2人の幸せ   作:言うても

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皆でゲロになろうぜ


7話

 

――夕方だった。

西の光が窓から差して、机の上のノートを照らしていた。

蝉の声が、やけにうるさい。

 

「“ひ”って、こう書くんだよ」

「え、これ“く”に似てんじゃん。区別つかねぇ」

「つかないのデンジ君だけだよ」

 

「なんだよ、ひもくも似たような顔してんのが悪いんだろ」

「ふふ、理屈がめちゃくちゃ」

「めちゃくちゃって書けねぇから言ってんだよ」

「じゃあ、“あ”は?」

 

「“あ”? えーと……くるって、まわして……ぐしゃ」

「ぐしゃってなに」

「これが“あ”だ」

 

「ふふっ、面白いね」

「笑うなよ! オレ真剣なんだぞ!」

「うん、知ってる。……でも、真剣なのが一番おもしろいの」

 

レゼは笑いながら、デンジのノートに赤ペンを入れた。

髪が肩から滑り落ちて、甘い匂いがふっと漂う。

デンジの脳が止まる。

 

(……いい匂いすんな)

 

気づけば、視線が胸元に吸い寄せられていた。

 

「……どこ見てるの?」

「べ、別に! ノート見てんだよ!」

「ふふ、そう。じゃあ次、“でんじ君の名前”書いてみよ?」

「おう! “でんじ”だろ? “でん”はこうで、“じ”は……こうだ!」

「正解!」

「よっしゃぁ!」

 

「ふふ、面白いね」

「言うなよ!」

「言うよ。面白いんだもん」

「ニヤけんなよ」

「ふふふ」

 

机の上の扇風機がくるくる回って、風が紙を揺らした。

レゼが静かにペンを置く。

 

「ねぇ、デンジ君」

「ん?」

「今日ね、花火大会があるんだって」

「花火? 爆発のやつか!?」

「そう。それに食べ物も沢山売ってるみたいだよ」

「飯!? 行くー花火!!!」

「ふふ、即答だね」

「うめーもんがあるのに断る理由ねぇだろ!」

「じゃあ、夜。外出しよ」

 

――

 

夜。

施設の玄関。

 

「おっせぇぞ。もう行く所だったぞ」

「ふふ、女の子には準備があるの」

 

ドアが開いた瞬間、

デンジの頭が真っ白になった。

 

藍色の浴衣、白い帯。

髪をまとめて、うなじが月に照らされていた。

光が当たるたび、肌がやわらかく光る。

 

「……お、お前、それ……なんだその服……」

「浴衣。お祭りの服だよ。夏限定」

「ゆ、ゆかた……初めて見た……」

「変?」

「変じゃねぇ……てか……やべぇ」

「やばい?」

「うん、ヤバいくらい……かわいい」

 

レゼが一瞬だけ目を丸くして、すぐに笑う。

「……デンジ君、それ素で言った?」

「し、知らねぇ! 口が勝手に動いた!」

「ふふ、いい口だね」

「バカ言うなよ!」

「じゃあ行こ、“花火大会”」

「お、おう」

 

レゼが袖を引いた。

指先が少しだけ触れる。

心臓が、うるさい。

 

――

 

祭りの通りは、光と音であふれていた。

紙提灯が風に揺れ、屋台の匂いが鼻をくすぐる。

鉄板の上でソースがはね、鈴が鳴り、人が笑う。

 

「うわぁ……なんだよこの数!?」

「多いね」

 

焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、とうもろこし。

どれも煙を上げてて、腹が鳴る。

 

「デンジ君、あれ……雲食べてる」

「どれ!? うわっ! もくもくのやつ!?」

「甘い匂いする」

「綿あめってやつか!? 食う!!!」

 

――数分後。

 

「なにこれ……口の中で消えた!」

「おい、消えたぞ!? 詐欺じゃねぇか!?」

「でも甘いよ」

「うめぇ……! 口の中、天国だ」

「ふふ、デンジ君の“天国”すぐ来るね」

「うるせぇ、幸せ耐性が低いんだよ」

 

二人で笑う。

その笑い声が夜空に吸い込まれていった。

 

「これ、“リンゴあめ”だって」

「見たことねぇ真っ赤さだな。燃えそう」

「燃えないよ、食べるの」

「マジか、燃えねぇ……すげぇ」

「……半分こする?」

「え、い、いいけど」

 

