聖女様の飼い猫 作:もふもふもふも
ここ最近の俺を取り巻く狩り事情は、中々に酷いものがある。
鼠、蝶、蛙、小鳥、魚、バッタに蛇……その他多くの畜生共を見定め、狙ってきたわけだけれども……狩ることが全く出来ていない。
俺クラスの神猫になると、狩られる側が『狩ってください! お願いします!』と頭を垂れても何ら可怪しくないことでしょうに。俺の前に現れる奴等は、殆どが逃げたり消えたりと、礼儀知らずな不届き者ばかり。
一体どうなってるんだこの世界は。常識狂ってるんじゃないか?
カワイイ俺が失敗して不貞腐れてる姿とか、誰にも何処にも需要なんてな……あれ、あるな。とんでもなくあるぞ。どんなことをしようとも、神猫な俺がするだけで未曾有の価値が付与されてしまっている。世界一のカワイさを振りまいてしまうのにも、困ったもんだぜほんと。ふふん!
……しかし、この溢れ出るカワイさでは、残念ながら我が狩猟本能が満たされたりはしないんだよね。
そろそろ具体的かつ有効な手を……いや、肉球を打つときであるな。
というわけで。
「あ、いらっしゃい白猫さん! 今日ももふもふな毛並みだねっ……癒し降臨感謝感激っ。早速撫でてもいい?」
「にゃあ」
うむ、OL娘……お主なら赦す。撫で技術が高くて良かったね!
満面の笑みで我がもふもふを撫でてくるOL娘の手を、俺は寛大な心で受け入れた。
「あー……あーー……癒しの塊すぎるっ。休憩時間中に猫をモフれるとか、私今めっちゃ満たされてるよぉっ。ふふ、白猫さん、今日も冒険者ギルドを探検しに来たの? それともギルド長の相手?」
いや、そのどちらでもない。俺が今日冒険者ギルドに足を運んだのは、活きの良い獲物について色々と探るためである。
こういうのは、冒険者ギルドに行けば大体情報が落ちているものだからね……ほら、さっさと俺が満足できるような獲物の情報をよこしなさいな。俺のカワイイ狩猟本能を満たすためにも、尽くしてください。
これは命令です。
「にゃあ」
「貴方がいると職場の雰囲気が良くなるから本当に助かるよぉ……冒険者の数が多いとさ、トラブルもその分増えちゃって……はあ」
俺の頬をモニュリながら、溜息を溢すOL娘。
いつも大変そうだね、貴様も。溢れる溜め息に、なんか色んな心情が詰まってるのがよく解るぜ。
毎日一生懸命頑張っているからな、俺と接することで存分に癒やされなさい……と言いたいところだが。我が頬をモニュることは赦さぬ。前が見えないんだよっ。
身体を振り、俺はOL娘の手を薙ぎ払った。
「めっちゃ身体捩曲げて嫌がられた……な、なんで??」
「あっはは! お顔ムギュッとされるのが嫌だったんですよその子! エーレ先輩、疲れすぎで猫ちゃんへの対応が雑になってますよ」
あ、後輩少女じゃん、こんにちにゃ〜。
やってきた後輩少女に対し、俺は挨拶の意味を込めて尻尾をパタンパタンと弾ませた。
冒険者ギルドに来ると、結構お前とも会う機会が多いね……恵まれた奴だぜ。
「“白猫さんは繊細なんだから、もっと割れ物を扱うみたいに丁寧に接しないと”……ふふ、先輩が私に言った言葉ですよ。言った当の本人が、忘れちゃダメじゃないですか」
「レ、レイーゼ……た、確かに。わ、私としたことが、いつの間に猫ちゃんのお顔を……気持ち良すぎて全く気が付かなかった。なんて不覚ッ」
「あ、ストップ。くだらないこと言って落ち込むのは止めてくださいね? 空気が重苦しくなるので!」
「く、くだらない……?」
若干傷付いた反応を見せるOL娘をまるで気にすることなく。
彼女の隣に座ると、嬉しそうに後輩少女は俺の顔を覗き込んできた。
「ようこそです、猫ちゃん! 今日も先輩のストレス発散に付き合ってくれてありがとう……沢山ゆっくりしていってね!」
聞くこと聞いたら狩りに出掛けるので、それはちょっと難しいかも! カワイイ俺は、とっても予定が立て込んでいるのだ。
「レイーゼ……貴方、さっき休憩時間はカフェで過ごすって言ってなかった?」
「そうしようと思ってたんですけど……バカみたいに混んでたんで、戻ってきちゃいました。あんなに人が居たら、休憩になんかならないですよ、もうっ」
「そっか……サイナンだったね」
「感情籠ってないですよ先輩ッ」
頬を膨らませ、後輩少女はジロリとOL娘のことを睨み付けた。
「レイーゼ……さっきの冒険者、結局どうなったの? 随分と報酬をゴネてたみたいだけど」
「ああ、そのままの報酬でお帰りいただきましたよ。どう考えても、コブリンの牙と棍棒4本ずつ程度じゃあ、アレ以上の報酬は認められませんから」
「……よく納得してくれたね。相手、結構ズタボロでヒートアップしちゃってたじゃん。話なんか禄に通じる感じがしなかったけれど……一体どうやって帰ってもらったの? ギルド長を呼んだの?」
「ふふ、乙女の秘密です!」
「ああ……そう」
俺の頭を撫でつつ、OL娘は目尻を揉んだ。
喋るならせめて、もっと凶暴な獲物の話題とかしてくれないかな。なんでもいいから、長持ちする獲物を教えてくださいな。
「先輩の方も、私に言わないといけないことがあるんじゃないですか?」
「え? 別にないけど……なにかあったっけ?」
「やだなぁ。この前一緒に飲みに行こうって約束したじゃないですか! 先輩が奢ってくれるっていうから、ずっと楽しみにしてるんですけど!」
「あ、そうだったかも……いや、待って。奢るとは言ってなくない? 絶対言ってないよね?」
「あ、あはは……そうでしたっけ?」
俺が待ってるのに、どうでもいい話に花を咲かせるのは止めてくれよ。
俺、暇じゃないんだよ?? ねえ!
