「ねぇ、デンジ君。」
「ん?」
「今日おかしくない?」
「おかしい?」
「うん。いつもは車で報酬なのに、今日は“アジト”に来いって。」
「まぁ、金もらえりゃいいだろ。」
「……そういうとこ、デンジ君らしいね。」
レゼは笑った。けど、目が笑ってなかった。
階段を降りる。
空気が変わる。冷たい。
「嫌な感じする。……」
「気のせいじゃね?」
「ううん、気のせいならいいけど。」
ドアの前。デンジが一息つく。
「……よし、いくか。」
ドアの向こうは薄暗い。
机に肘をついて煙草を吸う男。
雇い主の幹部だ。
壁一面にヒーロー新聞。
“救済”“平和”“希望”。
どれも笑えるくらい嘘っぽい。
「サワダは?」
「……処理、終わりました。ちゃんとやりましたよ。」
「そうか。」
煙が、重い。
灰皿に押しつける音がやけに長く響く。
ジュッ。
レゼが小さく袖を引いた。
「……デンジ君、帰ろ?」
「なんでだよ。金もらうだけだろ。」
「いつもと……違う。」
「気のせいだって。」
男が立ち上がった。
「お前らには助けられたよ。ほんとにな。」
「はぁ、まぁ……そうっスね。」
「だがな、尻尾は切るもんだ。」
――カチ。
音。
銃の安全装置が外れる。
背後のドアが開く。
スーツの男たちがずらり。
十人。いや、もっと。
「悪いな。お前ら、もういらねぇんだ。」
「は? 何言って……」
「ヒーローに嗅ぎつかれた。口を割る前にな。」
「そんなことしねぇって!」
「信じる理由がねぇ。」
「ふざけんなよ……! 命かけてんだぞ!」
「命なんて、いくらでも替えがきく。」
レゼの瞳が細くなる。
「……やっぱり、こうなるんだね。」
指がピンに触れる。
「ごめんね、デンジ君。」
「は? 何がだよ。」
「ちょっと、個性使うね。」
「はぁ!?」
――ボン。
世界が白く爆ぜた。
爆風。炎。空気が弾ける。
「生きてる?」
「耳キンキンだよ!!」
「……なら、よかった。」
その声が、どうしようもなく優しかった。
「デンジ君の番だよ。」
「……ポチタ、いくぞ。」
「ワン!!!」
ギィィィィィィィィィィィィン!!!
刃が吠える。金属が泣く。
デンジが走る。
ポチタを振り上げ、突っ込む。
「うおおおおおッ!!!」
肉が裂ける。骨が砕ける。
血が顔に降りかかる。
「へへっ……切れ味最高じゃねぇか!!」
ポチタが「ワン!」と返す。
銃弾が飛ぶ。
肩が掠める。
「痛ぇなぁ!!!」
爆炎の向こう、レゼが笑った。
「デンジ君、左。」
「わかってる!」
床が鳴る。
ドボン。
水音。
「――ビーム!!!」
返事はない。
けど、床が割れた。
濁った水煙。
ヒレのある少年が飛び出す。
「チェンソー様ァァァァァァ!!!!!」
サメの個性、ビーム。
笑いながら狂っている。
「喰らええええええッ!!!」
敵に飛びつき、噛み砕く。
骨が砕け、血が舞う。
「チェンソー様の敵はァ!全部!喰い殺すッ!!!」
「ビーム!! 最高だなお前!!」
「当然デス!! チェンソー様ァァァ!!!」
三人が動く。
刃。炎。牙。
ギィィィィィィン!! ボン!! ガブゥゥゥゥ!!!
音の嵐。
血と火花と笑い声。
誰が敵で、誰が味方か、もう分からない。
パンッ。
銃声。
胸に衝撃。
「……あ?」
デンジが崩れた。
血が広がる。
ポチタが鳴く。
「ワン……ワン……」
レゼが駆け寄る。
「デンジ君!? デンジ君!!」
頬を叩く。
「起きて。起きないと、また爆発するよ。」
血の匂いの中で、息が震える。
……暗い。
音がない。
何も感じない。
ただ、血の味だけが口の中に残ってた。
鉄の匂いと、焦げた煙のにおい。
(……ポチタ?)
『私は、デンジ達の“夢の話”を聞くのが好きだった。』
『これは契約だ。』
『私の心臓をやる かわりに――デンジ達の夢を、私に見せてくれ。』
温かい何かが、胸に流れ込む。
バクン。
バクン。
心臓が動く。
血が流れる。
燃えるみたいに熱い。
「……う……」
目が開く。
視界がぼやけている。
「デンジ君!! デンジ君!!」
レゼが泣きそうな顔で駆け寄る。
「生きてるの!? ねぇ!!」
デンジは息を吐いた。
「……ああ……胸が……」
そのとき、足音。
煙の向こうで、まだ息のある敵がよろめきながら近づいてきた。
銃口が、こちらを向く。
「……チッ……まだ、生きてんのかよ……」
レゼが構える。
でも、デンジの目はもう違っていた。
視界が赤く揺れ、頭の奥で何かが疼く。
胸の輪に、手が伸びた。
「……引かなきゃ……殺される……」
レゼが叫ぶ。
「デンジ君、やめ──!」
ギュッ。
――カチン。
――ブルルルルルルン……。
低く響く音。
床が震える。
血の匂いが熱を帯びて膨らむ。
――ギィィィィィィィィィィィィン!!!
頭から刃。腕からチェンソー。
血と油。赤い視界。
「命はいくらでも替えがきくって言ったよな!!」
チェンソーが笑った。
「じゃああ、お前らのも替えてやるよ!!」
轟音。
刃が唸る。
血が飛ぶ。
悲鳴が潰れる。
レゼはその背を見ていた。
炎の中、少しだけ笑って。
「……やっぱり、かっこいいね。デンジ君。」
チェーンソーが吠え、レゼが爆ぜ、ビームが喰い荒らす。
灰色のアジトは、真紅に包まれた。