ウイッチャーTRPGの小説風リプレイ三作目です。
 設定などはウィッチャーTRPGのものを踏襲しています。
 (25/10/24追記)おまけを追加しました。詳しくは後書きに。

1 / 1
名も無き呪われし子

 

 頭上で揺らめくランプの炎が、男爵の居室の壁に、長い影を投げかけていた。

 髭すら伸ばしていないまだ幼いと言える顔つきを、深い疲労の色で染めた男爵が切り出した。

 

 「私の領地にある村に行き、二ヶ月ほど前から徘徊していると思われる怪物を探り出し、退治する。その報酬として、お二人に四百クラウンずつ払います」

 「張り紙に書いてあった通りですな。勿論その条件で構いませんぞ」

 

 モルナーという名のドワーフは、その種族に相応しい頑丈な体躯を、丈夫な革の作業着に包み、ワックスで鋭く尖らせた黒い顎鬚を触りながら、男爵の言葉に応じた。

 伝統的なドワーフのそれより短く切り揃えられ、洗練された髭は、彼の職人としての誇りを示すかのように、光を反射していた。

 

 「それともう一つ、頼みたいことが。その村にいるはずの、マグダレナという娘をこっそりと探して欲しいのです」

 「何か、事情でもおありで?」

 

 モルナーが、慌てて口を挟む。

 それは、自分と並んで立っている、狼の毛のような形に乱雑に切られた髪型をしたヴォルフラムが、何か言葉を口にしかけたのを制するために。

 この二本の剣を背負った若い狼流派のウィッチャーは、怪物退治以外の、あまり気が乗らない仕事をあっさり断りかねない危うさがある。

 

 「……このようなことを、貴方がたに打ち明けるのは、奇妙だと思われるかもしれませんが、話します。彼女は、マグダレナは、私の恋人でした」

 

 そんな目の前の二人の様子に気づくことなく、若い男爵は机に肘を突き、目を伏せた。

 

 「彼女は、幼いころに両親を亡くし、年の離れた兄夫婦の家で、静かに暮らしていました。私の父が生きていた頃、私はまだ自由だった。あの頃の私は、壁で取り囲まれた屋敷ではなく、村の野原で彼女と笑い合っていた……」

 

 それも、先代の男爵である父が急逝して、全てが変わった。

 男爵家は、かなりの額の借金を背負っていた。

 父は、自分が生きているうちに、徐々に返すつもりだったようだ。

 だが、父が死に、若い自分がその跡を継ぐことで、不安があったのだろう。

 借金の取り立てが一斉に始まった。

 一度に払える金額ではない。

 かといって、何か売れるものといえば、屋敷と領地くらいしかない。

 領地を失うわけにはいかない。

 若い男爵は、決断した。

 援助を得るために、遠方の、力のある貴族の娘と結婚した。

 これも家のため、領民のためだと自分に言い聞かせて……マグダレナに、別れを告げた。

 

 「あの時の彼女の目が、忘れられない。静かで、でも深く傷ついていた」

 

 そして、今回の怪物騒ぎが、彼女のいる村で起こっているのだと知った途端、彼女がどうしているのかを知りたくなった。

 

 「それで、信用のおけるものを一人、他の用事のついでに、村へと向かわせたんですが……」

 

 マグダレナは、一緒に暮らしていた兄夫婦の家から、姿を消していた。

 彼女が無事なのか、何処へ行ったのか、そのことを探る時間はなかったと報告された。

 

 「報酬は、怪物退治とは別に、百クラウンずつ支払います。彼女がどうしているのか、それだけが知りたい。今、怪物騒ぎで村が怯えている。マグダレナも巻き込まれているんじゃないかと、夜も眠れない」

 

 そこまで言うと、男爵は一呼吸入れ、苦しそうに声を絞り出す。

 

 「自ら調べてみようとも思いました。ですが、私には今、妻がいる。私の子を身籠っている妻が…… マグダレナから見れば、私はただの裏切り者です。合わせる顔がありません。頼みます、ウィッチャー。それにドワーフの錬金術師よ……」

 

