聖女様の飼い猫   作:毛布野タビ

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65話 猫と運命

 

 

 聖なる時代の没落と壊滅を象徴するような、遥か天空に浮かぶ巨大な廃神殿。

 

 その残骸に腰掛け、白のドレスを身に纏った女は冷たい瞳で目の前にいる男──青を見据えていた。

 

「態々足を運んでくれてありがとう。歓迎するよ……勇敢なる戦士、青」

 

「いやアンタ、歓迎する目つきじゃねぇだろ、それ……」

 

 言動と雰囲気が合っていない女に、青は顔を顰めた。

 

「それで、組織のNo.2──クローレス様が一体俺みたいな末端に何の用でしょーかね。まあ、察しはついてるんだがな……『聖天族奪取』失敗の件だろ」

 

「ええ。通信報告後のタイミングで呼び出したんだ。アンタみたいなバカでも解るだろうね」

 

「………」

 

 自然に吐き出される罵倒。ここで言い返しても良いことなど何もないし、時間の無駄だ。息を吐くことで、何とか平静を取り繕った。

 

「通信じゃまるで要領を得なかったからね……もっと詳しいことを訊かせてくれる? 何が原因で“運命”を破壊されたのかを」

 

「詳しいことも何も……通信で言ったこと以上のことなんて何もねーよ」 

 

「今回の聖天族奪取の計画……ペソンが【運命掌握】を使ってまで全力で取りにいったんだ。なのに、“敵の姿も見れず、何もわからない内に徹底的に負けました”で、アンタは報告を終わらせるつもりなの? 随分と思い切ったことをするんだね。“本殿”送りにされたいの?」

 

「げっ……いや、本当に敵の姿形を、俺を含めた3人は誰一人として把握してねぇんだって! 一人なのか、複数なのか……どんな能力でこっちの手札を削ったのか。何もかも解んねぇんだよっ。寧ろ誰がこんな真似をし腐ったか、こっちが教えてほしいくらいだぜッ」

 

 必死に言葉を口にする青。

 正体さえ掴めていれば、此方にだってやりようはいくらでもある。しかし、あの期間中どれだけ捜索を行なっても、“敵”の影すら掴むことは叶わなかった。元々やる気のないムクロ捜し……そして、その先にあった本命捜しとは違い、全力で最後まで捜し続けたにも拘らずだ。あれだけ何かを懸命に捜した経験など、青にはなく。

 

 それが、どれだけ彼の精神を擦り減らしたか。目の前の女性──クローレスにも多少は伝わった。

 

「……そ。嘘は言ってないようだね」

 

「つくわけねーだろ、つーかつけるワケねぇだろ。アンタ相手に」  

 

「ペソンもあたしも、アンタらの『運命力』だけは評価してたんだけどね……最後の最後でこうなるか。ほんと、世の中思うようにはいかないな」

 

 頬杖を付きながら、溜息を吐くクローレス。楽しみにしていただけに、上手くいかなかったことはとても腹立たしい。しかし、同時に妙な納得感もあった。

 何せ舞台はあの聖女の祝福を最も受けし街と謳われた場所だ。いくらペソンから『必ず成功する』というお墨付きがあったとはいえ、もっと慎重になるべきだった。

 

 運命も呪いも絶望も。全てを虚無に還すあの怪物の存在を。

 たとえどれだけ弱体化してようとも、もっと警戒するべきであったと。

 

 聖譚祭が始まる際、聖なる力を纏った天の光が、黒い空を晴らすように立ち昇ったという。全てを照らす暖かくも強い“希望の光”が、まるで過去の神話をなぞるように。その時点で、ペソンが掌握した『運命』は破壊されていたのかもしれない。

 

「“神聖殺し”、“ペソンの呪物”、それにアンタ達……全部を欺きつつ、定められた絶対の『運命』を破壊できる怪物ねぇ……やっぱり該当するのは1人だけか……」

 

「………」

 

「ま、今回のところは仕方ないね……見通しが甘かったこっちの責任だ。報告ありがと。もう帰っていいよ」

 

