聖女様の飼い猫 作:毛布野タビ
冒険者ギルドにある、休憩スペース。
依頼の受付や報告を終えた冒険者たちが、次の仕事までの時間を潰したり、仲間同士で話し合ったりするために設けられた場所だ。
そこには酒場のような立派なカウンターもなければ、食事を提供する店員もいない。置かれているのは、いくつかの長机と椅子。
壁際には、冒険者たちが自由に使える掲示板や、依頼に関する資料をまとめた棚が並んでいる。
そこは、あくまでも“休み、準備を整えるための場所”であった。
疲れた身体を背もたれに預けて目を閉じている者。
仲間と小声で次の依頼について相談している者。
掲示板から持ってきた依頼書を、机の上に広げて眺めている者。
中には、ただ何をするでもなく、ぼんやりと天井を見上げている者もいる。
12時過ぎという冒険者が比較的少ない時間帯。更に加えて、受付のある場所と比べればここは随分と静かだ。朝夕夜と普段は騒がしい冒険者ギルドという場所でありながら、今そのエリアだけは静謐な『図書館』のような、奇妙な空気が満たしていた。
そんな休憩スペースの隅に。
全身を覆い隠すように、灰青色のローブを身に纏った冒険者の姿があった。
その灰青色の冒険者はフードを目元まで深く被り、顔には白木で作られたのであろう、真っ白かつ翼の紋様が刻まれた特徴的な仮面を装着している。
特段珍しい格好でもない。しかし、何処か印象深い雰囲気を放つ冒険者であった。
「…………」
灰青色の冒険者のいる机の上には、一枚の依頼書。ただ黙々とソレへと視線を走らせる。
そして。
「────ふふっ」
内容──正確には偶然見つけた、その依頼を出した命知らずな少女のことを考え、上品さと優雅さすら感じる、小さな笑い声を溢すのだった。
◆◆◆◆◆
日の光が射し込む、とても気持ちの良い高台の上。
シスターの振るねこじゃらしを、俺は一生懸命捕まえようとしていた。
シュッシュと上下左右、時々前後に振られるねこじゃらし。俺がギリギリ取れるかどうか解らない瀬戸際。猫が喜ぶ静と動の緩急。ソレを正確に見極め、丁寧に実行に移すシスターの技量には感服せざるを得んぜ。
「護衛依頼を出してから約1週間……案の定、なんの連絡もナシね。やっぱり、100万G程度の報酬で未踏破の迷宮についてきてくれる人なんか居るはずないか……はあ」
楽しく遊ぶ俺を前にして、シスターは何やら大きな溜め息を吐いている。
畜生、溜め息混じりの片手間動作の癖になんてテクニックっ。あとちょっとなのに取れねぇ!
「なんて元気ハツラツな動き……楽しそうね、貴方ほんとに」
そりゃあ、狩りは楽しいものだからね。成功したときの喜びは計り知れぬわ。神猫たる俺の場合は特に。しかし若干疲れてきたので、ちょっぴりだけ休憩しようかな。
ねこじゃらしから視線を外して、俺はコロンと寝転がった。うーん、良い天気、良い気分である!
「えぇ、急に飽きられた。あんだけ楽しんでたのに。自由気ままか、貴方は」
そーだよ。世界はカワイイ俺を中心に廻っているんだから、当たり前だろ。遊んであげているだけ、感謝してくださいよね。
「心なしか、ドヤ顔に見えるわね……全くもう。我が物顔でいるけれど、一応ここ私有地なんだからね? ノビノビゴロゴロも本当は全部ダメなのよ。ルールを理解しなさいルールを……何度も言ってあげているでしょ? 猫に言っても意味ないけど」
「にゃあ」
「何やってもカワイイのが、ほんとタチ悪いのよねアンタ……」
頬杖をつきつつ、シスターは俺の頭をワシャワシャと撫でた。
「聖女様への敬意の心、貴方にソレが少しでもあれば“可愛げ”があるのに……まあ、無理か。猫だものね」
敬意の心かぁ……うーむ、確かに微妙かもしれぬ。聖女様のイメージ、俺の中では完全に聖女ちゃんに固定されちゃってるもの。いつもお世話をしてあげている、手間がかかりまくりのお馬鹿な子に、敬意など抱けるわけもない。
しかし猫は可愛げがあってもなくても可愛いから、問題ないであろう? “可愛げがないところに可愛げがある”って、人類はよく言ってるし。
どっちに転んでも天使、神、絶対の支配者……ソレこそが猫なのだ。ふふん!
