鉄の机をはさんで、
デンジは手錠をつけられたまま座っていた。
ヒーロー側の取調官が、向かいで書類をめくる。
白衣にヒーローバッジ。顔は疲れていた。
「デンジ君。君たちは奴らの実働班だったんだな。」
「だったって言うか……雇われてただけだ。」
「暗殺、運搬、処分。全部やっていたそうだな。」
「そうしねぇと、借金も返せねぇし、飯も食えねぇんだよ。」
「報酬は?」
「レゼと俺とポチタで合わせて10万から40万。
でも借金とか、装備代とか、寝床代とか引かれて……残るのは数万。」
調査官のペンが止まる。
しばらく沈黙。
デンジはうつむいて、机の傷を指でなぞった。
「どうせ信じねぇんだろ。俺らが“生きるため”にやってたって言っても。」
「……信じるよ。」
「へぇ、珍しいな。信じるって言うヤツ、初めて聞いたわ。」
隣の部屋では、レゼが別の調査官と話していた。
透明なガラス越しに、声だけが薄く届く。
「あなたは……個性の実験体だった?」
「うん。昔ね。爆弾の個性、制御できないって理由で捨てられたの。」
「それで、スラムに?」
「そう。そしたら、デンジ君がいて。」
「彼と一緒に?」
「うん。あとね、もういなくなっちゃったけどポチタも。
生きるのが下手な子だったけど、優しいの。」
レゼは少し笑って、指先を見つめた。
「ご飯分けてくれた。腐ってたけどね。
……でも、分けてくれた。」
調査官は言葉を失っていた。
机の上のペンが転がる音が、やけに響く。
一方の部屋で、別のヒーローがビームの取り調べをしていた。
「サメの個性……お前、暴走体質らしいな。」
「オレはサメッ! でも! チェンソー様たちの前ではイヌッ!!!」
「……会話にならん。檻にいれるぞ!」
「檻? 檻!? 檻なんかいかない!!!」
「静かにしろ!」
「ウルサイ!! チェンソー様、レゼ様、最高ッ!!!」
――バンッ。
壁の向こうで机を叩く音。
デンジがうるさそうに眉をしかめた。
「……アイツ、まだ騒いでんのか。」
取調官が書類を閉じた。
「君は、本当は……何になりたかった?」
デンジは少し黙って、肩をすくめる。
「何って……考えたことねぇよ。
ただ、レゼとポチタで普通の生活したかっただけだ。」
取調官が目を伏せた。
そのとき――。
ドアが静かに開いた。
柔らかい足音。
「……もう十分だよ。あとは僕たちが話そう。」
入ってきたのは、
白い毛並みの小柄なネズミ――**雄英高校校長・根津**。
その後ろに、黒いコート姿の男――**相澤消太**が続いた。
「根津校長……!」
調査官が慌てて立ち上がる。
根津は手を上げて制した。
「いいんだよ。君たちも疲れただろう。少し休むといいさ!」
デンジはぼんやりと二人を見上げた。
「……ネズミと、もじゃもじゃ?」
相澤が眉をひそめる。
「口が悪いな。」
根津が小さく笑った。
「フフ……そう言われるのは久しぶりだね。」
「デンジ君。君たちは“ヒーロー社会”の外で生きてきたんだね。」
「ヒーロー社会?」
「そうだよ。秩序の中で、秩序に守られなかった者たち。
君たちは、その狭間にいた……いや、落とされてしまったのかもしれない。」
デンジは鼻で笑った。
「言ってることよくわかんねーけど、守られた覚えなんて、ねぇよ。」
相澤が壁にもたれ、ポケットに手を突っ込んだ。
「……だろうな。」
根津は机の上のファイルを閉じ、静かに言った。
「僕は、君たちを“犯罪者”としてではなく、“生徒”として見たいのさ。」
「……は?」
「すぐに、というわけではないよ。
まずは落ち着ける場所へ行く必要があるからね。」
根津は穏やかな声で続けた。
「雄英高校のOBや支援者の募金によって運営されている保護施設がある。
君たちのように、行き場を失った子供たちが暮らしている。
医療も教育も受けられる。……そこへ行きなさい。
しばらくは、そこで“生き直す”のさ!」
デンジが怪訝そうに眉をしかめる。
「……それ、メシ出んのか?」
相澤が短く笑う。
「お前な……」
根津もくすっと笑ってうなずいた。
「もちろん!三食きちんと出るよ。
君たちのような子にこそ、ちゃんと食べてもらいたいからさ!」
レゼの部屋のマイクがかすかに音を立てた。
彼女が息を呑むのが聞こえた。
根津は目を細めて言った。
「一年後。もし君たちがまだ、自分の手で未来を掴みたいと思えたら……
雄英高校への正式な入学を、提案させてくれたまえ。」
デンジは少し黙ってから、
「……勉強なんて、できねぇぞ。字も読めねぇし、退屈になったら寝ちまうぞ。」
「できるとも。学ぶことは、生きることの延長線上だからね。」
「延長線……ねぇ。」
デンジは鼻を鳴らして笑った。
「俺の人生、線ってよりドブだぜ。」
相澤が片眉を上げる。
「世間から何を言われるかわかりませんよ。」
根津が小さく笑う。
「フフ……僕にも多少のツテはあるからね。」
根津は立ち上がり、静かに言った。
「では、次に会うときまでに、少しだけ考えておきなさい。」
デンジは椅子にもたれて天井を見た。
「……考え、ねぇ。腹いっぱいメシ食うくらいしか思いつかねぇな。」
レゼは笑って言った。
「じゃあ、まずは三食ついてる場所に行こっか。」
デンジは肩をすくめて、うなずいた。