デンジが壁にもたれて息を吐く。
「……やっと、終わったな。」
レゼが隣で笑う。
「ふふ、ほんとに……終わったのかな。」
「さすがにもう誰も残ってねぇだろ。」
「だったら、いいけど。」
「おいおい、縁起でもねぇこと言うなよ。」
デンジがぼんやり天井を見上げながら言った。
「なぁレゼ……これからどうすんだ?」
「え?」
「俺らに金くれてたヤツら、みーんな殺しちまったじゃん。」
「……そうだね。」
「仕事もねぇ、メシもねぇ。マジで詰んでんな、俺ら。」
レゼは小さく笑った。
「ふふ、ほんとデンジ君らしいね。普通、もう少し焦るところだよ?」
「焦ったって腹ふくれねぇし。」
「……たしかに。」
少しだけ沈黙が落ちる。
レゼがそっと呟く。
「でもね、こうして生きてるだけでも、ちょっと奇跡だと思うよ。」
「奇跡か……。俺は奇跡より肉の方がいいな。」
「もう……ほんとデンジ君って、そういうとこ好き。」
「へ? なんか言った?」
「なんでもないよ。」
レゼの笑顔は、ほんの一瞬、痛そうに歪んだ。
そのとき――。
「チェンソー様ァァァァァ!!!」
ドバァッと瓦礫の山を突き破って、
水しぶきのようにサメが飛び出した。
「ビーム……お前、生きてたのかよ!?」
「もちろんッ!! ビームチェンソー様!置いて死ねるワケないです!!!」
「うるせぇな……鼓膜破けるわ。」
「チェンソー様の鼓膜なら治ります!!!流石チェンソーマン様!!」
「治んねぇよ。」
レゼがかすかに笑った。
血と煤にまみれた顔で、それでも少しだけ優しく。
「……帰ろっか、デンジ君。」
「ああ。腹減ったしな。」
外はまだ夜明け前。
灰色の空に、焼けた匂いが残っていた。
風が吹くたびに、血の粉が舞う。
デンジは胸に手を当てる。
(……なぁ、ポチタ。聞こえてっか? 俺、まだ生きてるぞ。)
返事はない。
けど、心臓がドクンと鳴った。
レゼが空を見上げた。
「ねぇ、デンジ君。」
「ん?」
「朝、きれいだね。」
「こんな所でもか?」
「うん。でも、すぐ汚れるんだろうね。」
「そういうこと言うなよ。」
「ふふ、ごめん。」
……そのときだった。
――遠くでサイレン。
続いて、タイヤが焦げる音。
倉庫街の入り口で、何台もの車が停まる。
ヒーロースーツ姿の男女が次々と降りた。
まだ若い。
緊張で息が荒い。
「通報はここだ! 火災反応あり!」
「何か……臭くないか?」
「……血、だ。」
扉を蹴破る。
――ドン。
中に入った瞬間、息を呑む。
空気が変わった。
焼けた鉄と焦げた肉の臭い。
床一面、赤。
壁にも、天井にも、血。
「……ひどい……」
「これ、人間がやったのか?」
「ヴィランの巣窟って聞いてたけど……まさか……」
若いヒーローが壁際で嘔吐した。
「……死体、何十人分だ……」
奥から小さな音。
かすれた息。
「誰か、生きてるのか!?」
「反応あり!」
煙の向こうに、三つの影。
――血まみれの少年と少女、
そしてサメのヒレを持った少年。
彼らはただ、ぼんやりと座り込んでいた。
灰色の朝の光に照らされながら。
「こ……子供?」
「ウソだろ……この惨状、こいつらが……?」
「……なんで…」
その声に誰も答えられなかった。
恐怖と困惑が入り混じる。
デンジが顔を上げた。
「……なんだよ、お前ら。」
声が掠れている。
「動くな!!」
ライトが一斉に向けられる。
眩しい光が目を刺す。
「これは……! “個性暴走”かもしれない! 拘束優先!!」
「待て! 俺たちは──!」
パンッ。
麻酔弾がデンジの肩を掠める。
血が滲む。
「おい、何すんだよ……! 俺、もう戦わねぇってのに……!」
「安全確保だ、拘束しろ!!」
もう一発。
鎮静剤が首筋に刺さる。
「チェンソー様に触るな!! 汚い!!」
ビームが暴れようとするが、
電磁拘束具で一瞬にして地面に押さえつけられた。
「ぐえぇッ!! でも痛みもチェンソー様のためッ……!!!」
レゼが泣きそうな声で叫ぶ。
「やめて! 撃たないで!! この人たちは──!」
「黙れ!!」
金属の手錠が鳴る。
レゼとデンジの腕が拘束される。
ビームはなおも吠え続けた。
「チェンソー様ァァァ!! ビームはどこまでもお側にいます!!!」
その声が、煙の中に消えた。
朝日が昇る。
灰色の空に、血と煙が混ざって揺れる。
ヒーローたちは呆然としたまま、
無言で現場を封鎖した。
誰も言葉を発せなかった。
デンジの視界がぼやけていく。