 若き男爵は俯き、拳を握りしめた。

 ヴォルフラムは最後まで静かに聞き、ただ一言

 

 「了解した」

 

 と答えた。

 

 二人は、昼の日差しが差し込む問題の村へ足を踏み入れた。

 村には、木造の家々が寄り添うように並び、豚の鳴き声と、その世話をしている村人の声が混じり合う。

 だが、怪物事件の影が村を覆い、窓辺に干された洗濯物が風に揺れる中、住民たちの顔には疲れた皺が刻まれていた。

 村の広場では、老婆が籠いっぱいの小さなリンゴを並べているが、客足はまばらだ。

 老婆の目は腫れぼったく、昨夜の恐怖を物語っていた。

 広場を通り抜け、酒場に入ると、昼の陽が埃っぽい窓から差し込み、こぼした酒が染み込んだ、木のカウンターを照らした。

 主人は、灰色の髪を後ろで束ね、シャツの袖をまくり上げた中年男で、カウンターを拭きながらため息をついていた。

 客は数人、皆の会話の声は低く、怪物のことばかりだ。

 

 「狙われたのは、幼子や妊婦ばっかりだよ。どいつも弱って寝床から離れられなくなったら、夜のうちに血を吸われて、朝には白い亡霊みてえに倒れてる。誰も怪物を見た者はいねえ。夜中に忍び寄るんだろうな」

 

 酒場の主人が、震える手で二人に蒸留酒を注ぎながら言った。

 ヴォルフラムはカウンターに肘を突き、周囲を観察しながら、静かに聞き入る。

 モルナーは隣の椅子に腰を下ろし、髭を撫で、主人の話に軽く合いの手を入れる。

 

 「それと、マグダレナの話だったな。若様が、いや今は男爵様か、他所から来た娘と結婚するまでは、村でもよく見かけてたんだがな」

 

 今の男爵と、マグダレナの仲が良かったことを知っている者は多い。

 男爵の突然の結婚で驚くほどやつれたと、村でも噂になっていたと続けた。

 その後、マグダレナは近くに引っ越したと、酒場の主人は聞かされている。、 

 

 「吸血鬼の類か?」

 

 主人が話し終えてその場を離れると、蒸留酒の入ったカップを一息に空けたモルナーが、小声でヴォルフラムに聞く。

 

 「まだ、わからん。血を吸う怪物は多い」

 「とはいえ大分絞りこめたのは確かか」

 

 礼を言って酒場を出た二人は、次にマグダレナの兄夫婦の家へ向かった。

 両親を早くに亡くしたマグダレナは、年の離れた兄夫婦の家で育てられていた。

 兄夫婦なら行方を知っているのでは、そう思って訪ねたが、そこでもマグダレナは引っ越した、行先については知らないとしか教えてもらえなかった。

 

 「人探しは、手詰まりかもしれんな。兄夫婦は、何か隠してる様子だったが、わしらには口を開いてくれそうにない」

 「先に怪物のほうを探るか。被害者の遺体を調べることが出来れば手っ取り早いんだが」

 「迷信深い連中だと、そんなこと許してもらえんだろうな」

 

 兄夫婦の家を出て、広場までやってきたヴォルフラムとモルナーは、次にどうするかを話し合っていた。

 すると、広場でリンゴを売っている老婆が、二人に声をかける。

 

 「あんたら、さっき酒場のやつと話しとった連中じゃろ。マグダレナの話を」

 

 どういう意図から声をかけたのか読めず、二人は黙って老婆を見つめた。

 老婆は、白髪を頭巾で覆い、背を曲げて杖をついていたが、目は鋭く、二人の異邦人を値踏みするように見つめた。

 

 「そう睨まんでもええ。この年まで生きてると、耳がよく聞こえるもんなのさ」

 

 自分の冗談にヒャヒャヒャと笑いながら、老婆は二人を手招きして、小声で続けた。

 

 「マグダレナの行先も、当然耳に入っとるよ。知りたいなら、幾らか払ってもらおうかねえ……」

 

 どうやら他人の噂を売るのが、このリンゴ売りの老婆の副業らしい。

 懐から、金貨を入れている巾着を出そうとするモルナーだったが、ヴォルフラムが止める。

 