同時にかじる。

硬い飴が歯に当たって、カチンと音が鳴る。

唇が少しだけ触れて、二人とも動けなくなった。

 

「……あ」

「……お、おう」

「甘いね」

 

――

 

川沿いは暗くて広かった。

提灯の光が水面に映って、揺れている。

 

「こうして座ってるの、なんか不思議」

「オレは腹いっぱいで楽しいぜ!」

「デンジ君らしい」

 

ドンッ。

空が光った。

 

「うおっ!? 爆発した!!」

「わぁ……綺麗」

 

赤、青、金。

夜が色を変えていく。

音が胸に当たって、内臓が震える。

 

「なぁレゼ、爆発なのに誰も死なねぇ」

「うん……こんなに綺麗な爆発。初めて見た」

「オレもだ。なんか、不思議だな」

「ふふ、変なの。」

「でも、オレら、こういうの、見てこなかったじゃん」

「……そうだね」

 

しばらく沈黙。

空の光だけが、二人の影をゆらす。

 

レゼが小さく息を吸った。

指先が、デンジの袖をそっと掴む。

 

「ねぇ、デンジ君」

「ん?」

「――あたし、デンジ君の事好きだよ」

 

デンジの目が見開く。

音が遠のく。

花火の光がゆっくり流れ落ちて、

レゼの横顔が赤く染まる。

 

「……マジで?」

「うん。たぶん、これが“好き”ってやつ」

 

少し間を置いて、レゼが微笑んだ。

その瞳が、デンジをまっすぐ見つめる。

 

「デンジ君は? ……あたしのこと、好き?」

 

「――好き!!!」

 

間髪入れずに叫んでいた。

花火の音より早く、

理屈より先に。

 

レゼが一瞬ぽかんとして、それから吹き出す。

「……即答すぎ」

「だってよ、考える暇いらねぇだろ!」

「ふふ、ほんとバカ」

「バカで上等だ!」

「うん……でも、嬉しい!」

 

――そして。

 

レゼはゆっくり身を寄せて、

デンジの頬に手を添えた。

 

「……デンジ君、目つぶって」

「は? な、なんで?」

「いいから」

 

そのまま、レゼの唇が触れた。

ほんの一瞬、やわらかく。

甘い匂いと、甘いリンゴあめの香りが混ざった。

 

デンジの頭が真っ白になる。

何も考えられず、

ただ“生きてる”って思った。

 

静かな夜風。

その沈黙を破るように――

 

ドン。

 

再び空に、

金色の花火が咲いた。

 

光が二人を包み、

風が髪をなでた。

 

「来年も、一緒に花火見に行こうね」

「おう。次はもっとでけぇやつな」

「うん、約束」

 

二人の指が絡んだまま、離れなかった。

光が消え、世界が静まる。

 

デンジは空を見上げて、笑った。

「オレ……今、超生きてる」

 

胸の奥で、心臓がドクンと鳴った。

 

――静寂。

 

風の音だけが残る。

 

と、その時。

 

地面が、ぼこっ……と揺れた。

 

「……ん?」

 

レゼが目を丸くする間もなく、

地面の土が盛り上がり――

 

ドガァッ!!!

 

「チェンソー様ァァァァァ!!! おめでとぉぉございますッスゥゥゥゥ!!!」

 

夜空を突き破る勢いで、

**ビーム**が地面から飛び出した。

 

「うおお!? おまっ!! 出てくんなよ!!!」

「祝福!!祝福! 恋の爆発!!!」

「どこで見てたんだよお前ぇ!!」

「影からッス!! 尊かったッス!!」

「怖ぇわ!!」

「ふふ、ビームくん、ありがとう」

「レゼ様ァァ!!チェンソー様!! 幸せ!! 幸せ!!!」

「うるせぇ!! 地面戻れぇ!!!」

「はいッス!!!」

 

ドボォン!!

 

また地面が閉じる。

何事もなかったように、夜風だけが残った。

 

レゼがくすっと笑う。

「……ほんと、賑やかだね」

「マジで心臓止まるかと思った」

「止まらないよ、ちゃんと動いてる」

 

デンジは胸に手を当てて笑った。

「……あぁ、確かにな」

 

夜空の奥で、最後の小さな花火が光った。

それは、まるで**二人への祝福**みたいに――

静かに、優しく、夜を照らしていた。

 

 

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