聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
「どーいうことだよ……」
時刻は午後7時。
予定の時刻を1時間過ぎても、一向に始まる気配のない騒乱に、青は苛立ちと疑問の声を上げた。
「なんで“祭り”が始まらない? 仕掛けた呪物が覚醒するんじゃなかったのか?」
『無秩序』に身を置いてから、このような事態は一度たりとも記憶になかった。
『無秩序』の首領であるペソンは、過去の敗走の経験からか、とても用心深く警戒心が強い。
そのため、頂上の怪物の類でありながら、『計画を立てる』という行為を重要視している節があった。
魔法を駆使し、『最適解』を選択することにおいて、あの化け物の右に出るものは居ないと青は考えている。
今回の『聖天族』奪取の計画もそうだ。自らが望む破壊衝動と愉悦を計画に組み込みつつ、最も人々が嫌がる手段でペソンは目的を達成しにいった。
街の中では、人を狂気に落とす最悪かつ最恐の、解呪不可な呪物が2つ。
街の外では、聖なる力を喰らう災禍の化身である蛇の魔物。
そして場を整え実行するのは、『無秩序』の中でも特に選りすぐりの強者3名。
不安要素は何もなく。かといって、油断も隙もありはしない。
『聖女は動けない』──という、ペソンの齎した情報。このことを加味すれば、多少の誤差や問題点は発生しようとも、大局の結果は揺らぐことはないだろうと判断していた。
───だからこそ。
筋書きにもまるでない、この『何も始まらない』という状況を理解することが出来なかった。
「ちッ……つまらねー任務与えておいて、結末すらブチ壊す気かよっ。どいつもこいつも俺をなんだと思ってやがんだ……」
「…………」
「おいミリス、お前ならコレがどういうことなのか解るんじゃねーのか?」
「え? ああ、全然わかんなーい」
大木に寄りかかりながら、何事もなかったかのようにミリスは言う。
「……お前、こんな状況なのに随分と余裕だな。飴舐めんなよ」
「えー、だって甘いんだもん。甘いのは、味わわないとダメでしょ?」
「時と場合によるだろうよ」
「じゃあ間違ってないから問題ないね」
唇を舐め、蠱惑的に嗤うミリス。
現状に相応しくない振る舞いに、何か思惑めいたモノを感じた。
「そりゃミリスも最初は結構焦ったけどぉ……やっぱり結末は変わらないなって。だから青たんの方こそ、一旦落ち着こうよ。解んないことに対して苛立って燥いでも、何も変わらないし意味ないじゃんね」
「“祭り”が始まんねーんだぞ。畜生が……この街狙ったのやっぱ間違いだったんじゃねーの? 変なことばっか起きやがる」
「んー、それはどうかな。ミリスはそうは思わないけど」
ちろりと唇を舐め、全てを見定める紅の瞳で、ミリスは高台の上から人々を観察する。
「……テメェ絶対何か知ってるだろ。今までになかった展開だぞ? 余裕がありすぎなんだよ」
「知らないよー。でも、予測を立てることはできる。ププ、ちゃんと考えないとダメじゃんね、頭弱々青たん?」
「ああん!?」
怒る青に、ミリスは面白可笑しいと言った反応を見せ、予測を表すように指を2本突き立てた
「今の状況で考えられるのは主に2つ。1つ目、ペソンが計画を中止した。2つ目、何者かにペソンの“呪物”が解除された……このどちらかだよ。そして、ペソンの性格からして計画中止なんて考えられないからぁ……2つ目が妥当なんじゃない?」
「……」
『そんなことはありえない』と、口にすることは出来なかった。なぜなら青自身も、解呪されることはないと思っていた『呪槍』を、完全に殺されてしまっているのだ。
しかし、だとすれば相手は……得体の知れないなんて領域じゃない。聖女のような、世界の突然変神体が降臨したとしか考えられなかった。
もしくはペソンの言葉が外れ、本当に聖女本人が動き出して──
「へっ。それが解ったところで、今の状況が打開できるワケでもねーだろうよ。遊びもできない一般人巻き込んで、槍を振り回す趣味は俺にはねぇし。……結局のところ、完膚なきまでの負けってことじゃねーか、ボケが」
「アハッ、それはナイナイ絶対ナーイ。その考えは思考停止すぎ、頭軟弱すぎだよぉ」
「あ?」
ミリスの馬鹿にするような言い方に、苛立ちながらも返答する。
「何も成さない内から諦めるなんて、青たん激ダサ〜」
「テ、テメェっ」
「ふふっ、絶対に大丈夫だよ。相手がどれだけ強大だろうと、最後に勝って愉しく嗤うのはミリスだもの。それだけは自信を持って断言できるよ」
「……。……はっ。その自信は一体何なんですかね」
「? 至って当然のことじゃない」
首を傾げ、世界の理をそのまま証明するかの如く、ミリスは告げる。
「───だってミリスは、この世で一番世界に愛されてるんだもの」
何も疑ってはいない、当然のことだと。満面の笑みで答えを述べる姿は、いっそ清々しい程に輝いて見えた。
「だから平気。無問題。運命を司るモノが、ミリスに“天運”を与えてくれるんだ。今までもそうだった……そして、これからもずっとそう。この世界は、ミリスが面白愉しく過ごすための宝箱。ミリスの都合の良い風に、流れ行く天上の玩具なんだよ」
小指を立て、愉しげに口角をあげる。
