開拓地といえど道はある程度整備されている。
道というには粗末で獣道に毛が生えた程度の道であったが、それでも人々にとっては無いよりかはマシではあった。
道を外れた先には森が広がっており、そこは確かに人よりも獣の気配がうっすらと漂ってくる。
時折、野ウサギやイタチといった小動物が道を横切ることはあったが、流石にまだ昼なのもあって嫌味な騎士に言われた様なオオカミや野犬の気配は近くに無く、ガリヨンにとっては森の奥に薄らと(いそうだなぁ…)と、感じる程度であった。
船着場からガリヨンが移動を始めて一時間程度が過ぎた頃、ようやく人の営みがぽつりぽつりと見えてきた。
そこはいかにも開拓農村といえるほどの貧しい村で、門はなく簡素な木の柵で囲われた村全体とその敷地の中にはぽつぽつとテントよりはマシ、程度の木造の家々が並んだ小さな村……。
ガリヨンの足ならばおそらく20分も歩けば村の全体を見舞われるのではないか?と思えるほどの小さな村であった。
(なんもない村、にしてはやたら厳ついのが居やがるな……)
村に入る……と言っても正門も見当たらなく、村を囲っているガリヨンの腰ほどの高さの簡単な作りの木の柵を乗り越えただけではあるが、その柵を乗り越えたその直後にガリヨンの横を通り過ぎた男の装備が目に入った。
それはは、こんな粗末な村にいるにしてはやたらと整った皮鎧に鉄のモリオンヘルメット。
このような貧しい村にはおよそ似つかわしくないが、ガリヨンにとっては見覚えのある兵士が我が物顔で闊歩していた。
(ありゃ王国でもよくつかわれる貴族の兵隊に配られる歩兵装備 …ってことは領主の兵隊か?なんで一人でこんなところに…?)
妙な感覚に襲われるが一旦は問題を置いておき、自分の目的地を探す。
そうしてあたりを見回すと、ガリヨンの目的地はすぐに見つかった。
粗末な家々の中でも比較的マシな形をした村のおおよそ中央部にそびえたつ家、この村のリーダーいわゆる村長の家だった。
家の前には丸太を雑に切っただけの椅子が野ざらしに置いてあり、そこには一人の人物が座っていた。
ガリヨンはそこにいた人物へ近づいていく。
「よっ、あんたがこの村のリーダーかい?」
気さくに、相手を威圧しないように。
ガリヨンが過去に学んだ処世術である。
初対面の人間に話すとき、こうすることで会話、ひいては交渉事も上手く行く。
と、ガリヨンは思っていたのだが……
「 ……何者だ?」
そう、うまく事が運ぶことはないらしい。
おそらく農夫なのであろう、日に焼けた肌に土汚れた服はいかにも先ほどまで働いていたことがうかがえた。
片手には水の入った革袋が握られており休憩中だったのだろう初老の男は怪訝な顔をしてガリヨンを見つめる。
よそ者を受け入れないという排他的な雰囲気がその目線からは感じられていた……が、それを無視して話を続ける。
「俺はガリヨン。最近ここら辺に流れ着いた者だよ、たまたまこの村を見つけてね、挨拶しておこうと思って声かけたんだが…迷惑だったか?」
ただでさえ貧しい村だ、そもそも村に入った瞬間から、村長渡航して話している今に至る亜でじろじろ見つめてくる村人たちがよそ者を歓迎する気がないことを察していたガリヨンは自分が流刑の罪人だということは明かさず、申し訳なさそうな顔をしながら思ってもいないことを話す。
よそ者を、それも文無しの罪人だと知られれば何をされるか分かったものではない。ならば隠してしまっても問題はないだろうという判断だったがこれが功を奏したのか多少警戒心が緩んだのを感じられたガリヨンは畳みかけるように話を続ける。
「あんたらに迷惑をかけるつもりもねぇし問題を起こすつもりも、この村に長居をするつもりもないんだ。ただ安全に野宿ができそうなところがねぇかと思ってよ」
「……安全、か」
何か馬鹿にするかのような笑いを浮かべ村長はガリヨンを見回す。
