はっ、ここは?
既知の天井。ここは我が家のリビング。そして俺の隣で本を読んでいるのはキチの青天井、俺を締め落とした神様。なんで冒険者を締め落とせるんだよこいつ。
「力に頼っているようじゃまだまだだ。ポイントをいかに抑えるかだ。眷属」
うるせえよ。なんで締め落としたんだよ。
「お前、スキルの事話しかけただろう」
え? あー。そうだったかもしれねえ。覚えてねえ。まあ気を付けるわ。サンキュー。
神様は首を横に振って本を閉じた。
「危機感が足りないな。だから、これを授ける」
神様は本を差し出した。タイトルを見ると、「これ一冊でわかる!魔法学:応用編」。基礎はどこですか?
「見つからなかった」
ほーん。神様の目論見は分かっている。魔法だ。本を読むことは魔法を発現させるための条件の一つと言われている。タイトルもそれを匂わせている。一つ分からないのは、何故危機感が足りないことと魔法が繋がるのかということだ。
いや、そうか。スキルの効果を魔法の産物に誤認させるのか。カバーストーリー用か。
じゃあ、ありがたく読ませてもらうぜ。
俺は本を開いた。ここで、一つ言っておかなければならないことがある。ダンジョンで目覚めてから今まで機能している自動翻訳機能は、文字に対して作用しない。つまり、文字が読めない。神様に習ってはいるが、単語の意味が分からなかったりする。よって、この本は読めない。
俺は本を開いて五秒で寝た。
くたびれた廃墟にビニールシートが敷かれている。ビニールシートの上には一組の男女があった。
「今もいるのか?」
「分からない」
喪服のような制服に身を包んだ二人は一つのスマホの画面を見つめている。俺も見ようとしたが、身体がなかったので覗き込めない。
「ほら、ここ。いる。見える?」
「……やっぱり、僕には見えないか」
「どうすればいい?」
「僕には君が何をすべきかなんて、分からない。けど、躊躇はしない方がいい」
「そう」
何言ってんだこいつら。分かる言葉で話せや。
女の制服はおびただしい数のカメラによって埋め尽くされている。女が身じろぎする度、がしゃがしゃ音を立てる。男は周囲を見渡した。
「ここは危険かもしれない」
「安全地帯って言ったのはあなたなのに」
「安全は相対的な話だ。僕は教会式や四方鎮めの結界なんて張れない。出来るのは軽い誘導くらいだ。”それ”には効きそうにない」
俺はかろうじてその存在を知っている。回遊型と呼ばれる「人除け」だ。簡易的なやり方だと遺灰くらいしか使わなかったが、その分効果も一時的で強くない。……あれ、性質的に怪異に効果あったっけ?
二人は立ち上がる。制服からいくつかカメラが零れ落ちる。
「私が何とかするわ」
「それがいいだろうね」
二人の首がゆっくりと回転し、双眼が俺を捉える。
「ほら、ここ。いる。見える?」
「見える」
温度のある声だっただけに、よけい気分が悪い。
なるほど。お前ら、その程度で俺がビビると思うなよ。こっちには神様がいるんだ。ステイタスもある。ここじゃ意味ないけど。
男が口を開いた。
「じゃあ、始めよう」
何をだよ。
「僕にとって魔法って何?」
は? 知るか。ああ、魔術なら知ってるぞ。俺には理解できない奇跡だ。計算ミスか何かで、無から有を生み出すことができる。
「僕にとって魔法はどんなもの?」
規制されてないだけの薬物。対価を啜って絶大な力を吐き出す寄生虫。
「魔法に何を求めるの?」
自由。
「それだけ?」
じゃあ、自立も。依存するのは自分にだけでいい。
さあ、これでどうなる。魔術に化けるか? ドリームキャッチャーないから夢魔なら死ぬが? それとも夢vol.2とかいう怪しすぎるゲームの導入なのかこれ?
視界が白んでいく。
あー白いですねこれは白い。こんなに白くして一体何をするつもりなんだ!?
結果、リビングで起床しました。何もされないとそれはそれで寂しい。
「おはやう」
神様がリビングに侵入してくる。どうも朝からご機嫌らしい。
おはよう。俺もそう挨拶して、伸びをした。ああ、クソみたいな夢だった。
「ほう。夢を見たのか」
神様はそういって、背を上にして床に落ちた本を拾い上げた。あ、それは寝落ちして読めなかったやつ。
神様はしばらくページをぱらぱらと捲った後、徐に言った。
「面白い」
そりゃあお前のチョイスだからお前にとっては面白いだろうな。
「いや……まあいいか。それよりステイタスの更新をしよう」
珍しい提言だった。まだダンジョンにも行っていないのに更新とは。何か思うところがあったのだろうか。俺は服を脱いで背を向けた。間もなく、光が背中から溢れ出した。
神様の手つきはいつもより俊敏だった。更新は早々に終わり、神様はその数値を紙に書き写した。
「いやはや、御目出度いものだ。スキルに続いて魔法まで発現するとは」
俺は紙をひったくった。
【ショウシャクヨモギ】
・生成魔法
・生成物は詠唱時のイメージに依存
・詠唱式【暗赤色の結晶よ】
・解呪式【解けろ】
・【性質変化】:ヲカルト
なんか碌でもねえ項目が見える!
