癖者共のコンキスタドール   作:まどかみやび

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1.始まりは船酔いとともに

 波で木の軋む音が響く……。

音の正体は小さなボート、そこには2つの人影が波に揺られていた。

 

一人は船を漕ぐ船頭、もう一人は両手両足を鎖でつながれ、横になった目隠しをされた男。

奇妙な2人組は静かに海を渡っていた。

しかし、横になっていた男はその沈黙を破り、船体の揺れを感じながらも船頭に声をかける。

 

「なぁ……あとどのくらいで到着するんだ?」

 

 縛られた男は長い船旅による船酔いに耐えかねて気を紛らわすためにも、と横になっていた身体を少し起こしながらため息をつく。

突然の声に船頭は一瞬ためらいを見せたが何かをあきらめたように男を見ると船頭はため息をつきながらも返事を返し、会話をすることに決めたようだった。

 

「罪人とは話すな。と言われてるんだが…… まぁ、ここには俺しか居ないし良いか……」

 

櫂を動かす手を止め、船頭は遠くを見つめうっすら霧がかかった陸地を見つめ男に返事をする。

 

「…あともう少しってところだ。見え辛いが……ほら、もう陸地が見えてきたぞ」

「見えてきたぞって……俺は目隠しされてるから見えねーよ」

「はっはっは、そうだったな。だが勘弁してくれよ?顔を見られて復讐でもされたらかなわんからな……あんたが陸地に到着して騎士に引き渡すまでは目隠しは外すことはできないんだ、勘弁してくれよ?」

「……そんなことはしねぇって」

 

愉快そうに謝罪する船頭に対しぶっきらぼうに言い返した男は不服そうに唸りながら眉を吊り上げていたが、自分の置かれている状況を思い返しあきらめたようにため息と共に「まぁ、仕方ねぇ…か……」と吐き捨てると、なにかあきらめたように身体を船の縁に預け力を抜き、再び船動き出した揺れを感じ、また船酔いと沈黙に耐える準備を始めた。

 

────

 

 しばらく無言で船を揺らしていた船頭だが、波の音以外聞こえない沈黙に耐えきれなかったのかおもむろに男へと声をかけた。

 

「……なぁ、聞いていいか?」

「罪人と話しちゃいけないんじゃなかったかー?」

 

先ほどの船頭の呟きを覚えていたのか男は船頭に対しやる気のなさそうに答える

 

「まぁ、いいじゃねぇか。こうやって黙りこくっても詰まらんだろう?」

 

けらけらと笑う様子を見るにこの船頭、罪人と話すなという決まり事をハナから守る気もなさそうだと男には感じられた。

 

「それで、聞いていいかい?」

「内容による」

 

あきらめたかのように男はまたもぶっきらぼうに返事をすると、船頭は苦笑いを浮かべながらそりゃそうだ、とつぶやき話を続けた。

 

「……あんたは何してこの船に乗ってるんだい?罪状は?」

「あん?唐突だなぁ……。冤罪だよ冤罪……なんもしてねーって」

 

あっけからんと言い放つ男の回答に船頭は大きく笑い声をあげた。

 

「ははは、この船に乗る奴は皆決まってそういうんだ」

 

愉快そうに笑う船頭の声を聴きながら、笑い声よりもさらに大きなため息を重ねながら怖いもの知らずな船頭にあきれ返り、男はどう答えるべきか……と悩んでいた中、船頭が話し始める。

 

「俺は自慢にもならねぇ話だが、色んな奴らをこの船に乗せてきた。野盗やってたって奴だとかお金をガメた貴族とか…。大概そういう奴らはギャーギャー騒ぐし、そうじゃないやつでも雰囲気で何となくわかるんだ。」

「へぇ、長いことこの仕事やってんだな」

「へへ、まあぁな。一家代々この仕事よ」

「そうかい、そりゃ素晴らしいこって」

 

誇らしげに照れる船頭を流しつつ男は揺れる船に脳を揺さぶられてそろそろ吐く準備もしないとか、などと考えていたが、船頭はそんなのお構いなしに話の軌道修正を始めた。

 

「……っと、話がそれたな。いやぁ、向こう岸でアンタを騎士様から受け取るときにとんでもない罪人だから決して油断するな。って言われてたんだがその割には……悪人にゃ見えない……逃げようとするそぶりもない。」

「逃げようとするやつがいるのか」

 

こんなクソ重い鎖ついてるのに?と、両手両足の鎖をじゃらりと鳴らすと船頭は深くうなずき楽しそうに話す。

 

「あぁ、貴族なんかは特に金をやるから逃がせーってな具合にな…ふっふっふ。その金が原因で捕まったのにあほらしいと毎回面白くなっちまう」

「ははは、確かに馬鹿らしい。此処にこうして捕まってるってんならあんたがこの仕事で貰う給金以上の金なんか何所にもないのは分かりきってるだろうしな」

 

