聖女様の飼い猫 作:毛布野タビ
エルピス教会。
簡素な机と椅子だけが置かれた、懺悔用の小さな部屋。窓から差し込む柔らかな光が、白い床の上へ細長く伸びている、美しいその一室で。
カロスとルミカは、話し合いの席へと着いていた。
「……ふむふむ、とても綺麗な部屋ですね。素人目にも、掃除が行き届いているのがよく解ります。流石はエルピス教会……細かな所であろうとも、主なる存在へ恥じぬべく尽くすその姿勢、素晴らしいです!」
「ああ……うん、そうね。皆様真面目な信徒だから、そういう勤勉で綺麗な心が部屋にも表れているのでしょう」
「む……もちろん、貴方の内に秘めたる清らかな心も表れていますよ! 表現しきれてはいませんが」
「……そりゃどーも」
言動も行動も、どちらも大袈裟な反応を見せるルミカに、若干引き気味のカロス。基本的に、人間関係をドライに落とし込む彼女にとって、ルミカのようなタイプは非常にやり辛かった。
「コホンっ……それで貴方……私が出した、あの依頼を受けたって本当の話かしら?」
「もちろんです。このようなくだらない虚偽、我は決して吐きません。全部本当の話です」
「……どうして?」
ルミカが被っている翼模様の仮面。その奥に在る瞳を見るつもりで、カロスは問いを投げかける。
「正直、アレは完全なダメ元だったわ。リスクと報酬がまるで釣り合ってないもの。数あるハズレクエストの中でも、ぶっちぎりのゴミ依頼だってことは私も理解できていた。あと1ヶ月もしない内に、あんな依頼書は破棄されていたでしょうね。当然の帰結として……なのに……なぜかしら?」
未踏破ダンジョン。圧倒的に低い生存率。それにまるで伴っていない、100万Gという少なすぎる報酬。最低でも、桁がもう1つか2つ上がって、漸く受けるかどうかを検討する、そんなクエスト。普通の感性があれば、受けはしない。
にも拘らず、目の前の冒険者は受けた。その根源たる『意義』が、カロスには解らなかった。
「えっと……その問いに答えるには、なぜ我が冒険者を志したかの所から話す必要があります。少し長くなりますが、よろしいですか? よろしいですよね!」
「じゃあ話さなくていいわ」
「えぇ!?」
恐ろしく面倒臭くなる気配を察し、カロスは容赦なく切り捨てた。
「話を振ってきておいて、自分から切り捨てるのは反則ですよ! 我、自分語りしたいのに!」
「いや……貴方は、『普通』じゃないってことで今は納得しておいてあげる。その鬱陶しい行動と言動……声に掛かった気持ちの悪い“ノイズ”からして、あからさまにそうだし」
「!」
不快感を誤魔化すように、入れてきた珈琲にカロスは口を付ける。
出会ったときから、カロスはルミカの声と雰囲気に違和感を感じていた。ルミカが発する声にはずっとノイズが流れ続けているのだ。存在を覆い隠すように、全てを靄に包む不気味なノイズが。
「冒険者は、素性のしれない人の方が多いからね。貴方にも、相応の理由があるのでしょう……そこを、追求するつもりはないわ。興味もないし」
「ふふっ……普通の人は気が付かないのですが……やはり見抜きますか。流石は我が認めた聖職者、この両の眼は曇っていなかったようです!」
「……やっぱり聞かなくて正解ね」
大袈裟すぎる返答。カロスは、疲れ気味に溜め息を溢した。
「ねえ……貴方、本当にいいの?」
「む? なにがでしょうか」
「“こんな旨味のない依頼を、このまま受けていいのか”ということよ。今なら、その場のテンションに身を任せることなく、引き返せるわ」
「………」
「【星還りの廟】は、はっきり言って現存する未踏破迷宮の中では、最凶最悪の部類。迷宮について詳しく知らない私でも、そう思うくらいには邪悪な実績が絶えないわ。自分で護衛依頼を出しておいてなんだけど……ちゃんと考えた方がいいと思うわよ」
珈琲の水面に映る自分の姿を見つめながら、言う。ゆらゆらと揺れる水面は、今のカロスの心を表しているかのようだった。
そして、そんな不安げに揺れる気持ちを知ってか知らずか、仮面の奥でルミカは目を細める。
「ふっ、愚問ですね……貴方は、さっき自分で我のことをどう呼んだのかを忘れたのですか?」
バッと椅子から立ち上がると、ルミカはヘンテコなポーズを決めた。
返す言葉など、決まっている。
「『普通じゃない』と! だから理不尽上等、不条理上等、絶望上等!! ドンと来いってことですよ! 我は、貴方を護るべく馳せ参じた者……どのような条件、理由であろうと、受けるに決まってるじゃないですか! そのゴミ依頼!!」
「……。……あっそ。意味がわからないけれど、取り敢えず座りなさい。あまり騒ぎ立てると、あの子が目覚めるじゃない。今更感はあるけど」
「あ、す、すみません」
ルミカはポーズを止めると、大人しく席に座った。
10秒ほど、奇妙な静寂が場を支配する。
「………………ま、貴方が命知らずなバカってことは理解できたわ。救いようがないくらいにね。どう考えても“普通”じゃ考えられない」
「ふふ……それはお互い様です。貴方はわた……んんっ、我が護るので救いようしかありませんが」
「……気のせいかしら? 貴方、何だか私に対する好感度高くない? 今まで、結構辛辣なことしか言ってないのだけれども」
「気のせいではないですね! ふふん!!」
「なんで得意げになるのよ……」
額に指を当て、頭を振るカロス。目の前の冒険者と話していると、非常に疲れる。しかし、何故だろうか……苦手なタイプのはずなのに、悪い気分にはならなかった。
「……いいわ、覚悟は認めてあげる。後悔しても知らないわよ」
「大丈夫です、貴方と一緒に居て後悔するわけありませんから!」
自信満々に胸を張るルミカとは対照的に、カロスは前を向くことが出来ず、顔を伏せた。
「んーっ……はあ……ノイズ塗れの不気味な声で、気色悪いこと言わないでっ。何処から来るのよ、その全幅の信頼」
「き、気色悪いッ!? ひ、酷いです!」
「そこはショック受けるんかいッ。ワケわかんないヤツね……」
演技にも思えるほど、あからさまにショックを受けるルミカ。その姿を見ながら、面倒臭そうにカロスは珈琲に口を付けた。
「ところで、貴方……冒険者ランクはどれくらいなの?」
「……え?」
「難易度振り分けがされていない、フリーの依頼とはいえ……内容が内容だもの。このバカ依頼を受けるくらいなんだから、相当のランクなんでしょ?
