――朝。
送迎車のドアがギィッと音を立てて開いた。
眩しい光が流れ込んで、デンジは思わず目を細めた。
外の空気はやけにキレイで、
どこか“スラムには無かった匂い”がした。
風が甘い。空気が軽い。
「……マジかよ。」
目の前に立ちはだかるのは、デカすぎる門。
鉄の壁みたいにそびえて、デカデカと“雄英高等学校”の文字が光っていた。
レゼが立ち止まって、ぽつりとつぶやく。
「……ここが、学校。」
「なぁレゼ……あれほんとに学校か?」
「で、でかいね。」
「チェンソー様が通るにふさわしい門!!」
ビームが全力で叫ぶ。
門の向こうには、ガラスみたいな建物と白い校舎。
風が抜けるたび、どこかでチャイムが鳴る。
こんな“整った音”を聴くのは初めてだった。
「……なぁレゼ。」
「なぁに?」
「オレら、場違いだと思うか?」
「うん、でも入っちゃえばこっちのもんだよ。」
「お前、図太ぇな。」
「スラムじゃ図太くないと生き残れないもん。」
「……確かにな。」
校舎側から1人歩いてくる
「ふん、来たか」
相澤が歩いてきた
「君たちは今日、特別入学試験を受けてもらうのさ。」
根津が穏やかに言う。
「特別……?一般とは違うんだ」レゼが小さく首をかしげた。
「一般とは別日だね。今日は、君たち三人だけ。」
デンジは鼻を鳴らした。
「三人だけか。……気楽でいいな!」
「そんなこと言わないの。」レゼが小声で言う。
ビームが拳を握りしめた。
「チェンソー様、レゼ様!! 合格当たり前!!」
相澤が片手で顔をこすりながら言った。
「……とりあえず、グラウンドに出るぞ。話はそれからだ。」
「グラウンド?」
「思いっきり走れる場所だ。」
「へへ、思いっきり動ける場所か面白そうだな、レゼ。」
「そうだね」
「ビーム、行くぞ。」
デンジは拳を握り、門の向こうを睨む。
目の前の光が、やけに眩しかった。
少年と少女とサメ男は、初めて“学校”の門をくぐった。
――雄英高校・グラウンド。
風が砂を巻き上げる。
静けさの中、三人の影だけが伸びていた。
「ここが……グラウンドか? 初めて来たわ。」
デンジがあたりを見回す。
「走るには広すぎるね。」レゼが口角だけで笑う。
「広い! 広い! 広い!」ビームが周りを見ながら叫ぶ
「静かにしろ。」
相澤の低い声が空気を締める。
「これから“個性把握テスト”を行う。お前らの力の基準を測るための試験だ。」
そのとき、背後から重たい足音。
風が止まり、影が覆う。
「諸君、リラックスして臨むといい!
結果よりも、“今の自分を知ること”がこのテストの目的だからね!」
デンジは振り返って、思わず口を開けた。
「なんだこのオッサン……めっちゃデケェ。」
レゼが小声で笑う。
「デンジ君、この人“オールマイト”って言って、有名人らしいよ。」
「へぇー、知らね。」
「……もう少し隠そうよ。」
「ハハハ! これから知るといいさ!」
オールマイトが笑顔でグッドサインを送る。
歯がピカッと光った。
根津が前に出て補足する。
「これは本来、入学後に全員へ行う試験なんだけど、君たちは特別に“先行実施”するよ。」
相澤がボールケースを開ける。
「まずは投擲。全力でこの円の中からボールを投げろ。距離を測る。」
「投げるだけ?」デンジが眉を上げる。
「そうだ。――“個性使用可”だ。」
その言葉で、デンジの顔に影が落ちる。
唇が歪み、笑いがこぼれた。
「……使っていいんだな?」
「ああ。」相澤は目だけで応じる。
レゼが小声で肘をつつく。
「最初から血使いすぎて倒れないでよね。」
「わかってるって。」
「ほんと?」
「たぶんな。」
根津が小さく頷く。
「じゃあ――始めようか」
風が止んだ。
時間が、音を失った。
デンジが前へ出る。
「じゃあ……やるか。」
胸に手をあてる。
スターターを掴んで――ゆっくりと引く。
ヴヴン
頭と腕から、チェンソーの刃が突き出した。
ヴヴヴン――ヴヴァンッ!! 金属音が空を裂いた。
教師たちが一斉に身構える。
「久々に使うぜ、個性!」
デンジの目がぎらりと光る。
「オイ! もじゃもじゃ!」
「……俺のことか?」相澤が眉をひそめる。
「この線の内側で投げりゃいいんだな!?」
「そうだ。その線から出なければ、どれだけ力を使ってもいい。」
「そうか――わかった!」
デンジが勢いよくボールを掴もうとしたその瞬間。
「あああっ!!」
「どうしたのデンジ君?」
レゼが駆け寄る。
「……俺、手からチェンソー生えてるせいで、満足に掴めねぇ!」
グラウンドが一瞬静まり返った。
オールマイトが固まり、相澤がこめかみを押さえる。
ハァ〜
相澤が息を吐きながら言った。
「……まぁ、個性によっては満足に投げられない奴もいる。指が何本か使えるなら、それで投げろ。」
「えぇー……まぁ分かったよ。」
デンジはボールを見つめ、チェンソーの刃の隙間から
三本の指でなんとか掴む。
「……オラァッ!!!」
――ブンッ!!
