――朝だった。
雨漏りの水、隙間風、暑さ以外で目が覚める朝なんて、初めてだった。
天井は白い。
静かすぎて、耳が変になる。
外で鳥が鳴いてた。
デンジは布団に沈みながら、ぼそっと言った。
「……なんだここ、マジで天国か?」
寝返りをうつ。
ふかふか。沈む。柔らかすぎて気持ち悪い。
「やべ……布団に食われる……。」
笑った。
それだけで、変な気分になった。
「デンジ君、起きた?」
隣の部屋からレゼの声。
「レゼ! 床が光ってるぞ! なんだこれ!歩くの怖ぇ!」
「ふふ、それが普通だよ。」
「マジかよ。俺ん達の床、虫と隙間しかなかったぞ。」
「ここは“保護施設”だからね。」
ドアが開いて、レゼが顔を出す。
髪が濡れてる。ほっぺが少し赤い。
「シャワー、すごいね。お湯が止まらないの。」
「はぁ!? お湯が!? 止まんねぇ!?」
レゼが笑う。
「前まで、雨の日に溜めるか、川に行くしかなかったのに。」
デンジは頭をかいて、鼻を鳴らした。
「止まんねぇ湯とか……逆にコワくねーか? 」
レゼは小さく笑った。
「朝ごはん、パンが並んでたよ。」
「パン!? マジで!?」
デンジは跳ね起きた。
「おい、急げ!レゼ!!パンなくなっちまうぞ!!」
「ふふっ。」
廊下に出る。
光。
床ピカピカ。足が冷たい。
「なんだよこれ……床がツルツルだ。」
「これが普通みたいだよ。」
レゼの目が、少し潤んでた。
「でもね、普通って、こんなに綺麗なんだね。」
「普通ってスゲーな……。俺、普通バカにしてたわ。」
食堂。
ビームがパンくわえて座ってた。
ジャムだらけの口で叫ぶ。
「チェンソー様ァ! パン甘いッス! 神ッス!」
「お前もう食ってんのかよ!」
「文明!!文明!!」
「マジでうめぇなコレ。」
デンジはかじる。
バターがとろける。
「……あっっつ! でも、うめー。」
レゼは目を閉じて、噛んだ。
「……甘い。あったかい。」
「なぁ、これ……廃棄品でもねぇし、カビもねぇ。」
「ふふ、泣いちゃうね。」
レゼの目から、涙がこぼれた。
「なぁレゼ。パンってさ、毎日食っていいの?」
「たぶん、いいと思う。」
「やっべぇ……最高じゃん、ここ。」
職員が服を配ってた。
清潔な服。アイロンの匂い。
デンジはぼそっと言った。
「……これ、マジで俺らの?」
「うん。寄付された服だって。」
「へぇ……金持ちのやつらも、悪くねぇな。」
ビームが叫んだ。
「チェンソー様ァァァ!! 似合ってます!!!」
「だろー」
「フヒヒヒヒヒ!!!」
レゼは鏡の前でボタンを留めてた。
自分の姿を見て、息をのむ。
「……ねぇ、デンジ君。似合ってる?」
「お、おう。なんか……女の子に見える。」
レゼは照れ笑いして、少し俯いた。
「昔ね、鏡に映る自分、見るの怖かった。
でも今はちょっと……好きかも。」
デンジは肩をすくめた。
「そりゃ、よかったじゃん。」
レゼは鏡に微笑んだ。
デンジは袖を握って、つぶやく。
「……なぁポチタ。
おれ今、うめぇ飯食って、ちゃんとした服着てるぞ。」
レゼが袖を引く。
「デンジ君外、行こ。空が、すごいよ。」
「おう。」
外。
光が刺さる。
風がやさしい。
空が広い。
「“普通”って……ムカつくくらいすげぇな。」
レゼが笑う。
「うん。でも、いいでしょ?」
デンジは笑った。
「なぁ、レゼ。」
「なに?」
「……おれ、もうちょっと、まともに生きてみてぇかも。」
レゼは小さくうなずいた。
「うん。私も、まともに生きてみたい。」
空は青すぎて、目が痛かった。
でもデンジは、笑ったままだった。