re:無名のダンジョン潜りについて   作:イクラ系鮭

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 お待たせ。


七話

 さて。

「さて」

 これ、どうしよう。

 俺たちは椅子に縛り付けられた男を見下ろした。耳栓に目隠し完全装備の男の名はカマソッソ、神である。俺は男のスネを蹴った。男はうめいた。

 本当にこれどうする?

「一応元締めだからね。殺しとこう」

 元締め。へえ、あのおっさんでも神には逆らえないのか。変な道徳観だな。

「いや、そうじゃない。これに従ってた理由は麻薬だよ」

 ソーマか?

「いや、文字通りの違法薬物だよ」

 エリナはそう言って茶色い小袋を取り出した。今どこから出したよ。

 麻薬。常に刺激を求めるこの街なら、まあ売れるか。アルコールの依存性は大麻やLSDよりも上のスコアだからソーマ自体も大分ヤバい代物だが、効果は麻薬の方が深刻だ。麻薬は脳を破壊し、精神障害を……待てよ?

 アビリティ:耐異常って、麻薬の効果も軽減するのか?

「ああ、そうだよ」

 だとすると、LV3以上の連中は後遺症を気にせず麻薬を使える可能性がある。集中力を上げるやつとか戦闘にも重宝するだろう。だから流行ってるのか。

 思ったより、この街の闇は根深いらしい。ファンタジーならファンタジーらしくキラキラしてろよ。

「とはいえ、この入手経路はかなり限られてるみたい。実際、あのファミリアではこれが唯一のコネクションだったらしいから」

 カマソッソファミリアは壊滅した。あの集会にはほぼ全員が集まっていたようで、俺が水没までさせたことで生存者は無事ゼロらしい。残党についても、エリナが掃討している。

 資料などが保管される上階は無事だったので、エリナが情報を収集してくれたのだが、出てきたのは更なる厄介事だった。

 さっき殺すって言ってたけど――。

 俺はそこで口を噤んだ。できれば情報を落とさせたいが、彼女の復讐である以上、裁量は彼女にある。

「言いたいことは分かる。けど、やっぱり許せないや」

 彼女は大太刀「白魚」を抜き放ち――おいちょっと待てや。俺は彼女の腕を掴んだ。

「何?」

 今ここで殺るん?

「そうだけど」

 いや、ここで殺されると俺らがやったってバレるんだけど。

 エリナはゆっくりと刀を下した。何だその顔は。ほぼ俺の手柄だからこれくらい良いだろ。

 神が地上で自由に使える神の力は二つだけだ。一つはステイタスの付与・更新。もう一つは天界への帰還。そう、神は死にそうになると天界に逃げ帰る。そして、その代償として二度と地上へは降りられない。

 で、この帰還。デカい光の柱を立てるのだ。それこそ、オラリオ中どころか外からも見えるくらいのを。当然、場所は特定される。神の死にかけた場所が。

「流石にマズいか」

 マズいわボケ。

 この世界で殺神未遂がどれくらいの罪になるかは知らないが、確実に俺の人生にケチがつく。やるなら一人でやって欲しいが……。

「でもこの状態のこれを外に出したくないんだよね」

 前述のとおり、カマソッソは目隠しに耳栓、口轡の完全装備で椅子に縛り付けられている。縄は巻きなおすとしても、この状態で外出は控え目に言って特殊プレイだ。

 処理するなら今日中だぞ。もう既にギルドの連中が捜査を始めてるだろう。多分まだ疑念の段階だが、直にマークされるようになる。大胆な行動はとれないからな。

 エリナはくるくると太刀を回した。あぶねえな。

「でも、どうしよう。何とかして即死させられないかな……」

 どれだけ攻撃が速くても、思考を止めさせないと帰還されるぞ。例えば一撃で首を切り落としても、意識は数瞬続く。その間に帰還されてお終いだ。

「でも、それだとどうあがいても帰還の隙を与えることになるよね」

 そうだ。でも今の俺はバカだから何も思いつかない。

「本当に馬鹿だな」

 そう言って立ち上がったのは今まで空気だった神様。何だお前。

 神様はぱたんと読んでいた本を閉じて、それをこれ見よがしに振った。

「ショウシャクヨモギだよ」

 はあ?