「………もう帰っていいって、ここまで来るの、どんだけしんどかったかご存知ないか? クローレス様よ……お空の上だぜ、ここ」  

 

 あっけらかんと告げられた発言に、口元が引き攣る青。ここまでやって来て、この程度で解放されるのは労力に全く見合ってない。

 

「? 駄犬は呼ばれたら直ぐ来るのが仕事でしょ」

 

「相変わらず人のことを舐め腐ってんな……つーか、なんで俺だけ呼び出し食らってんだよ。プレンフィルとミリスはどうした?」

 

「プレンフィルは高い所が怖すぎて、“此処にこい”と言っただけで失神。ミリスは見張りの子達を操って、失踪中だよ」

 

「どいっつもこいつもよぉ!!」

 

 色々な感情を爆発させるように、彼は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「──それで。この後はどういう風に動くつもりなの? ペソン」

 

 青がいなくなり、少し経った後。

 突如として発生した黒い歪に向かって、クローレスは言う。

 

『─────』

 

「あたしの意見? そんなの聞くなんて、アンタらしくない……かなり堪えてるようだね。過去のトラウマでも思い出した?」

 

『─────!!』

 

「うるさっ……悪かったって」

 

 怨嗟の毒を放つペソンのオーラを防ぐべく、耳を押さえた。

 根は深く、容易く触れていいモノでもないと実感する。

 

「そうだね……まあ、先ずは偵察と汚染用に、“呪い”を纏った小型の生き物を送るのが良いと思うけどね」

 

『──────』

 

「そういう意味合いもあるけど、一番の理由は『運命』を壊した“本当の犯人”を探るためだよ」

 

 足を組み、クローレスは軽く口角を上げた。

 

「確かにさっきは、該当者は1人とはいったよ。でも実際のところ、あたしは今回の件に関しては、聖女の仕業じゃないなって今は思ってる」

  

『──────』

 

「理由? アンタも本当は気が付いてるでしょ」

 

 ペソンの方を見つめながら、目を細める。 弱体化していようとも、ありえないと断言できる違和感。

 

 聖女の仕業じゃないと言える理由。それは。

 

「──あの化物は、証拠を残さないなんて器用な真似は得意じゃないし、そもそも影からこっそりなんて、こんな暗殺者染みたことができる器じゃない」

 

『─────』

 

 黒の歪から納得を表すような雑音が、周囲に響き渡った。

 

 過去の大戦でもそうだった。聖女は何時だって敵味方関係なくその威光を存分に見せつけ、正々堂々悪を打ち倒してきた。

 最近聞く話でもそうである。強大な聖魔法による、広範囲殲滅攻撃。このような派手な魔法を、彼女は好んで撃っている。

 

 魔力が巨大すぎるため、恐らく小規模の魔力コントロールが、今の状態ではままならないのであろうとクローレスは予想していた。

 

 弱体化などしてなくとも、そういう器用なことはできないとも知っているが。

 

「威光を示すことが、平和に繋がると思っているタイプだからね……アイツは。今回みたいな姿形も影も残さないとかは、不可能でしょ。そもそもの問題、アイツが動いていたら、多分一人もこっち側に帰ってこれてないよ」

 

『─────』

 

「そう。だからこその偵察と汚染……問題は早めに排除しておいた方がいい。人や大型の動物を使うのは、気配で感知される恐れがあるし。……気配が小さくて薄い奴で、徐々に周辺を潰していくのがいいよ。念には念を込めてね……ふふ。嫌がらせ、したいでしょ?」

 

『────』

 

 大気を揺らすように、黒の歪は揺れ動いた。

 

「やっていることは、黒龍の加護を与えられた大鼠と変わらないけど……ま、あっちほど悪辣な壊滅は与えないから、まだ優しい方でしょ」

 

『────』

 

「そ。じゃあ、アンタもそういう方向性で良いわけだね?」

 

『────』

 

「決まりだ」

 

