被検体監視バイト   作:Pendako

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最終話です。
うまくまとめられていないですが、よろしくお願いします。


終わりの朝

 研究所での勤務にも、少しずつ慣れてきた。

 最初は息苦しかったこの場所も、いまでは妙に落ち着く。

 ……そう感じている時点で、俺もおかしくなってるのかもしれない。

 

 監視モニターの前でコーヒーをすすっていると、通信端末が鳴った。

 差出人は――エリカ。

 

『ねぇ、ユウ。今日は、来ないの?』

 

「勤務時間は夜からだろ?」

 

『でも、退屈なの。……ユウの声が聞きたいだけ』

 

 ロリ声で甘えるような調子。

 まるで小動物みたいな言い方に、少しだけ笑ってしまう。

 

「またあとで行くよ。……ちゃんと血も持ってくから」

 

『やった! ちゃんとあたたかいのがいいよ?』

 

「わかってるよ」

 

 通信が切れたあと、胸の奥に妙なざわめきが残った。

 最近のエリカは、どこか――焦っているように見える。

 俺に何かを“取られる”のを恐れている、そんな目をしていた。

 

---

 

 その夜、赤い部屋に入ると、エリカはベッドの端で膝を抱えていた。

 無言でこちらを見る瞳に、いつもの無邪気さはない。

 

「どうした? 具合でも――」

 

「……ユウ、他の子と、話した?」

 

「え?」

 

「リリスとか、ミナとか。あの人たち、私のこと見て笑ってた」

 

 エリカの声は震えていた。

 彼女の牙がわずかにのぞく。

 怒りではなく、怯えのような色が混じっていた。

 

「別に笑ってなんかないよ。みんな、ただ――」

 

「嘘。あの夢女(リリス)は、ユウのこと狙ってる。ミナも、未来とか言って、全部自分のものにしようとしてる」

 

 小さな手が俺の服を掴む。

 

「ユウは、私のものだよね?」

 

「……そうだな。お前の“監視員”だからな」

 

「そうじゃなくて……“わたしの人間”だよね?」

 

 答えを飲み込んだまま、俺は曖昧に笑ってごまかした。

 その瞬間、彼女はふっと微笑んだ。

 けれどその笑みの奥に、ほんの少しの“狂気”が滲んで見えた。

 

---

 

 研究室を出たあと、廊下の端でリリスが待っていた。

 薄いピンクのコートに、艶やかな唇。

 彼女の存在だけで、空気の温度が変わる。

 

「ふふ。あの子、嫉妬してたでしょ?」

 

「……なんでわかるんだ」

 

「夢でも現実でも、同じ表情をしてたもの。ああいう“独占欲”はね、愛というより恐怖よ」

 

 リリスは近づいて、指先で俺の胸をなぞった。

 香水の甘い匂いが鼻をかすめる。

 

「ねぇユウ。あなたは誰の夢を見てるの?」

 

「……さあな。覚えてない」

 

「嘘。身体はちゃんと覚えてるわよ」

 

 リリスの瞳が妖しく光った。

 その一瞬――視界の隅で、白い影が動いた。

 

---

 

「リリスさん、その辺でやめておいた方がいいですよ」

 

 冷ややかな声。ミナだ。

 彼女は無表情のまま、手にタブレット端末を持っていた。

 

「未来が、ざわついてるんです。今、あなたがそれ以上近づくと……ユウさんが“壊れる”未来が見える」

 

「脅しかしら?」

 

「警告です。あなた、ユウさんの“夢”を削って生きてるでしょ?」

 

 リリスの唇が静かに歪む。

 

「未来を覗く子は、現実を失うのよ。……気をつけなさい、ミナちゃん」

 

 二人の間に火花が散るような緊張。

 その中心で、俺はどうすることもできず、ただ立ち尽くしていた。

 

---

 

 部屋に戻ると、頭の奥がじんじんと痛んだ。

 夢でもないのに、現実がゆがんで見える。

 モニターに映る三人の姿――

 それぞれが俺を見て、まるで“獲物”を見つめるような目をしていた。

 

 その夜は、いつもよりも研究所が静かだった。

 空調の音さえも遠く、廊下の奥まで静寂が満ちている。

 まるで誰かが意図的に“音”を消したみたいに。

 

 俺は監視室で記録を確認していた。

 三人の映像がモニターに並んでいる。

 エリカはベッドにうずくまり、リリスは鏡を覗き、ミナは無表情でタブレットを見つめている。

 

 それぞれ、別の部屋で、同じように“待っている”ように見えた。

 俺を、だ。

 

「……エリカの血液データ、変動してるな」

 

 独り言のように呟いた瞬間、ドアの向こうから微かな音がした。

 開くと、そこにエリカが立っていた。

 

「ねぇ、ユウ。今日も、血くれる?」

 

「今は――勤務中だぞ。勝手に部屋を出ちゃ――」

 

「寂しかったの」

 

 エリカはまっすぐに俺を見上げた。

 その目が少しだけ赤く光る。

 吸血鬼の本能だ。

 それでも、俺の中にはもう恐怖はなかった。

 代わりに、妙な“安心感”があった。

 