「ヲカルト。秘される物。お前の存在も、記憶が消されているという点でヲカルトの一端と言えるかもしれんな」
そんなこと言うなよ。近付いちゃうじゃん。
試運転だぜ!
「死運転にならないようにね」
嘗めんな。
俺たちは試射会の為にダンジョンに潜った。当然、今潜れる最低の階層だ。具体的には11階。
じゃあ、行くぜ。
エリナはそれを聞いて距離を取った。まあ、生成するだけだから余波とかはないと思うが。
俺は生成物、いつも使っているあの鶴嘴を強く思い浮かべた。
ショウシャクヨモギ。
SAN-3=█
今SAN値って言いました? おいちょっと待てや。
しかし残念、俺の停止を振り切って魔法は発動する。
左腕に稲妻のような裂傷が走り、血が迸る。クソ痛え。
血液は重力を無視して浮かび、右手の中に流れ込む。パキパキと異音を鳴らしながら血が肉へ編まれ、それを骨が蜘蛛が糸を張るように覆い始める。それと同時にいくつかの眼球が表面に現れた。
血の十字架はその柄を伸ばして、ある段階でずしんと重くなる。持ち手を握ると、骨が僅かに変形して指の形に合ったグリップになる。そのまま横に凪げば、飛散する血飛沫は固化してヘッドを形成する。くるりと回せば余った血液が気化して禍々しい鶴嘴が残った。
あーなるほどね。そういう感じか。
「えぇ……気持ち悪っ」
エリナはそんなことを言いながら一歩引いた。そんなにかよ。
「そんなにだよ。え? 魔法ってこんなグロいの? もっとキラキラした感じを想像してたんだけど」
柄の眼球がぎろりとエリナを睨んだ、ように見えた。まさかね。
「まあ、武器を持っていく手間が省けるし、失くしても作れるって考えたらかなり有用かな」
けど、思ったより魔力は消耗するな。気軽に投擲物を作れるわけじゃない。使い方次第だしそれはいいか。
「あ、来てるよ」
分かっている。俺は振り向き様に鶴嘴を横に薙ぎ、インプの膝を砕いた。動きが止まったところで跳び、頭を砕く。後二匹だ。
「えーと、うん。そうだ。次はちゃんと目を狙ってね」
俺の背中にそう声がかかる。キレそう。
「結局前回伸びたのは俊敏だけだったからね」
器用値信者め。
二匹のインプが同時に飛び掛ってくる。こういう時、鶴嘴は不便だ。剣なら一刀両断できる。
俺は姿勢を低くして右に跳んで、鶴嘴の先端をインプの目の辺りに置く。そのまま踏み込めばあっさり貫通し、ヘッドを頭蓋骨に引っ掛けて地面に引き倒せば魔石になった。ラスト。
左から右手での引っ掻きがくるので、軽く跳ねてからバックステップと同時に得物を振り下ろす。当然当たらないが、牽制になった。つまり、次の動作は俺のほうが早い。
着地の反動を利用し、一気に前へ。振り下ろした姿勢から流れるように振り上げれば、骨角は口蓋を突き破って眼球を串刺しにした。勢いは止まらない。そのまま腕を回すだけで、頭上を超え、半月を描いて地に叩きつけられたインプは魔石と塵と化した。
「うーん。無駄な動きが多いかな。牽制も効かない相手がいるから、癖にしない方がいい。あと、上下の振りが多いけど、それもやめたほうがいい。確かに一番威力が出るけど、横降りでも火力は足りてる。当たり所によっては一撃で倒せるから、派生行動が少ない振り下ろしは減らした方がいい」
無茶言うぜ。それとも、早くも見切ったのか? 俺のステイタスを。いや、流石にそれはないか。
「それで、魔法はどうやって発現したの」
彼女は唐突にそう尋ねた。どうやってというのはどういう意味で。
「例えば、たくさん本を読んだからとか。何か凄い経験をしたからだとか。そういう感じの」
ああ、うん。そうだ。本を読んだら魔法が発現した。魔法理論の発展みたいな内容だった。気がする。
「一日で発現したの?」
エリナは眉をひそめた。
本を寝て、起きたら生えてた。これはおかしいのか?