 「マグダレナの今住んでいる場所を知っているのか?」

 

 片手の指を奇妙な形に曲げ、ヴォルフラムは老婆に問う。

 

 「知っているなら、教えてくれ。マグダレナに関すること、全部だ」

 

 ウィッチャーの使う印、アクスィーだ。

 相手の精神を操り、一時的な支配を得る印。

 

 「あの娘、森の中にある小屋へ引っ越したよ。優しい子だったのに…… 男爵様の噂を、時々耳にしては、悲しげな顔をしていたよ」

 

 ヴォルフラムの問いに、先ほどまでの値踏みするような表情をやめ、老婆はすらすらと答える。

 

 「二ヶ月ほど前だったか、あんたらみたいな余所者が、あの娘の話を聞きたがってねえ。そん時は、かなり儲けさせてもらった……」

 

 老婆から他に、森の小屋までの道を聞くと、ヴォルフラムとモルナーはすぐにその場を離れた。

 アクスィーの印を使った情報収集は便利だが、一時的なものだし、とにかく目立つ。

 迷信深い連中に見られると、余計な騒動が起きかねない。

 

 「余所者か、何者だろうな」

 「村に怪物が現れたのと、時期が被る。嫌な予感がする」

 

 モルナーの疑問にヴォルフラムが答えると、二人はマグダレナのいるという、森の小屋へと向かった。

 

 二人は、村の傍にある森の中を徒歩で進む。

 森は、露に濡れた苔むした巨木が立ち並び、木漏れ日が葉ずれの隙間から斑模様の光を落とす。

 空気は湿り気を帯び、土と腐葉の匂いが鼻をくすぐり、遠くで鳥の鳴き声が響く。

 小道は葉に覆われ、足音を吸い込むように柔らかかったが、木々の影は不気味に深く、怪物事件の余韻を思わせる。

 小一時間ほど、木々が絡みつく小道を進むと、突然、影が動いた。

 数人の男たちが、剣を抜いて二人を取り囲んだ。

 傭兵風の粗野な連中だ──五人。

 革の胸当てに、ところどころが錆びついた鎖帷子。

 顔や体には古傷が刻まれ、目にはギラギラとした光が宿っている。

 リーダー格の男が、牙を剥くように笑った。

 禿頭に、鼻が潰れた大男だ。

 

 「死にたくなかったら、それ以上進むんじゃねえ。この森は、俺たちの縄張りだ。ついでに金目のものがあったら、置いてけよ」

 

 相手の言葉より早く、ヴォルフラムの手は、既に剣の柄を握っていた。

 狼流派の鋼の剣が、鞘の中で静かに唸りを上げる。

 

 「森に入ってすぐ、気付いた。俺たちを、つけていたな?」

 「参ったな。ウィッチャーってのはそこまで鋭いのか」

 

 リーダーの男が嘲笑を爆発させた。

 しかし、すぐに表情を引き締め、叫ぶ。

 

 「兄弟たち、こいつらを教育してやれ。変異体とドワーフ、両方とも刻んで森の肥料だ!」

 

 傭兵たちが一斉に動いた。

 リーダー格の男が大剣を振り上げ、ヴォルフラムに斬りかかる。

 刃が空気を裂き、木の葉を散らす。

 ヴォルフラムは身を翻し、圧倒的な速さで躱した。

 足元が湿った落ち葉を踏み、反撃の隙を狙う。

 剣が閃き、リーダーの肩を浅く斬る。

 血が噴き、斬られた側が吼える。

 

 「くそっ、速え!」

 

 一方、モルナーは二人の傭兵に狙われた。

 短剣を握った瘦せた男が飛びかかり、もう一人の斧持ちが横から回り込む。

 モルナーは腰のポーチから瓶を取り出し、にやりと笑った。

 

 「おい、威勢がいいな。錬金術師の火遊びを教えてやろうか? 後悔するぞ!」

 