 いや、言っている意味は分かる。創作物でよくある魂を必要とするタイプの儀式、あれは大抵他人の魂でも消費可能だ。ショウシャクヨモギも、生体素材を必要とする魔法。他人の生体素材でも、おそらく理論上は問題ない。

 しかし、神様は首を横に振った。

「いや、そもそも変換対象は生体素材のみではない。貴様の所有するものなら何でもだ」

 は? 急に知らない情報を出すな。

「今まで聞かれなかったからな」

 俺は何か言おうとして口を閉ざした。そういえば訊いたことないかも。

「そして、最も重要なことは貴様自身が知っている筈だ。その魔法は『何』だ?」

 ショウシャクヨモギ。SAN値と魔力を代償に、自身の所有物の形状を変化させ、性質を付与する魔法。いや、違う。魔法とは魔力を消費して奇跡を起こす固有アクション。そこには代償の概念も存在筈。そして、俺があの時望んだのは――。

 魔法ではなく、魔術。

「魔術とは何だ?」

 魔術とは代償と特定の手順により、超常的な現象を発生させる儀式。俺がいた地球では、ごく一般的な防衛手段。

「その特性は?」

 誰にでも使えること。

 あー。ようやくわかった。

 【性質変化】:ヲカルト。それが指すのは魔法からの逸脱か。

「あのー」

 エリナは首をかしげながら手を挙げた。

「つまり、どういうこと?」

 つまり、俺の魔術をお前が覚えて、あいつを殺せ。神様の言うことが本当なら、生物を無機物に変えることも容易だ。

「私魔法とか使ったことないから魔力使えないん、だけ……」

 エリナの視線は神様がゆっくりと振る本に吸い込まれた。まさかそれ。

「これでもか?」

 お前、魔導書読んだの?

 神様は本を開いてこちらに向けた。そこには、何も書かれていない白紙のページがあった。

 うーわマジかこいつ。

「暗赤色の結晶よ」

 ローブがうねる様に裂けて白い肌が覗く。緩やかに変形したローブは触手のように伸びて、本棚の最下段から一冊の本を抜き取った。エリナに本を渡すと、ローブは元の形に戻った。

 はあ? 継続変化? 俺の知らない使い方しないで貰える?

「ああ、これはかなり。なるほど。確かに代償であるな」

 無視すんな。てか神でもSANチェック食らうのか。

 エリナは結局読むのか訊こうと振り向くと、そこには既に魔導書を四分の一ほど読み終えている彼女の姿が。

「あー」

 何かうめいて、彼女は倒れた。死んだかと思ったが、寝ているだけのようだ。

 どうすんだよこれ。

 

「彼女が寝ている間にランクアップを済ませておこう」

 ああ、やっぱりあれ偉業判定なんだ。

 まあ、LV2を10人以上殺害+LV3相手にトドメ譲るところまで持って行ったから、これが偉業じゃなかったらシステムに文句を言うレベルだな。

 神様は俺の背中に手を翳した。背中が発光を始める。

「一応、ランクアップについてもう一度説明しておこう。

 ランクアップすると、ステイタスの数値がリセットされる。だが、元あった数値が消えるわけではない。表記上リセットされるだけで、数値分の強化は引き継がれる。

 そして、ランクアップのもう一つのメリット。発展アビリティの獲得。発展アビリティとは、パッシブスキルのようなものだ。経験値を集めれば、普通のアビリティと同じように強化されていく。アビリティの強化値の方はランクアップしてもリセットされない」

 で、選べるアビリティは?

「現在選択できるアビリティは、狩人と異常だ」

 片方聞いたことない奴なんだけど。

 「狩人」は一度倒したモンスターと戦う際に補正がかかるアビリティだ。多くの冒険者が最初に発現するアビリティでもある。で、もう一つは――。

「一応言っておくが、耐異常ではなく、異常だ」

 やっぱり聞いたことがない。レアなやつか?

