その「しつけ」、ポケモン用です   作:マウスブン

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タウニー1 グルーミング

ミアレシティを包み込んだ、あの狂騒的なメガエネルギーの嵐。アンジュフラエッテの暴走が引き起こした未曽有の危機はジガルデ・パーフェクトフォルムの圧倒的な力と、街のトレーナーたちの決死の連携によって、ようやく鎮圧された。プリズムタワーから放たれていた災厄の光は消え、街には重い疲労と、それ以上に深い安堵が満ちていた。

 

私はホテルZの自室のベッドに深く腰掛けていた。シャワーで流したはずの汗がじっとりとした倦怠感と共に肌にまとわりつく。あの激戦だ。酷使した体は鉛のように重く、あちこちの筋肉が軋むような痛みを訴えている。パートナーたちのボールを一つずつ丁寧に拭き上げ、今は皆ボールの中で静かな休息を得ている。彼らの疲労は私の比ではないだろう。

 

「……終わった、のか」

 

窓の外には一部の機能を停止しながらも、懸命に日常を取り戻そうとするミアレシティの夜景が広がっている。まだ現実感がなかった。数時間前まで、この美しい街が地図から消えかけていたとは。

 

その静寂は実に唐突に破られた。 バタン、と乱暴な音を立てて部屋のドアが開け放たれる。

 

「キョウヤ!体に異常はない?」

 

ノックの音など最初から存在しなかったかのように。そこに立っていたのは、やはりというべきかタウニーだった。 MZ団のリーダーであり、Aランクトレーナー。そして私の最大のライバル。

 

「タウニーか。ああ、問題ないよ」

「そっけないね。まあ、あの化け物みたいなエネルギーとやり合って五体満足なんだから、上出来か」

 

彼女はいつもの調子でそう言うと、全く遠慮する素振りも見せず部屋に上がり込み、私が腰掛けているベッドの、少し離れた場所にドスンと腰を下ろした。ベッドが大きく軋む。

 

タウニーもまたあの戦いの渦中にいた。服装は彼女のトレードマークとも言える、引き締まった腹部を大胆に晒すトップスと、動きやすそうなホットパンツ。あの瓦礫だらけの市街地を駆け抜け、的確にポケモンたちへ指示を飛ばしていた姿と寸分違わない。

 

「キョウヤも中々やるじゃん。あのジガルデをメガシンカさせるとかさ。ちょっと見直したよ」

「タウニーこそ。あの暴れる塔の上で一人で最後まで冷静さを失わず生き残れたのは、さすがリーダーだ」

 

タウニーは得意げに胸を張り鼻を鳴らす。 そのあまりにも無防備な仕草。照明が彼女の滑らかな腹部を照らし出した、その時だった。

 

私の視線が、ある一点に釘付けになった。

 

彼女の左の脇腹。ホットパンツの縁に近いしなやかなラインを描くその場所に、うっすらとだが確かに紫がかった痣ができているのが見えた。

 

「……タウニー」

「ん? なによ、改まって」

 

彼女はまだ私の視線の先に気づいていない。

 

私は考えるよりも先にそっと右手を伸ばしていた。 言葉は後からついてくる。

 

「あ…」

 

私の指先がその痣に触れた。 ぴくり、とタウニーの肩が微かに跳ねた。シャワーを浴びた直後の私とは違い、彼女の肌は少しひんやりとしていたが、私の指が触れた場所から急速に熱が生まれていくのが分かった。

 

「これ…どうしたんだ」

 

私は尋ねながらも、その痣の状態を確かめるかのように指の腹でそっとその周辺を撫でた。 戦闘中どこかで瓦礫の破片でも当たったのだろうか。

 

タウニーは私の予期せぬ行動に完全に思考を停止させたようだった。いつもはマシンガンのように飛び出す彼女の言葉が、ぴたりと止まる。

 

「キョ、ヤ…? な、に…」

 

その声はいつもの自信に満ちた張りのあるものではなく、戸惑いと驚愕を含んで微かに掠れていた。だが私は彼女のその動揺に気づかない。ただ純粋に目の前のライバルが負った怪我が気になっていた。

 

「痛くないのか? 結構、色が濃くなってるぞ」 「え…あ、いや、これは…その…」

 

私の指は痣を労わるようにゆっくりと円を描きながら彼女のお腹を撫で続けていた。へそ出しのトップスの下、柔らかくも引き締まった肌の感触が、手のひらに生々しく伝わってくる。

 

「大丈夫か? ちゃんと手当てしないと痕に残るかもしれない」

「だ、大丈夫! こんなのかすり傷だって! なんでもない!」

 

タウニーは慌てたように声を上ずらせてそう言った。 だがその必死の言葉とは裏腹に、彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていく。窓から差し込むミアレシティのネオンが彼女の頬の熱を一層際立たせているようだった。

 

「……」

 

私は彼女の反応を少し不思議に思った。いつもなら「こんなの平気!」と笑い飛ばすか、あるいは「どこ触ってんの!」と私の手を叩き落とすか。そのどちらかだろうに。今日の彼女は明らかに様子がおかしかった。

 

