聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
邪悪なオーラを放っていた大きい牙に噛みつき倒したその翌日。
俺は、様々な武器や防具が揃えられている鍛冶屋へとやってきていた。
剣、槍、盾、弓、斧、鎧……その他多くの装備がある店内を見渡して、僅かに尻尾を弾ませる。
ああ、ファンタジー世界に来たって感じ〜。心がモフモフするんじゃ〜。
近くにあった弓にスリスリしながら、俺はゴロゴロと喉を鳴らした。ふむ、中々に良い感触。合格だ、今日は弓くん……君を偉大なる俺の玩具として使ってあげようではありませんか。ありがたく思え。
「……あれ? 猫ちゃんじゃないか。奇遇だね」
あ、銀髪エルフさんじゃん。おはようだぜ。お前さんも玩具……じゃなくて、装備品を選びに来たのかい?
偶然出会った銀髪エルフさんに向かって、俺は一撃必殺のカワイイ鳴き声を放ってあげた。
「にゃあ」
「そうだね、“にゃあ”だね……ふふ、偉い子だな君は。此処も君の散歩コースに含まれているんだね」
しゃがみ込み、俺の頭をワシャワシャと撫で回す銀髪エルフさん。ふっ、鳴くだけで“偉い子”判定か……流石は人類。チョロすぎの権化だぜ。
しかし撫で技術は相変わらずの下手っぴだな……だが赦そう。我は寛大なのである。
「しかし、そこら辺の装備品にじゃれつくのは感心できないな……君が怪我をするかもしれないからね。痛い痛いになっちゃうよ?」
世界一賢い俺が、そんなミスを犯すとお思いなのですか? 愚かなりエルフ。
そもそも、装備品としての格は完全に我がモフモフの方が上回っているのだから、そこら辺の武器で俺をどうこうできるわけないであろうよ。身の程を知りやがれ。
「あ、また弓にスリスリと……ダメだってばもうッ」
「なーお」
あ、良いところだったのに! 放せやコラ!
身を捩る俺をギュッと抱っこし、困った子を見るような笑みを銀髪エルフさんは浮かべた。
「暴れないで。猫ちゃんは、良い子偉い子可愛い子。良い子偉い子可愛い子」
世界単位で当たり前のことを言って、俺をあやそうとしないでください。
「何だ……随分と騒がしいと思って見に来れば……何をやっとるんだセラスピア」
「ん。やあ、ガルド。久し振りだね」
あ、おはようだぜ大将。今日も良いお髭してるじゃないか。
店の奥から姿を現した、この鍛冶屋の大将であり、立派なお髭がチャーミングなドワーフの爺ちゃん。
コイツは頑固そうに見えて、俺の前だと普通にデレデレする、ごくごく普通の一般的人類の一人だ。銀髪エルフさんと知り合いだったんだな……世間は狭いぜ。
まあ、今はそんなことより放してほしいんだけども。あの弓で今日は爪研ぎしたりしたいんじゃあ。邪魔するんじゃねぇ!
「やってることは見ての通りさ。この猫ちゃんをあやしているんだよ」
「“あやす”? その割には其奴殺気立っておらんか」
「何を言っているんだい? 気の所為だろう」
気の所為じゃないぞ。ちょっとは現実を見ろお前は。
「……はあ。一瞬、目を疑ったぞ。まさか、あの“戦鬼”が猫をあやそうとしているとはな。その猫が誰にでも懐く放浪者であろうとも、昔のお前を知る儂からすれば信じられん光景だ。聖女様が見れば、思い切り声をあげるのではないか」
「ふふ、小さく尊き命の大切さを私に説いたのは、他でもないあの人だよ? 驚かれたら普通にショックを受けてしまうよ。ね、君もそう思うよね? 猫ちゃん」
思ってあげるから放しやがれ。
弓で遊ばせよ、猫を解放せよ! 世界の支配者はこの俺ぞ!