船頭は具体的な例を思い出しているのかクツクツと愉快そうに笑い、男もまたそんな貴族の間抜けな姿を思い浮かべて笑いあう。

まるで居酒屋で意気投合した二人が馬鹿話で盛り上がってるような雰囲気が船にはあった。

そうしてひとしきり笑いあった後、船頭はまた語り掛ける。

 

「……逃げないやつも、決まって自分の行いを英雄譚みたいに話すんだ、聞いてもいないのにな。中には覚悟を決めたような奴もいるが、そういう奴は決まって空気感や雰囲気が他と違うからすぐに分かる……。だが、あんたはそんな感じもない。覚悟を決めたってわけでもなさそうなのにおとなしくしてるし、今こうして話してみても悪人って感じもしない。いったい何をしでかしたのかどうしても気になっちまってよ。」

 

そんな船頭からの問いかけになるほどな、と納得したように頷くと男は困ったようにもぞもぞと動く。

その拍子にジャラジャラと鎖がこすれたが気にもせず男は弁明するように話し始めた。

 

「いやぁ、覚悟してないってわけでもねぇんだぜ?それ以上になるようになるって思ってるだけで…。昔の仲間が言うには『お前は少々楽観的過ぎる…』なーんて言われてもいたんだがよ…。それに言ったろ?冤罪だって。悪いことしてないのに逃げる馬鹿はどこにもいねぇよ」

 

からからと笑う男はそんな調子で話を続けた。

 

「ま、別に俺も隠すつもりもないし、隠すようなこと… ではあるか、誇らしげに話す話でもねぇからよ。」

 

そうして、区切ると、どう伝えるか。とまた頭を悩ませていたが、次第に面倒になったのか「別にストレートに話したところでいいだろう」とつぶやき船頭のほうへ顔を向けると返答を返す。

 

「人殺し……と、いっても未遂だがね」

 

 船頭はもっと別の罪状があるのかと予想が外れたことに驚きながらも、この船に乗せられている以上珍しいことではない。と思い直すとそんなものか。と納得した様子だったが、男の言う”未遂”というのもやけにはっきりというものだからか気になり、さらに深く質問を続けた。

 

「へぇ……いったい誰を?」

 

 すると、目隠しで表情こそ完全には見えないが口角をにやりと吊り上あがり、男は今までの態度を一変させ楽し気に言い放つ。

 

「さる高貴なお方さ、この国一番の高貴な女性……」

 

 まるでいたずらを成功させた少年のような声色とその内容のギャップに船頭は一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。

会話中、止めることのなかった腕を思わず止め、その発言の意味を理解した瞬間、驚愕の声上げた。

 

「 ……女王陛下を?!」

 

そんな船頭をうんざりしたように男は諫める。

 

「 ……おいおい、あんま大きな声出すなよ。船酔いに響く」

「あ、あぁ…すまない…… それより未遂…… とはいえあんた何故縛り首になってない?女王陛下に手を出したとあれば情状酌量の余地なんてないだろう?」

「…ん?あぁ、証拠不十分ってやつさ……。たまたま事件が起きた、逃走経路近くに俺が居た。ひっとらえられたが俺には理由もないし凶器も見つかってない。陛下を殺す理由もない……。というのも、これでも優秀で信頼の厚い兵士だったんでね……。部下が嘆願書を集めてくれて…… その結果、陛下の寛大なお心遣いで島流しの刑で手打ちってわけだ!ま、俺としては無実だからどっちにしても不服なんだがなぁ」

「はぁ~、それが真実なら兄さんの冤罪ってのもあながち嘘じゃないかもしれないな」

 

感心しながらも男の話を完全に信じたわけでもない。といった雰囲気の船頭。

そうして話し終えたところにちょうど良く、船が何か固いものとぶつかる振動が感じられた。

 

「ん……?ついたのか?」

 

男の耳にちゃぷっちゃぷと波が壁に当たる音と、波打ち際の音が遠くに聞こえてくる。

おそらく到着し、船着き場にぶつけて停止させたのだろう。そう思い男が尋ねると船頭は先ほどまでの雰囲気と打って変わり静かになり、ぶっきらぼうに男に近づくと男の体をグイと持ち上げ語りかけた。

 

「到着だ…ほら、立ち上がってくれ」

 

きっとここではルールはさすがに守らねばならないんだろうな…。と察した男は静かにうなずくと

 

「 ……そうか。船頭ありがとうな、船酔いのない良い船旅だったよ」

 

と、船酔いにふらつく頭と吐き気をこらえながら皮肉交じりに船頭に伝えた。

そんな言葉に船頭からは乾いた笑いが漏れ聞こえた。

やはり、仕事モードなのだと納得した男は船頭による無言の手引きに従いながら歩きだす。

先ほどの船上にあった和やかな雰囲気から打って変わり重苦しい空気が目隠しをしているためか、男の肌へと刺さるように感じられていた。

 

――――

 

「遅かったじゃないか、こちらも暇ではないんだぞ、まったく……」

 

