聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
聖なる町エイコーンの遥か上空……雲の上に位置する、今はもう殆ど残骸しか残っていない大きな神殿。
その崩壊しきった神殿の跡地を踏みしめながら、白いドレスに身を包んだ女性は、薄い笑みを浮かべていた。
「聖天族の神殿……此処が“儀式”の場だなんて……随分と良い趣味をしてるね」
昔は、何かを捧げていたであろう大きな祭壇。辛うじて形を残しているソレを緩やかに撫で、言う。
「此処で『聖天族』の全てを奪って、無敵の存在に至るつもりなの?」
『────』
女性の少し上に存在している、不気味な黒い歪。奇妙な雑音を奏でるヒビ割れたモノに向かって、女性は目を細めた。
「今更、アンタのやることに一々文句を言うつもりはないよ。あたしもアンタ同様、『黒竜』の魔性に魅入られたモノだからね」
『────』
「……本当に文句はないって。只、予備の『聖天族』を奪うのなら、プレンフィルと青だけで十分だったろう。余計な面子……アンタにとってもリスクが大きい、首輪をつけることもできないあの娘を使う理由が解らなかっただけ。アレは他の『愉しい』を見つければ、間違いなくこっちを裏切るよ。本人もそう言ってたし、あたしでも止められない」
『────』
雑音を強めて、ゆらゆらと黒い歪は踊るように女性に近付いた。
「“聖天族さえ手に入れれば、そんなことは全て些末な事象と化す”、ね。それよりも、確実に『聖天族』を奪える人員を選んだってことか……まあ、確かにあの娘──ミリスの能力があれば失敗はありえないけれども」
祭壇に腰を下ろし、白の女性は耳にかかった髪の毛を掬い上げる。
「でも、アンタもあたしも、元々人じゃないんだ……人の心なんて解るワケもない。ミリスが途中で裏切らないなんて確信はないだろう。他の奴らみたく、人格を崩壊させたり、心臓に呪いをぶち込めたら早かったんだけどね」
『─────』
「……ふうん。“アレはまだ裏切らない”って? 言い切るね……まあ、アンタの能力ならそういうのも全部解るんだったっけ」
白の女性は、掌に黒い炎を灯す。禍々しい魔力を纏ったソレは、周囲の雑音を吸収するように大きく強く成っていった。
「……はあ。今回アンタが選出したメンバー……戦闘力や能力の面だけで言えば確かに最強の部類だけれども……誰も彼も我が強いからね。一度足りとも進捗報告を寄越しゃしない。報連相がなってないね本当に」
『─────』
「“文句しか言ってない”ワケじゃな……ああ、悪かったよ。アンタ同様、あたしも心配性なんだ」
炎を灯していない方の手を挙げ、溜息を溢す。今、まさに下界で行われている戦争。その先にある結末について、色々と考えてしまっていた。
「何せ、最終的な敵は、あの化物───救世の聖女だ。弱体化してるらしいけれど、それでも“黒竜”をも倒した伝説の怪物に挑もうっていうんだから、慎重にもなるよ。アンタだってそうで──」
『─────!!!!』
「うるっさ……聖女の話になるといつもソレだね、アンタ……」
強く爆発するようなあまりの雑音の大きさに、白の女性は顔を顰めた。
「結果は解ってるんでしょ。ならもっと落ち着いてくれない? 『聖天族』を取り込めば勝ちは確定だって言ってたじゃない。アンタが聖女を倒すことができれば、直ぐにでも来るんだから……“終焉の日”が」
『─────』
「ふん。知らないね、あたしは人じゃないもの」
大きく成った黒い炎を宙へと浮かす。
炎は徐々に形を成していき、1個の竜に変化した。
「あのとき潰えかけた黒竜の願望は、今尚空に漂っている。叶えるのは……あたし達じゃなければならない。そうでしょ? ペソン」
『────』
嗤い、蔑むように……黒の歪の先にいる化物──ペソンは、時空の向こう側から音を発した。
「それにしても……もう日付が変わる時間にまでなってる。そろそろ奪えてても可怪しくないね。計画通りにコトが進んでいればだけども」
『─────』
「解ってるよ。アンタの計画が失敗するなんて思ってないし。魔法を最大限使って、絶対に成功する筋書きの運命を選択したんでしょう? あたし達が選べる、最高最悪の運命を」
『─────』
「そ。なら、コレは予定調和のようなもの。失敗するとこ、あたしも想像できないね……多少の不満は我慢してあげる」
『──────』
愉しく嗤うペソンの奏でる雑音……そこに込められた残酷な言葉に、白の女性は口角を上げた。
「その運命で、あの聖女が大切に守ってきた町が滅んでるのなら……そうだね。人類を滅ぼす絶望の前哨戦としては……及第点なんじゃない」
2つの人外は嗤う。
遥か下の下界で今尚巻き起こる……絶望の惨禍を想像して。
◆◆◆◆◆◆
不敬すぎる娘っ子を押し潰した後。
弱々娘が起きるまで待つのが面倒臭くなった俺は、自由気ままに冒険者ギルドの執務室な所までやって来ていた。
「ふふっ、えい、えい♪ どうかしら、猫さん。前よりも上手になったと思うのだけど」
「みゃーん」
「ふふ、気に入ってくれたようで良かったわっ」
机の上で転がる俺に対し、ねこじゃらしをテンポ良く振りつつ、桃色さんは笑みを溢した。
うむうむ、前よりもずっと良い感じじゃんね……訓練に付き合ってあげた甲斐があったぜ。
