聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
聖なる時代の没落と壊滅を象徴するような、遥か天空に浮かぶ巨大な廃神殿。
その残骸に腰掛け、白のドレスを身に纏った女は冷たい瞳で目の前にいる男──青を見据えていた。
「態々足を運んでくれてありがとう。歓迎するよ……勇敢なる戦士、青」
「いやアンタ、歓迎する目つきじゃねぇだろ、それ……」
言動と雰囲気が合っていない女に、青は顔を顰めた。
「それで、組織のNo.2──クローレス様が一体俺みたいな末端に何の用でしょーかね。まあ、察しはついてるんだがな……『聖天族奪取』失敗の件だろ」
「ええ。通信報告後のタイミングで呼び出したんだ。アンタみたいなバカでも解るだろうね」
「………」
自然に吐き出される罵倒。ここで言い返しても良いことなど何もないし、時間の無駄だ。息を吐くことで、何とか平静を取り繕った。
「通信じゃまるで要領を得なかったからね……もっと詳しいことを訊かせてくれる? 何が原因で“運命”を破壊されたのかを」
「詳しいことも何も……通信で言ったこと以上のことなんて何もねーよ」
「今回の聖天族奪取の計画……ペソンが【運命掌握】を使ってまで全力で取りにいったんだ。なのに、“敵の姿も見れず、何もわからない内に徹底的に負けました”で、アンタは報告を終わらせるつもりなの? 随分と思い切ったことをするんだね。“本殿”送りにされたいの?」
「げっ……いや、本当に敵の姿形を、俺を含めた3人は誰一人として把握してねぇんだって! 一人なのか、複数なのか……どんな能力でこっちの手札を削ったのか。何もかも解んねぇんだよっ。寧ろ誰がこんな真似をし腐ったか、こっちが教えてほしいくらいだぜッ」
必死に言葉を口にする青。
正体さえ掴めていれば、此方にだってやりようはいくらでもある。しかし、あの期間中どれだけ捜索を行なっても、“敵”の影すら掴むことは叶わなかった。元々やる気のないムクロ捜し……そして、その先にあった本命捜しとは違い、全力で最後まで捜し続けたにも拘らずだ。あれだけ何かを懸命に捜した経験など、青にはなく。
それが、どれだけ彼の精神を擦り減らしたか。目の前の女性──クローレスにも多少は伝わった。
「……そ。嘘は言ってないようだね」
「つくわけねーだろ、つーかつけるワケねぇだろ。アンタ相手に」
「ペソンもあたしも、アンタらの『運命力』だけは評価してたんだけどね……最後の最後でこうなるか。ほんと、世の中思うようにはいかないな」
頬杖を付きながら、溜息を吐くクローレス。楽しみにしていただけに、上手くいかなかったことはとても腹立たしい。しかし、同時に妙な納得感もあった。
何せ舞台はあの聖女の祝福を最も受けし街と謳われた場所だ。いくらペソンから『必ず成功する』というお墨付きがあったとはいえ、もっと慎重になるべきだった。
運命も呪いも絶望も。全てを虚無に還すあの怪物の存在を。
たとえどれだけ弱体化してようとも、もっと警戒するべきであったと。
聖譚祭が始まる際、聖なる力を纏った天の光が、黒い空を晴らすように立ち昇ったという。全てを照らす暖かくも強い“希望の光”が、まるで過去の神話をなぞるように。その時点で、ペソンが掌握した『運命』は破壊されていたのかもしれない。
「“神聖殺し”、“ペソンの呪物”、それにアンタ達……全部を欺きつつ、定められた絶対の『運命』を破壊できる怪物ねぇ……やっぱり該当するのは1人だけか……」
「………」
「ま、今回のところは仕方ないね……見通しが甘かったこっちの責任だ。報告ありがと。もう帰っていいよ」
「………もう帰っていいって、ここまで来るの、どんだけしんどかったかご存知ないか? クローレス様よ……お空の上だぜ、ここ」
あっけらかんと告げられた発言に、口元が引き攣る青。ここまでやって来て、この程度で解放されるのは労力に全く見合ってない。
「? 駄犬は呼ばれたら直ぐ来るのが仕事でしょ」
「相変わらず人のことを舐め腐ってんな……つーか、なんで俺だけ呼び出し食らってんだよ。プレンフィルとミリスはどうした?」
「プレンフィルは高い所が怖すぎて、“此処にこい”と言っただけで失神。ミリスは見張りの子達を操って、失踪中だよ」
「どいっつもこいつもよぉ!!」
色々な感情を爆発させるように、彼は叫んだ。
◆◆◆◆◆
「──それで。この後はどういう風に動くつもりなの? ペソン」
青がいなくなり、少し経った後。
突如として発生した黒い歪に向かって、クローレスは言う。
『─────』
「あたしの意見? そんなの聞くなんて、アンタらしくない……かなり堪えてるようだね。過去のトラウマでも思い出した?」
『─────!!』
「うるさっ……悪かったって」
怨嗟の毒を放つペソンのオーラを防ぐべく、耳を押さえた。
根は深く、容易く触れていいモノでもないと実感する。
「そうだね……まあ、先ずは偵察と汚染用に、“呪い”を纏った小型の生き物を送るのが良いと思うけどね」
『──────』
「そういう意味合いもあるけど、一番の理由は『運命』を壊した“本当の犯人”を探るためだよ」
足を組み、クローレスは軽く口角を上げた。
「確かにさっきは、該当者は1人とはいったよ。でも実際のところ、あたしは今回の件に関しては、聖女の仕業じゃないなって今は思ってる」
『──────』
「理由? アンタも本当は気が付いてるでしょ」