「………」
「?」
先程の騒がしさが一変。その質問をした直後、借りてきた猫並みにまるで喋らなくなったルミカ。あまりの変わりように、首を傾げた。
本日2度目の静寂が訪れる……そして、今回その静けさを破ったのは、ルミカの零れ落ちるかのような、か細い声だった。
「………です」
「……え?」
「………級、です」
「えっと、ごめんなさい……よく聞こえないわ」
二度の聞き返しに、とうとう覚悟を決めたのか、ルミカは顔を上げ大きな声で叫んだ。
「ぼ、冒険者ランクの一番下──“
「…………………聞き間違い?」
「いえ、違います。真実です」
「………そう」
「……………」
「……………」
早くも、3度目の沈黙が場に襲来した。
土塊級は、冒険者として登録したばかりの者に与えられる、最下位ランク。10にランク分けされた冒険者ランクの中でも、最も下の階位。
実戦経験はほとんどなく、魔物討伐などの危険な依頼を単独で受けることは多くない。大体の者は、薬草採取や荷物運び、街の雑用など、安全性の高い依頼から経験を積んでいく。
何者でもない“土塊”から、冒険者として形を作り始める段階──それが、『土塊級』なのだ。
そう、間違っても、まだこんな“バカ依頼”を受けられるレベルでは決してない。認められる筈もない。
カロスは絶対零度の視線で、ルミカを射抜いた。
「ねえ、貴方さ」
「は、はい……な、なんでしょうか? あの、目が怖いのですが」
「冒険者登録をしたのは……いつ?」
「は、はあ……えっと……ふ、ふふん! 聞いて驚くなかれ! 今日ですね!! 今からが我の伝説の幕開けとな───」
「こんのバアアアアアカ!!!!」
「ひぃん!?」
机から身を乗り出し、カロスは対面に座っているルミカの肩を掴んでブンブンと揺さぶった。
いくらなんでも、ありえない。ここまで“普通じゃない”とは思っていなかった。コイツはバカだ、真正のバカである。
「ひよっこの『土塊級』の分際で! よくもまあ、あそこまで雰囲気作りをしたものね! ちょっと心地良いとか思っていた私の時間を返しなさいよ、この大バカ仮面!!」
「お、大バカ仮面!? て、撤回を要求します! 此処に辿り着くまで、我とっても頑張ったのに!」
「知るか! 冒険者登録して初っ端にこんなバカクエスト受けてんじゃないわよ! 大人しく教会が出してる御使いクエストでもやってなさい!!」
捲し立てるカロスに、ルミカも必死に食い下がる。
「し、仕方ないじゃないですか! 色々あって冒険者登録なんて出来そうになかったし! 今回だって沢山の予定をキャンセルしたんです! わ、我だって頑張ってるんです!」
「なら頑張って黄金級にでもなってから出直しなさい!!」
「そ、そんなの───」
「みゃーん」
「あ」
言い争う2人の声を遮るように、響いた鳴き声。
瞬間、カロスとルミカは言い争うのを止め、部屋の隅──設置した椅子の上で爆睡していた筈の白猫へと視線を向けた。
「………」
白猫は、尻尾をペシンペシンと大きく叩きつけながら、二人を凝視していた……が。数秒後には何事もなかったかのように、お腹を晒して眠り始めた。大きなイビキをかいて。
その自由気ままな光景を見て、二人は完全に毒気が抜けてしまう。
「はあ……熱くなっちゃったわ、ごめんなさい」
「い、いえ……我の方こそ、熱くなりました。すみません」
椅子に座り直し、互いの非を謝罪する。
「ぴー……ぴぴー……」
「呑気なイビキ……はあ……完全に話し合いの空気じゃなくなったわね」
「そうですね……でも、ふふっ。それが、猫さんの良いところです。この子は人の心を、どこまでも温かくしてくれる。貴方と話す機会だって……きっとこの子が与えてくれたものでしょう。感謝感激猫天使、ですね!」
「────」
気が抜けて、本人は気が付いていないのだろう。今までのルミカには似合わない上品の笑い方と仕草……それを見聞きして、カロスは何故か息が詰まった。
「む、なんですか我の顔を凝視して……はっ! もしや見惚れていたのですか? 我の面貌に!」
「アンタ仮面付けてるでしょうが張っ倒すわよ」
幻想を振り払うように首を振ると、カロスは溜め息を吐くのだった。
◆◆◆◆
「んぷー……ぷぷー……んー」
うぅ……聖女ちゃんに吸われる……ヤ、ヤメロォ!!
◆◆◆◆
『はあ……猫さん……吸いたいなぁ。お日様の香りがしそうです』
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが夢を見ております!
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。