「……少しだけだぞ」

 

 差し出した腕を、エリカが両手で包む。

 歯が肌に触れる瞬間、呼吸が止まった。

 痛みよりも、温かい感覚。

 まるで心臓ごと吸い取られていくような――そんな錯覚。

 

 そして、離れるときに、彼女はぽつりと言った。

 

「……誰にも、あげないでね」

 

 その言葉が残るまま、俺はリリスの部屋に向かった。

 彼女はベッドの上で、足を組んで本を読んでいた。

 

「ねぇ、ユウ。あなた、今日は少し顔色が悪いわ」

 

「エリカに、血をちょっと……」

 

「ふぅん。あの子、あなたの血が大好きみたいね」

 

 リリスは笑った。

 けれどその笑みの裏に、何かが沈んでいる。

 

「……あなたは、誰に奪われたいの?」

 

「は?」

 

「エリカ? ミナ? それとも――私?」

 

 その声は、まるで夢の中で聞いた“囁き”と同じだった。

 俺の記憶がかすかに疼く。

 覚えていないはずの夜の感触が、脳の奥でざわついた。

 

「わからないよ。そんなこと」

 

「嘘。あなたの目、もう“誰か”を選んでる」

 

 リリスは立ち上がり、そっと俺の首筋に触れた。

 香りが濃くなる。

 その瞬間、廊下のライトが一瞬だけ点滅した。

 

 気づくと、廊下の先にミナが立っていた。

 静かにこちらを見つめながら、低い声で言った。

 

「ユウさん、戻りましょう。今夜は危ないです」

 

「……ミナ?」

 

「未来が、少し歪んでるんです。

 このままだと、“誰かが”あなたを奪う未来に変わってしまう」

 

 彼女の手が、震えていた。

 恐怖ではなく、焦燥の震え。

 

「私、視たんです。ユウさんがいなくなる夢を。

 だから――私が先に、あなたを……」

 

 ミナの声がかすれた瞬間、彼女は一歩踏み出して、俺の手を握った。

 

「――私の未来から、逃がさないでください」

 

 その夜、俺は眠れなかった。

 三人の視線が脳裏を離れない。

 彼女たちはそれぞれ、違う形で俺を“自分の未来”に閉じ込めようとしている。

 

 俺がどこにも行けないように。

 彼女たちの世界から、消えないように。

 

 静寂の夜が、妙に長く感じた。

 

 朝から、研究所の空気が妙に重かった。

 通路を歩く職員の足音が、いつもより速い。

 神崎の姿も見えない。

 監視端末の画面には、赤い警告ランプが点いたまま消えなかった。

 

「……通信エラー? いや、違うな」

 

 俺はモニターを見つめながら、無意識に呟いた。

 映像は問題なく映っている。

 ただ、三人の部屋の“温度”と“脳波”のグラフが、どれも不規則に跳ねていた。

 

 エリカは壁に背を預けて、何かを考えているように見える。

 リリスはベッドに寝転びながら、天井を見つめて微笑んでいる。

 ミナは椅子に座り、タブレットを手にして――その画面には“未来予測ログ”が映っていた。

 

 まるで、三人とも“何かを決めた”後のような、そんな顔をしていた。

 

「ねぇ、ユウ。今日、あの二人と話した?」

 

 突然、通信端末が鳴った。

 映ったのはリリスだった。

 

「……少しだけ。何かあったのか?」

 

「ふぅん。少し? それって、どっちと?」

 

 リリスの声は柔らかいのに、どこかに棘がある。

 彼女の指が画面の外で動いたかと思うと、モニターの一部が切り替わった。

 ――エリカの部屋。

 

 エリカはベッドに座り、俺と映る映像を見ているようだった。

 血を吸ったときのことを思い出したのか、唇を押さえて赤くしている。

 

「ねぇ。あの子、あなたの血の味を覚えてるの。

 だから、他の誰かの匂いを嗅いだだけで、噛みつきたくなるのよ」

 

「リリス、やめろよ」

 

「冗談じゃないわ。……あなた、あの子に“名前”を呼ばせたでしょ?」

 

 俺は息をのむ。

 エリカが“ユウ”と呼んだときの、あの小さな声が脳裏に蘇る。

 

「いいじゃない。別に……」

 

「ダメよ。それは、わたしたちにとって契約と同じ」

 リリスの目が細く光った。

「ねぇ、ユウ。あなた、誰のものになるの?」

 

 その声を遮るように、警報が鳴った。

 モニターが揺れ、映像が切り替わる。

 ――ミナの部屋だ。

 

 彼女は机の前で、異様なほど早く指を動かしていた。

 システムの深部にアクセスしている。

 

「ミナ! 何してるんだ!」

 

 通信を開くと、彼女は驚くでもなく振り返った。

 その顔は、どこか穏やかだった。

 

「視えたんです、ユウさん。未来が……壊れる瞬間が」

 

「壊れる?」

 

「三人のうち、ひとりがあなたを“独占”した時、全てが終わります。

 だから私は――その前に、あなたを救おうと思いました」

 

「救う?」

 

「ユウさんが“誰のものにもならない”未来に、書き換えるんです」

 