ペソンの方を見つめながら、目を細める。 弱体化していようとも、ありえないと断言できる違和感。
聖女の仕業じゃないと言える理由。それは。
「──あの化物は、証拠を残さないなんて器用な真似は得意じゃないし、そもそも影からこっそりなんて、こんな暗殺者染みたことができる器じゃない」
『─────』
黒の歪から納得を表すような雑音が、周囲に響き渡った。
過去の大戦でもそうだった。聖女は何時だって敵味方関係なくその威光を存分に見せつけ、正々堂々悪を打ち倒してきた。
最近聞く話でもそうである。強大な聖魔法による、広範囲殲滅攻撃。このような派手な魔法を、彼女は好んで撃っている。
魔力が巨大すぎるため、恐らく小規模の魔力コントロールが、今の状態ではままならないのであろうとクローレスは予想していた。
弱体化などしてなくとも、そういう器用なことはできないとも知っているが。
「威光を示すことが、平和に繋がると思っているタイプだからね……アイツは。今回みたいな姿形も影も残さないとかは、不可能でしょ。そもそもの問題、アイツが動いていたら、多分一人もこっち側に帰ってこれてないよ」
『─────』
「そう。だからこその偵察と汚染……問題は早めに排除しておいた方がいい。人や大型の動物を使うのは、気配で感知される恐れがあるし。……気配が小さくて薄い奴で、徐々に周辺を潰していくのがいいよ。念には念を込めてね……ふふ。嫌がらせ、したいでしょ?」
『────』
大気を揺らすように、黒の歪は揺れ動いた。
「やっていることは、黒龍の加護を与えられた大鼠と変わらないけど……ま、あっちほど悪辣な壊滅は与えないから、まだ優しい方でしょ」
『────』
「そ。じゃあ、アンタもそういう方向性で良いわけだね?」
『────』
「決まりだ」
瓦礫から腰を上げ、クローレスは暗い笑みを浮かべた。
「呪いを植え付けた奴に、ちゃんと【目】を与えておきなよ。もし殺られるとしても、相手の姿くらいは拝まなくちゃ」
『─────』
「ふうん。そこまで魔力を使った“呪い”を与えるんだ……確実に相手を殺すためね。偵察じゃ我慢できないと……けど、それじゃあ“加護”の領域になっちゃうんじゃない? アンタは大丈夫なの?」
『─────』
「アンタ、本当に聖魔法が嫌いなんだね……ペソン、アンタはまだ神話級には届かない。だから、もし加護を与えた生き物が殺られた場合、アンタにも相応のデメリットがあるのは忘れないでよ」
『負けるはずがない』、『殺られるはずがない』と、憎悪の音を天空の国に撒き散らすペソン。どこまでも鳴り響くその憎悪の鼓動は、周囲の瓦礫を更に崩壊させていく。
「アンタがボスなんだ……ペソンが決めたことなら、あたしは構わないよ。派手さはまだいらない。徐々に壊して、最後には必ず……悲願を成就させよう」
ペソンの覚悟に応えるためだろうか。掌に黒い炎を宿し、周辺の空を黒く塗り潰すように……クローレスは天へと炎を放った。
全ては……堕ちた者たちが望む、素晴らしき『幸福』な世界のために。そのための、逆襲の開催合図が……今なのだ。
「ああ、コレは結構派手だったかも……ふふっ」
『──────』
「……え? 小さく、素早い特徴を持つ生き物の候補? そうだね……」
僅かではあるものの、あの頃みたいに黒く広がった炎の帳。それを見つめながら、白のドレスとは正反対の真っ黒な瞳で……クローレスは嗤うのだった。
「バッタとかいいんじゃない……?」
◆◆◆◆◆◆
とっても可愛いバッタさん〜。今回こそは存分に遊びましょうね〜。
温かいお昼頃。
ヘンテコリンな黒い靄を纏ったバッタ畜生を見つけた俺は、相手が気が付くよりも早く、その身体を優しい一撃で叩き伏せていた。
また会えて嬉しいよ……とっても可愛いバッタさんっ。お前も嬉しいだろう? だからまた巡り会えたんだ、俺には解る。
この前は邪魔が入って、最後まで遊んであげられなかったけれども……今回は違う。俺の愉しみの邪魔をする不敬者は、今は存在しない。
此処は、キミと僕だけの世界だ……ふふ、沢山愉しいことできるね〜。コレが『運命』ってやつなんだね!
「っ……っ……ッッッ!」
ジタバタ脚を暴れさせるバッタさん。
いいぞ、頑張れ頑張れ。活きが良いのは大好物だぜ。ふふ、バッタさん、キミなら絶対耐えられるから……絶対殺したりしないから……いっっぱい、付き合ってくださいね?
簡単には壊れない、今日一日を彩る面白い友達を手に入れた俺は、機嫌よく尻尾を弾ませた。
「にゃーん」
◆◆◆◆◆
廃教会に戻ってきた俺は、めちゃくちゃ不貞腐れていた。
『ど、どうしたのですか猫さん……何だかお顔が、とっても可愛らしいですが……あ、それはいつもですね。えへへっ』
うっさい黙れ、何も聞くな無敵聖女。今の俺は、すこぶる機嫌が悪いんだからよぉ!
力を込めてなかったにも拘らず、他の畜生共同様、謎の消滅を果たしたバッタ畜生のことを思い出し、俺はコロンと寝転がった。
期待させるだけさせといて、結局消滅するとかあるかぁ! フザケやがって……もういい。このまま不貞寝してやる!
『あ、眠るのですか、猫さん……ふふっ。今日も楽しい1日を過ごせたのですね……良かったッ』
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが今日も1日、とっても楽しい1日を過ごせました!
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。