2人の幸せ   作:言うても

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14話

雄英高校・本校舎・空き会議室。

 

 夕陽が窓の縁に引っかかっていた。

 机の上には冷めた紙コップの水。

 壁の時計が、カチ、カチと、無機質な音を刻み続けている。

 

 デンジは椅子に深く沈み込み、腕を組んでふてくされていた。

 隣では、レゼが静かに腰を下ろしている。

 距離はほんの数センチ。少しでも動けば、肩が触れ合うほどの近さだった。

 

 窓の外では、夕陽がグラウンドを飲み込み、影が長く伸びていく。

 

「……チッ、結果まだかよ。」

 

 デンジがぼそりと呟く。

 視線は机の一点に突き刺さり、足先で床をコツコツと叩いていた。

 遠くから、カラスの声が響く。

 

 その横顔を見ながら、レゼは小さく笑った。

 

「ねぇ、デンジ君。怒ってる?」

「怒ってねぇよ。」

「ふててる?」

「ふててねぇっつってんだろ。」

 

 言葉とは裏腹に、デンジの目はどこか拗ねた色をしている。

 レゼはくすっと笑い、そっと指先を伸ばした。

 

 ――ぷに。

 

「……なにしてんだよ。」

「ほっぺ、柔らかいなぁって。」

「触んなって!」

 

 デンジが顔を背けるが、レゼの指はもう一度伸びる。

 また、ぷに。

 

「でも、私言ったよね。血、使いすぎて倒れないでって。」

「うるせぇ。」

 

 その軽口の奥に、かすかな緊張が残っていた。

 レゼは微笑みながらも、ふっと目を伏せる。

 

「……ほんと、焦ったんだよ。」

「……へ?」

「落ちたら、死んじゃうかもって思った。だから、助けたの。」

 

 静かな声だった。

 デンジは思わず顔を向けるが、言葉が出てこない。

 

「そ、そんな簡単に言うなよ……。」

 

 視線を逸らす。

 その横顔には、照れと後悔が少しずつ混ざっていた。

 

「ねぇ、デンジ君。」

「……なんだよ。」

「私、助けたの、悪いことだった?」

 

 レゼの問いに、デンジはしばらく黙り込む。

 やがて、腕を組んだままぼそりと呟いた。

 

「別に悪くねぇよ。……でも、恥ずかしいんだよ。」

「恥ずかしい?」

「“お姫様抱っこ”だぞ!? 男のプライドってもんがあるんだよ!」

 

 ハハハァ゙

 

 レゼは吹き出した。

 笑い声が、乾いた空気の中にふわりと広がる。

 

「ふふ……かわいいデンジ君」

「かわいくねぇ!!」

 

 再び、ぷに。

 レゼの指先が頬をつつくたび、デンジの顔が赤く染まっていく。

 机の上のコップがわずかに揺れ、夕陽が二人の輪郭を赤く縁取った。

 

 そんな空気の中、廊下から足音が近づいてきた。

 待ち続けた気配が、ようやく現れる。

 

「……来たか?」

「うん。」

 

 ――コン、コン、コン。

 

 扉がノックされ、3人は同時に顔を上げた。

 

「やあやあ、みんなお疲れさま!」

 

 小柄な校長・根津が、軽やかに扉を開ける。

 その後ろには、無表情のまま書類を抱えた相澤が続いた。

 夕陽の光が背後から差し込み、二人の影を長く引きずる。

 

「おい、まだ結果出ねぇのかよ! 待ちくたびれたぜ!」

「チェンソー様の言う通り!」

 

 相澤は、深くため息をつく。

 

「……はいはい、うるさい。今から発表する。」

 

 カチ、とスイッチの音。

 プロジェクターの白光が壁に映り込み、会議室の空気が少しだけ張り詰めた。

 

 心臓の鼓動がやけにうるさい。

 

(……頼む。落ちてたら、立ち直れねぇぞ……。)

 

 デンジは無意識に拳を握り締めていた。

 

「では、実技試験の結果を伝える。」

 

 空気が一気に静まる。

 相澤が最初の名前を呼んだ。

 

「ビーム。ヴィランポイント――200。」

「シャシャ! ロボ噛みごたえ抜群!」

「おー、やるじゃねぇかビーム!」

 

 短い笑いがこぼれ、場が少し緩む。

 

「次、デンジ。ヴィランポイント――450。」

 

 一拍の沈黙。

 デンジが息を吐き、口角を上げた。

 

「よっしゃあ! これ、デカいの倒したぶん多いだろ!」

「チェンソー様、強い! 最強!」

「デンジ君、頑張ってたもんね。」

 

 その言葉に、デンジは照れくさそうに笑う。

 

「そして最後、レゼ。ヴィランポイント600。

 レスキューポイント30。合計――630。」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 

「……はぁあ!? なんだよそれ!!