武器になるようなものは持っていないか、何か企んでいるのではないか。そういったのを見極めようとする目だとガリヨンは感じた。
「この辺、オオカミが出るって噂だしな、それに俺は土地勘がない。どっか安全な場所教えてもらえりゃありがたいんだが……」
「……なら、いい場所がある。ここから南にしばらく歩いた先に川があるんだが、そこならオオカミも多く出ることはないだろう」
「おっ、そうか、そりゃいいこと聞いた。ここから南だな? …ちなみにどのくらい歩くかわかるか?」
「1時間かそこらってところだな」
「意外に近いな… まぁいいか。助かるよ… あぁ、ついでになんだが2つほど追加でお願いがある」
感謝を告げ、いかにも善良な人間ですといった表情を浮かべながらガリヨンはさらに重ねて村長へ話す。
「一つはあんたが今教えてれくれた場所が気に入ったらテントを張って暫く住むかもしれないからな、理解しておいてほしいってことと… もう一つは迷惑かけるつもりはないんだが、この村の人間から頼み事を聞く許可をもらいたいんだよ」
「住む分には私の土地でもないからな、構わんが…頼み事?」
「そうさ、さっきも言ったけど俺は最近この辺に流れ着いたばっかりで仕事のアテもない…だから人脈は作っておきたくてな。なに、その代わりみかじめを寄越せなんて野蛮な話じゃなく、たとえば森に落とした落とし物拾ってきてくれ。とか、良さげな山菜見つけたら譲ってくれ、みたいな所謂お使いみたいなもんをさせて欲しいんだ」
ガリヨンは捕まる前は兵士だったが元々傭兵の出身だ。
今、村長に話した事はその傭兵時代に学んだことで交渉術がある。
『いいか?ガリヨン、俺たち傭兵は依頼を受けてなんぼだ。だが、人にものを頼むのはなかなかハードルが高い。初対面なら特にな。だから簡単な頼みごとを請け負うことで、頼む。という行為のハードルを下げさせるんだ、そして頼み事を解決してやれば相手は負い目を感じる。そうなりゃ今後はこっちのの要求が通りやすくなるんだ。』
とはガリヨンの恩師からの教えだった。
そんな恩師の教えを実践するガリヨンの作戦が功を奏したのか、はじめよりも多少柔らかくなった村長の雰囲気を感じながら返事を待つ。
「まぁ、問題を起こさないなら別に構わん……。ただし、領主の兵もいる、目立たないでくれ」
「あぁ、アイツ等か。アイツ等領主の兵隊だったんだな、通りで」
声のトーンを落として話す村長。
その態度からも良い感情を兵士に抱いていないのであろうことがガリヨンにも見て取れた。
相も変わらず我が物顔で歩き、時折何か村人へちょっかいをかけている兵隊を横目で見ながら村長に目線を戻すと村長の警戒している理由が何となくわかった。
(あぁ、村長は俺というよそ者だけじゃなく兵士にも警戒をしていたのか……)
村長はガリヨンと兵士にちらちらと視線を移しながら怪訝な顔を浮かべている。
おそらく、よそ者にいちゃもんを付けないか、よそ者が問題を犯し、責任を問われるのではないか。という不安があるのだろう。
その事実を何となくに察したガリヨンは一つため息をつくと村長にしか聞こえない声量で「あんたも大変なんだな」と、語り掛けると村長もガリヨンへの警戒をまた緩め、短く「あぁ」と返事をした。
「……それじゃ、長居しちまうと迷惑になるからそろそろ行くわ。悪いな、仕事の邪魔しちまって」
「おお、それじゃあな」
――――
村長と別れて少しした後、声をかけた村の人間が壊れた屋根の修繕を手伝ってほしいとの話だったので手伝うことにした。
夫を早くになくして女手一人で生活をしていたせいでずっと困っていたらしく、長い間雨漏りに悩まされていたようだった。
材料自体は準備できていたが、それでも屋根に板を女手一つで運ぶのは困難だったのだろう。
軽々と板張り用の木を受け取り持ち上げると、ひょいひょいっと屋根に上り故障個所を補強していく。