「さあ、個人差があるからね。でも、ちょっと本を読んだだけで自然に発現したというのは聞いたことがない」
けど、とエリナは続けた。
「魔導書を使ったなら納得できる話だ」
魔導書?
エリナは驚いた様子で俺を見た。
「しらない? 読むだけで魔法が生えるアーティファクト。数千万を最低額に取引される奇跡だよ」
魔導書。あれが? いやいや、あり得ない。うちの経済状況はエリナも知ってる筈だ。控え見に言って火の車だ。
「魔導書は読んだ後、書かれていた文字は消える。その本はどうだった?」
……分からない。
神様は俺が読む前にあの本を回収していった。それに、俺は序盤も序盤、一ページ読むか読まないかのところで眠った。それでも、読んだ判定になるのか。真実は闇の中だ。そして、その闇を覗く気はない。
それにしても、やけに詳しいな。読んだのか?
「いや、読んだことはないよ」
じゃあ何で。
「魔法に憧れるのは普通のことでしょ」
俺は鶴嘴を近付けた。彼女は後ろに跳び退った。おい。魔法だぞ。
「それはどちらかと言えば呪術でしょ」
クソ。否定材料がない。俺は遠くのインプに向かって鶴嘴を投げた。回転して飛んだそれは胴に深々と突き刺さる。それを確認して鶴嘴を再生成する。俺はマインドダウンで倒れた。
魔法はいいぞ。遠距離攻撃が出来る。
「はぁ。次からは金払ってね」
彼女はそう言って俺にポーションを飲ませた。俺はすくっと立ち上がって礼を言った。
「じゃあ、今日のノルマは二倍にしようか」
おう死ね!
前方20mにインプ5とオーク1。無手の状態で駆け、接近する。一番近いインプが気付きその拳を振り上げるが、俺のほうが速い。
暗赤色の結晶よ。
SAN-1=█
即座に鶴嘴を生成してその顎をかちあげた。逆手に持ち替えて同じ場所に先端を置き、勢いのままにアーチを描いてインプの頭を地面に叩きつける。
それを見た別の個体が拳を振るうが、俺はそれを半身引いて躱し、伸び切った腕を掴んで引き倒して止めを刺した。残り三匹は、クソ、接近された。鶴嘴には戦いにくい距離なので長めのナイフを生成し、すれ違いざまに二匹首を飛ばす。
SAN-1=█
残りの一匹にナイフを投げるが、躱された。
瞼の裏で天秤が揺れた。
オーク:不意打ちー>補正値:50
これは、危険信号。割って入った横薙ぎの棍棒を、咄嗟に鶴嘴の優雅な曲線で往なした。オークだ。すっかり存在を忘れていた。
殺しきれなかった衝撃に身を任せて後ろに跳び、地面に足が付いた瞬間に力を入れて前に飛び上がる。その先には一本の枯れ木。枝を踏んでさらに高く跳び、オークの頭部に体重を乗せた一撃を叩き込んだ。
天秤が揺れる。振り返りつつ、その遠心力で鶴嘴を薙ぐ。運良くインプの胴体を貫通したのを手応えで確信した。戦闘終了だ。
「うん。悪くない。ナイフの扱いもメインじゃないにしては上手い。魔法を使った戦闘はまあ問題なさそうだね」
エリナは少し考えてからそう言った。俺もそう思う。俺は徐に魔石を拾った。しかし、これだけ時間がかかるとなあ。
「後強化する場所があるとすれば、装備かな」
俺は鶴嘴をくるりと回した。
「武器じゃなくて、防具の方。今、ちょっと厚いコートくらいしか着てないでしょ。多分必要ないとか思ってるんだろうけど、即死を避けるためには必須だから」
へえ、なら買うか。
「やはりヘファイストスファミリアか……いつ出発する?私も同行する」
エリナベラ院。語感が悪い。
「目は効くから、アドバイスくらいならできるよ」
OK。一週間以内には行こう。じゃあもう時間だし帰ろうか。
あー一時的狂気入りそう。
「なんて?」
一時的狂気入りそう。俺多分アイデア高いから入る。いや、原理的にはあり得ない現実を直視していない状態ならアイデア成功しても大丈夫なんじゃないか?
いや、無理だなこれ。
視界の端で、銀の粉がチリチリと舞っている。脳みそがぎゅっとなっている。これ絶対SAN値減った症状じゃないと思うんだが。この世界にSAN値の概念がないから別の何かを代償にして、間接的にSAN値の減少を引き起こしている? それヤバくないか?