「ま、“可愛げ”どうこうは、私が言えたもんでもないか。……ほんと、どうしたものかしらね、今の状況」
俺の隣に、ゴロンと身を投げ出すシスター。
なにさ、君も日向ぼっこしたいんじゃないか。我が赦す、存分に満喫するといい。
「全財産はたいたのにな……確かに金額は少なかったけど……仕方ないわよねコレばっかりは」
「………」
「私がもっと強かったら、迷わずに行けたのに……」
悲哀の灯った目で、シスターは空を見つめている。湿度が高くなってきたな……猫パンチの出番ですか?
「魔法の訓練も毎日行ってるし、祈りだって欠かしてない。でも……はあ、情けないったらないっ」
「にゃあ」
「そうね……“にゃあ”だわ、ほんとにね」
寝転がった状態で、俺の顎を撫でてくるシスター。
うむむ、ジメジメ態度の分際で撫で技術高すぎぃ!
「……どういう仕組みか解らないけど、貴方に触れると、途方もなく勇気が湧いてくるのよね。何とかなるんじゃないかって……そんな気持ちが沸々と心を満たしていく」
そーなんだ。まあ俺は安心感の塊だからね、そう思うのも仕方あるまい。讃えるのだ、崇めるのだ、世界の救世主たるこの俺を。
「うん……やっぱりこれ以上の“待ち”はないわ。私は弱いから、長ければ長いほど弱い方へと心が流されてしまいそう。明日、連絡がなかったら1人で……1人で──」
「──すみません、【依頼書】を見て来たのですが……貴方が“星還りの廟”からの護衛依頼を出した者で、間違いありませんか?」
「────ッ!!」
そのとき高台に響く、生き物を落ち着かせる奇妙な力を纏った声。
シスターは、唐突に届いたその声に身体を急いで起き上がらせた。俺も寝転がりながら、声の主の姿を拝むべく顔を向けてみる。
そこには、中々に活かしたお面を付けた者がいた。ふーむ、骸骨娘が被っているお面よりも、個猫的には好きだぜ。翼の紋様っぽいのが刻まれているお面は、見たことがない。後で爪研ぎさせてね。
「そう、だけど……貴方は? なんで此処にいるって分かったのかしら? というか此処私有地よ、許可は貰ってるの?」
「貴方の居場所は、エルピス教会の方にお聞きしました。貴方のことは知っていたので」
「は? あ、ああ、なるほど……なるほど??」
「あと此処に入る許可はもらってません。何なら“入るな”と、ガッツリ釘を差されました」
「いや、じゃあなんでいるのよ」
『ルールは破るためにある!』ってやつだね、解る解るぞ……俺もよく破るし。そもそも人類の作った法は、猫たる俺には適応されんのだけれどもね。
「フッフッフ……つまらないことを聞くんですね。“入るな”と言われれば入りたくなる……それが人というものではありませんか?」
「そんな人私は知らないわね」
「まだまだ見識が浅いですね、この世の常識でしょうに!」
「………」
シスターがイラッとした顔をしているぜ。シスターは真面目だから、こういう自由気ままタイプは結構手古摺りそうであるな。
「そして、1番最初の貴方の質問ですが……お答えしましょう! 我が何者なのかを!」
「ああ、いや、やっぱり言わなくていい、というか言わないで──」
シスターの声を無視するように、バッと奇妙なポーズを決めると、翼仮面さんは大きな声で自己紹介をした。
「我の名はルミカ! 好きな色は空色、趣味は歌を歌うこと! 此度は、貴方の護衛召喚申請に応えるべく、馳せ参じました! 我が来たからにはもう大丈夫! 末永く、宜しくお願い致します!!」
「………」
あ、『すごい濃いのが来た』って表情が言ってる。ここまで感情のなくなったシスターの眼は初めて見たぜ。
「にゃあ」
「おお! これはとってもカワイイにゃんこですね。貴方も宜しくお願いします!」
元気いっぱいな人だな、よろしくね〜。
様子の可怪しい翼仮面さんが差し出した手に、俺はポンと前足を乗せてあげた。
個猫的には、この人は何処となく雰囲気が聖女ちゃんに似ているので嫌いじゃない。頭の可怪しい感じとか、かなり近いところが在ると思う。
「おお……カワイイですねっ。貴方もそう思いませんか、マスター!」
「誰が『マスター』よ。はあ……取り敢えず降りるわよ、不法侵入者。捕まりたくなければ付いてきなさい……今後の話とか、色々したいから」
「ルミカです、マスター!」
「マスターじゃない、カロスよ……次呼んだらしばくからね」
撫でられている俺をひょいと抱っこすると、シスターは高台を下り始めた。
え、俺も付いていくのか? 別に構わんけど……ごはん作ってよね。
シスターを見つめ、俺は鳴いた。
「にゃあ」
「おお……にゃあ!」
「うっさい黙りなさいアンタら」
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんがコロコロ寝転がっております!
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。