――朝。
炊きたての湯気が立ってる。
それだけで部屋がやけに静かだった。
けど、デンジはぼーっと座ってた。
なんか、頭の奥がスカスカしてる。
(……なんか忘れてっかんな。
大事なもん、ポケットから落としたみてぇな感じだ)
「デンジ君?」
横でレゼが茶碗を持ちながら首をかしげてる。
「食べないの?」
「……あ? 食う。今から食うとこ。」
「ふふ、珍しいね。ご飯前に静かなんて。」
「別に。寝起きで脳みそまだ動いてねぇだけだよ。」
レゼが微笑んで箸を置いた。
「大丈夫? 食べれる?」
「食べ!……いや、食べられねぇ。」
「もう、しょうがないなぁ。」
レゼは笑って、ご飯をすくって差し出す。
「はい、あーん。」
「あ〜ん!」
デンジはがっつり食う。
「……うっめぇぇぇぇ!」
「ふふ、うれしい。」
デンジはふと天井を見た。
(……やっぱ忘れてんな。何か大事なもん。)
「デンジ君?」
レゼが小首を傾げた。
その瞬間、デンジの中の何かがピタッと止まる。
(……かわいすぎねぇか、今の。)
気づけば口が勝手に動いてた。
「なぁレゼ、今の仕草、ちょう可愛い」
レゼが目を丸くして、すぐ笑う。
「もう、いきなり何それ。」
「いや、マジで。考えるのやめた。脳がレゼで埋まったぜ」
「ふふ……バカ。」
レゼが照れたように笑い、少し目を伏せる。
「……デンジ君も、かっこいいよ。」
「マジで!? オレが!? どのへん!?」
「全部。」
「そりゃ嘘だろ!」
「ほんとだよ!」
二人の笑い声が、食堂の壁に響いた。
米の匂いと一緒に、笑いがゆっくり空気に溶けていく。
レゼがまた一口すくって、デンジに差し出す。
「はい、あーん。」
「おっ、まだあるのか! 最高!」
「よく噛んでね。」
「うっめぇぇぇ!!!」
「ふふ、元気だね。」
そのままテーブルに顔を寄せ合う。
光がレゼの頬を透かして、肌が柔らかく光った。
デンジは無意識にその髪に手を伸ばしかけ――
――ガラッ。
食堂のドアが開いた。
「根津校長……!」
レゼが立ち上がる。
デンジは口に米を詰めたまま言う。
「あ、しゃべるネズミだ!」
「Yes!ネズミなのか犬なのか熊なのかかくしてその正体は── 校長さ!」
根津が椅子に座り、静かに微笑む。
「ご飯、美味しそうだね。」
「うめぇぞ! ここの飯」
「夢みたいでしょ? でもこれは現実なんだよ
これが“生きる”ということだよ。」
デンジは考える。
(……前にも言われた気がすんな、それ。)
「あ、思い出した!学校だ」
――“もし君たちが、自分の手で未来を掴みたいと思えたら――雄英高校へ来なさい。”
レゼが呆れ顔で笑う。
「え、デンジ君、忘れてたの!?」
脳の奥でその声が響く。
デンジは手を止めたまま、ゆっくり顔を上げた。
根津が穏やかに微笑む。
「君たちはよくここまで生き抜きぬいた。
この施設は、そんな君たちを見守るためにある。
かつて困難を乗り越えた雄英の卒業生――OBたちが、
“助けられた人が、次に助ける側になる”という信念で支援してくれているのさ!」
レゼが息をのむ。
デンジは拳を握り、口を開いた。
「……オレでも、ヒーローになれっかな。」
根津は目を細めた。
「なれるかどうか、ではなく――“なりたいかどうか”だよ」
「……オレは、なってみてぇ。」
「いいね!“試してみる”――それが勇気だ
勇気より大事なのは、“守りたい”って気持ちなのさ」
デンジが鼻を鳴らす。
「勇気とか守るとか難しいことわかんねぇけど……
飯と寝床と、笑える時間があんなら、それ守りてぇ」
根津が満足そうに頷く。
「それが一番、重要なのさ」
根津は立ち上がり、朝の光の中へ去っていった。
小さな背中が、まるで陽の光みたいにぼやけて見えた。
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【デンジの部屋】
食後、部屋に戻る。
白い光がカーテンを通して広がってる。
デンジはベッドの端に腰を下ろし、ぼそっと言った。
「なぁ、レゼ。あのネズミに“行く”って言っちまったけど……よかったのかよ。」
レゼは窓辺に立って、光の中で笑った。
「なんで? 私、デンジ君が行くならどこでも行くよ。
それに、学校……行ってみたかったし。」
デンジは腕を組んだ。
「でもよ、ヒーローになるってことは、個性使うってことだろ。
レゼが苦しむの、オレは見たくねぇ。」
レゼはくるりと振り向き、まっすぐ言う。
「やっぱり、デンジ君は優しいね。
でも、大丈夫。デンジ君も同じでしょ?」
「まぁな……オレもチェンソー出す時、クソ痛ぇけどよ。」
レゼが一歩近づいて、デンジの手を握る。
その掌があったかくて、少し震えてた。
「ほら、デンジ君も“痛み”知ってる。
だから私、我慢できる。……痛くないもん。
むしろ――デンジ君と一緒にいられるのが、嬉しい。」
デンジは頬をかき、照れくさそうに笑う。
「……そういうこと好きだわ。」
「ふふ、でしょ?」
「よし、行くか。一緒にな。」
「うん。一緒に行こ。もちろん――ビームもね。」
「ビーム?」
デンジはハッとする。
「やっべ、忘れてた!」
「おいビーム! どこいった!?」
レゼが指差した。
「そこ。」
部屋の隅。
影の中で、サメのヒレを持つ男が体育座りしていた。
「チェンソー様に……忘れられた……悲しいッ……」
デンジが駆け寄る。
「わ、悪ぃ! 忘れたわけじゃねぇよ!お前も一緒に行こうぜビーム! 」
ビームがパッと顔を上げる。
「チェーンソー様、レゼ様一緒に行く!学校!!絶対!!」