聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
哀れなお兄さんの露店を出た後。
俺は銀髪エルフさんと共に、中心街から離れて人の居ない静かな場所──街を一望できる高台へとやって来ていた。
この高台にはまだ登ったことがなかったけれど……思っていた以上に高い場所だな。人がゴミのようだぜ。
「一旦ここで一緒に休憩しようか、猫ちゃん」
ニッコリと、銀髪エルフさんに綺麗な微笑みを向けられる。
別に休憩するのは構わない、しかし先に俺の許可を得なかったのはにゃんこポイントが低いね。まだ緑魚で遊んでいたかったのにさ……俺の今日のごはんどうするつもりだ貴様。我が神聖な狩りを妨害するとか、赦されざる大罪すぎるぞ。今日のこと、生涯忘れんからなクソボケうじうじハイエルフが!
無礼極まりない銀髪エルフさんの顔を見上げ、俺は怒りの咆哮を放った。
「にゃあ」
「ふふ、気に入ってくれたようだね。案内した甲斐があったよ……後で、猫用のごはんを買ってあげるからね」
なら無礼を忘れてあげる。その代わりごはんは、美味しいヤツを献上してくださいね。
「此処はエルピス教会が所有する土地でね。本来は、エルピス教会で位の高い者、もしくはエルピス教会から許可を貰った者以外は立ち入りが禁じられているんだ。そして、当然私は許可を得てはいない……ふふ、だから今日此処に来たことは、私と猫ちゃん、2人だけの秘密だよ」
唇に人差し指を添え、『シー』と銀髪エルフさんは言う。
この娘っ子、人類の身でありながら中々に豪胆だな……でも安心しなさいな、俺のカワイイ口はとっても固いからよ。内緒にしておいてあげる。そもそもカワイすぎて言葉が通じんし。
「ふー……いくら体験しても、人の波というモノは精神的にクるものがあるな。何とか人前では頑張って取り繕う事が出来ても……疲労はずっと溜まっていく。やっぱり私には根本的な部分で向いていないんだろうね……“人の起こす喧騒”は」
銀髪エルフさんは、近くにあった木に身体を預け、顔を伏せた。確かにかなり疲れているようだな。
俺もどちらかというと喧騒は好きじゃない。静謐な空間、温かい寝床、活きの良い獲物、美味しいごはん。ソイツらを好きな時に好きなだけ貪り謳歌し尽くす。これこそが神猫たる俺の思い描く王道かつ理想である。
喧しい子筆頭の聖女ちゃんが傍にいるので、まあ絶対に叶わんだろうけれども。
「あの人が未来を捻じ曲げてまで望んだ“奇跡”だ、もっと愉しみ過ごすことが、今の私にできる最善の行動……感情では解っている。しかし……はあ、如何せん『平穏』も『幸福』も似合わないからね、私には」
晴れ渡る空を見上げ、銀髪エルフさんは切なそうな表情を浮かべた。
「全く……君が救ってくれた命だ……与えてくれた未来だ。私なんかじゃなく、君が一番、この喧騒を、祭りを、世界を謳歌するべきだろうに。いい加減……顔くらい見せなよ……心配するだろ、阿呆」
「にゃあ」
阿呆はテメーだ。また、俺の前で許可なくウジウジするつもりか? お前は何時になったら学習するんだ。湿度が高いのは嫌いって言ってますよね。何回も同じことを言わすようなら、必殺の“FINAL猫パンチ”を叩き込んじゃうよ。当然相手は死ぬ。構えただけで聖女ちゃんは呆気なく逝ってしまったし。
何時まで経っても学習しないド阿呆エルフを、俺は威圧感たっぷりな眼光で睨み付けた。
「ん、なんだい猫ちゃん? そんなカワイイ目で見つめてくるなんて……ふふ、撫でてほしいの?」
違います、都合良く解釈するんじゃねえ。ナデナデ技術も高くない若輩の分際でよぉ。
此方へ伸びてくる銀髪エルフさんの手を、俺はゆっくりと押し退けた。烏滸がましいぜ。
「ゆ、緩やかに嫌がられた……あははっ、何をやってもカワイイな君は。やっぱり、君が居てくれるだけでホッとする気持ちが溢れてくるよ……ありがとう、猫ちゃん」
おう、なんかよく解らんけど一生感謝しろ。
ドヤ顔をしながら、俺は銀髪エルフさんの後ろ側の木に回り込み、爪研ぎをした。
「ふふ。本当に自由気ままだな、君は」
「──あの、すみません! 此処、エルピス教会の私有地なんですけど!」
「む?」
長閑な高台に響く、聞き覚えのある声。
木からそっとカワイイ顔を覗かせてみると、我が最も忠実な臣下──シスター少女が、不審者を見る目で銀髪エルフさんのことを睨んでいた。
とっても奇遇だね! こんにちは、シスター。
「今日は利用者がいるなんて聞いてないし、貴方無断で侵入しましたね?」
「……まさか、バレるとは思わなかったよ。感知遮断の幻影を張った筈なんだけど……君、よく気がついたね」
銀髪エルフさんは、心底感心しているといった表情で言う。
シスターよ、折角相対したのだ。銀髪エルフさんを裁く前に我に馳走を用意せよ。詰問よりも大切なことであろう? お前の作ってくれるごはんが一番おいしいし、いっぱい食べたいぜ!
