聖女様の飼い猫 作:毛布野タビ
雨が降り注ぐ昼下がり。
街の大通りから少し外れた場所にある、一軒の小さなカフェ。そこの、穏やかな一角。
ローザはソワソワと落ち着かない様子を隠すことなく、椅子に座っていた。
「…………っ」
背筋は真っ直ぐ、両手は膝の上。まるで、これから何か格式高いパーティでも始まるのではないか……そう、錯覚する程の美しい姿勢だ。しかし、周囲の音を聞き取ろうと耳を動かしては、両の手を忙しなく動かしてしまっている。
向かいに座っているセラスピアは、そんなローザのアンバランスさが可笑しく、思わず吹き出した。
「ぷっ……ローザ」
「は、はい、なんでしょうかっ?」
「もう少し肩の力を抜こうか。今のままじゃあ、“可愛らしい人”だと思われちゃうよ。私は、それでも全然構わないけれども」
「なっ!?」
セラスピアの言葉に、頬を真っ赤にするローザ。
少し身を乗り出すと、彼女は否定の声をあげる。
「か、からかうのは止めてください! それに、私の役目は本来、貴方方王族の護衛。職務中に肩の力を抜くなど、言語道断でございます!」
「護衛て……うーん、君はあいもかわらずお堅いなあ。フォレイアに対してなら兎も角、相手はこの私だよ。ちゃらんぽらん相手に、そんな誇りを持つ必要なんてないと思うけれど」
「そういうわけにも参りませんっ。他の者がどう宣おうとも、私は今でも貴方様のことを尊敬しているんですよッ」
「………やっぱりお堅いな」
あまりにも必死な表情に、セラスピアがくすりと笑う。
「堅物なのは、君の長所だ……でも、今は本当に緊張しなくてもいいのに。“神淵の館”と違って、カフェは怖い場所じゃないんだから……」
「緊張なんかしていませんっ……変な解釈をしないでください。あと、昔のことを持ち出すのは禁止ですよ、セラスピア様ッ」
「あはは、ごめんね……あの時のローザが、あまりにもカッコよくてさ」
「セラスピア様!」
「ふふ……解ってるよ。もうしないさ」
セラスピアは理解したように頷いてみせる。けれど、口元にはまだ幼子を見守るような、優しい笑みが残っていた。
ローザはそれを見て、視線を鋭くする。
「……本当に妹君に似てきましたね、セラスピア様。変に私のことをからかうようになってしまった……普通は逆でしょうに」
「あの子ほど、私はしっかりしてはいないよ。比べるのも失礼な話だろう」
「どっちもどっちですよっ」
心を落ち着けるべく、ローザは眼前に置かれているコーヒーを口に含む。
その温かさが、膨れ上がっていた心の内側をじんわりと溶かしていく。先ほどまでの張り詰めた様子から、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
それを確認したセラスピアは、口元の笑みを静かに引き締める。
「……さて、場と心も整ったことだし、そろそろ本題に入ろうか、ローザ」
「………」
「君が、言葉より行動派なのは知っている。にも拘らず、このような話し合いの機会を設けた、その理由……訊かせてくれるかい。“森に帰ってきてほしい”なんて、そんな問題じゃないんだろう?」
「ふう……はい、かしこまりました」
セラスピアの雰囲気が、のほほんとしたものから一気に引き締まった。それを感じ取った瞬間、ローザもまた空気を切り替える。
先程までの動揺は消えた。背筋を今一度正し、セラスピアを真っ直ぐに見つめる。
「まず、結論から申しますと……【堕ちた精霊】と並ぶ、我々エルフにとって最悪の悪魔……大地の怪物、“土星竜”が動き出す可能性が高いです」
「────なに?」
セラスピアの声から、先ほどまでの柔らかさが完全に消えた。
手にしていたティーカップが、僅かに止まる。
「確信は?」
「森の賢者である、フォレイア様が予知したことです……先ず、間違いないかと」
「そうか……それは……確かに私に話さねばならんことだな」
セラスピアは瞳を揺らしながら、静かにカップを置いた。
その音だけが、雨音の中で妙に大きく響く。
「やはり、ご存知なのですか?」
「ああ、もちろん。ローザはまだ見たことがなかったね……アレも黒竜程ではないにしろ、世界を揺るがす力を持った怪物の一体だよ」
いろんな感情を吐き出すように、セラスピアは大きくため息を吐いた。
「今になって行動を起こし始めたのか……安全になったと確信したんだな、あの臆病者は」
忌々しげに、彼女は吐き捨てた。
土星竜──スカロプス。
エルフの古い伝承に残る、地の底に棲まう巨大な竜。