 瓶を地面に叩きつけると、冷気が炸裂した。

 <北風>と呼ばれる爆弾の一種だ。

 それは周辺のもの全てを凍てつかせる。

 真っ白な小さい嵐が巻き起こったかと思うと、先ほどまで動いていた二人の傭兵は、動かぬ氷の彫像と化していた。

 

 「すまんな。これでは火遊びじゃなく、氷遊びだった」

 

 ヴォルフラムの方では、戦いが激しさを増していた。

 リーダー格の男が大剣を振り回し、木の幹を削る。

 もう一人の傭兵が背後から剣で刺そうと狙うが、ヴォルフラムは回転し、相手の額を鋼の剣で叩き割った。

 うめく声が響き、男が倒れる。

 

 「やりやがったな!」

 

 リーダーが怒りに燃え、力任せの斬撃を浴びせる。

 ヴォルフラムの狼流派の鎧を刃が掠め、革が裂ける。

 鈍い痛みが走るが、ウィッチャーは歯を食いしばり、剣を低く構えてカウンターを決めた。

 鋼の刃がリーダーの脇腹を裂き、内臓が覗く。

 

 「ははっ……てめえ、本当に腕利きだな……」

 

 リーダー格の男は一旦膝をつき、それでも最後の力を振り絞って立ち上がるが、そこにモルナーが放ったクロスボウの矢を受けると、とうとう崩れ落ちた。

 残る一人は逃げようとしたが、ヴォルフラムの投げナイフが足に突き刺さり、転倒する。

 息を荒げ、二人は生き残りの傭兵に近づいた。

 モルナーが装填したばかりのクロスボウを向け、ヴォルフラムが剣を喉元に突きつける。

 

 「言え。誰の命令だ?」

 「男爵夫人だ! 夫人の命令で、マグダレナを探して……殺したんだ。そして、それに気づきそうなやつがいたら、邪魔するかそいつも殺せって…… あの女、男爵の昔の恋人だって、しかも孕んでやがることを知って、許せねえってよ。俺たちはただの、雇われ仕事だ……」

 

  男は震えながら、全て白状した。

 

 「マグダレナの死体はどうした? 小屋の中か?」

 「いや……殺したのがバレないよう、別な場所に隠した。森の中で見つけた、小さい洞窟の奥に放り込んだ……」

 「そこまで案内しろ。そうしたら見逃してやってもいい」

 

 傭兵の手を縛り上げ、足に簡単な血止めを施すと、二人は傭兵の案内で森の洞窟へ向かった。

 洞窟に入ると、中の空気は冷たく、乾燥しており、並の背丈の人間なら屈んで歩かないと進めないほどに天井が低い。

 昔、猪か何かの生き物が巣にしていたらしい痕跡もあった。

 やがて洞窟の奥で、ヴォルフラムとモルナーは、ずだ袋に入れられたマグダレナの死体と対面した。

 

 「ふむ。洞窟の環境のおかげで、半ばミイラ化しとるな。そして死因はおそらくこの刀傷だ」

 「わかるのか、モルナー」

 「わしは錬金術師だが、同時に医学も修めておる!」

 

 鼻息荒く、モルナーは答えた。

 

 「そしてこれは…… 確かに彼女は妊娠していたようだ」

 「わしの医学による見立てでは、妊娠八ヶ月くらいだな」

 

 子を孕んで次第に大きくなる腹を隠すために、人目の無い森の中に移り住んだのかもしれんと、モルナーは推測した。

 

 「男爵の妻は、これを知って嫉妬で狂ったか。だが、これで合点がいった。村の被害者……幼児と妊婦。夜間に血を吸う。この生まれなかった子が、ボッチリングに変じたんだ」

 

 ヴォルフラムの知識が、怪物の正体にたどり着いた。

 赤子が粗末な埋葬を受けたり、遺棄されると、ボッチリングが生まれる。

 夜な夜な血を求める呪われた存在、それが村を襲っていた怪物の正体だった。

 

 「それで、ボッチリングとやらはどうやって倒す?」

 「一つは、呪いを解く。命名の儀式でボッチリングの呪いは解け、ラバーキンという守護霊に生まれ変わる」

 

