聖女様の飼い猫   作:毛布野タビ

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67話 猫と【土星竜】

 

 

 

 

 雨が降り注ぐ昼下がり。

 

 街の大通りから少し外れた場所にある、一軒の小さなカフェ。そこの、穏やかな一角。

 

 ローザはソワソワと落ち着かない様子を隠すことなく、椅子に座っていた。

 

「…………っ」

 

 背筋は真っ直ぐ、両手は膝の上。まるで、これから何か格式高いパーティでも始まるのではないか……そう、錯覚する程の美しい姿勢だ。しかし、周囲の音を聞き取ろうと耳を動かしては、両の手を忙しなく動かしてしまっている。

 向かいに座っているセラスピアは、そんなローザのアンバランスさが可笑しく、思わず吹き出した。

 

「ぷっ……ローザ」

 

「は、はい、なんでしょうかっ?」

 

「もう少し肩の力を抜こうか。今のままじゃあ、“可愛らしい人”だと思われちゃうよ。私は、それでも全然構わないけれども」

 

「なっ!?」

 

 セラスピアの言葉に、頬を真っ赤にするローザ。

 少し身を乗り出すと、彼女は否定の声をあげる。

 

「か、からかうのは止めてください! それに、私の役目は本来、貴方方王族の護衛。職務中に肩の力を抜くなど、言語道断でございます!」

 

「護衛て……うーん、君はあいもかわらずお堅いなあ。フォレイアに対してなら兎も角、相手はこの私だよ。ちゃらんぽらん相手に、そんな誇りを持つ必要なんてないと思うけれど」

 

「そういうわけにも参りませんっ。他の者がどう宣おうとも、私は今でも貴方様のことを尊敬しているんですよッ」

 

「………やっぱりお堅いな」

 

 あまりにも必死な表情に、セラスピアがくすりと笑う。

 

「堅物なのは、君の長所だ……でも、今は本当に緊張しなくてもいいのに。“神淵の館”と違って、カフェは怖い場所じゃないんだから……」

 

「緊張なんかしていませんっ……変な解釈をしないでください。あと、昔のことを持ち出すのは禁止ですよ、セラスピア様ッ」

 

「あはは、ごめんね……あの時のローザが、あまりにもカッコよくてさ」

 

「セラスピア様!」

 

「ふふ……解ってるよ。もうしないさ」

 

 セラスピアは理解したように頷いてみせる。けれど、口元にはまだ幼子を見守るような、優しい笑みが残っていた。

 ローザはそれを見て、視線を鋭くする。

 

「……本当に妹君に似てきましたね、セラスピア様。変に私のことをからかうようになってしまった……普通は逆でしょうに」

 

「あの子ほど、私はしっかりしてはいないよ。比べるのも失礼な話だろう」

 

「どっちもどっちですよっ」

 

 心を落ち着けるべく、ローザは眼前に置かれているコーヒーを口に含む。

 その温かさが、膨れ上がっていた心の内側をじんわりと溶かしていく。先ほどまでの張り詰めた様子から、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。

 それを確認したセラスピアは、口元の笑みを静かに引き締める。

 

「……さて、場と心も整ったことだし、そろそろ本題に入ろうか、ローザ」

 

「………」

 

「君が、言葉より行動派なのは知っている。にも拘らず、このような話し合いの機会を設けた、その理由……訊かせてくれるかい。“森に帰ってきてほしい”なんて、そんな問題じゃないんだろう?」

 

「ふう……はい、かしこまりました」

 

 セラスピアの雰囲気が、のほほんとしたものから一気に引き締まった。それを感じ取った瞬間、ローザもまた空気を切り替える。

 先程までの動揺は消えた。背筋を今一度正し、セラスピアを真っ直ぐに見つめる。 

 

「まず、結論から申しますと……【堕ちた精霊】と並ぶ、我々エルフにとって最悪の悪魔……大地の怪物、“土星竜”が動き出す可能性が高いです」

 

「────なに?」

 

 セラスピアの声から、先ほどまでの柔らかさが完全に消えた。

 手にしていたティーカップが、僅かに止まる。

 

「確信は?」

 

「森の賢者である、フォレイア様が予知したことです……先ず、間違いないかと」

 

「そうか……それは……確かに私に話さねばならんことだな」

 

 セラスピアは瞳を揺らしながら、静かにカップを置いた。

 その音だけが、雨音の中で妙に大きく響く。

 

「やはり、ご存知なのですか?」

 

「ああ、もちろん。ローザはまだ見たことがなかったね……アレも黒竜程ではないにしろ、世界を揺るがす力を持った怪物の一体だよ」

 

 いろんな感情を吐き出すように、セラスピアは大きくため息を吐いた。

 

「今になって行動を起こし始めたのか……安全になったと確信したんだな、あの臆病者は」

 忌々しげに、彼女は吐き捨てた。

 

 土星竜──スカロプス。

 