ガリヨン自身、大工でもなければ専門的な技術も持たない人間だったが、それでも簡易的に屋根を修理できた。
しっかりと固定された板と屋根は簡素な修理ではあったが長く持つだろう。と、感じられる出来だった。
さっさと終わってしまったので序でに。と、斧を借り薪割を請け負ったガリヨンがしばらく作業を完了させるとひどく感謝されていた。
未亡人の村人は涙ながらに感激し、お礼に……とガリヨンへ何枚かの銅貨を差し出してきたが、さすがに見てわかるボロ屋の住人から現金をもらうの憚れたのか、ガリヨンは丁重にお断りすると借りていた手斧をそのままもらい受けることとした。
「そんなものでよいのですか?」
「恥ずかしながら武器もなくてね。こういうのがちょうどほしかったんだ。」
心配そうに尋ねる女性に人当たりのよさそうな笑みを浮かべて斧を撫でながらガリヨンはそう嘯く。
実際はお金が欲しい。しかし、ここでもらってはきっと次につながらない…。と考えたガリヨンは(損して得取れ、だ……)と、過去に教わった言葉を頭の中でささやきながら斧を見つめる。
「では……本当にありがとうございました」
「そんな感謝されるようなことでもないって、こっちこそ斧、ありがとうな」
最後まで感謝をする未亡人とその息子を背にガリヨンは手を振り村を後にした。
「……しかし、あの程度も手を貸せないってあの村相当やばいな」
ガリヨンは斧の状態を確認しながら思考を巡らせる。
事実、ガリヨンにとっても簡単な、屋根の修理を手伝っただけであの感謝の仕方は1日2日放置されていたわけではないのだろう。
ちょっとした手伝いも、あの村の住人にとっては手を貸すことすらできないほど村人達に余裕がないのだ。
全体的に痩せた人間が多く、子供も少ない。
かなり疲弊しきっている。
ここは流刑地に選ばれるほど過酷な土地であることはガリヨンも理解しているとはいえ、それでも、ガリヨンは傭兵時代にもっと過酷な開拓村を見たことがある。
その中でもここはトップレベルの疲弊具合だと、ガリヨンは感じていた。
村人の疲弊の原因は、おそらく村長の反応を見るにあの兵士周りの事柄。
何か良くないことをあの兵士にされているのだろう……。
しかし、ガリヨンも別に善人というわけでもない。
無償の奉仕などしたくはないガリヨンは村の問題は村の問題だ、と思考を切り上げ自分の状況を改めて確認していた。
ガリヨンの現状は鎧もなく、金もない。武器になるようなものは片手斧一つだけ。
かなり絶望的な状況だ。
現状、金のありそうな格好をしていないから野盗に襲われることは… まぁ、ないだろう……。
と、高をくくり村長に教わった地点へと南下していた。
地図もないため不安が残るが幸い道が続いていた為、道なりに進み続ければいい。
そうでなくても川さえ見つければ見つけることができるだろうという安心からガリヨンの歩みは軽やかだった。
――――
「しかし、ちょっとまずったなぁ…」
しばらく道なりに進んでいたガリヨンはおもむろに呟く。
ガリヨンの頭上はすでに日が傾いており、太陽はそろそろ夕焼けに移り変わろうと準備を始めているところだった。
村で手伝いを長くしすぎて出発が遅れていることを察した為、なるべく急ぎ足で進んでいたがとうとう限界が来たことを悟ると、ガリヨンはきょろきょろとあたりを見回す。
「おっ」
ガリヨンが見つけたのは道を外れた先の森へ通じる一本の獣道であった。
草木を切り倒し作られたのであろうその獣道を吟味すると「よし……」と、一言発して覚悟を決めると獣道へと進んでいく。
これから夜になるという中で森に入るなど悪手以外の何物でもないが、ガリヨンには勝算の高い良い考えがあった。
最後まで閲覧いただきありがとうございました
ご意見、感想、評価などございましたら是非よろしくお願いいたします