聖女様の飼い猫   作:毛布野タビ

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72話 猫と叱る

 

 

 

 未踏破迷宮、【星還りの廟】。

 かつて英雄たちを星へと送り届ける神聖な墓所として、数多くの人々の祈りを集めていたこの地。

 しかし、今はそのような“神聖さ”は見る影もなく消失してしまっている。“神聖さ”の代わりに廟から滲み出ているのは、どこまでも黒く、堕ちきった“人を殺す”気配。

 そのあまりにも苛烈かつ残酷な雰囲気を肌で感じ取った二人。セラスピアとローザは、思わず顔を顰めていた。

 

「これは……思っていた以上に汚染が進んでいるようだね。入り口に立っただけで解るよ……強大かつ悍ましい雰囲気が、廟一帯に漂っているのが」

 

「はい。ぶった切りたくなる程に、気色の悪い空気が迷宮及び周辺を満たしていますね。……私だけでなく、セラスピア様にも悪意をぶつけるとは……烏滸がましいにも程がありますッ」

 

 殺意と嫌悪を隠すことなく、ローザは言う。その発言に、セラスピアは小さく笑った。

 

「ふふっ……気持ちは嬉しいけれど、あんまり強い気配は出さないようにね。入り口に足を踏み入れていないとはいえ、此処ら周辺も敵の領域だ。……これ以上呑み込まれれば、只じゃ済まないよ」

 

「わ、解っています、確かに不敬ではありますが、優先順位を違えるつもりはありませんっ。……私の今回の任務は飽くまで、森から動けないフォレイア様に代わり、『土星竜』についてセラスピア様と共に調査を行うことです。そこら辺は、しっかりと弁えていますから」

 

 心を落ち着けるように息を吐くと、ローザは殺意を四散させる。今は我が主のために、出来ることを全力で尽くす。

 たとえ、どれだけ敵が不届きかつ不敬であろうとも。

 

「……まあ、ここまで露骨に喧嘩を売られちゃうと、気分は良くないんだけどね。ローザよりも先に、私が我慢できなくなっちゃうかもな……うーん、先に謝っておくよ、ゴメン」

 

「セ、セラスピア様!?」

 

「あはは、冗談だよ冗談」

 

 ローザの反応に、楽しそうに笑みを漏らすセラスピア……しかし。

 

「……冗談さ。心の底からね」

 

 その銀色の瞳だけは笑っていない。廟の奥から漂ってくる禍々しい気配を、只静かに見据えていた。

 

「それにしても、随分と深いところまで根を張っているみたいだね。地面も、空気も……この場所そのものが、何かに侵されてしまっている。一体何が巣食っているのだろうね、此処には」

 

 セラスピアは足元へ視線を落とした。

 

 砕けた石畳の隙間から、黒い染みのようなものがじわりと広がっている。生き物の血管を思わせるそれは、微かに蠢き、周囲の土や草木をゆっくりと呑み込んでいた。

 

「まるで、廟そのものが生きている……成長し続けているみたいだ」

 

「“迷宮が成長している”ということですか……それは、何とも不愉快ですね……」

 

「あはは、そうかもね。けれど、そうとしか思えない。何を養分としているのかは解らないが……コイツは間違いなく強く成り続けているよ。今、この瞬間にもね」  

 

「………」

 

「大変なこと程、当たってほしくないんだけれどもね……うん、此処ら辺でいいかな」

 

 足を止め、周囲を見渡すセラスピア。

 比較的『自然』な形を残したそこで、大きく深呼吸をした。

 

「うーん……やっぱり空気は悪いな。比較的マシではあるが……」

 

「私には、違いが解りません。何処もかしこも、最悪な空気で満たされているようにしか思えませんが……」

 

「そこは経験だよ。ローザも年齢を重ねれば出来るようになるさ」

 

「……む、むうっ」

 

「ふふっ……じゃあ、始めようか」

 

 唸るローザにクスリと笑った後、地面に手を付き、セラスピアは目を閉じる。【賢者】としての異能は全て譲渡してしまったものの、それでもセラスピアは偉大なる血が流れるハイエルフ。自然を探ることにおいては、人類の中でもトップクラスである。

 

 地脈の流れ……それに混ざる不純物。最悪の災害──『土星竜』。その微かな脈動を感じ取るべく、集中力を高めた。

 

「どうでしょうか、セラスピア様……?」

 

「うーん……此処は地脈の流れが酷すぎるな。魔力が乱されまくっている……『星還りの廟』の影響だろうね、これは。それに加えて、『土星竜』自身が出現する瞬間まで悟られぬよう、気配を消しているようだ」

 

「くっ……なんて臆病な奴だ。正々堂々向かってくれば、叩き切ってやるものをッ」

 