 ジャラジャラと動きを制限するためにつけられた鎖を男は鳴らしながら船頭についてしばらく歩くと船頭とは違う男の怒鳴り声とともに足音がこちらに近づく音が聞こえた。

その声はひどく傲慢で、偉そうな雰囲気を声色から感じられ、罪人をここまで運んできた船頭へのねぎらいもなく男を強く引き寄せ怒鳴りつける。

 

「貴様がガリヨンだな?」

「……」

「おい!答えろ!」

「…なんだ、話してよかったのか」

「余計なことをしゃべるな!罪人は聞かれたことだけ答えればいい!!」

 

あえて無視をしたガリヨンと呼ばれた男へ偉そうな男はさらに怒鳴りつけるとガリヨンと呼ばれた罪人の男の腹にこぶしをめり込ませた。

鈍い音とともにうめき声をあげしゃがみ込みそうになるガリヨンを無理やり立たせるとそのまま引っ張るように体を引く。

 

「ガリヨン・リング…あぁ、苗字ははく奪されたんだったな。」

 

名を読み上げる途中で区切り、下卑た笑みを浮かべた男は苦しみもだえるガリヨンの鎖を引っ張り声を荒げる。

 

「逆賊ガリヨン!女王陛下殺害未遂の罪によりこの地への流刑が決定した!異論はあるか!」

「あるよ……」

「黙れ!罪人は口を開くな!」

 

理不尽にガリヨンを怒鳴りつけると鎧の男はさらにガリヨンの鎖を引っ張り重ねるように叫ぶ。

 

「こっちだ、来い!」

「……ぐっ」

「ちんたら歩くんじゃないぞ!」

 

ガリヨンを小突きながら鎧を着た男はガシャガシャと喧しい音を立てながら半ば殆んど引きずるように船頭の前から去っていった。

船頭は少しの心配を感じながらもそれを見送る以外できなかった。

 

 

 ────ガリヨン・リングベル

エクシティウム王国近衛兵隊長として城で勤めていた男はそう呼ばれていた。

王女殺しの疑いにより、それまでの功績を鑑みてガリヨンはルサノヴァレ半島という島へ流刑となったのだった。

流刑地であるルサノヴァレ半島は何年も前から使用されている半島で、現在も開拓が続いている厳しい土地でありこの地に流された者は誰一人として戻ってくることはないという。

その地に流されたガリヨンは拘束具をすべて外され、もともと着ていた簡素な服だけを着させられ何も持つことも許されず、愛用の剣すらも取り上げられ半島へと放り出されるのだった。

船頭からガリヨンを受け渡されたときに腹を殴った鎧を着た偉そうな男はニヤニヤと下卑た笑みを隠す気もないように浮かべながら目隠しを外した罪人、ガリヨンへと向けながら話す。

 

「さっさとどこにでも行け、ただし問題は起こすなよ。貴様は陛下の寛大なお心で生きて今、ここに立っているということを忘れるんじゃないぞ」

「……いや、それはいいんだけどよ。流刑になった際は持ってきたものは持ち込めるって聞いたんだが?今俺は手ぶらだ」

「それがどうした?用が済んだならさっさと行けと言っておろうが」

「いやいや、行けって言われても荷物を受け取ってないんだが」

「おかしいことを言うな罪人。貴様の荷物などあるわけないだろう?」

「……は?」

「貴様のような罪人に財産などあるわけないだろう?すべてこちらで没収させていただいた」

「あぁ?」

「なんだ?その目は。何か文句があるのか?」

 

意味不明な言葉を並べる男へガリヨンが睨みつけると、その瞳をみてにやりと笑みを浮かべ腰に下げた剣に手を触れる。

言動一つ一つに怒りを覚えたが流石に鎧を着こんだ武装した騎士に対し素手で抵抗する術を持たないガリヨンは脳内の必ず殺すリストに男を刻み込みながら踵を返し己が前に広がる流刑地を見渡した。

 そこは自然豊かといえば誉め言葉になるがその実はただ整備の進んでいない人が少ない土地、という印象を受けた。

ため息を一つ、そして今後のことをぼんやりと考えていると腹の立つ声が後ろから聞こえる。

 

「おっと、言い忘れていたが、この土地はオオカミが多くてな、野宿する際は気をつけろよ?しっかり武器になるものを持ってないと突然襲われても対処できないからな!あぁ、そういえば貴様は手ぶらなんだったなぁ!気の毒だが死なないよう気を付けてくれ!はっはっは!」

 

そういって高らかな笑い声をあげガリヨンとは違うルートを歩き遠ざかっていった。

ガシャガシャとやかましく響く鎧の音が遠ざかっていくのを聞きながら、あの男をどんな残虐な方法で殺すか数分考え怒りを鎮めると改めて周囲を見渡す。

 

「 …まずは寝床か武器だな。」

 

そうつぶやくと新たな土地の第一歩を踏み出した。




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