 ラバーキンとは家庭を見守る守護霊だ。

 しかし、命名の儀式には両親どちらかの協力が要るとヴォルフラムは続けた。

 母親のマグダレナが死んでいる以上、協力を得るには男爵の手を借りるしかない。

 

 「もう一つは、戦って滅ぼす。銀の剣と塩とまじないで。いつも通りだ」

 

 

 ヴォルフラムとモルナーが、男爵の屋敷へ戻ると、すっかり日は落ちていた。

 居室に呼ばれると、人払いをしてもらった後で、若き男爵に全てを語る。

 マグダレナの妊娠、そして死。

 彼女の死を命じた者は誰なのか。

 そして、村を騒がせている怪物の正体……。

 男爵の顔が青ざめ、机に手をついて今にも倒れそうな体を支えた。

 

 「妊娠……知らなかった。彼女が、そんなに……私の子を、宿していたんですか? あの別れの時、彼女は何も言わなかった。私は、ただ去るしかなかったのに……」

 

 嗚咽が漏れ、若い男爵の頰を涙が伝った。

 幾度も拳を叩きつけ、机の上が揺れる。

 

 「妻の仕業か。あの女が…… 領地のため、私は妻を選びました。だが、その結果がこれですか。私の過ちが、こんな惨劇を呼んだのですか」

 

 モルナーが気つけとして、強い蒸留酒を男爵に飲ませる。

 死人のように青ざめた男爵の顔に、少し赤みが戻ったのを見て、ヴォルフラムは切り出した。

 

 「退治の方法は二つだ。ボッチリングを滅ぼすか、あるいは埋葬し直して命名の儀式を行うか。後者なら、父親であるあんたの手を借りなきゃならない」

 

 男爵は立ち上がり、窓辺に寄り、夜の闇を睨んだ。

 彼が今、どんな顔をしているのか。

 若い男爵の表情は、ヴォルフラムとモルナーからは全く見えない。

 

 「命名の儀式……美しい響きですね。子に名を付け、土に還す。マグダレナが喜ぶことでしょう。だが、できません。妻が知ったら、すべてが終わります。彼女の家は、この領地を食い物にするでしょう。私を『裏切り者』と罵り、援助を止める。私は……男爵として、選ばねばなりません」

 

 長い時間考えた後に、男爵は決断した。

 

 「ボッチリングを滅ぼしてください。マグダレナの子を、私の子を、せめて安らかに眠らせるために。報酬は約束の倍、払います」

 

 男爵の選択に、モルナーは無言で肩をすくめる。

 ヴォルフラムはなんの感情も込めない声で、ただ一言

 

 「了解した」

 

 と答えた。

 

 

 深夜、村の広場に霧が立ち込める。

 星の光の下、影が蠢き、体のところどころが腐った醜悪な胎児が、地を這うようにして現れた。

 体長はおよそ一フィート。

 へその緒がついたままの赤紫色の肌には体毛がなく、赤子のような見た目でありながら、鮫のように歯が二重に生えそろっている。

 

 「あれが、ボッチリングか。ひどいものだな」

 「ああ。だが、あれはまだ本気になったヤツの姿じゃない」

 

 吐き気と、恐怖の感情をこめてモルナーが吐き捨てる。

 ボッチリングが苦手とする呪縛生物のオイルを塗りこんだおかげで、明かりを反射して輝く銀の剣を構えたまま、ヴォルフラムは警告した。

 二人の気配から危険を感じたボッチリングは、咆哮を上げた。

 体躯が膨張し、骨が軋む音を立てて、アルグールのような巨体へと変貌する。

 身長は二メートルを超え、筋肉が鋼のように隆起し、剃刀のごとき爪が五本ずつ、黒く輝く。

 口は裂け、吸血鬼めいた牙が並び、滴る唾液が地面を濡らす。

 生まれながらに死んでいる子は、復讐の炎を瞳に宿し、獣のように四つん這いの姿勢から、地面を蹴って襲いかかった。

 長い爪が空を切り、先ほどまでヴォルフラムのいた場所を薙ぐ。

 ヴォルフラムは狼の俊敏さでこれを避けていた。

 同時に、ウィッチャーの剣が相手の姿を捉える。

 銀の刃がボッチリングの皮膚を裂き、腐ったどす黒い血が噴出するが、動きは全く落ちない。

 