「恐らくは」

 補正どころかただのデメリットにしか思えないアビリティ名なんだけど。成長するとデバフが強くなって死ぬんじゃないか? いや、それってスキル:三死一生の強化か? いや、リスクがデカすぎるな。だが、対人戦が増えることを考えれば変わり種は持っていて損はない。

 じゃあ、異常で。

「まあ、聞く前に異常を選択していたがな」

 何してんだこいつ。殺していいかな。

 神様はさらさらと紙にステイタスを書き写す。といっても、更新直後だから数値は全てゼロだが。

「新しいスキルが生えている」

 ステイタスの紙を渡しながら、神様はそういった。

 差し出された紙には、全ての数値がゼロになったアビリティ欄と、見慣れたスキルに魔法。そして、問題のスキルが書いてあった。

 

旧線(オールドライン)

・任意発動

・何かを失い、何かを得る権利

・このスキルは発動後、消滅する

 

 もうやめてくれよ。

「興味深い。二文字のスキルというのは初めて見た」

 じゃあ厄ネタじゃねえか。でもその内使うかもしれないし取っておこう。

 

 結局、エリナがショウシャクヨモギを習得したのはその日の夜だった。神様曰く、かなり早い方らしい。

 エリナはカマソッソに手を向けた。

「暗赤色の結晶よ」

 カマソッソは一言も発することなく、捻じれ、縮み、一本のナイフへと姿を変えた。

 カラン。地面に落ちたナイフをエリナが拾う。

 認識もクソもなく素材として消費された為、神の力で帰還することも出来なかったと言う訳だ。

「解けろ」

 ナイフが血へと変わって、べちゃっと床に落ちる。ああ、勿体ない。

「でも残しとくの嫌だし……」

 その気持ちは分かるけど、神製の武器ってそうそうないぜ?

「そうそうというか、無いね」

 というか、今ので神を全員敵に回したんじゃ。

「提案したのは君だよ?」

 それもそうか。ちょっかいかけてきたらまた殺せばいいし。

 エリナは笑って、目を伏せた。

「で、報酬はどうする?」

 ……正直いらない。だが、何も貰わないのは損だ。

 今度困った時に助けてもらおうかな。

「ふーん。考えとく」

 何でお前が考えるんだよ。……ほら、もう用事もないだろう。俺にはこの血だまりを掃除するという仕事があるんだ。出てった出てった。

 エリナはリビングから出て行った。そして、入れ替わるように神様が入って来た。

「出来れば、こちら側に引き込みたかったのだが」

 じゃあそう言えよ。

「冒険者は辞めるらしい」

 ……ああそう、英断じゃないか?

 神様は首を横に振りつつため息をついた。

「全く。貴様は彼女の才覚を分かっていないらしい。貴様の場合は、魔術がステイタスの中に組み込まれているから一部の操作が自動で行われている。正確には無意識化に組み込まれていて、貴様はある程度の工程をそこに投げて飛ばせる。だから、ワンステップで認識の操作からにソースコードの改変まで漕ぎ着けることが出来る。だが、こちらは一から百まで全てマニュアルだ。それ故、習得まで結構かかると思っていたのだが、彼女は予想の十分の一の時間でそれを身に着けた」

 へえ。じゃあ魔導書があればあいつだけでも、あのLV3は殺せていたかもしれないな。

 俺が出張る必要なかったってこと?

「……貴様。事態を把握したか?」

 もちろん。

「彼女には貴様が必要だ」

 はあ? そんな訳ねえだろ。お前あいつ引き込みたいからってキャラ崩し過ぎだろ。

 いや、しかし。何か根拠があるのか? 俺は神様の暗いフードをじっと見つめた。うーん。人間の心理分かってなさそう。

「不敬な」

 何で心読めるんだよ。

 神様はショウシャクヨモギでローブを椅子にして座った。

「彼女の本名はエリナベラ・ソルベルではない。これは初めから分かっていた。だが、ある時から嘘ではなくなった」

 それが分かったのは、彼女が神ゆえだろう。

 神に嘘は通じない。これは神の力ではなく、純粋な神と人間の構造の差だ。

「彼女の本名は、エリナ。そして妹の名前はベラだ。ある一点から、既に彼女は死んだ妹の名前を背負って生きていく覚悟を決めていた」

 お前、それは……。

 それが示すのは、即ち名は体を表すということだ。

「冒険者を辞めようにも、彼女はもう、この街から、ダンジョンから離れられない」

 それは愛、というか呪いだった。彼女は名前と言う形で自らの踵に釘を打ち込んだ。痛みはあったかもしれないが、それが痛みと気付なかった。

 それに、よりにもよって俺に関わってしまった。

「そして、貴様からも離れられん」

 俺にはそこが理解できなかった。彼女とその妹の間に割りいるような隙間はない。太極図のようにそこで完結している。ちょっと殺し合った程度の人間がつけ入る隙はない。

「精々、忘れないことだ」

 はー。さっぱり分からねえ。

 神様は部屋の外に顔を向けた。

「どうやら旅立つらしい。見送れ」

 はいはい。そういう訳で、俺はエリナベラを大通りまで連れ出した。快晴だった。闇夜に塵のような星が瞬いている。寒気が俺たちの間を吹き抜けた。

 これからどうするんだ?

