聖女様の飼い猫   作:もふもふもふも

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50話 猫と“呪炎竜の牙”

 

 

 

 聖譚祭開幕が、2日後に差し迫った夜。

 人が疎らになった冒険者ギルドの受付カウンターで、エーレは冷静かつ冷徹に、冒険者が獲得した素材に対する換金金額を告げていた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! もう一度鑑定魔法で見てくれ! “青角兎”の角だぞ、もっと高額じゃねぇと割に合わねえ! どれだけの修羅場を潜ったと思ってる!」

 

「……この角は、損傷が激しすぎる上に素材として利用できる箇所が殆どございません。提示した金額で妥当かと」

 

「だから、これ以上損傷なく獲得することは不可能だったんだよ! 何度、言わせるんだ! 本当に割に合わねえんだって! もう一度鑑定してくれ!!」

 

「………はあ」

 

 疲れを隠すことなく、エーレは溜息を吐く。

 仕事柄、こういう聞き分けの悪い輩は珍しくない。冒険者は命懸けの仕事だ、それに見合った報酬を求めてしまうのは何ら不思議なことではない。期待していたモノであるのなら、尚の事だろう。

 

 それでも組合は公正かつ公平でなければならず、いくら駄々を捏ねた所で結果の変更はありえない。

 己の保有する“鑑定魔法”の精度に絶対の自信があるからこそ、エーレは結果を覆すつもりは更々なかった。

 

 しかし、今の興奮状態の男を前に、正直にそのことを伝えたとしても納得する未来など想像もつかず。

 どうやって現状を切り上げるか、疲れ切った頭で気怠げに考えた。

 

「おい、おい無視かよ! お願いだからもう一回鑑定してくれ! せめて回復ポーション代分くらいは取らねえと、納得でき──」

 

「──ねえ、おじさん。用が終わったなら、そろそろ退いてくれなあい?」

 

「ああ!? どう見たって終わってねえだろうが! あと俺はおじさんじゃねえ! お兄さんだク、ソ……が………?」

 

 後ろを振り返り、声を荒げた冒険者の男が突如としてピシリと動かなくなる。

 不思議に思い、エーレも男の見つめる方角の先に居るモノに目を向ける──そして。

 

 視線の先にいた優しいオーラを漂わせている、艶のある白髪を綺麗に結ったツインテールの少女。その異様とも呼べるあまりの“可愛らしさ”に、目を見開いた。

 

「ごめんねえ、お兄さん。でも、もういい? ミリス、ずっと順番待ってんだけど」

 

「は、あ? ダ、ダメに決まってるだろ……まだ俺の用は済んでな──」

 

「じゃあ、ミリスが赦すからさ、“用事は済んだ”ってことにしよーよ。そして早くお家に帰って、今日の疲れを沢山癒しちゃお。そっちの方が絶対愉しいじゃん……ね?」

 

「は、え? で、でも──」

 

「【そうしようよ】」  

 

「そ、うだな……わ、わかった。受付の姉ちゃん、ありがとうな。またよろしく頼むよ」

 

「へ? あ、はい……」

 

 ミリスの言葉を受け、先程の興奮状態を驚くほどあっさり鎮めて男は帰っていった。

 予想できなかったトントン拍子の展開に、エーレは瞬きを繰り返す。

 

「さて、じゃあ次はミリスの番だね。さっきのお兄さんとは比較にならない、桁違いの貴重な素材持ってきたんだからさ〜、ちょっとは色付けてね?」

 

「そ、それは出来かねます」

 

「あは、お姉さん真面目だね〜」

 

 クスクスと笑うミリスの顔に目を奪われそうになる己を必死に律しながら、無表情を維持した。

 心を落ち着けるために一つ咳払いをし、告げる。

 

「コホン……ミリス様、でよろしいでしょうか」

 

「そだよー」

 

「先ずは、“冒険者証”の提示をお願いできませんか。でなければ、取引を行うことが叶いませんので」

 

「あ、そういえばあったなー……そんなの。忘れてたや」

 

「わ、わす……」

 

 冒険者組合ではまず聞かない台詞に、頬が引き攣る。どうやら、彼女も中々に癖のある人物のようだ。

 恐らくつい最近冒険者になったのであろうと、エーレは予想をつけた。

 

「現在お持ちでないようでしたら、また後程に致しますか?」

 

「ん……いや、持ってきてないっていうか……んー……」

「? もし紛失なされたのでしたら再発行なさいますが、いかがですか? 再発行には手数料が掛かりますが……」  

 

 エーレの言葉に、ミリスは首を横に振った。

 

「んー……いやいいよ。そもそも“冒険者証”作ってないし」

 

「は、作ってない? しかし、冒険者であれば必ず最初に──」

 

「ミリス冒険者じゃないよー?」

 

「………。……そうですか。では、冒険者登録からなさいますか?」

 

「めんどくさいからいいよ」

 

「………」

 

 エーレは返す言葉が見つからず、唇を結ぶ。

 心の奥底では、ミリスに『じゃあなんで来たんだよ』と、ツッコミをいれていた。

 

「あの……レア素材持ってきたんですよね? 冒険者登録しないと、此処では換金できませんよ? よろしければ他の換金所を紹介致しましょうか?」

 

「それもいいかなぁ。ミリスが用事あるのは、“此処”だし」

 

「?」

 

 言っている意味が全く分からず、疑問符を浮かべるエーレ。その僅かに眉を顰めている顔を眺め、ミリスは愉しそうに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、換金はしなくていいからさ。素材だけ貰ってよ。お姉さんが良い顔してくれたから、その御礼ってことで」

 

「え、いやそういうわけには──」

 

「【受け取ってよ】」

 