 「モルナー、援護を!」

 「任せろヴォル! まずは炎だ!」

 

 モルナーがポーチから瓶を取り出し、投げつける。

 爆炎が上がり、ボッチリングを覆う。

 <踊る星>と呼ばれる爆薬だ。

 ボッチリングが吼え、爪を振り回すが、モルナーは低く身を伏せ、転がって距離を取る。

 ヴォルフラムは隙を突き、炎上している怪物の背後に回り込んだ。

 銀の剣を両手で握り、跳躍して首筋に斬り下ろす。

 刃が深く食い込み、骨に当たる感触が伝わる。

 ボッチリングが傷の痛みに体を捻りひと声吠えると、瞬時に全身からトゲのようなものが生え、ヴォルフラムの体を突き刺す。

 今度は避けきれなかったが、狼流派の鎧はヴォルフラムの体をしっかりと守った。

 

 「お次はどの瓶を喰らわせるか──むっ!」

 

 ボッチリングは二人の包囲に苛立ち、咆哮を上げて突進した。

 ポーチに手を突っ込んでいたモルナーを狙い、地面を裂きながら迫る。

 牙がドワーフの肩を掠め、革の作業着を裂いて血が流れる。

 同時に、ほんのわずかだが、ボッチリングの傷が塞がっていた。

 

 「下がれ、モルナー! ボッチリングは獲物の血を吸って自らを回復させる! 距離を取るんだ!」

 「動きの遅いわしは狙い目か。すまん」

 

 ヴォルフラムが怪物の注意を引くため、叫びながら剣を振るう。

 刃が皮膚を切り裂き、ボッチリングが向きを変える。

 巨体がヴォルフラムに襲いかかり、爪の連撃が嵐のように降る。

 そのうちの一撃が鎧を貫き、腹部に深い傷を刻む。

 血が噴き、視界が揺らぐ。

 激痛でウィッチャーの動きが鈍る。

 ボッチリングの牙がヴォルフラムの喉元に迫る瞬間、モルナーの放ったクロスボウの矢が突き刺さる。

 ただの矢ではない、呪縛生物のオイルを塗りこんである、銀の鏃がついた矢だ。

 

 「ヴォル! 起きろ!」

 

 モルナーの絶叫で、なんとかヴォルフラムは跳ね起きる。

 そこから二人は息を合わせ、ヴォルフラムが斬りつけ、モルナーがクロスボウで狙い撃つ。

 ボッチリングが体のあちこちから腐った血を流し、動きが乱れる。

 ヴォルフラムは最後の力を振り絞り、剣を心臓に突き立てた。

 刃が肉に深々と食い込み、黒い血が噴き出す。

 獣は最後の咆哮を上げ、体を震わせ、爪でヴォルフラムをかきむしろうとするが、寸前で力尽き、動きを止める。

 鈍い音が響き、ボッチリングの体が崩れ落ちる。

 やがてそれは灰となり、風に散った。

 

 マグダレナとその子の遺体を埋葬するよう男爵に託し、約束した報酬を受け取ると、朝靄の中、二人は男爵領を後にした。

 ヴォルフラムは傷を布で巻き、モルナーが馬の手綱を引く。

 

 「抱える秘密がひとつ増えたな」

 

 モルナーが呟いた。

 ヴォルフラムはただ、森の奥を見つめ、黙って頷いた。

 

 何年か後になって、ヴォルフラムは再びこの地を訪れる。

 その頃には、知らぬ名の者がこの辺一帯を治めていた。

 

 「何年か前になりやすかね。跡を継いだばかりの男爵が、何をとち狂ったのか、自分の子を奥方の目の前で殺して見せつけてやったそうで」

 

 いやそれだけではない。

 男爵は狂ったように笑いながらそれを行った。

 我が子から滴り落ちる血を飲み干した。

 我が子の肉の一部を、奥方に無理やり食わせた。

 一杯奢って話を聞いた酒場の酔客たちが、あちこちに尾ひれをつけて話を続ける。

 