 瓦礫から腰を上げ、クローレスは暗い笑みを浮かべた。

 

「呪いを植え付けた奴に、ちゃんと【目】を与えておきなよ。もし殺られるとしても、相手の姿くらいは拝まなくちゃ」  

 

『─────』

 

「ふうん。そこまで魔力を使った“呪い”を与えるんだ……確実に相手を殺すためね。偵察じゃ我慢できないと……けど、それじゃあ“加護”の領域になっちゃうんじゃない? アンタは大丈夫なの?」

 

『─────』

 

「アンタ、本当に聖魔法が嫌いなんだね……ペソン、アンタはまだ神話級には届かない。だから、もし加護を与えた生き物が殺られた場合、アンタにも相応のデメリットがあるのは忘れないでよ」

 

 『負けるはずがない』、『殺られるはずがない』と、憎悪の音を天空の国に撒き散らすペソン。どこまでも鳴り響くその憎悪の鼓動は、周囲の瓦礫を更に崩壊させていく。

 

「アンタがボスなんだ……ペソンが決めたことなら、あたしは構わないよ。派手さはまだいらない。徐々に壊して、最後には必ず……悲願を成就させよう」

 

 ペソンの覚悟に応えるためだろうか。掌に黒い炎を宿し、周辺の空を黒く塗り潰すように……クローレスは天へと炎を放った。

 

 全ては……堕ちた者たちが望む、素晴らしき『幸福』な世界のために。そのための、逆襲の開催合図が……今なのだ。

 

「ああ、コレは結構派手だったかも……ふふっ」

 

『──────』

 

「……え? 小さく、素早い特徴を持つ生き物の候補? そうだね……」

 

 僅かではあるものの、あの頃みたいに黒く広がった炎の帳。それを見つめながら、白のドレスとは正反対の真っ黒な瞳で……クローレスは嗤うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バッタとかいいんじゃない……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆  

 

 

 とっても可愛いバッタさん〜。今回こそは存分に遊びましょうね〜。

 

 温かいお昼頃。

 ヘンテコリンな黒い靄を纏ったバッタ畜生を見つけた俺は、相手が気が付くよりも早く、その身体を優しい一撃で叩き伏せていた。

 

 また会えて嬉しいよ……とっても可愛いバッタさんっ。お前も嬉しいだろう? だからまた巡り会えたんだ、俺には解る。

 この前は邪魔が入って、最後まで遊んであげられなかったけれども……今回は違う。俺の愉しみの邪魔をする不敬者は、今は存在しない。

 

 此処は、キミと僕だけの世界だ……ふふ、沢山愉しいことできるね〜。コレが『運命』ってやつなんだね!

 

「っ……っ……ッッッ!」

 

 ジタバタ脚を暴れさせるバッタさん。

 いいぞ、頑張れ頑張れ。活きが良いのは大好物だぜ。ふふ、バッタさん、キミなら絶対耐えられるから……絶対殺したりしないから……いっっぱい、付き合ってくださいね?

 

 簡単には壊れない、今日一日を彩る面白い友達を手に入れた俺は、機嫌よく尻尾を弾ませた。

 

「にゃーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 廃教会に戻ってきた俺は、めちゃくちゃ不貞腐れていた。

 

『ど、どうしたのですか猫さん……何だかお顔が、とっても可愛らしいですが……あ、それはいつもですね。えへへっ』

 

 うっさい黙れ、何も聞くな無敵聖女。今の俺は、すこぶる機嫌が悪いんだからよぉ!

 

 力を込めてなかったにも拘らず、他の畜生共同様、謎の消滅を果たしたバッタ畜生のことを思い出し、俺はコロンと寝転がった。

 

 期待させるだけさせといて、結局消滅するとかあるかぁ! フザケやがって……もういい。このまま不貞寝してやる!

 

『あ、眠るのですか、猫さん……ふふっ。今日も楽しい1日を過ごせたのですね……良かったッ』

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが今日も1日、とっても楽しい1日を過ごせました!

本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。
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