険しい表情で銀髪エルフさんに詰め寄るシスター。その足元に、俺は擦り寄った。
おら可愛すぎる挨拶に歓喜しろ!
「無断侵入は罰金刑で───わあ!!? て、あ、あ、貴方……なんで此処にいるのよ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」
「にゃあ」
「“にゃあ”じゃないわよ! また貴方勝手にやってはいけないことをしていたのね!?」
「なぁう」
「“なぁう”でもない!!」
そんなに興奮しないでよシスター。
猫たる俺にやってはいけないことなんてないんだからさ。あったとしても、全部赦される。だってカワイイもの。
「あいもかわらず、なんにも解ってなさそうな能天気な顔ね……はあ」
「君、この子と随分親しいな……擦り寄られるなんて、私でもあまりされたことがないよ。仲、良いんだね。ひょっとしてこの子の飼い主さんだったりするのかな?」
「! ……そういうんじゃないですっ」
銀髪エルフさんの指摘を受け、プイッと顔を逸らすシスター。めっちゃ頬が赤いぞ。照れちゃってるぜこの娘。
「……そっか。近いと思ったんだけどな」
「そういう、貴方こそ───ッ!」
横目で見つめながら、シスターは何かに気がついたかのように大きく目を見開いた。
「あ……貴方、もしかしてハイエルフの方ですか?」
「ん、ああ、そっちも正解だ。耳の長さも、一応幻影魔法で誤魔化していたんだけどな……さっきのことといい、よく見破ったね。本当に凄いな君は」
「……
じゃれつく俺の頭を撫でながら、シスターは言う。
片手間の“撫で”でありながら、その撫で技術は素晴らしい練度で満ち溢れている。大した奴だ貴様は。ゴロゴロと喉がなっちゃうぜ。
「ハイエルフなのでしたら、尚更なぜ不法侵入なんてしているのですか? エルピス教会、五大枢機卿の1人がハイエルフであることはご存知の筈。許可など幾らでも取れるでしょう」
「いやぁ、あはは……若気の至りって奴かな」
「………」
なんとも言えない顔で、シスターが押し黙る。
この顔は完全に年齢が引っかかっちゃってる顔だね間違いない。コイツも存外解りやすいなあ。
お、うむうむ、その“撫で”はにゃんこポイント激高だぜ。
「……あの、1つ訊いてもいいですか? この問いに答えてくだされば、不法侵入の件は目を瞑ります」
「え、本当かい!? いやぁ、良かった良かった! どう言い訳をすれば見逃してもらえるか必死に考えてて、内心とっても焦ってたんだ!」
「え、えー……」
「なんでも聞いてよ、私に答えられることならなんだって答えるからさ!」
急にテンション上がってんなコイツ。現金なハイエルフだよほんと。
「え、えっと……言っておいてなんですが、どうせハイエルフの方を裁くなどできませんよ……『格』が違いすぎます」
「にゃあ」
「いやあんたじゃないって」
なんでさ。一番この中で格が高いのは俺だろう? ハイエルフなんぞ目じゃないぞ。常に断罪者のポジション張ってるカワイイ神なわけだし。
お前達全員、神猫である俺の下だからぁ!
「ふふ、猫ちゃんの言うとおりだよ……種族など関係ない。此処は人の街なんだから。君が私に畏まる必要なんてないんだ。私は、君と対等でいたい……だから、言い訳を必死に考えていたんだよ」
「……」
あ、シスターが『何言ってるんだコイツ』って顔してるぜ。俺もそう思う。安心した気持ちになって、心がハイになっちゃったのだろうか。
「まあ、答えてくれるのであればなんでもいいですけど……」
「ふふ、質問にはちゃんと答えるさ。というか、別に引き換え条件ナシでも君が望むのであれば答えるつもりだったよ。君も、中々に重いモノを背負っているようだしね……」
「ッ!! なんで……そう、思うのですか?」
「何となく
「………」
その発言に俺を撫でる指先が、ピタリと固まる。そして、シスターは緩慢な動作で立ち上がった。
映す瞳には、何処か『覚悟』の色が灯っているように思う。
なんだかよくわかんないが……俺のごはんを取りに行ってくれるのだろうか? いや命令だ取りに行け!
期待感を表すように、俺は尻尾を弾ませた。
「教えてください───“聖魔法”を扱うには、どうすればいいですか?」
「にゃあ」
「いやだからアンタじゃないって」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんがモフモフしております!
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