめてくる。

 なんだ、お前元気なかったのかい? そいつは良くないな。神猫の俺がいるところは、総じて幸福の海が広がっていなければならない。世界のルールでそう決まっているのだ。

 

 シスターにはいつも美味しいごはんを献上してもらってるし、猫肌脱いで……いや、モフってあげるよ。 

 

 コロリと寝転がり、俺は腹をさらけ出した。

 

 おらモフれ! そして嫌なことを全て忘れて、元気になることを許可しよう、ふふん!

 

「……どんだけリラックスしてんのよ。前にも言ったけれど、警戒心はどこに忘れてきちゃったのかしらこの子……はあ」

 

 なんか、溜息混じりに呆れられた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんっっと……気が抜ける奴………ふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

『猫さん猫さん! こっちを向いてください!』

 

「………」

 

『えへへ。私の声に反応し、こっちを見てくれる猫さん天使すぎます!』

 

 気持ちは解るが……お前さんはずっと元気だな。いつも溌剌で羨ましいくらいだぜ。

 欠伸をしつつ、俺はゆっくり目を逸らした。

 

『目を逸らす猫さんもカワイイッ。ね、猫さん猫さん、もう一度こっちを向いてください!』

 

「………」

 

 なんか癪に触ったので俺はそっぽを向いた。

 

『うぅ……私の声とは違う方向を見てしまう天然な猫さんも伝説になるくらいにカワイイッ。天然モノの天使すぎますっ』

 

 喧しいわ天然無敵聖女。

 

 




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