よし、もう魔法は使わないようにしよう。
「どういう心情の変化?」
思ったより代償がデカい。多分使いすぎると死ぬ。
エリナは魔石の袋を取り出してカウンターに置いた。
ギルド。俺は行きたくないのだが、中に換金所があるので仕方なく通っている。担当に見つかると、それはもう面倒くさいのだ。
「おい、これ適正価格じゃねえだろ! もう一度確認しろ!」
隣がうるさい。ちらりと覗き見れば、中年が顔を真っ赤にして怒鳴り散らしている。それを見て、エリナは解説を始めた。
「あれは、ソーマの連中だね」
ソーマファミリア。聞いたことがある。悪評だけだが。
「酒に取りつかれた人間の屑だよ」
散々な言いようだ。曰く、私財をなげうって失敗作の一滴を啜る集団であるらしい。全く、ろくでもないのは理解できるが、ヘイトが高すぎる。
「今回の換金額はこちらになりまーす」
どうやらこちらの換金は終わったらしい。魔石の代わりに硬貨の入った袋をテーブルから引きずり降ろそうとしたところ、窓口から伸びた手が俺の腕を掴んだ。
は?
「それはこっちのセリフだ。間抜け。ちょっとあっちで話そうか」
しなやかの指はソファを指した。そこで、俺は初めて受付の顔を見た。あーまずいこれまずい。
「知り合い?」
エリナが顔を覗き込んでくる。
ちげえよ。俺の担当者で、今一番遭いたくなかった相手だ。
「さて、何人かからの目撃証言がある」
さて、何のことかな?
さっとテーブルに滑り出たのは何かの調書。ほう、まずいか?
「これは全て、十階層以降での目撃事例だ。黒のロングコート、ツルハシ、無駄に大きな背嚢。お前以外にそんな冒険者はいない」
冒険者歴一か月の俺が十階層で探索しているのがおかしいって? その点については問題ない。LV2とパーティー組んでるからな。
「それはこちらも把握している。だが、それは日の出ている時間だ。お前、深夜に一人で13階層に潜ったな?」
調書に目を落とし、ぺらぺらと捲って詳細を確認する。
クソッ。どいつもこいつも「深淵を見つける為」とか「ボーイミーツガールを求めて」とか「新しいマントをモンスターに見せびらかすため」とか、ふざけた理由でふざけた時間に潜りやがって。頭おかしいんじゃないか?
俺は額に手を当てた。
潜っていない。知っているか? 俺はLV1だぜ? そんなところに言ったら瞬殺だ。
「本来ならば、な。情報提供者曰く、お前は血塗れになって、武器を振るどころか真っ直ぐ歩くことすら困難だったらしい。しかし、それでも一応は戦えてはいたと言っていた」
クソがやっぱりか。流石にポーションをケチったのはまずかったらしい。怪我人は目立つ。特にダンジョンでは。動きが不自然じゃなけりゃ記憶にも残らなかっただろうに。
俺は、別人ですよと言って立ち上がった。これ以上は本当にヤバい。ダンジョン出禁はヤバい。俺は出口に向かった。
「おい、死人。どこに行く」
家だよ。神様が待ってる。今日の料理当番は俺なんだ。
担当は俺の前に立ちふさがった。
「死人。くれぐれも死ぬなよ」
はいはい。
俺は家に帰った。
は、はは。はは。
ここはきっと路地裏。そう、路地裏だ。脳がどうとか知ったことじゃないが、確実にSAN値は減少している。今日だけできっと、10は減っている。発症しない訳がない。ギルドじゃあ、目立ちすぎる。それに、担当に見られたらきっと出禁にされる。抑えるのは結構ぎりぎりだった。
目の前の闇が形を持つ。ああ、一番引きたくないの引いたな。確か、確率は十分の一だっけ。
幻覚・幻聴。発症者は最大10時間に亘る幻覚に苛まれる。
1d10時間ー>3
OK。今回は三時間か。はは、長すぎるな。
闇は渦巻くように人型に収束する。
実は噂程度では怪異は発生しない。人間はロジカルだ。信じるだけでは顕現に足らない。必要なのは、根拠だ。モーセが葦の海を割ったように、イエスが水の上を歩いたように、信じるに足る根拠が必要だ。
逆に言えば、人間は根拠さえあれば存在に接続する。それがどんなに拙いものでも、どうってことないものでも、ただそこにないと言えないだけでも。
今の俺は、幻覚と現実の区別がつかない。アレが存在しないと断言できない。それすらも根拠になりうる。俺の思考は既にあちら側に切り替わっている。
雲の中から蜘蛛の脚が伸びる。
その日、オラリオのダイダロスは一時的に日本は██市に接続した。
多分次の更新は二月。他にも書きたいものがいっぱいあるし試験あるしあたしいじけちゃうし。
ようやく構想描けたから多分一区切りまでは投稿する。
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