聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
時刻は午後5時。
太陽が傾き、暗く輝く夜へと徐々に人々は導かれていく。
祭りも終盤ステージに差し掛かり始め、残すイベントの中で最も注目を集めているのは──世界の歌姫・カルミナのコンサート。
彼女の聖なる旋律を一目見聞きしようと、大勢の者達が集まり、期待に胸を高鳴らせている。
「───アハッ」
その、未来を求める者達の風景を眺めながら。ミリスは、屋台で買った花飴を美味しそうに頬張り、笑みを溢していた。
「あ~む。……んふふー……蕩ける味だなぁ……花飴って、粗悪なモノだと結構しょっぱいのも多いのに、今はとっても甘く感じられるや。ミリス、こういう甘い状況ダイ好きだもん〜」
ちろりと唇を舐め、蠱惑的に嗤う。
彼女にとって今の状況は、どんな味付けにも勝る最高の振り付け。舞台を彩り豊かにする、とても甘い前振りだった。
「おい、ミリスよ……テメェ幾ら何でも祭りを愉しみすぎじゃねーか? 俺達の目的を忘れたワケじゃねえだろうな?」
背後に控えていた青が、ミリスのことを睨み付けつつ、言う。彼はイライラした様子を隠すこともなく、その場で足踏みを繰り返した。
「もちろん覚えてるよぉ。ミリスそんなバカじゃないもの」
「………」
「アハ、今の祭りを愉しめるときに愉しんでおかないと、後悔するよ? 今という“愉悦”は、この瞬間にしか味わえないんだから」
花飴を口の中で転がし、ニコニコとリズムを刻むように身体を揺らす。今が巻き起こす全ての道程を、ミリスは全力で愉しんでいる様子であった。
「青たんの方こそ、なんでそんなにテンションが低いの? 前菜とか嫌い派? ちゃんと食べようよ〜、前菜があるから本命が際立つんじゃん」
「うるせぇ。一度滾った熱を強引に冷ましたのはテメーだろ。あの女との戦い……スゲー良いところだったのによ」
昨日の前哨戦──テレスとの戦いを思い出し、青は悪態をつく。
戦うのを愉しみにしていた【神聖殺し】の死。大切な相棒、【呪槍】の浄化。プレンフィルと共に探し回ってはみたものの、まるで見つかる気配のない【呪槍】殺しと【神聖殺し】殺しの犯人。
それらによって溜まりに溜まったフラストレーション。ソイツを発散する待ちに待った機会すら想定の何倍も早く奪われてしまったこの状況。何もかもが面白いわけがなかった。
「えー、ひっどおい。昨日は宣戦布告だけってちゃんと言ったもん。それに、ミリスは“帰ろう”って言っただけだよ……青たんも、向こうの女の人も同意してくれたでしょ?」
「お前の魔法に逆らえるワケねーだろうがクソがッ」
「アハッ、口悪」
ケラケラと嗤うミリス。
彼女には何を言っても喜ばせるだけであると、青は舌打ちをする。
「大切な相棒さんが居なくなって心に余裕がなくなってるのには同情(笑)してあげるけどぉ……ミリスに当たるのは違うと思うなあ。世の中全部が思い通りに行くわけないでしょ? 『神聖殺し』の件もそう。思った通りにコトが進まないから、ペソンは策を幾つも講じているの。完全に目的を達成するために」
「………」
「ふふ。まあ、ミリスみたいに世界で一番カワイイ超絶美少女だったら話は別だけどさ……ミリス、失敗したことないし。ふふん!」
「……お前の理論は頭が痛くなるから言わなくていいぞ」
「残念。真理なのに」
指先で口角を上げ、可愛らしい笑みを作るミリス。
性格の悪さを加味した上でも“カワイイ”と思えるのが、非常にタチが悪かった。
「あー……そう言えばプレンフィルの奴は何処だ? 見当たんねーけど」
「ああ、さっき向こうの方で迷子になってたよ。超オドオドしてた」
「いや助けてやれよ」
「えー……だって見てて超面白かったんだもの。眺めなきゃ損でしょ?」
「……はあ。俺も愉しいことは好きだが、お前ほど“悪食”じゃねえな」