 「可哀想に、元々体が弱かった奥方は寝込んで、そのまま死んじまったそうで」

 

 奥方は、遠方の貴族から嫁いできた身だった。

 その実家の貴族が、復讐のために人を集めて男爵を討った。

 

 「男爵はろくに抵抗もせず、笑って殺されたって聞いたよ」

 

 その後、この土地は遠縁の者によって治められることになったと話を終えた。

 疲れていたのでこの辺りで一泊するつもりだったが、ヴォルフラムは急遽予定を変え、夜通し歩いてでもこの地を離れることにした。

 途中で一度だけ、あの時のように森の奥を見つめた。

 親から名をつけてもらえなかった赤子が、冷たい洞窟の奥で、まだ泣いているような気がした。




 その1、シナリオについて
 この男爵なんなの?と思う方がいそうなのでシナリオの解説をしますと、男爵の協力を得るには森の小屋でマグダレナの愛の証とも言えるキーアイテムを入手し見せるか、あるいは高い難易度での『説得/Persuasion』技能の成功を必要としていました。
 小屋を無視した上に、『共感/Empathy』の能力値が死んでる二人の『説得/Persuasion』技能は、男爵の心に響かなかったわけです。
 なおこの二人の会話のキャッチボールどころか、会話が頭部危険球なコミュ障っぷりは、兄夫婦の家でも遺憾なく発揮されました。
 本来ならリンゴの老婆から得られた情報に加え、妹のマグダレナの妊娠と、傭兵たちに脅されて森の奥へ行けないことを教えてもらえる予定でした。
 (なおリンゴの老婆は金と引き換えに最低限の情報を教えるセーフティネットです。)


※(25/10/24追記)
 おまけとして、命名の儀式を行ってラバーキンへと変えた場合に用意していたエンディングを活動報告に書きました。


 その2、ルールについて
 アクスィーの印を『説得/Persuasion』技能などの代わりに使うのは、ルールで認められていますが、便利すぎるのでハウスルールでナーフしています。
 効果はあくまで一時的なものとした上で、後から操られたことに気付かれるため、相手の好感度が最低まで下がるというハウスルールです。
 例えば、門番にアクスィーをかけて門の通行を許してもらったら、次は通してもらえないどころか、仲間を呼んで不審者として捕まえようとするみたいな感じでしょうか。
 ヴォルフラムのプレイヤーが、男爵や兄夫婦相手にアクスィーを使わなかったのはこういった事情によるものです。

 ヴォルフラムの人「『異世界でウィッチャーに転生した俺が、アクスィー無双で催眠えっちしまくる話』のアップロードを希望します」
 モルナーの人「魔術師なら簡単にアクスィーに抵抗できるって!」

 その3、システムについて
 身内から、システムについての話も少しずつ入れないと訳わからんままだとつつかれたので。
 ウィッチャーTRPGには誰もが習得できる技能の他に、職業ごとに持つ特殊技能と、3かける3の特殊技能ツリーというものがあります。
 中でも特殊技能ツリーは、前提条件の特殊技能をある程度成長させてからでないと伸ばせないものの、そのどれもが強力な効果を持ちます。
 おかげで職業ごとに得意な分野があったりするわけですが、そんな中で、霊薬などの調合に関して、ウィッチャーには特殊技能がありません。
 逆に、他の職業に「1個分の材料で2個作成する」だの、「効果時間を2倍にする」だのあるせいで、ウィッチャー自身が調合できなくても良くね?と思ったりします。
 (もしかしたら、ウィッチャーの霊薬だけはウィッチャーが調合しないといけないとか、そんな条件を見落としている可能性はあるので、鵜呑みにしないように……)


※おまけのキャラステータス
■モルナー・ホルンベック
種族:ドワーフ
職業:職人
■能力値
【知力】:10
【反応】:8
【敏捷】:10
【体格】:6
【移動】:5
【共感】:3
【製作】:10
【意志】:6
【運命】:2(3)
■武器
クロスボウ
■防具
なし
■所持品
お守り(運命+1)
あと爆薬

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。