 エルフの古い伝承に残る、地の底に棲まう巨大な竜。

 その巨体は大地の奥深くに沈み、普段は地中深くで眠り続けている。どれほど深い場所にいるのか、その正確な位置を知る者はいない。

 ただ一説によれば、大地の核にも届くほどの深淵に身を潜めているという。スカロプスが恐れられている理由は、その巨大な身体だけではない。

 

 この竜は、大地そのものを喰らう。

 

 土を喰らい、岩を喰らい、地中を流れる魔力──地脈すらも喰らう。

 

 そして、その通り道にあるものを何もかも巻き込んでいく。森があれば木々を枯らし、泉があれば水脈を断ち、精霊がいればその棲み処を奪う。

 つまり、スカロプスが動いた場所では、自然そのものが死んでいくのだ。

 

 だが、この怪物が姿を現すことは滅多にない。

 スカロプスはおよそ200年に一度だけ目を覚ます。

 

 そして、目覚めた後に地上で活動する時間は──僅か一週間。たったの七日間だ。

 

 それだけの時間しか動かない。ならば、大した脅威ではないのではないか。そう考える者もいるだろう。だが、それは大きな間違いである。

 

 スカロプスにとっての一週間は、人々にとってはあまりにも長い。眠りから目覚めたスカロプスは、破壊を求めて大地を進む。その巨体が地中を通るだけで大地は揺れ、地面は裂け、地脈は乱れる。

 

 さらに、進んだ先にある森や山、川までもが巻き込まれていく。

 

 だからこそ。

 

 エルフたちは、スカロプスの目醒めを一匹の魔物の出現とは考えていない。

 

 アレは──“災害”そのもの。大地を襲う、巨大な天災なのだと。

 

 そう、諦め続けてきたのだ。

 

「出現時期は、本来であれば13年以上前のはず……今更、現れるとはね。全く……鬱陶しい」

 

 スカロプスが今の今まで現れなかった理由など、考えるまでもない。【聖戦】に巻き込まれるのを恐れたからだ。

 

 恐らく、スカロプスは感じ取ったのだろう。

 

 世界の全てを照らし、地上で光り輝き続ける───聖女の威光を。

 

 デカいだけの怪物では、神話級の化物である彼女をどうすることもできはしない。

 片手間で、処理されるのがオチ。そう考え、土の下で潜んでいたのだ。

 

 今までの人類が、スカロプスに対してそうだったように……『神なる天災』が過ぎ去るのを、奴も待ったのである。

 

「まだ堕ちた精霊──【(ルルーディ)】と【(ゾフォス)】の処理も済んでいないのにね。こっちが先に出てくるなんて……このまま忘れ去られたままで居て欲しかったよ……はあ」

 

「………」

 

「大まかな出現時間、場所は解るのかい? それさえ解れば、魔法を張れるのだけれども」

 

「いえ、具体的には何とも……地脈の流れが乱されているらしく、『この街から近い』とだけフォレイア様は仰っておりました。しかし、今は対抗策のなかった昔とは違います。フォレイア様曰く、アレの心変わり……その意思を考えれば、最も人の居ない“安全”とされる場所に出現するのではないか、と」

 

「なるほどね……人の居ない場所か……確かにあの臆病者は、そうするかも」

 

 セラスピアは窓の外へ視線を向けた。

 雨に濡れた街並み。石畳を流れる水。灰色の空。

 そこには、竜の姿などどこにもない。それでも。セラスピアには、見えない何かが地の底で蠢いているような気がした。

 

「──考えたくもない……が……ひょっとすると」

 

「な、なにか手掛かりが掴めたのですかっ?」

 

「いや、手掛かりという程でもない……只の直感だ」

 

 身を乗り出すローザを制し、セラスピアは言う。

 

「スカロプスは、あの迷宮──【星還りの廟】に出現するかもしれない……少し、探ってみるか」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 ザーザーと降り注ぐ憎らしい雨日和。

 

 廃教会の隅で、俺は丸くなっていた。

 

『ね、猫さん? なぜ、そんなに端にいるのですか……?』

 

 大した意味はない。只、今はそういう気分なだけである……雨の日は、気持ちがブルーになっちゃうんだよね。参っちゃうぜ、クソが。

 

『隅にいる猫さんもカワイイですが……貴方には、私の隣で居てほしいです……一生』  

 

 湿度の高くなる感情はやめてね。唯でさえジメジメしてるんだから。いつも重いのは止めろつってんだろうが、このクソボ……ダメだ、ツッコむ気力もなんか出ないな。

 天気が良くなるまで、今日はもう寝よう。

 

 俺は全てを遮断するように、顔を伏せた。

 

『……ね、猫さんの後頭部……す、吸って窒息したい───ヴ』

 

 吸ってないのに窒息してんじゃねぇ!

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様でガガガブックスf様より、書籍化が決定いたしました!

11月18日に、発売予定です!
可愛らしすぎる絵になった猫さんを、是非とも見てくださいませ!

本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。
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