 彼女の声は静かで、しかし涙が滲んでいた。

 

「そのためなら、他のふたりの未来を――消してもいい」

 

 研究所の警報は止まらなかった。

 リリスはモニター越しに微笑み、エリカは泣きながら扉を叩いている。

 三人の心が、それぞれ違う方向へ暴れ出す。

 

 俺は何もできずに、その中心で立ち尽くすしかなかった。

 

 リリスの声がスピーカー越しに囁いた。

 

「ユウ。あなた、選ばないで。

 選ばれなかった女の未来は、地獄になるわ」

 

 ミナの声が重なる。

 

「選んでください、ユウさん。

 私を、選べば未来は救われます」

 

 そして、エリカの小さな声が響いた。

 

「ねぇ、もうやだ……他の子の名前、呼ばないで」

 

 俺の胸の奥で、何かが軋んだ。

 選ぶ? 何を? 誰を?

 

 俺はただの、貧乏大学生だ。

 ただ、監視しているだけの――。

 

 けれど、その夜の静寂の中で確信した。

 この関係は、もう“元には戻れない”。

 

 夜が明けた。

 研究所の外の空は、いつもよりも澄んで見えた。

 長い夜がようやく終わる――はずだった。

 

 俺は監視室の椅子に座り、最後の報告をまとめていた。

 三人の被検体は全員、安定状態。

 警報は止まり、研究所は再び静寂を取り戻している。

 

 けれど、胸の奥には何か引っかかるものがあった。

 昨夜の、三人の視線。

 あの熱と痛みの混ざったような想いが、まだ皮膚の下に残っている。

 

「……これで、終わりにできるのかな」

 

 独りごちたとき、背後で“カチリ”と音がした。

 振り向くと、そこにひとりの青年が立っていた。

 

 白衣ではない。

 ジャケットにジーンズ――普通の大学生のような格好。

 

「君が、監視員の……?」

 

「あ、あぁ。誰だ、君」

 

「朝倉。フリーのジャーナリストだ」

 

 朝倉は落ち着いた目で俺を見た。

 その手には小型の拳銃が握られている。

 

「この研究所、人体実験をしてたんだろ? 女の子たちを……化け物にして」

 

「待て、違う! 俺はただ――」

 

「監視してただけ、か?」

 

 言葉が詰まる。

 本当にそうだった。

 けれど、それが“罪ではない”とは言えなかった。

 

「君も、組織の一員なんだろ。

 ……だったら、ここで終わりにしよう」

 

 銃口が、俺の胸に向けられる。

 

「ま、待ってくれ……!」

 

 その瞬間、世界がスローモーションになった。

 遠くで誰かの声が叫んでいる。

 エリカか、リリスか、ミナか――もう区別がつかない。

 

 銃声が、研究所の静寂を破った。

 

 気づけば、床に倒れていた。

 視界がぼやけ、血がこぼれていくのが見える。

 痛みはもう感じなかった。

 

 最後に見たのは、三人の顔だった。

 

 エリカは泣きながら俺の手を握っていた。

 リリスは無言で唇を噛み、ミナは静かに涙を流している。

 

「……ごめんな。

 俺、なんか……おかしな夢見てた気がする」

 

 声にならない声を残し、意識が闇に沈んでいった。

 

 朝倉は銃を下ろした。

 自分のしたことに一瞬の迷いもなかった。

 

「……もう大丈夫だ。君たちは、自由だよ」

 

 振り返ると、三人の少女たちが立っていた。

 それぞれが、静かな顔で彼を見つめている。

 

 エリカは微笑んだ。

 血のように赤い瞳で。

 

「ありがとう、お兄さん。……ユウを、解放してくれて」

 

 リリスは肩をすくめ、妖艶な笑みを浮かべた。

 

「ふふ……正義って、残酷ね」

 

 ミナは一歩前に出て、小さく頭を下げた。

 

「あなたの未来、見えました」

 

「え?」

 

「きっと、ユウさんがいない世界で……後悔する未来です」

 

 朝倉が戸惑う間に、三人は静かに背を向けた。

 朝倉はその背中を見送りながら、安堵の息を漏らす。

 

「……やっと、終わったんだ」

 

 しかしその背後で、リリスが囁いた。

 

「終わり? ――違うわ。

 これは、始まりよ。私たちが“愛した男”を殺した世界の、ね」

 

 外に出た三人の少女の目に、朝日が差し込む。

 冷たい風の中で、それぞれが違う方向へ歩き出した。

 

 エリカは唇を噛みながら呟く。

「ユウの血、まだ温かいのに……」

 

 リリスは微笑んで、空を見上げる。

「ねぇ、どっちが正義かしら」

 

 ミナは瞳を閉じた。

「未来は……壊れた。でも、これでいい。だって――」

 

 三人の声が、同時に重なった。

 

『――ユウは、わたしのものだから』




読んでいただきありがとうございました。

以下自分語り。


初めて自分で考えたものを形にしたので、最後はうまくできていないように感じてますが、
短く完結する物語を書きたかったので及第点と思ってます。
その辺は次回以降に活かしていこうと思ってます。
また、ご感想いただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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