聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
はぐはぐ、かりかりと。
差し出した食事に、意地汚いと感じる程全身全霊で喰らいつく白猫。器に顔を埋め、時折溢したごはんをも喰らいにいくその一心不乱な全力姿勢を確認し、シスターカロスは溜息を吐く。
とてつもなく気が抜ける光景だ。このまま眺め続けていたら、己の内に静かに燃える“炎”すら鎮火されてしまいそうなくらいに、この白猫は呑気過ぎる。だが、これで漸く本題に進むことができる筈。にゃーにゃー鳴いて話を遮られることもない。
懸念すべきことがなくなったカロスは、此方の用が終わるまでずっと待っていてくれたハイエルフの女性──セラスピアの方へと向き直った。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「ううん、私も今来た所さ……ふふっ」
「………」
セラスピアのいい加減な物言いに、ツッコミを入れたくなるのを何とか堪える。向こうのペースに合わせていれば、何時まで経っても話が進まない。どんな時でも、心は冷静であれ。
己に言い聞かせるように呼吸を整え、改めて告げた。
「私は……どうすれば“聖魔法”を使えるようになりますか」
「……聞き間違いじゃなかったか」
セラスピアは視線を下にそらし、苦笑を浮かべた。
「一応聞くけれど、“聖魔法”のことを知っている上でそのことを訊いているのかい?」
「勿論」
「……なら、はっきり言わせてもらうよ。私は君の助けにはなれない、ごめんね」
明確な拒絶。申し訳なさそうな表情を見せるセラスピアにバレないように、震える拳を握りしめた。
「それは私に……見込みがないから?」
「いいや、違う。単に私の力不足だよ。他者に教えられる程、私は原初の魔法に精通してはいないんだ。アレだけ息巻いておいてなんだと思うだろうが……本当にごめんね」
「……貴方自身は、使えるんですよね」
「ちょっぴりだけどもね」
指先に淡く、美しい聖魔法を灯してみせる。
その全てを包み込む清廉な『光』に、カロスは目を奪われた。
「……綺麗」
「あはは、ありがとう。でも、これが私の限界なんだ。聖魔法は他の魔法と違って、使うのに途方もない集中力、魔力が必要になる。この程度の聖魔法でも、私の扱える最強クラスの魔法よりも魔力が消費されてしまうんだよ。とてもじゃないが実戦で扱えるものではない」
『光』を消し、朗らかに笑うセラスピア。彼女にどのような思いがあるのかは解らない。しかし、そこには明らかな線引きがあった。
“聖魔法”は、全ての魔法の始まりであり、頂点。ありとあらゆる奇跡を起こす神代に誕生した伝説の力。もし極めることが叶えば、世界をも支配することができる『神の御業』だと言われている。
それ故、習得難易度は努力単体でどうこうできる領域ではなく。扱うには時代を背負うに相応しい才覚。そして【聖天族】のような、『神聖』とも称される、古代から脈々と受け継がれてきた正統な“血筋”が必要であった。
かつては、この聖魔法に対する評価は大袈裟であると結論付け、嘲笑う者も多かった。たとえ聖魔法を極めることが出来たとしても、所詮は一つの魔法。たかが知れている……と。そもそも聖魔法を扱える者の数が絶対的に少なく、極少数の使用者の殆ども、現在のセラスピア程度の威力しか出力することが出来なかったのが、この思考に起因している。
原点ではあるものの、扱うことが出来ず廃れていった魔法。これが、今までの聖魔法の立ち位置だった。
しかし、絶望の権化──黒竜の台頭。
死と絶望を振り翳す最悪を前に、聖魔法と共に奇跡を齎し続けた聖女の降臨。
彼女は、誰一人倒せなかった魔の大群を光の一振りで打ち払い、死を目前にした者の命を救ってみせた。目に見える悪を全て滅ぼし、目の前の零れ落ちそうな命に手を差し伸べる……その光景は、正しく『希望の光』。
これにより、人類は“あの伝説は本当だったんだ”と、真の意味で理解する事となる。
聖魔法は確かに──世界を救うために誕生した“神の御業”であると。
「このようなことを訊いたんだ、君にも色々と事情があるのだろう。私の見た限りでは、恐らく君には見込みがあると思う」
「………」
「けれど、ごめん。私では君を導くことは出来ない」
「……そう、ですか」
俯き、カロスは瞳を揺らす。解っていたことだと割り切るには、今の彼女の心は物事を複雑に考えすぎていた。
「……これは、ある人からの受け売りなんだけれどもね。魔法とは、“想いや願いをカタチにする力のこと”を指すらしいんだ」