カワイイ俺が冒険者ギルドに寄る機会は結構あるのだが、その時に最も構ってあげているのがこの桃色さんなのだ。
桃色さんは冒険者ギルドのギルド長で、多方面に顔の利くすっごーーく偉い立場な人だとOL娘は言っていた。まあ、存在的に俺の方が何万倍も偉いので関係ないのだけれどもね。
「仕事が落ち着いてきた頃に来てくれるなんて……もしかして、ずっと待っていてくれたのかしら?」
「……」
「ありがとう! ふふっ、忙しい日にこうして貴方に会えるなんて……今日はとても素晴らしい日ね!」
何も言ってないんだけど。
勝手に会話を始め、勝手に完結してくる聖女ちゃんスタイル……うーむ、罪深い。
「1日頑張った後に、猫をモフることのできる生活……コレこそが人類に必要な理想なのかもしれないわね。今日はとても胸騒ぎがしてて、気が気じゃない瞬間が多かったから、尚更貴方が心身に染みるわ」
コロンとねこじゃらしに喰らいつく俺の頭を、桃色さんが撫でてくる。
胸騒ぎ? なんか解らんが、そりゃあ大変だったね。人類は狩り1つ熟せない軟弱者が多いからね、可哀想になるぜ。
「ふふっ……モフモフね。日に日にカワイさが増している気がするわ……なんでかしら? 人類が直面する、世界不思議の1つね」
猫だからだよ。不思議でもなんでもないだろうがよ。
「この問題は、また皆に共有するとして……今は、貴方との時間を目一杯楽しみましょう。折角来てくれたんだもの、もっともっと、一緒に遊ぶからね──」
「失礼します、ギルド長。先程、白金級冒──……ダラシない顔で、一体何をしているんですかね、貴方は」
「エ、エーレちゃん!?」
あ、こんばんはだぜOL娘。
部屋に入ってきて早々、冷めた目で桃色さんを見つめているOL娘に、俺は尻尾で挨拶をしてあげた。
「ノ、ノックをしてといつも言っているでしょう!?」
「しましたよ、何度も。夢中になり過ぎて、気が付かなかったんでしょう」
「うぐっ……わ、私の威厳が……」
「そんなもの始めから地の底です」
溜め息混じりに机へと近付くと、OL娘は流れるように俺のことを抱き上げた。おおう、俺への揺れがまるでないスムーズな抱っこだぜ。流石だな。
遊んでいる最中の抱っこは結構な大罪ではあるものの、この技術に免じて見逃してあげる。
「この子は没収しますから」
「え!? そ、そんな……貴方に人の心はないの!」
「あるから没収してるんですよ。そんなことより、白金級パーティ『星詠の聖典』の一人──テレス様が御出です。対応をお願い致します」
「え!?」
その発言に、慌てた様子で扉の方へと視線を走らせる桃色さん。そしてそこには、何処か疲れた様子の赤騎士さんが、此方に向けて丁寧にお辞儀をしていた。どっかで会ったなコイツ。
体勢が整った、とんでもなく綺麗なお辞儀だぜ……思わずよじ登りたくなるよ。
「失礼します、モモノ。お疲れのところ、申し訳ありません」
「え、あ……あ、あはは。先日ぶりね、テレス。元気にしていたかしら」
「はい、私は元気です……モモノも、元気そうで」
「ま、まあね……あの……今の私の顔……見たかしら?」
「………」
口には出さないが、その沈黙が答えを表していた。
「そう……わ、忘れてくれる……?」
「努力します」
それしないやつだぞ俺には解る。しれっと撫でてくるOL娘のテクニックに喉を鳴らしつつ、俺は鳴いた。
「なーん」
「……コホンっ。と、とにかく! テレス、今日は一体何の御用かしら?」
「引き受けていた“護衛依頼”が完了致しましたので、ご報告をと」
顔を上げ、覇気のない笑みを赤騎士さんは浮かべる。
めっちゃ疲れた顔してるじゃん。大変だったんやろうなぁ。
「ああ成る程! 本当にお疲れ様。歌姫様の護衛、大変だったでしょう?」
「ええ……まあ」
「やっぱり! それでも完璧に護衛をやり遂げるんだから、称賛の一言ね。流石は、『星詠の聖典』……“雷光のテレス”よ!」
「………」
なんか、虚ろな顔で押し黙ってんな赤騎士さん。摩訶不思議な表情をしてる。二つ名が気に入らないのだろうか? 俺は悪くないと思うが……というか、二つ名とかあるんだな。俺の呼び名の多さには勝てんだろうがね。
「ところで、何か問題はあったりした? 彼女を狙う悪い人たちにコンサート中に襲われたとか!」
「ッ! ────にもっ」
「……え?」
桃色さんの言葉に何処か思うことがあったのか、どういうわけかプルプルと赤騎士さんは震え始める。
この人、さっきからなんか様子が変だぜ。人類なんて猫と関わってるとき大体可怪しいので、誤差かもしれんが。
そして、行き場の見つからない溜まりに溜まった感情を爆発させるように、赤騎士さんは思い切り叫んだ。
「……なにも!! ……な゙かった……!!!!」
「?? そ、それは良かったじゃない……? え、ほんとに」
うん、良いことじゃんね!
ちょっと引き気味のOL娘に強めに抱きしめられながら、俺は平和の咆哮を放つのだった。
「にゃあん」
◆◆◆◆◆
『……猫さん成分が足りませんっ……うぅ……猫さんに埋まりたいッ』
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんがねこじゃらしを捕まえました!
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等を宜しくお願い致しますッ。