「して、今日は何の用だ。メンテか? それとも購入か?」
「購入だよ」
「……言っておくが今はお前の満足できる武器など揃っていないぞ。ミスリルでもなけりゃ不可能だ」
「別に満足目的で、今の私は武器を選んではいないよ。只、どんなモノであろうとも、私の力となり共に戦ってくれるだけで十分さ」
「ふん、温くなりやがって……」
「お陰様でね」
腕の中をモフリと抜け出そうとする俺を抱きしめ直し、銀髪エルフさんは満面の笑みを見せた。
コイツ……俺を放すつもり微塵もないな。ぐぬぬ、仕方ない隙を伺うか。
「で、どんな装備が欲しいんだ。お前は確か剣士だったと記憶しているが」
「うーん、そうだね……ちょっと店内を周ってみるよ」
「そうか。精々悩むんだな」
「ああ。悩むのは得意なんでね、任せてくれ」
そんな自信満々に言うことじゃないだろう、何だコイツ。ポジティブ? に捉える精神は嫌いじゃないけれどもさ。
腕の中でモゾモゾしながら、俺は鳴いた。
「なーん」
「こらこら……暴れたらダメだってば。唯でさえカワイすぎて困ってるんだから」
「あ、あー……その猫、儂が預かろうか? 抱っこしたままじゃ選び辛いだろ。其奴が此処に来たときは、よく儂が──」
「いや大丈夫」
「………」
あ、大将がめっちゃ残念そうな顔になった。俺のこと大好きだもんね、おまえも。
「相変わらず、どれもこれも出来が素晴らしいね……作成者の情熱と思いが伝わってくるみたいだ。ついつい迷ってしまうよ」
「ふん、当たり前だ。誰が作ってると思ってんだよ。一つ一つに、儂の願いがこれでもかと乗っかってるんだよコイツらには」
「ふふ、腕と性格が鈍っていないようで何よりだ。君はそうでなくちゃね」
大将に向けて、優しい微笑みを見せる銀髪エルフさん。中々楽しそうに会話をしているな2人とも。幸福なのは素晴らしいことである。
──が、その一瞬の油断が猫の前では命取りよ。
待っていたぞォ、隙間ァァ!!
銀髪エルフさんの力が緩んだことにより発生した隙間を液体化で通り抜け、俺は一目散にさっきまで遊んでいた弓の所へと向かった。
遊び尽くしてやるぜ!
「あ、コラ、ダメだよ猫ちゃん! 危ないよ!」
うるさい、神の行動は誰であろうと止めることは出来ぬのだ! どうしても止めたいと申すのであれば、マタタビを持って参れ!
「全く、またその弓に擦り寄って……もしかして気に入ったのかい?」
「にゃあ」
今日一日の間は気に入ってるぞ。明日以降は忘れてるかもだけど。カワイイ俺に一日も覚えてもらっているんだ、嬉しかろう?
「……。……そっか。なら丁度良いかもしれないね……」
何かに納得したように小さく笑い、銀髪エルフさんは大将の方へと振り返った。
「ガルド、この弓にするよ」
「あ? 構わんが……弓でいいのか? お前は剣士だろう」
「ああ、問題ない。別に私は剣士というわけではないんだよ。槍でも斧でもハンマーでも、ありとあらゆる武器は人並み以上に扱うことができる」
「なんだそりゃ……相変わらず馬鹿げた奴だな」
呆れの感情を灯す目でそう告げると、大将は楽しげに口角を上げる。
え、なになに銀髪エルフさんこの弓買うの? 今買っても、譲ってあげるつもりは皆無だぞ──て、また抱っこするんじゃあない!
「まあ、その弓を選んだ理由にゃ納得しかないがな」
「ふふ、最高の決め手だよ」
腕の中にいる俺を揺らしながら、二人はほのぼの空気を全開にした。
な、なんなのこの人たち……俺の行動を妨害し腐っておいて、何て呑気な。どいつもこいつも過敏すぎなんだよ、カワイイ俺がこんなことで怪我するわけないだろう! 知らんけど。
不満が溜まった俺は、下から覗き込むように銀髪エルフさんの顔を見上げ、そして鳴いた。
「みゃあん」
「うぐっ……ガ、ガルド。む、胸キュンにも耐えられる装備ってあるかいッ……」
「ありゃ苦労はしねぇッ」
◆◆◆◆◆
『最近、人々の数が妙に増えている気がしますね……感知に矢鱈と引っ掛かります。今のところ、あからさまに邪悪な気配を感じ取れはしませんが……うーん、何かあったのでしょうか』
心配そうな声色で、聖女ちゃんが言う。
やっぱり聖女ちゃんもそう思うか。多すぎるよね、人類。それだけ俺を讃える者が多いというのは、素晴らしいことではあるけれどもね。
『強い“喜”の感情が、人々から伝わってくる……ふふ、どうやら幸福な暮らしを謳歌できている人が沢山いるみたいですね。嬉しい限りです』
まるで聖女のようなことを言うじゃないか。あ、この子一応聖女だったわ……俺狂いなだけで。
『しかし、今この世界で一番幸福なのは間違いなく私でしょう。えへへ、猫さんがいる世界ならば、私はどんな困難にだって立ち向かえます。魔物が1億の軍勢で襲い掛かってこようとも、国すら呑み込む強大な天変地異が巻き起ころうとも。何の脅威にも絶望にもなり得ません。何故なら、今の私には猫さんがいるのですから。世界で最も尊くカワイイ猫さんが』
そーだね、否定はしない。しかし相変わらず重いなこの子……困難の例が、思った以上に困難だし。
『俺の前では重いのを止めてください。何度も言ってますよね? このボケが!』という意味を込めて、俺は天の声を放った。
「にゃあ」
『ふふ……にゃあ!』
コイツ!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんがモフモフな液体になっております!
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