こんなモノは失敗の内にすら入らない。必ず、振り戻しにも似た現象が起こる。コレは予言ではなく、確信だった。
「アハ。期待しててよ。絶対、この祭りが終了するまでの間に、ミリスに“天運”が降ってくる。そのとき、本来の計画の何倍も愉しい光景を見せてあげるよ。ミリスは失敗しないんだから」
「……そうだといいんだけどな」
実績しかない怪物の発言は、何時聞いても理解し難い。する必要もないと、青は街の風景を見つめた。
「取り敢えず、青たんはエルピス教会と冒険者組合に仕掛けた呪物を回収してきて。相手が何であれ、もし解呪の痕跡があれば少しは手がかりになるだろうから」
「あ? だがそりゃ──」
「【命令です】」
「………ちっ」
絶対遵守の魔法に舌打ちを溢す青。
騒がしい街並みに向かって、強制的に歩み始めた。
「あ、プレたんも居たら適当に回収しておいてねー! 後で遊ぶからー!」
「……嬢ちゃん、お前はどこまでも不憫な奴だよ」
オドオドと半泣きで逃げ惑うプレンフィルの姿を想像し、青は心の底から同情した。
◆◆◆◆◆
「さて、と。今回はどうなることやらねぇ」
青がいなくなり独りきりになったミリスは、佳景を眺めながら笑みを浮かべた。
ペソンの計画通りにコトが運ばなかったのは、初めての経験だ。確かに驚きも動揺もあった。しかし、だからといってミリス個人には何の悪影響もありはしない。
ミリスという少女は、心の底から信じている。己がこの世界で、最も愛され恵まれた生命体であることを。
そして、それに基づく“天運”が、今まで幾度となくミリスを導き続けてきた。
【神の愛し子】。
何時だろうか、ミリスを見た誰かがそう呼んだ。彼女こそが、世界を統べるに相応しい真の王だと。
ミリス自身、己のことをそう思っている。
あまりにも自分に都合良く廻る世界……それ故に、愉しいことは数え切れないほど経験してきた。
『無秩序』に入ったのもその一環だ。頭の可怪しい奴らは、何をするにしても破茶滅茶で見てて飽きない。
なんでもいい、兎に角飽きず、愉しい光景をミリスはずっと間近で見ていたかった。
そして、今のミリスの気を引いているのは……カルミナという少女。
彼女の持つ、光り輝く魂がどのような抵抗を、足掻きを見せてくれるのか。どんな風に穢れていくのか……それを、ミリスは眺めていたいのだ。
世界に愛された聖天族だろうと、この世の救世主が相手だろうと関係ない。誰も彼も、ミリスにとっては盤上の玩具。
自身の世界を彩ってくれる、愉しい“色”に他ならないのである。
「───あ」
その瞬間。
魔法によって強化された視界に確かに映った。
誰もいない路地裏で、何かを探しているのかキョロキョロと周囲を見渡している──透き通るような美しい空色の髪と、頭に羽の付いた少女のことが。
このとき、今一度ミリスは確信する。自分が最も世界に愛された存在であるということを。
「───“本命”……みーっけた♡」
正しく『天運』。
今、計画が頓挫しかけていたタイミングで。慈悲を与えられたかのように、振って舞い降りた奇跡。
──どうしようもないくらい、この世界はミリスのためにある。
──運命は、完全にミリスに跪いた。
──この世の全ては、ミリスを中心に巡っている。
本命を目にし、脳裏に瞬時に思い浮かんだ『愉しいこと』。聖天族2名を使った、美しく、残酷な物語。ペソンの計画を達成でき、同時に自分の欲求も完璧に満たせる最高の運命。
ああ、どこまでも……どこまでも果てしなく! この世界は愉しくて素晴らしい!
「2人いるなら……1人は使い潰してもいいよね♪」
輝く笑みを浮かべ、ミリスは1歩、2歩と、本命の方へと足を進める。
思い描くは、愉しい未来。ミリスを『幸福』へと導く──最高の終焉だ。
「さあ、始めよっか。世界一可愛いミリスのために……最高の喜劇を、いっぱい見せて!」
愉しい喜劇を追い求める幼子のように、ミリスは思い切り走り出した。
「はぐぅえ!!!!?」
そして、上から急に降ってきた白い毛玉に、ミリスは押し潰されたのだった。
◆◆◆◆
や、やべぇ!
大木の上から優雅に飛び降りたら、知らない人を押し潰しちゃったぜ!
いやでも、この娘っ子が急に飛び出してきたし……俺の降臨する位置にコイツがいきなり現れたんだ。つまり、俺は何も悪くない。そうだろう?
寧ろ、羽を一生懸命追い掛けていた俺の邪魔をしたんだから、こっちが謝ってほしいくらいである。
おら起きて謝れ三下ァ!
白目を剥いて失神している娘っ子の頬を俺はペチペチと叩いた。
返事がない……只の不届き者のようだ。
完全に気を失ってやがるぜ……そんな高い位置から飛び降りてないんだけど……なにこの娘弱すぎないですか?
流石は人類……世界と運命を支配する、世界一カワイイ神猫な俺と違って、なんと軟弱極まりないことか。
「みゃおーん」
人類という種の非力さを改めて実感し、俺はカワイイ声で鳴いたのだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが可愛らしく降臨しました!
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等を宜しくお願い致しますッ。