 俺はエリナに問いかけた。エリナはしばらく考えた後、貯金を回収したら街を出ると言った。確かに、その実力があれば日々を生きることなど容易だろう。ならば、と俺は切り出した。

 ここでお別れがいいんじゃないか?

 道の半ば、いささか唐突だったのか、エリナは驚いてこっちを見た。だってそうだろう。これ以上関係を続けていい事なんてない。罪人同士、互いにリスクを高め合うだけだ。

 エリナは紙を取り出して、そこに何かの数字を書き付けた。

「ここに宿を取っているから」

 そうか。俺はそれをポケットに入れた。

「じゃあ、ここでさよならだね」

 そうだな。

「神様にもよろしく言っておいて」

 分かった。

「楽しかったよ」

 エリナベラは俺に背を向けて歩き出した。

「またね」

 ああ、さようなら。手を振り返す。見えてないだろうが。

 見えてないだろう。今なら。なんとなく持ってきてしまった鶴嘴を抜いた。何故か、ここで彼女を殺した方がいい気がした。

 理由は分からない。天秤も反応していない。ただ、本当に彼女をこのままにしていいのだろうか。

 ……いや、これでいい。これがいい。俺はランクアップしたし、あいつは復讐を果たした。ハッピーエンドじゃねえか。

 カタンと天秤が揺れた。

 うーん? マズいか?

 肩を掴まれた。振り返ると、そこにはギルドの担当の人がいた。

「少し、話そうか」

 俺はギルドに連行された。

 

 会議室にぶち込まれた俺は、手足を拘束されて椅子に座らされていた。生前のカマソッソみたいな状況だ。俺は目の前に座る担当と、その両脇に立っている不審者を見た。

「では、これより尋問を始める」

 やばいんじゃないか?

 俺は椅子の上で身体をくねらせた。縄かってえ。締めすぎだろ。

 その両脇のは誰?

「ウソ発見器だ」

 じゃあ神じゃねえか。二人いるのは賄賂対策か。

 後ろでカシャカシャと音が聞こえた。頑張って振り返ると、タイプライターを打つギルド職員がいた。取り調べかな?

「昨日、夜の始め頃、カフェ『サルト』の店員から通報があった。カマソッソファミリアが何処かおかしいと。また、その付近で水道管の破裂が報告された。人為的なものだった。前々から目をつけていた我々は躊躇なく家宅捜索を実施した訳だが、そこにはプールと化した地下施設と数多の団員の死体があった。そして、神の姿はそこになかった」

 担当はライトの位置を調整した。

「お前はそれに関わっているか?」

 (ライトの位置に)関わってないです。

 担当はウソ発見器に確認を取った。ウソ発見器は謎のジェスチャーを行った。カシャンとタイプライターのリターンレバーを動かした音が聞こえた。

「では、実行犯に心当たりは?」

 (「では、実行犯」という言葉に心当たりは)ないです。

 担当はウソ発見器に確認を取った。ウソ発見器は再び謎のジェスチャーを行った。カシャンとタイプライターのリターンレバーを動かした音が聞こえた。

「ほぼ全ての団員が死体で発見されている。だが、一つ死体が見つかっていない団員がいる。エリナベラ・ソルベルだ。知っているな?」

 俺は知っていると言った。ウソ発見器は本当だと判定した。

「彼女が犯人か?」

 (殺したのは俺だから)犯人じゃない。

「彼女が何処にいるか知っているか?」

 (今何処にいるかは)知らない。

 担当はため息を吐いて、俺の縄を解くようにウソ発見器に指示した。ウソ発見器は結び目を見つけられず、もたもたしている。

「彼女に賞金がかけられている事を知っているか?」

 初めて知った。食人サークルを潰した姫として指名手配されているのだろうか。結び目がほどける。俺は立ち上がった。

「居場所を吐けば、それを全額与えよう」

 ……いくらくらい?

 カシャンとタイプライターのリターンレバーを動かした音が聞こえた。

「500万だ」

 俺はエリナベラの宿の位置が書かれた紙を渡した。

 ガシャンと俺の手首に手錠の掛かる音が聞こえた。




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