「──は、はい……わかりました」

 

「ありがとう♡」

 

 花が咲くようにニッコリと笑い、ミリスは“素材”をエーレにへと手渡した。

 自分で受け取ることを了承したものの、思ったよりも大きいソレに、エーレは乾いた笑みを溢す。

 

「えっと……これ、なんでしょうか」

 

「“呪炎竜(じゅえんりゅう)”の牙だよぉ」

 

「じゅ、“呪炎竜”の牙!?」

 

 想像していた何倍も恐ろしい魔物の名前が飛び出し、思わず目を剥く。鑑定魔法で確認した所、確かにその情報に間違いはなく。

 しかし、だからこそ恐ろしさでエーレは震え上がった。

 

「あはは、お姉さんの反応おもしろーい」

 

「言ってる場合ですか! “呪炎竜”って、『白金級』冒険者がパーティを組んで漸く倒せる魔物ですよ!? 素材の状態もとんでもなく良いし、ど、どうやってこんな呪物手に入れたんですか!!」

 

「お願いしたらくれたよー?」

 

「そんなワケないでしょ!!」

 

 いい加減なことしか言わないミリスに向けて、バンと机を叩く。

 しかし此方がどれだけ本気で追求しても、クスクスとミリスは笑い続けるだけ。今の自分の反応が、彼女を愉しませているだけだというのは明らかだった。

    

「兎も角、その牙はお姉さんにあげるよ。聖譚祭が終わるまで、大事にこのギルドで保管しててね?」

 

「し、しかし──」

 

「【命令だよ】」

 

「……わかりました」

 

 不服そうに唇を尖らせつつも、エーレは頷いた。

 怪しく光る、深紅の瞳に誘われるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「これで、ミリスの任務は完了かなぁ」

 

 月明かりの照らす道を、ミリスはスキップをするかのごとく軽やかに歩いていた。

 時折くるりくるりと周っては、愉しげに笑みを溢している。

 

「内容自体はてんで面白くない任務だったけど……お姉さんの反応が面白かったからOKだね。青たんの方も、もうエルピス教会に仕掛けは完了してるって言ってたし……益々こっちが有利になっちゃったなぁ」

 

 良い情報の筈なのに、何処か面白くなさそうな瞳の色を浮かべて、ミリスは足を止める。

 

 ペソンにより、ミリスと呪槍使いが与えられた任務内容は、同種のモノである。

 

 呪槍使いは、『エルピス教会』へ。ミリスは、『冒険者組合』へ。ペソンの呪いが籠められた、悍ましい呪物を仕掛けてくることだった。

 

 ペソンの“呪い”は、最高ランクの危険度を誇り、鍛え研ぎ澄まされた人物であろうと、気が付くことはほぼ不可能。故に、その効果は周囲の人に気が付かせることなく、恐ろしい早さで侵食し壊滅へと導く代物だ。

 

 呪いは内部から人々の思考を狂わせ……悪魔のような思考回路へと変えていく。最後には、ペソンの言う事に従順に従う手駒にへと変貌を遂げるのだ。

 

 “冒険者ギルド”と“エルピス教会”。この2つは確実に“予備品”を捕獲、また今後のためにも必ず狂わせ、手駒に加えておきたいものであった。

 

 だが、その狂わされた者の末路を知っているミリスは、渋い顔を浮かべるしかない。

 

「はあ〜……此処まで優勢だと面白味が欠けちゃうなあ。ミリスが世界一カワイくて、優秀だから仕方ないんだけどさ〜」

 

 ミリスは夜空を見上げ、目を細めた。星の先にある、『聖天』を見つめるように。

 

「あ、そういえば、プレたんの方はどうなったのかなぁ? “神聖殺し”の飼育に手間取ってるようなら、ミリスも手伝ってあげよ♪ あはっ、ついでに戸惑いまくるプレたんをからかって遊べるし最高じゃーん」

 

 怯えつつ笑える行動ばかりするプレンフィルの姿を見るべく、ミリスは再び歩みを始める。

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドに仕掛けた呪物──『呪炎竜の牙』。

 

 エルピス教会に仕掛けた呪物──『聖黒の原典』。

 

 この2つが齎す末路に……ほんの少し、愉しげな笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 夜。

 冒険者ギルドに可愛らしくやって来た俺は、なんかデカい角? 牙? みたいな物を見つけ、全力で噛み付いていた。

 

「あ、あー! し、白猫さん何やってるのおおおお!!?」

 

 オッスOL娘。

 何って見て解らぬか? 世界一可愛くじゃれついてんだよ。コイツだって、俺に噛み付かれて嬉しいって思ってる筈だぜ。だって俺だもの。

 

「そ、それ! 超高いレア素材なんだよ!? “呪炎竜の牙”! 売ったら豪邸買えちゃうレベルのヤツ!」

 

 なら大したことないな。豪邸より、俺の方が何億倍も価値があるわけだし。

 

 つーか、コレ素材だったのか……こんなドス黒いオーラ纏ってるヘンテコな物を、よくもまあ素材にしようと思えるものである。

 

 人類の考えてることはよう分かりまへんわ。

 

 あ、それともコレが素材の肝だったりするのだろうか。なら納得だぜ。

 

 ……て思ってたら、ドス黒いオーラは完全消滅してしまった。  

 

 じゃあお前何やったん??

 

 困惑した俺は、普通に鳴いた。

 

「みゃおん」

 

「可愛く鳴いてもダメだよもうッ」

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

もし、まだの方がいらっしゃいましたら、高評価を頂けると嬉しく思います。本当に励みになりますので……っ。




※因みに、“聖黒の原典”は「32話 猫と本」にて登場済み
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