「あはは、強く厄介な魔物ほど生きる術を多く蓄えているものさ。仕方がないよ……あの人の“力”を感じ取ってしまえば、マトモでなんか居られなくなるんだ。魔物は特にね」

 

「元々マトモな魔物など居ないでしょう」

 

「……それは確かに」

 

 地面から手を離し、グッと身体を伸ばす。

 そして割れた地面から除く、黒い血管に目を細めた。

 

「………さっきよりも、近付いてきているね……ふふっ。成る程、見たことないタイプだ」

 

「? ……どうなされたのですか、セラスピア様? もっと他の場所を探ってみますか?」

 

「ん、ああ、そうだね……んー…………よし」

 

 少し逡巡した後。セラスピアは、優しく呟いた。

 

「それじゃあ、ローザ。君は先に転移陣で帰ってくれ」

 

「は、はあ!?」

 

 美しい表情で唐突に告げられた『帰れ』発言に、ローザは目を剥く。何をどうすればそのような結論に至るのか、まるで理解ができなかった。

 

「急に何を言い出しているのですか!? セラスピア様一人を残して帰るわけないでしょう!!」

 

「気持ちは嬉しい。しかし、コレは適材適所というやつだよ。この迷宮は、どうやら君とは特に相性が最悪らしい。全く、どうして迷宮というものはこうも性格が悪いんだろうね」

 

「な、何を言っているのか、私には理解が出来ません。解るように説明をしてくださいセラスピア様!」

 

 何を言いたいのかが全く理解ができない。理解ができないのに、納得が出来る筈もない。不満げに眉を寄せながら、セラスピアに詰め寄った。

 

「いや、私もそんなに理解はできていないんだ……只、そうするべきだと予感しただけで」

 

「ッ! お、王家の直感ですか……?」

 

「そんな大それたモノじゃないよ、本当に」

 

 大袈裟な言い方をするローザに、セラスピアは眉を寄せた。

 

「ッ……たとえそうだとしても。私は貴方の護衛騎士でもあるのですっ。どんな苦境が待ち受けていようと、護衛が主を置き去りにして帰るなど、ありえません!」

 

「………ローザ」

 

「私が、貴方様を危険な目になど合わせません。それが、此処に来る際、フォレイア様に誓ったことです! だからどうか、もっと私を頼──」

 

「あ」

 

「え?」

 

 切実かつ真っ直ぐな覚悟を胸に、セラスピアへと向かうローザ。

 

 足を一歩踏み出した──その瞬間。

 

 突如として視界が移り変わり、ローザの目の前に出現した『星還りの廟』。意図せず、最凶最悪の地獄への入り口を、ローザは跨いでしまっていた。

 

「なっ!? はあ!!?」

 

「……だから言っただろう? 君とは、相性が悪いって。私もはっきりと見抜けたワケじゃないから、深くはツッコまなかったけれども……全く、人の話はちゃんと聞かないとダメじゃないか」

 

「げ、幻影魔法!!? し、しかもここまで高度なモノを……! こ、こんなの……防げるかあ!!!!」

 

 幻影が晴れ、視界が光る。

 

 未踏破迷宮『星還りの廟』。

 ありとあらゆる者の『心』を破壊する、最悪の迷宮が──二人へと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

『猫さん……今から私は、貴方を叱ります』

 

 え、なぜゆえ?

 

 聖女ちゃんの足元で寝転がっていると、唐突に叱る宣言をされてしまった。俺、何かやったっけかな……うーむ、該当するモノが思い浮かばぬ。

 

 聖女ちゃんの顔を見上げ、俺は疑問の意味を込めた声で鳴いた。

 

「にゃあ」

 

『ふぐぅッ……カ、カワイイの天使ッ……い、いえダメです! 今回ばかりは、私も心を鬼にせざるを得ません!』

 

 そうか。鬼さん殆ど瀕死でそろそろ倒れちゃいそうだから、出来れば早く理由を教えてくれよ。

 

 あと別にどんな理由で叱ろうと勝手だが……絶対反省しないぞ、俺。俺の崇高かつ高貴な意思を理解できず、合わせられなかった貴様ら人類が悪いのは明白であるし。

 ほんと、弁えた行動をしてくださいよね、人類! 特に聖女ちゃん!!

 

 叱りつけるように、俺はもう一度神の咆哮を聖女ちゃんへと放った。

 

「にゃあん」

 

『─────』

 

 あ、逝っちゃった!

 

 

 

 

 





ここまで読んでくださり、ありがとうございました! お陰様で猫さんが叱ってくれました!  


11月18日の発売に伴い、書影が公開されております!
偉大なるさくらうめ先生が描いてくださった、めちゃくちゃ可愛い猫さんと聖女ちゃんを是非ご覧くださいませ!!


【挿絵表示】


本当に、本当に励みになりますので、もしよろしければ高評価等も宜しくお願い致しますッ。
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