「じゃあまずは――50m走だ」
相澤が端末を操作しながら、ちらっとデンジとレゼを見る。
「デンジはスタートの合図。レゼは測定機の数値をここに入力しろ」
「へいへい……なんで俺が笛係なんだよ」
デンジはだるそうに笛を受け取り、眉をひそめた。
「俺が全体を監視する。お前らは手を動かせ」
「分かりました。デンジ君、行こ?」
レゼは軽やかにゴール側へ歩いていく。
「シャシャッ!! ビームはチェンソー様の手伝い!!」
「ビーム、お前はレゼの補助だ」
「レゼ様! 補助!! 了解!!」
50mレーンには一組目が並ぶ。
飯田天哉、蛙吹梅雨、そして爆豪勝己。
爆豪が横目でデンジを睨む。
「オイ、テメェら。試験の時の50m、記録なんだった?」
デンジは笛を咥えながら気怠く答えた。
「あ〜? 俺が1.2秒で、ビームが1.8秒……で、レゼが0.6秒だったっけな」
(こいつ、朝からずっと絡んでくんな。
まあ、昔はもっとキレ散らかすやべぇ奴の相手してたけどよ…)
「はァ? 0.6……?」
爆豪の眉がピキッと跳ねる。
周りがざわつく。
「レゼさんすげぇ……!」
「音より速くね……?」
「それもう競技違わない?」
「チッ……お前らにこのテストでぜってぇ勝ってやる」
爆豪が砂を踏み鳴らす。
「へいへい、めんどくせぇから始めっぞ」
デンジはスタート横にしゃがみ込む。
(爆豪君なんでこんなにデンジ君に突っかかるの?
今はデンジ君我慢してるけど、大丈夫かな…)
「位置について〜」
空気がピンと張りつめる。
「よーい……」
「ピィィィィィッ!!」
笛の音と同時に、飯田と爆豪が地面を蹴った。
エンジン音と爆発音が地面を震わせる。
「速ッ!!」
「足音エンジンやべぇ!!」
「爆豪、空中移動してんぞ……!」
爆豪は爆風を連打しながら加速していく。
その間にレゼが記録を読み上げる。
「飯田君、3.04秒。
爆豪君、4.13秒。
蛙吹さん、5.58秒」
「ちぃぃいい!!」
爆豪が悔しさを爆発させる。
「うわ、マジで悔しがってんぞ……」
「デンジ達の記録、よっぽど気にしてるんだな」
「カッチャン……大丈夫かな」
「お〜いレゼ〜! 次呼べ〜」
デンジが投げやりに手を振る。
「はーい! 次の組、並んでくださーい!」
レゼの柔らかい声に、自然と生徒たちが動き出す。
相澤は淡々と記録をまとめていたが、
その横で爆豪が再び噛みつく。
「オイ!! その気だるい態度がムカつくんだよ!!」
(あ〜始まった。テスト中に喧嘩売ってくんなよ、めんどくせぇ。学校ってこんなもんなのかよ)
デンジはポケットに手を入れてそっぽを向く。
「ぶっ殺すぞテメェ!!」
「じゃあおめぇ、俺らの記録に勝ってみろよ」
デンジが無造作に返す。
「ハァ!? てめぇ言ったな……!
そんなの余裕で超えてやるわ!!」
怒りに燃える爆豪は、まだデンジをギラギラ睨んだまま戻っていった。
「デンジ君……大丈夫?」
レゼが心配そうに聞く。
「知らねーよ。勝手にキレてくんだよアイツ」
デンジは肩をすくめた。
「何かあったら言ってね。助けに行くから」
レゼは静かに言う。
「シャシャッ!! チェンソー様ァ!
アイツ失礼!! 失礼!!」
ビームが全力で報告してくる。
「知ってるわ……」
【立ち幅跳び】
「おららッ!!」
爆豪は個性を使い、爆風で空中を駆けるように跳ぶ。
「爆豪、続けられるのか?」
相澤が尋ねる。
「あ、ああ当たり前だろ!」
爆豪は少し自慢げにデンジへ視線を向ける。
だが――
「レゼも無限だったしな」
デンジがボソッと言う。
レゼは少し気まずそうに頬をかく。
ビームは無邪気に立っている。
「ちっ」
爆豪が舌打ちする。
【握力】
「爆豪君、60kg」
「俺達は壊したぜ、へへ」
デンジが自慢げに笑う。
「デンジ君、壊したこと誇らないでよ……」
レゼは苦笑する。
爆豪はさらにイラつき、
手に力を込めて記録を「63kg」に更新する。
【反復横跳び】
爆豪は爆発を連続使用し、高速で左右に跳び続けた。
「……75回」
爆豪が肩で息をしながら、デンジを睨む。
「テメェ……らな……!」
「もう勝手にやってろよ……」
デンジは気だるく返す。
【ボール投げ】
グラウンドの端に立つデンジが、緑谷へ声をかける。
「オイ天パ、お前が最後だ。早く投げろ」
「あ、ありがとうデンジ君」
緑谷は両手でボールを受け取る。
「じゃあ投げろ。――オイ、ビーム準備しろ」
「分かりましたチェンソー様!!」
ビームは返事をすると同時に地面へ潜り、
いつでもボールを回収できる態勢に入った。
――緑谷がボールを握りしめる。
1-Aの視線が、自然に彼へ向く。
「緑谷君はこのままだとマズいぞ」
飯田が心配そうに小声で言う。
「あァ゙? ったりめぇだ! 無個性の雑魚だぞ」
爆豪が鼻で笑いながら煽る。
緑谷が個性を使って投げようとした、その瞬間――
相澤が、緑谷をじっと凝視した。
(ヒーローに……絶対なるんだ!)