 俺の“シークレット”は!? あれ絶対たけぇだろ!!」

 

「ふむ、あのロボットは――0ポイントだね。」

 

「はぁ!? なんだよそれ!!

 それに“レスキュー”ってなんだよ! 俺とビームにそんなのねぇぞ!!」

 

 デンジが机を叩いて立ち上がる。椅子が軋んだ。

 

「デンジ君、あの試験は“倒すだけ”じゃないのさ。

 ヒーローは、人を救うのも仕事なんだ。

 だから、“レスキューポイント”という基準でも見ていたのさ。」

 

「……まさか、そのポイントって……」

「そう!レゼ君が、君を空中で落ちそうになったところを救ったからさ!」

 

 言葉を聞いた瞬間、デンジの動きが止まった。

 目を見開き、間抜けな声を漏らす。

 

「マジかよ!? 俺、自分でレゼにポイントあげてたのかよ!!」

 

 両手で頭を抱え、デンジは椅子に沈み込む。

 レゼは苦笑を浮かべながら肩をすくめた。

 

「ありがとう、デンジ君。」

 

 その笑顔があまりにも自然で、

 デンジの頬は絶望と照れの入り混じった色に染まった。

 

「くそぉぉぉ……!」

 

  ごほん

 

 相澤が咳払いをして、空気を切り替える。

 

「……まぁ、三人ともよくやった。

 通常応募の受験者よりも、個性も実技も高水準だ。」

 

根津も続けて答える

「個性把握テストのデータも例年より良好。

 実技は三人だけでポイントは高いが、結果を差し引いても上位。

 個性制御はプロに迫るものだよ。」

 

根津は書類を閉じ、穏やかに微笑んだ。

 その眼差しには、静かな確信が宿っていた。

 

       沈黙

 

 時計の秒針だけが、静かに時を刻む。

 

 デンジの喉がごくりと鳴った。

 レゼもビームも、息を飲んで立ち上がる。

 

 根津はゆっくりと口角を上げた。

 

「――なので! 君たち三人を、“特別入試合格”とする!」

 

 その言葉が、静寂を切り裂いた。

 時間が止まったような一瞬――

 そして次の瞬間、爆発のような歓声が上がった。

 

「うおおおっしゃあああ!!!」

「やったー!!合格 !!合格!!」

「やったね、デンジ君! ビーム君! 私たち――学校に行けるんだよ!」

 

 三人の声が重なり、笑い声が弾けた。

 夕陽が彼らの背を真っ赤に染める。

 

 笑いが落ち着くと、静寂が戻る。

 カーテンの隙間から差す光が、机の影を長く伸ばしていた。

 

 ――やっと、終わった。

 そんな空気が、部屋の隅々まで満ちていく。

 

 しばらくして、相澤が低い声で言った。

 

「……お前たちは“特別な形”で合格している。

 本来は学科もある。それを忘れるな。

 お前たちの同期には、筆記も突破した優秀な奴らがいる。それを頭に入れておけ。」

 

 重い言葉が、会議室の空気を引き締めた。

 だが三人はうつむかず、真っ直ぐに前を見ていた。

 

「でも――何を言おうと合格だ。おめでとう。」

 

 机の上に、三通の合格通知が並ぶ。

 合格の赤いハンコが、夕陽を受けて鈍く光った。

 

 デンジは息を吐き、

 レゼは微笑み、

 ビームは小声で「チェンソー様、レゼ様と一緒……」と呟いた。

 

「そういうことだ。続きの手続きは後で送る。不明点は雄英高校の事務へ聞け。今日はもう帰れ。」

 

「みんな合格おめでとう! 帰りの車も出すけど、気をつけて帰りなさい」

 

「ヨシャー! レゼ、ビーム、帰ろうぜ。俺、腹減った!」

 

 デンジは嬉しそうに帰り支度を整える。

 

「ねぇ、デンジ君。」

 

「なんだよ、レゼ。合格したんだからさっさと帰ろうぜ。」

 

 レゼは、ほんの少し悪戯っぽく微笑んだ。

 

「ふふ……デンジ君。勝負の内容、覚えてる?」

 

「……あ。」

 

 その笑顔が、夕陽の赤に溶けるようにきらめいた。

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