「………」
「だから、君が正しく、強く、努力を積み重ねていって、心の底からソレを願えば……きっと君の中の魔法は、君の声に応えてくれる筈だよ。どんなカタチになろうとも、ね。月並みの言葉で申し訳ないが、今の私に言えるのはそれくらいのモノだ」
「……私の、声」
反芻するカロスに、優しく温かい笑みをセラスピアは見せた。
「君は、なんで聖魔法を使えるようになりたいと思ったんだい?」
「……別に、大した理由なんかありません。只、“使ってみたかった”程度のモノですよっ」
「……ふふ、そっか」
どう考えても虚偽であると解る言葉。しかし、セラスピアが深く追及することはない。触れても、その内側を彼女は視せないと解っているからだ。
「不躾なことを訊いてしまい、申し訳ありませんでした。アドバイスは、心に留めておきます」
「不躾......ってワケではないと思うけど。うん、此方の方こそ役に立てずにごめんね」
「……では、私はこれで失礼します」
「え、もう行くの? まだ君という人と話したいんだけどな……良かったら君も此処で祭りを見ていこうよ。“良い眺め”は、人の心を穏やかにする最高の魔法の一つだよ」
「いや貴方不法侵入者……はあ。見廻りが私の仕事なんで。貴方もさっさと降りてくださいね」
セラスピアのことを睥睨しつつ、カロスは色々と溜め込んだ感情を吐き出すように、息を吐いた。
「あ、ちょっと待って!」
「……何か御用で?」
「あはは、これだけ会話をしているというのに、まだ自己紹介すらしていないことに気が付いてね。……私の名前はセラスピア。折角会った縁だ、君の名前も教えてくれないかな」
『セラスピア』という名前を聞いて一瞬動揺するものの、その反応を
王族を……いや、人を相手に隙を見せ、気を抜かすような真似は絶対にしない。
「……カロスです。覚える必要はありませんよ。只の卑怯者の名前です」
「カロス、だね。覚えておくよ、他者を慮れる、とても“優しい子”として」
「────」
瞬間、視界がグニャリと歪んだ。
内に燃える炎が一段と強く激しくなる感覚。『優しい』なんて、自分とは最も程遠い言葉だ。心の底から反吐が出る。他者を見捨て、己のことばかり考えてきた罪深い自分に、決して与えられて良い言葉などではない。
的確に地雷を踏み抜かれたカロスは、その烈火のような歪な感情に襲われつつも、怒りで震える身体を必死に抑えて平静を取り繕った。
「……なぜ、私が優しいなどと?」
「? 視れば解ると言った筈だよ」
「私は……優しくなどありません」
「そうだろうか。私はそうは思えないな……君は明らかに善側の存在だよ。ふふ、私の経験則による判断だがね。断言しよう──君は優しい人だ」
「ッ! そんなモノで、お前が私の何を──」
「なーん」
「わあ!!?」
唐突に真下から聞こえてきた鳴き声と、足元に感じる僅かな重み。
2つの幸福な感覚により、カロスの膨れ上がった怒気は一気に四散した。
「あ、あ、貴方……何やってんの? 蹴飛ばしちゃうでしょうがッ」
「みゃおーん」
「………」
ごはんがなくなり、空になった器を見つめながら鳴く白猫。
その悲しそうな様子を見据えることで、カロスは全てを察した。
「ま、まさか貴方……このタイミングでおかわりの催促!? どれだけ空気を読めないのよ! というか食べ過ぎよ! いい加減にしなさい!!」
「まおーん……」
「“まおーん”じゃない! 罪悪感を煽ってもダメなものはダメよッ」
何もかもが解っていなさ過ぎる白猫を抱き上げ、至近距離で睨み付ける。しかし、此方の言葉を微塵も解ってなさそうな姿に、完全に気が抜けてしまった。
「はあ……貴方には何を言っても無駄ね。この阿呆め。でも、ごはんはあげないわよ……貴方の体のことを思って言ってやってるんだから」
「……ふふ、やっぱり優しいじゃないか」
「優しくないわよ!」
ハイエルフへの礼儀を忘れ、顔を赤くして怒鳴るカロスと、ニコニコと笑みを抑えきれないセラスピア。
さっきまでのピリピリとした空気は、もう完全に消え失せていた。
そして、2人の空気を良くした張本猫である白猫は……何も事情を把握することなく、只管に『どうでもいいから、早くおかわりを寄越せ』と鳴くのであった。
「にゃあ」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんがご飯のおかわりを要求しております!
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