聖女様の飼い猫 作:毛布野タビ
未踏破迷宮、【星還りの廟】。
かつて英雄たちを星へと送り届ける神聖な墓所として、数多くの人々の祈りを集めていたこの地。
しかし、今はそのような“神聖さ”は見る影もなく消失してしまっている。“神聖さ”の代わりに廟から滲み出ているのは、どこまでも黒く、堕ちきった“人を殺す”気配。
そのあまりにも苛烈かつ残酷な雰囲気を肌で感じ取った二人。セラスピアとローザは、思わず顔を顰めていた。
「これは……思っていた以上に汚染が進んでいるようだね。入り口に立っただけで解るよ……強大かつ悍ましい雰囲気が、廟一帯に漂っているのが」
「はい。ぶった切りたくなる程に、気色の悪い空気が迷宮及び周辺を満たしていますね。……私だけでなく、セラスピア様にも悪意をぶつけるとは……烏滸がましいにも程がありますッ」
殺意と嫌悪を隠すことなく、ローザは言う。その発言に、セラスピアは小さく笑った。
「ふふっ……気持ちは嬉しいけれど、あんまり強い気配は出さないようにね。入り口に足を踏み入れていないとはいえ、此処ら周辺も敵の領域だ。……これ以上呑み込まれれば、只じゃ済まないよ」
「わ、解っています、確かに不敬ではありますが、優先順位を違えるつもりはありませんっ。……私の今回の任務は飽くまで、森から動けないフォレイア様に代わり、『土星竜』についてセラスピア様と共に調査を行うことです。そこら辺は、しっかりと弁えていますから」
心を落ち着けるように息を吐くと、ローザは殺意を四散させる。今は我が主のために、出来ることを全力で尽くす。
たとえ、どれだけ敵が不届きかつ不敬であろうとも。
「……まあ、ここまで露骨に喧嘩を売られちゃうと、気分は良くないんだけどね。ローザよりも先に、私が我慢できなくなっちゃうかもな……うーん、先に謝っておくよ、ゴメン」
「セ、セラスピア様!?」
「あはは、冗談だよ冗談」
ローザの反応に、楽しそうに笑みを漏らすセラスピア……しかし。
「……冗談さ。心の底からね」
その銀色の瞳だけは笑っていない。廟の奥から漂ってくる禍々しい気配を、只静かに見据えていた。
「それにしても、随分と深いところまで根を張っているみたいだね。地面も、空気も……この場所そのものが、何かに侵されてしまっている。一体何が巣食っているのだろうね、此処には」
セラスピアは足元へ視線を落とした。
砕けた石畳の隙間から、黒い染みのようなものがじわりと広がっている。生き物の血管を思わせるそれは、微かに蠢き、周囲の土や草木をゆっくりと呑み込んでいた。
「まるで、廟そのものが生きている……成長し続けているみたいだ」
「“迷宮が成長している”ということですか……それは、何とも不愉快ですね……」
「あはは、そうかもね。けれど、そうとしか思えない。何を養分としているのかは解らないが……コイツは間違いなく強く成り続けているよ。今、この瞬間にもね」
「………」
「大変なこと程、当たってほしくないんだけれどもね……うん、此処ら辺でいいかな」
足を止め、周囲を見渡すセラスピア。
比較的『自然』な形を残したそこで、大きく深呼吸をした。
「うーん……やっぱり空気は悪いな。比較的マシではあるが……」
「私には、違いが解りません。何処もかしこも、最悪な空気で満たされているようにしか思えませんが……」
「そこは経験だよ。ローザも年齢を重ねれば出来るようになるさ」
「……む、むうっ」
「ふふっ……じゃあ、始めようか」
唸るローザにクスリと笑った後、地面に手を付き、セラスピアは目を閉じる。【賢者】としての異能は全て譲渡してしまったものの、それでもセラスピアは偉大なる血が流れるハイエルフ。自然を探ることにおいては、人類の中でもトップクラスである。
地脈の流れ……それに混ざる不純物。最悪の災害──『土星竜』。その微かな脈動を感じ取るべく、集中力を高めた。
「どうでしょうか、セラスピア様……?」
「うーん……此処は地脈の流れが酷すぎるな。魔力が乱されまくっている……『星還りの廟』の影響だろうね、これは。それに加えて、『土星竜』自身が出現する瞬間まで悟られぬよう、気配を消しているようだ」
「くっ……なんて臆病な奴だ。正々堂々向かってくれば、叩き切ってやるものをッ」