空気が爆ぜた。
金属の唸りが混ざり、ボールは一直線に飛び出した。
風を裂き、視界から消える。
数秒後、遠くの空で「ピカッ」と閃光。
相澤が計測器を見る。
「……六百五十メートル。」
「シャーー! 飛ばしたぜ!!!」
デンジがガッツポーズ。
レゼが目を見開く。
「すごいね、デンジ君。」
「だろ!? 俺ってばスゲーんだわ!」
ビームがジャンプしながら叫ぶ。
「さすがチェンソー様!! すげえ! すごい!!!」
オールマイトが言う。
「なかなか六百台を出す子はいない。すごいね!」
グッドサインを送る
「よし、次レゼ。」
相澤が目を細める。
「お前の番だ。」
レゼは一歩、円の上に出た。
風が髪を揺らす。
その表情は、さっきまでの笑顔とは違って、どこか冷たい。
「……爆発系の個性だと聞いている。」
相澤が言う。
「グラウンドを吹き飛ばすなよ。」
「ふふ、大丈夫ですよ。でも――ちょっと離れててください。」
レゼの声は甘く、それでいてどこかぞっとするような柔らかさだった。
デンジがニヤニヤしながら口を開く。
「レゼ、オレより派手にやんなよ!」
「んー、どうしよっかな。」
レゼが振り向きざま、いたずらっぽく笑う。
「でも、試験だからなー。」
ビームが体を震わせる。
「レゼ様……個性つかう!? 吹っ飛ぶ!?」
「だいじょーぶ。」
レゼは軽く笑って、首元のピンを掴み――抜いた。
「バァン」
一瞬、静寂。
空気が張りつめる。
次の瞬間――
ドゴォォォォォン!!!
爆風が爆音を引き裂き、地面がめくれ上がる。
ボゥゥゥゥゥゥゥゥン……と遅れて、重たい衝撃が空気を押し広げた。
相澤の顔に砂がかすめ、マフラーがバサッと舞う。
「……チッ。」
オールマイトは一歩も動かず、腕を組んだまま爆風を真正面で受け止める。
「ハハハ……すごい個性だ!」
熱風の中、煙の奥から“別の何か”が出てくる。
白いブラウスは焼け焦げ、代わりに黒い装甲のような皮膚が浮かび上がる。
首から頬にかけて走る艶のある線が、導火線のように赤く光を走らせた。
滑らかな黒の仮面が顔を覆い、そこから機械じみた牙が覗く。
腕は黒い鞭のように細く、皮膚の下で爆気が蠢いていた。
――それでも、姿勢はまっすぐ。
白いシャツのリボンだけが、風にゆれていた。
「……いくよ。」
声だけは、あの穏やかなレゼのままだった。
だが、その響きには金属と火薬の匂いが混じる。
ボールを構えた瞬間、空気が一気に収束する。
世界がレゼを中心に“沈黙の真空”になった。
レゼの声が、静かに響いた。
「――バン。」
白光。
轟音。
爆風。
ボールは視界の端から一瞬で消え、
衝撃波が遅れて全方位へ――ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!と広がる。
空が、爆発の名残を反射して赤く染まっていた。
オールマイトが一歩前に出る。
「ほう……!」
相澤が計測器をのぞき込む。
「……一五〇〇メートル。」
静寂。
煙の中から現れたレゼは、
「ね、優しくやったでしょ?」
デンジが目を丸くして言う。
「嘘つけぇ!! 周りぶっ飛んだぞ!!」
「ボール壊さないようにしたんだからセーフ。」
「どこがセーフだよ!!」
ビームはガタガタ震えながら呟いた。
「う、うう……レゼ様、やっぱり怖い……」
「何か言った? ビーム君。」
レゼがにっこり笑う。
「い、言ってない! ビーム言ってない!」