緑谷がそう叫ぶように心で踏み出した時――
ポトン。
ボールは、近くに落ちた。
「緑谷君、一回目……46m」
レゼが記録を読み上げる。
「お〜いビーム、取ってこい」
デンジが指示する。
「分かりましたチェンソー様!!」
ビームが地面から飛び出し、ボールを回収する。
「ウイ、サンキュ」
デンジがボールを受け取り、
「ほい天パ、二回目投げろ」
と緑谷へ差し出すが――
緑谷は俯いたまま、ボールを受け取らない。
「オイ、大丈夫か? 天パ?」
「な、な……今、確かに“使おう”って……」
「今、俺が個性を消した」
相澤の声が、冷たく刺さる。
「見たところ、個性制御できてないんだろ?
また行動不能になって誰かに助けてもらうつもりか?
助ける側に立とうとする人間が?」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「どういうつもりでも、周りはそう“せざるを得なくなる”って話だ。
現場に出てもただ迷惑なだけだ、緑谷出久。
お前の力じゃあ、ヒーローにはなれないよ」
沈黙が落ちる。
「……お前の個性は戻した。二回目、投げろ」
相澤が淡々と言う。
緑谷は、デンジからボールを受け取る。
小さく息を吸い、深呼吸。
(先生の言う通り、このままじゃヒーローになれない……
僕は、人より何倍も頑張らなきゃダメなんだ!
今、僕にできる全力を――)
「SMASH!!」
ビューン!!!
ボールが音を裂いて、高く、遠くへ飛んでいく。
「お、すげぇじゃん天パ」
デンジが目を見開く。
「え〜と……緑谷君、705.3m」
レゼが数値を読み上げる。
「先生……!」
緑谷は、まだ震える膝を押さえながら叫ぶ。
「まだ動けます!!」
「こいつ……」
相澤は先ほどまでの気怠い目を細め、
今度は、力強く、どこか期待を込めた眼差しで緑谷を見つめていた。
(クソッ……! アイツらともほとんど勝てねぇで……
なんで、なんで無個性のはずのデクなんかが……!!
けど実際…)
爆豪の胸の奥で、悔しさ・混乱・嫉妬が一気に爆ぜる。
クソ! クソ! クソ! クソーー!!
「……テメェ」
爆豪がギラギラした目で緑谷に歩み寄る。
足音は砂を蹴り、そのまま飛び出す。
「どーいうことだ、コラ……!
ワケを言えやデクテメェ!!」
緑谷は驚きで固まり、後ずさった。
爆豪の手が、緑谷の襟首めがけて伸びる――
その瞬間。
ガシッ。
「はぁ〜、またかよ、お前」
デンジが横から腕を伸ばし、爆豪の手首を掴んで止めていた。
掴んだまま、デンジは面倒くさそうに眉をしかめる。
「朝から殴ろうとしすぎなんだよ。
お前ほんと、すーぐキレんだな。めんどくせぇっての」
「どけ!!」
爆豪が爆発を起こそうと力を込めるが――
デンジの握力は、1ミリも緩まない。
「やめよ、爆豪君。テスト中だよ。さっきから変だよ」
レゼも爆豪の反対側にそっと立ち、腕を押さえ込む。
心配そうな顔なのに、瞳だけ冷たい。
(本当に爆豪君、暴れすぎ。デンジ君ケガさせたら…許さないから)
「シャシャッ!! チェンソー様、レゼ様の言う通り!
言う通り!!」
「黙れサメぇぇえ!!」
爆豪が怒号をあげた、その瞬間――
バサッ。
捕縛布が、爆豪の体に巻きついた。
「何だ……硬え!」
相澤の個性と捕縛武器が、爆豪の身体をがっちり拘束する。
「ったく。何度も手間かけさせんな」
爆豪の背筋がビクリと跳ねる。
「……チッ!!」
爆豪はデンジの手を乱暴に振り払い、後ずさっていった。
だが、緑谷へ刺すような視線だけは外さない。
悔しさと混乱は、まだ爆豪の胸の奥で渦巻いていた。
爆豪の渦巻く感情は晴れないまま、
個性把握テストは、緑谷が最下位という結果で終了した。
「はい、みんなお疲れ様」
相澤が生徒の前に成績を空中に映し出す。
「最下位は除籍と言ったが――あれは嘘だ。
君らの個性を最大限引き出すための、合理的虚偽だ」
「はあああああああ!!」
「え、え!!」
「嘘だろ、俺信じてた……」
生徒たちが思い思いに叫ぶ。
「当たり前でしょ。
記録を先に測定したとはいえ除籍がかかってるのに、3人も参加してない時点で分かりましたわ」
冷静すぎるツッコミが飛ぶ。
「これで今日は終わりだ」
相澤のその一言で、
雄英ヒーロー科1-Aの“洗礼”の一日目が、ようやく幕を下ろした。