聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
【聖天族】。通称、『天の民』。
それは、世界で最も神聖かつ尊い血を引いているとされる種族。
頭に小さな二翼の羽を戴き、美しい空色の髪が特徴的な彼らは、その他の種族が無断で立ち入らないよう、空の国『エーオス』にその身を寄せて暮らしているとされていた。
天の民は争いを嫌い、神への祈りと自然との調和を重んじながら、雲海の果てで静かに時を刻み続けていたという。
その姿を見た者は極めて少なく、多くの人々にとって聖天族とは、神話や伝承の中にのみ存在する“天上の民”であった。
しかし、現在そのエーオスは存在しない。そして、殆どの“天の民”達も。
エーオス、“天の民”……その双方は、黒き竜により全て『壊滅の道』へと叩き落とされたからである。
その出来事は後に──一部の歴史家や教徒から『
晴れ渡る蒼穹は黒い暗雲によって覆われ、天空に浮かぶ無数の島々は業火に包まれた。
黒竜の咆哮は空そのものを震わせ、その吐息は聖なる神殿を溶かし、幾千年もの歴史を一夜にして灰へと変えたのだ。
あまりにも悲惨な光景と悲鳴が場を支配した地獄絵図……この厄災後。
聖天族の中で、生き残っていたのはたったの2人だけだった。
1人は、現在も世界を駆け巡り、世界最高の『歌姫』と称される少女──カルミナ。
そして、もう1人は。
聖女様が居なくなった後。一切の消息を断ち、全ての物語から消失したという。
◆◆◆◆◆
「なんっっで仕事をサボってまでコイツの枕にならなきゃいけないのよっ」
高台にある大木に背をつけて、カロスは不満な様子を隠すことなく目尻を揉んだ。
膝の上には、行動を阻害するように爆睡している白猫。まるで、此処は自分の領域だと言わんばかりの身勝手な爆睡っぷりに、頬が引き攣ってしまう。
「ぐっ……あのハイエルフ様も何を考えてんのよホント。『君の仕事は私がやっておくから、この子の面倒を見てあげてくれ』なんて言われても、納得できるワケないでしょうがッ」
呑気に眠る白猫の頭を優しく撫でつつ、カロスは憤懣を溢れさせる。位の高い者を制御できるなど思ってはいないが、いい加減なことばかりされるのは個人的に受け入れ難い。
此処に来てから、ストレスは溜まる一方だった。
「どいつもこいつも……なんで“神聖さ”の高い奴らは、こうも自分勝手なのかしら……はあ」
風で浮き上がりかけていたベールを被り直し、溜息を吐く。膝の上で身を捩る毛玉が転げ落ちないように、丁寧に場所を整えた。
──こんな日に、私は何をしているのだろう? 歌姫のコンサートに行くのを断って、“彼女”がいる間は、何もかもを考えないために働いていた筈のに。
今日という一日だけは、こうして平和を享受しないように努めていたのに。
いつの間にか、コレ以上ないくらいに“平和”を味わってしまっている。それが、悪くないと……そう思えてしまう、この弱い心がどうしようもない程腹立たしい。
「……全部、貴方のせいなんだから」
眉間に皺を寄せ、眼下で眠りこけている白猫を、カロスはワシャワシャと撫で回した。
「んぅ……なぁん」
「……あ、起こしちゃった。力が入りすぎてたみたい、ごめんなさ──……いや、なんで謝ろうとしてるのよ私は。バカじゃないのっ」
◆◆◆◆
んー、よく寝たぜ。お日様も傾いてるし、結構時間が経ったみたいだな。今日も今日とて、猫のお仕事の1つである、“お昼寝業務”を完璧に熟してあげたぜ、感謝しろ。
シスターの膝から降り、可愛らしい天使な俺はグッと身体を伸ばした。
「……漸く起きたのね。眠りすぎなのよアホにゃんこ」
オッス、おはようだぜシスター。
お布団の役割ご苦労様。お陰様で、かなり快適な時間を過ごすことが出来たよ。その働きのご褒美として、致命傷不可避なスリスリをくれてやる、存分に味わうが良い。
何故かジト目で睨みつけてくるシスターのお手々に、もふもふと擦り寄ってあげる。オラ喜びやがれ!
「……貴方って、私に気を許しすぎじゃない? そんな好かれるようなことをした覚えはないんだけど。……チョロすぎて心配になるわね、ごはんに釣られて直ぐ誘拐とかされてそうよ貴方」
は? 俺はチョロくないが? 警戒心の高い由緒正しい正統派な神猫ですが!? 今直ぐに訂正しろ、この下等──ううむ、喉を撫でるのうますぎぃ!