根津が笑ってうなずく。
「ふふ、なるほど。
個性の制御も、しっかりできているようだね。」
「……次はお前だ、ビーム。」
「遂にビームの番!!!」
ビームは勢いよく立ち上がる。
体がピクピクと震え、顔は興奮で真っ赤だ。
「チェンソー様!! レゼ様!!! ビーム頑張ります!!!」
レゼが口元に手を当てて笑う。
「ふふ、ビーム君、落ち着いて。」
「ビームも頑張れよ!」デンジが肩を叩く。
「ハイ! このビーム、チェンソー様とレゼ様の応援でやる気マックス!!!」
オールマイトが口元を緩めた。
「エネルギーに満ちた生徒だね!」
「……いいから早く投げろ。」
「ギャギャ!! では――いざッ!!!」
ビームは助走を取る。
――シャキィィィィン!!
肉が割れ、鉄のような質感の“背ヒレ”が突き出た。
皮膚の下を海水のような液体が走り、足元からじわりと水が滲む。
「出たな……!」デンジが呟いた。
ビームの身体が膨張していく。
骨が軋み、筋肉が波打ち、腕と脚が異様に長く伸びる。
皮膚が裂け、灰青色の鱗が覗き――そのまま、咆哮。
「ウオオオオオオォォォォ!!!!」
その瞬間、空気が変わった。
グラウンドに伝わる圧迫感。
巨大なサメの顎が、顔から生えた。
肉と金属が融合したようなそれは、ギラギラと光る歯を並べ、
頭部の両側に三対――合計六つの眼球がギョロリと動く。
呼吸とともに泡が弾け、咆哮が水音を含む。
オールマイトが思わずつぶやいた。
「……あれは……サメの“個性”なのか?
いや……足も四本あるし、目も六つ……私の知るどのサメとも違う。」
根津が首をかしげる。
「興味深いね。分類上は“変異型”……でも、
異形型のようにも見えるね」
相澤は目に力を込め、ビーム、デンジ、レゼを順に見た。
「……俺の“抹消”でも解除されない。やはり三人とも――異形型か。」
突然
デンジがビームに叫ぶ。
「オイ! ビーム、お前! 円から体はみ出してんじゃねぇか! ずりーぞ!オイ!もじゃもじゃいいのかよこれ!」
「そうだね、デンジ君。ずるいよね、ビーム君ずるいよ。」
ビームは先ほどの勢いが一気にしぼみ、
「え、え、チェンソー様、レゼ様……?」
と戸惑う。
ハァ
相澤が短く息を吐いた。
「……この際いい。」
「いいな〜ビーム、俺も体デカくできねぇかな〜。」
「デンジ君はそのままがいいよ。」
「え、そ、そうか?」
「そうだよ!」
「ちょっと黙れ。お前ら一応試験中だ。」
相澤が手で制す。
「ビーム、さっさと投げろ。」
「イエッサー!! ビーム行きます!!!」
ウガアアアアッ!!!
ビームはボールを口でくわえ、
上に放り投げる――その間に身体をひねり、尾のように伸びたヒレで打ち上げた。
――ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!
空気が震え、ボールが弾けた。
オールマイトが目を見開く。
「……器用だね!」
相澤が計測器を確認する。
「……四百八十メートル。」
「ビーム! やりました!!!」
デンジが吹き出す。
「お前、ほんとバカだけど最高だな!」
「チェンソー様に褒めてもらえた! 嬉しいッ!!」
レゼが軽く拍手をした。
「うん、かっこよかったよ。ね、デンジ君?」
「まぁな! 見てて楽しかったわ!」
ビームは体をピクピクさせながら照れくさそうに笑う。
想定より書くのが楽しくなり、1話に収まりませんでした。ロボ戦は2話後に描きます。