「あはは、強く厄介な魔物ほど生きる術を多く蓄えているものさ。仕方がないよ……あの人の“力”を感じ取ってしまえば、マトモでなんか居られなくなるんだ。魔物は特にね」
「元々マトモな魔物など居ないでしょう」
「……それは確かに」
地面から手を離し、グッと身体を伸ばす。
そして割れた地面から除く、黒い血管に目を細めた。
「………さっきよりも、近付いてきているね……ふふっ。成る程、見たことないタイプだ」
「? ……どうなされたのですか、セラスピア様? もっと他の場所を探ってみますか?」
「ん、ああ、そうだね……んー…………よし」
少し逡巡した後。セラスピアは、優しく呟いた。
「それじゃあ、ローザ。君は先に転移陣で帰ってくれ」
「は、はあ!?」
美しい表情で唐突に告げられた『帰れ』発言に、ローザは目を剥く。何をどうすればそのような結論に至るのか、まるで理解ができなかった。
「急に何を言い出しているのですか!? セラスピア様一人を残して帰るわけないでしょう!!」
「気持ちは嬉しい。しかし、コレは適材適所というやつだよ。この迷宮は、どうやら君とは特に相性が最悪らしい。全く、どうして迷宮というものはこうも性格が悪いんだろうね」
「な、何を言っているのか、私には理解が出来ません。解るように説明をしてくださいセラスピア様!」
何を言いたいのかが全く理解ができない。理解ができないのに、納得が出来る筈もない。不満げに眉を寄せながら、セラスピアに詰め寄った。
「いや、私もそんなに理解はできていないんだ……只、そうするべきだと予感しただけで」
「ッ! お、王家の直感ですか……?」
「そんな大それたモノじゃないよ、本当に」
大袈裟な言い方をするローザに、セラスピアは眉を寄せた。
「ッ……たとえそうだとしても。私は貴方の護衛騎士でもあるのですっ。どんな苦境が待ち受けていようと、護衛が主を置き去りにして帰るなど、ありえません!」
「………ローザ」
「私が、貴方様を危険な目になど合わせません。それが、此処に来る際、フォレイア様に誓ったことです! だからどうか、もっと私を頼──」
「あ」
「え?」
切実かつ真っ直ぐな覚悟を胸に、セラスピアへと向かうローザ。
足を一歩踏み出した──その瞬間。
突如として視界が移り変わり、ローザの目の前に出現した『星還りの廟』。意図せず、最凶最悪の地獄への入り口を、ローザは跨いでしまっていた。
「なっ!? はあ!!?」
「……だから言っただろう? 君とは、相性が悪いって。私もはっきりと見抜けたワケじゃないから、深くはツッコまなかったけれども……全く、人の話はちゃんと聞かないとダメじゃないか」
「げ、幻影魔法!!? し、しかもここまで高度なモノを……! こ、こんなの……防げるかあ!!!!」
幻影が晴れ、視界が光る。
未踏破迷宮『星還りの廟』。
ありとあらゆる者の『心』を破壊する、最悪の迷宮が──二人へと襲い掛かった。
◆◆◆◆
『猫さん……今から私は、貴方を叱ります』
え、なぜゆえ?
聖女ちゃんの足元で寝転がっていると、唐突に叱る宣言をされてしまった。俺、何かやったっけかな……うーむ、該当するモノが思い浮かばぬ。
聖女ちゃんの顔を見上げ、俺は疑問の意味を込めた声で鳴いた。
「にゃあ」
『ふぐぅッ……カ、カワイイの天使ッ……い、いえダメです! 今回ばかりは、私も心を鬼にせざるを得ません!』
そうか。鬼さん殆ど瀕死でそろそろ倒れちゃいそうだから、出来れば早く理由を教えてくれよ。
あと別にどんな理由で叱ろうと勝手だが……絶対反省しないぞ、俺。俺の崇高かつ高貴な意思を理解できず、合わせられなかった貴様ら人類が悪いのは明白であるし。
ほんと、弁えた行動をしてくださいよね、人類! 特に聖女ちゃん!!
叱りつけるように、俺はもう一度神の咆哮を聖女ちゃんへと放った。
「にゃあん」
『─────』
あ、逝っちゃった!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが叱ってくれました!
11月18日の発売に伴い、書影が公開されております!
偉大なるさくらうめ先生が描いてくださった、めちゃくちゃ可愛い猫さんと聖女ちゃんを是非ご覧くださいませ!!
【挿絵表示】
本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。