あまりの底意地の悪さに、青はため息が出てしまう。
純粋な戦いが“愉しい”と感じる青に対し、彼女の“愉しい”は、実に幅広い。故に、その度し難さは【
愉しいことのためなら、平気で彼女は人を陥れるし、【無秩序】を裏切りもするだろう。所持する魔法の凶悪さもあり、彼女にはそれができる。
あのペソンですら彼女を完全に支配することは叶わない。
何故なら、ミリスは──青のように支配される側ではなく、支配する側の存在なのだから。
「アハ、大丈夫だよ……後1時間後の午後6時。ウタヒメサマのコンサートがはじまれば。“助け”とかそういうの、ぜーんぶ意味なくなるくらい、混沌と化すからさ」
「……まあ、そりゃそうだがな」
「このために、態々ペソンの指示に従ってるんだもの……責任、取ってもらわなくちゃね♪」
小指を唇に添え、紅い瞳を光らせる。その妖麗な姿には……人々を魅了してやまない、可愛らしさが内から世界を照らすように輝いていた。
「──いっぱい愉しいこと……シよ?」
◆◆◆◆
とっても可愛いバッタさん〜。俺と一緒に愉しいことシようねえ。
話し込んでいるシスターと銀髪エルフさんから離れ、俺は偶然見つけたバッタさんで遊び倒そうとしていた。
食後の運動って大事だよなぁ、すっげー大事だよなぁ、お前もそう思うよな? バッタさん。
俺から逃げたいのだろう、ぴょんぴょん必死に跳ねるバッタ畜生。よく跳ねるな……しかし、遅い。貴様程度の速度、我が天使的反射神経の前では全て無力だ。草が生い茂っているこのフィールド。普通なら、姿を晦ますことも不可能ではなかっただろう。
だが、不運……そして幸運でもあったな。貴様の前にいるのは──世界が爆誕する前から“カワイイ”と謳われてきた最強の猫だ。
お前如き畜生では、本来は相手にされることすらないほどの存在なのだよ俺は。狩られることを、あの世で精々自慢するが良い。
凄まじい速度でバッタに近づき、俺はペシンと優しくパンチを叩き込んだ。
直ぐに殺しはしねえよ、安心し給え。今は捕まえるだけだ。時間はたっぷりあるのだからね。
「にゃあ」
喜びを表すように、俺は僅かに尻尾を弾ませた。
なあ、お前はどの程度の力までなら耐えられる? どうか教えてくれよ……この前の畜生共のように、簡単に死なれちゃ……困るからな。
「ほら、勝手に遠くにいかないの」
「!?」
あー! めっちゃ良いところなのに!
心がモフモフと舞い上がっていた俺の脇に手を入れ、無理矢理かつ、丁寧な抱っこをシスター少女が仕掛けてくる。
なんで邪魔するのさ! 不敬すぎるぞバカシスターが!
狩りを妨害された俺は、怒りの咆哮を轟かせた。
「なおーん……」
「もう、我慢しなさい。元々は貴方が悪いんでしょう? 何度言っても、やっちゃダメなことばかりするんだから」
そのどうしようもない困った子を見るような優しい瞳を止めてください。俺が一体何をしたと言うんだ。もしやっちゃっていたとしても、俺は絶対に悪くない。
猫のすることは大体許されるし、崇め奉られることだって世界の理で決まってるんだからよぉ。我この世の救世主ぞ。
ネコを讃えよ、ネコと和解せよ!
「絶対理解できてない顔ねコレは。全く、毎度毎度こっちの言うことなんか解ろうともしないんだから……飼い主の顔が見てみたいわね、ほんと」
俺の顎を優しく撫でながら、シスターは言う。
おおう、良いテクニック……この撫で技術に免じて、バッタの件は赦してあげる。所詮バッタだし。
慈悲深い俺は、ゴロゴロと喉を鳴らすのであった。
◆◆◆◆
『……猫さんが、私以外の誰かに喉を鳴らしているような気がします』
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんがゴロゴロと喉を鳴らしております!
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