「あ、見てくださいエーレ先輩! 猫ちゃんがカワイイお顔を浮かべてますよ! 撫でてもいいですかね?」
「ダメ。今は……ううん、ずっと私のターンなんだから」
「ご、強欲……!」
ほんとだよ。欲張ってるんじゃねぇ。
ダメだな……カワイイ俺がいる前では、物騒な話題など出さんか。もうっ、アテが外れたぜ、もっと情報が毟れそうな場所に行こう。
机から降り、俺は可愛らしく歩き始めた。
「え、あ、も、もう行っちゃうの……? も、もふもふが……私の癒しが……」
「仕方ありませんよ、何者にも縛れない……そこが猫ちゃんの良いところじゃないですか」
「そうだけど……もふエネルギーが足りないよぅっ」
「なんですかそれ……変なこと言ってないで、ちゃんと休んでくださいね。午後からも、忙しいんですから!」
そーだよ、精々沢山休むことだな……お前の撫で技術は認めてあげているんだからね。
2人の方へと振り返り、俺は天使の鳴き声を届けた。
「にゃあ」
◆◆◆◆
エイコーンから遥か北……王都ヒエラスとの間に存在する、黒い空白……人々に、立ち入り禁止と言われている魔のエリア。
数多の英傑たちが眠る巨大墓地──【星還りの
聖女が消えた後、何らかの原因で急激に汚染されていき、現在では超高難易度の【迷宮】として登録されたそこで、騎士の男が逃げ惑っていた。
「畜生っ……畜生! なんなんだよ、聖宝具による攻撃も何も通じねぇなんてありえねぇだろ! どうなってんだよ此処の魔物共は!」
男は、ワケもわかない現象に対する恨みつらみを、大声で吐き出した。
背後から、何かが迫ってくる。地面を削るような破壊音。1つではない。2つ、3つ──否。
数えることすら億劫になるほどの雑音が、暗闇の向こうからこちらへ押し寄せている。
「他の皆はやられちまったのか……? くそっ!」
魔に属する存在であれば、触れただけでも傷を負わせる聖なる武器。この廟へ足を踏み入れる前、男はそれを何度も確認した。
これがあれば大丈夫だと。そう、高を括っていた。今の今まで、コレを受けて無事だった魔物などいないからだ。それは、今の歴史が証明している。
男がこの迷宮に挑戦する、絶対の自信を身につけるに至った最高峰の相棒。誰にも負けない聖なる武器。
故に──理解できない。想像が追い付かない。
こんな情報、何処にもなかった筈だ。あり得ていい筈がない。
「そんなわけがないんだ! 俺の剣が通じないなんて……そんな馬鹿げたことがあるものか!!」
震える手で男は剣を構える。そうしていると、暗闇の中から一体の魔物が姿を現した。
人の腕にも似た細長い四肢。歪んだ頭部。その全身には、まるで墓場から這い出してきた死者のように、黒い泥がへばりついている。
「俺についてきてくれた、皆の仇──ッ!」
男は叫びながら剣を振り抜いた。鍛え上げられた、美技。聖なる光が弧を描き、魔物の身体を捉える。
──しかし。
「な……」
斬れない。微動だにすら、してくれない。
男の目が見開かれる。その目には、確かに絶望が映っていた。
魔物は何事もなかったかのように、ゆっくりと顔を上げる。
そして──愉しそうに笑った。
口など存在しないはずの顔が、不自然に裂けたのだ。
「ひっ」
男の喉から、情けない声が漏れる。
次の瞬間。
魔物の腕が、男に向かって振り下ろされた。
◆◆◆◆◆
「……墓参り、遅くとも一週間後には行きたいな……依頼とか出したら、誰か付いて来てくれるかしら? 場所が場所だし……厳しい……かなぁ」
「にゃあ」
墓参り、まだ言ってたんだ。最近ずっと言ってんね。
隣でずっと唸りながら「墓参りっ……でも場所が怖いっ……でも、墓参りっ」言われるのなんか気分悪いんですけど。行きたいならはよいこうや。
怖いのはわからなくもないが……シスターなら、墓地に行く機会はいくらでもありそうなもんだけど。
この子、かなーり臆病なところがあるんだよね……素直になりきれずに、すぐイジけちゃうし。
「はあ……やっぱり適当にそこらでお墓作って済ませちゃおうかしら……でも、もう逃げたくなんてっ……ああ、クソッ」
う、うぜぇ。見ててイライラするぞコイツ。やりたいことがあるなら、さっさとやれや三下シスター。ちょっとは振り切れている聖女ちゃんを見習おうよ。
気分転換も兼ねて、この俺がついて行ってあげるからさ。
そうすりゃ、怖くなかろう? 神猫たる俺は、全ての悪霊、悪鬼阿修羅を打ち払うのだ! ふふん!
「にゃあん」
「呑気っ子め……おかわりはないからね」
別に催促じゃない!!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが今日も癒しを沢山届けております!
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。