「また、“神聖さ”が上がってるし……これ以上高まったら、私以外の人にも感知されかねないわよ。世の中良い人ばかりじゃないんだから、少しは制御しなさい。私が言えた義理じゃないけれども……」
「?」
ちょっと何言ってるのか解らないっすね。 猫の神聖なカワイさって、制御できるものじゃなくない? 溢れ出るモノは仕方ないと思うんです。
「……なんにも解ってなさそうな顔ね」
「んう」
「はあ、せめて貴方の飼い主と話すことができればな……貴方、普段は何処に住んでいるの?」
「にゃあ」
誰も覚えてない、見捨てられた感満載の廃教会だぜ。
あそこら辺は何故か誰も人がいないから、のんびりするのには最適なんだよね。シスターもその内連れて行ってあげる。
「めっちゃ擦り寄ってくるし……“撫で”の催促が強いわね貴方」
別に催促ってわけじゃないぞ。コイツは世界一尊い最高のご褒美だ。もっと感謝しなさいな。
シスターの左手を捕まえ、俺はコロンと寝転がった。
「警戒心皆無すぎよ……平和な奴め」
「にゃあ」
「あ」
俺の鳴き声を聞いた直後、シスターは僅かに瞳を震わせ、撫でる手をピタリと止めた。
ん、なんだなんだどうしたのさ。
「───……どうやら、彼女のコンサートが……始まったみたいね」
街の方へと視線を向け、シスターが訥々と呟いた。
コンサート? そんなのやってるんだ、祭りだし全然不思議じゃないけれども。下々の民達が楽しそうで何よりだぜ。
それよか手が止まってるぞシスター、はよ撫でろや。
何故か悲しそうな瞳で街を眺めるシスターの手に、俺は後ろ足で蹴りを入れた。湿度がね、上がる気がしたからね、仕方ないね。
「イタッ……くはないけど。な、なんなのよもう……今、耽っていたところでしょうが」
知らないし。んなもん後にしてください。俺の前で抱いて良いのは、『カワイイ、神、天使』という称賛と幸福の感情に属するモノだけだ。それ以外のモノは、疾く失せよ。
「はあ、そろそろ行こうかしっ……アイタタッ……足、痺れてるわねっ。長い間体勢を崩さなかったんだもの、当然か。全く、貴方のせいなんだからね? バカにゃんこ」
絡みつく俺を丁寧に引き剥がし、シスターは腰を上げた。
俺はバカじゃない、神だ。2度と間違えるでないぞ。
「此処に居たら、色々と昔のことを考えてしまいそうよ。仕事してた方が何倍もマシ……じゃあね」
俺に小さく手を振った後、背を向け去っていくシスター。
えぇ……我を放置? うーん、まあシスター仕事が残っているみたいだし、さっきまでお布団になってくれていたから見逃してやるか。本来であれば、俺の命を無視して去るなど赦されざる行為なんだが……シスターならいいよ。大目に見てあげる。
聖女ちゃんの次くらいには、一緒に過ごす時間も長いしね。
去るシスターに向けて、慈悲深い俺はサヨナラの鳴き声を放った。
「わん……なぁん……んうー」
「……………はあ」
◆◆◆◆
「……私って、甘いのかしら」
腕の中にいる俺を揺らしながら、シスターは呟いた。
よくわからんが、シスターは甘いと思うよ。知らんけど。
「まずは、ハイエルフ様を探さないとね……いや、その必要もないかしら。向こうが勝手に私のルートを見廻っているだけだし。あの方なら“加護持ち”レベルでもなきゃどうこうできないでしょ……それに」
息を吐き、天を仰ぎ見るシスター。
俺も釣られて空を見上げると、空からは、見たこともない“光る羽”が無数に舞い落ちていた。
おおう、なんだこりゃ。新手の玩具ですか?
「アイツが歌っているなら……万が一すらありえないわ」
「にゃあ」
「……相変わらず、馬鹿げた精度の聖魔法ね。独りを許容するような、哀しげな旋律を奏でているのは癪に触るけれども……ふんっ。やっぱり私なんかよりも、貴方は……本当に凄──あ、ちょっ、何よ急に!」
このっ、この、羽が捕まえられない!
シスター、今の体勢じゃ羽を捕まえられないよ! 移動するからね!
身体を翻し、俺はシスターの頭部へと強引によじ登った。よし、ここからなら存分に羽を捕まえることができるぞ。
「わっ、おまっ、本当にアンタいい加減にしなさいよ!?」
「みゃあ」
「“みゃあ”じゃない!」
頭の上で、ベールと共にズレ落ちながらも暴れる俺を抱き直し、シスターは呼吸を荒げた。
ああ、良いところじゃんね今! 邪魔するなぁ!
「ああ、もう! 少しは大人しくしなさい! どうせ羽に触れたって感触なんてないわよ!」
それでも追い掛けて、捕まえたいんだもの、仕方なくない? 我猫ぞ。
「ベール落ちちゃったじゃないのよ……ほんともうっ」
「んうっ」
「……はあ、バカにゃんこが」
ベールによって隠れていた、透明感のある綺麗な空色の髪と。頭に翼のように付いた二つの羽。それを整えながら、シスターは俺をジロリと睨み付けた。
ううむ、どっかで見た髪色と羽だな……どこだったっけか。
覚えてないということは、大したことじゃないだろうし別にいいか!
喉を鳴らしつつ、俺は鳴くのであった。
「なーん」
「貴方のせいよ……バカルミナめ」
◆◆◆
「……あ、あれ? 全然始まんないなぁ……世界一可愛いミリスが失敗するわけないし……え、なんで??」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが起床いたしました!
凄く励みになりますので、もしよろしければ高評価等を宜しくお願い致しますッ。