その巨体は大地の奥深くに沈み、普段は地中深くで眠り続けている。どれほど深い場所にいるのか、その正確な位置を知る者はいない。
ただ一説によれば、大地の核にも届くほどの深淵に身を潜めているという。スカロプスが恐れられている理由は、その巨大な身体だけではない。
この竜は、大地そのものを喰らう。
土を喰らい、岩を喰らい、地中を流れる魔力──地脈すらも喰らう。
そして、その通り道にあるものを何もかも巻き込んでいく。森があれば木々を枯らし、泉があれば水脈を断ち、精霊がいればその棲み処を奪う。
つまり、スカロプスが動いた場所では、自然そのものが死んでいくのだ。
だが、この怪物が姿を現すことは滅多にない。
スカロプスはおよそ200年に一度だけ目を覚ます。
そして、目覚めた後に地上で活動する時間は──僅か一週間。たったの七日間だ。
それだけの時間しか動かない。ならば、大した脅威ではないのではないか。そう考える者もいるだろう。だが、それは大きな間違いである。
スカロプスにとっての一週間は、人々にとってはあまりにも長い。眠りから目覚めたスカロプスは、破壊を求めて大地を進む。その巨体が地中を通るだけで大地は揺れ、地面は裂け、地脈は乱れる。
さらに、進んだ先にある森や山、川までもが巻き込まれていく。
だからこそ。
エルフたちは、スカロプスの目醒めを一匹の魔物の出現とは考えていない。
アレは──“災害”そのもの。大地を襲う、巨大な天災なのだと。
そう、諦め続けてきたのだ。
「出現時期は、本来であれば13年以上前のはず……今更、現れるとはね。全く……鬱陶しい」
スカロプスが今の今まで現れなかった理由など、考えるまでもない。【聖戦】に巻き込まれるのを恐れたからだ。
恐らく、スカロプスは感じ取ったのだろう。
世界の全てを照らし、地上で光り輝き続ける───聖女の威光を。
デカいだけの怪物では、神話級の化物である彼女をどうすることもできはしない。
片手間で、処理されるのがオチ。そう考え、土の下で潜んでいたのだ。
今までの人類が、スカロプスに対してそうだったように……『神なる天災』が過ぎ去るのを、奴も待ったのである。
「まだ堕ちた精霊──【
「………」
「大まかな出現時間、場所は解るのかい? それさえ解れば、魔法を張れるのだけれども」
「いえ、具体的には何とも……地脈の流れが乱されているらしく、『この街から近い』とだけフォレイア様は仰っておりました。しかし、今は対抗策のなかった昔とは違います。フォレイア様曰く、アレの心変わり……その意思を考えれば、最も人の居ない“安全”とされる場所に出現するのではないか、と」
「なるほどね……人の居ない場所か……確かにあの臆病者は、そうするかも」
セラスピアは窓の外へ視線を向けた。
雨に濡れた街並み。石畳を流れる水。灰色の空。
そこには、竜の姿などどこにもない。それでも。セラスピアには、見えない何かが地の底で蠢いているような気がした。
「──考えたくもない……が……ひょっとすると」
「な、なにか手掛かりが掴めたのですかっ?」
「いや、手掛かりという程でもない……只の直感だ」
身を乗り出すローザを制し、セラスピアは言う。
「スカロプスは、あの迷宮──【星還りの廟】に出現するかもしれない……少し、探ってみるか」
◆◆◆◆◆
ザーザーと降り注ぐ憎らしい雨日和。
廃教会の隅で、俺は丸くなっていた。
『ね、猫さん? なぜ、そんなに端にいるのですか……?』
大した意味はない。只、今はそういう気分なだけである……雨の日は、気持ちがブルーになっちゃうんだよね。参っちゃうぜ、クソが。
『隅にいる猫さんもカワイイですが……貴方には、私の隣で居てほしいです……一生』
湿度の高くなる感情はやめてね。唯でさえジメジメしてるんだから。いつも重いのは止めろつってんだろうが、このクソボ……ダメだ、ツッコむ気力もなんか出ないな。
天気が良くなるまで、今日はもう寝よう。
俺は全てを遮断するように、顔を伏せた。
『……ね、猫さんの後頭部……す、吸って窒息したい───ヴ』
吸ってないのに窒息してんじゃねぇ!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様でガガガブックスf様より、書籍化が決定いたしました!
11月18日に、発売予定です!
可愛らしすぎる絵になった猫さんを、是非とも見てくださいませ!
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。