それでも私の手はまだ彼女のお腹の上にあった。 タウニーは私の手を振り払おうとはしなかった。それどころか彼女は伏せていた目をゆっくりと上げ、潤んだ瞳で私をじっと見つめ返してきた。

 

その瞳は怒っているようでもなく、ただ何かを必死に堪えているように見えた。

 

「……キョウヤ…その、手…」

 

彼女は一度言葉を切りごくりと小さく喉を鳴らした。 視線が私のお腹の上にある手と私の顔とを行き来する。そして彼女は決心したように、小さな蚊の鳴くような声で言った。

 

「……もう少し撫でてて」

 

「え?」

 

それはあまりにもか細く甘えたような響きを持つ声だった。 トラブルメーカーで強引で誰よりも強気なリーダーであるタウニーからは、想像もつかないような懇願。

 

私は一瞬自分が何を言われたのか理解できなかった。 だが視線を落とすと私の手に体重を預けるかのように、彼女の体がわずかに私の方へ傾いていることに気づく。

 

顔はもうこれ以上ないというほど真っ赤だ。でもその瞳は真剣に私を捉えて離さなかった。

 

(……痛いのを、我慢してるのか?)

 

私はまだ彼女の本当の意図を正確には掴みかねていた。あるいは激戦の後で人肌が恋しくなっているのだろうか。だが彼女がこの接触を拒んでいないこと、むしろ望んでいることは確かだった。

 

「……それじゃあ」

 

私は短く応えると先ほどよりも少しだけ力を抜き、そしてより優しく彼女のお腹を撫で続けた。 痣を労わるように、その周囲の柔らかな肌の感触を確かめるように。

 

「ん……っ」

 

タウニーの喉の奥から小さく甘い吐息が漏れた。 彼女はそれ以上何も言わずただゆっくりと目を閉じた。長いまつ毛が赤らんだ頬に濃い影を落とす。

 

部屋にはミアレシティの遠い喧騒と私たちの間に流れる衣擦れの音、そしてタウニーのかすかな呼吸音だけが響いていた。 激戦の興奮も勝利の安堵も今はすべてが遠い。ただ手のひらに伝わるタウニーの肌の熱と、その微かな震えだけが、私のすべての意識を占めていた。

 

ライバルとしてやリーダーとしてではない。 「タウニー」という一人の女性の柔らかく無防備な部分に、今私は触れている。

 

その事実に私の心臓もまた、戦いの時とはまったく違う種類の早鐘を打ち始めていることに、私はまだ気づかずにいた。ただ彼女が望むままにそのお腹を優しく撫で続ける。

 

 

 

 

私の指はタウニーの意思を確かめるかのようにゆっくりと、しかし確実に彼女の腹部を撫で続けていた。痣を労わるという当初の目的はとうに口実へと変わっている。手のひらの下で彼女の肌が熱を帯び、ピクピクと微かな痙攣を繰り返しているのが分かる。

 

「ん……っ、ふ……」

 

タウニーは固く目を閉じ必死に唇を噛み締めていた。漏れそうになる声を喉の奥で押し殺している。その白い喉が、浅く速い呼吸に合わせて上下するのが見えた。 いつもはあれほど騒がしい彼女が、今はされるがままになっている。この状況が彼女にとってどれほど異常なことか。

 

これは痛みじゃない。 私には分かっている。 私の指が彼女の肌を滑るたび、彼女の体が熱っぽく強張る。それが何を意味するのか、一人旅ができる年齢の私に分からないはずがなかった。

 

だが私はあえてそのことには触れず、撫でる手はそのままに、静かな声で口を開いた。

 

「タウニー」

「……んっ…な、に…」

「アンジュの暴走は仕方なかった。あのメガエネルギーは想定外だ。……でも」

 

私は言葉を切り、撫でていた手をぴたりと止めた。そして先ほどまで撫でていたその痣を人差し指で軽く、しかし明確に「とん」と突いた。

 

「あっ…!」

「タウニーはリーダーなんだから、もう少し自分の安全を省みてほしい」

「そ、それは…だって、あの時は…!」

「街を守るためだっていうのは分かる。だが、リーダーが真っ先に怪我をしてどうするんだ」

 

私の指は再び動き出し、今度は痣の周辺をさするようにねっとりとした動きで撫で始める。

 

「んぅ…っ…! わ、わかってる…」

 

タウニーの声は説教への反論なのか、こみ上げる快感への抵抗なのか、判別がつかないほど上ずっていた。

 

「本当に分かってるのか?」

私はライバルとしての、そして同じAランクトレーナーとしての視線を彼女に向ける。

「タウニーは、たまに強引すぎるところがある。もっと周りを頼っていい。何かする時は私にも相談してほしい」

「……!」

 

タウニーは唇をきつく結んだ。図星を突かれたのだろう。 私は追い打ちをかけるように続けた。

 

「前に、カラスバ率いるサビ組から借金した件もあるしな」

「う……そ、それは…ホテルZの宣伝動画のためで…!」

「結果、利子で首が回らなくなりかけたじゃないか。誰かに一言相談があれば、あんな大事にはならなかったかもしれない」

 

「だって…」「でも…」と言い訳を探すタウニー。だが私の指が彼女の脇腹をくすぐるように滑るたび、彼女の言葉は「ん…っ」「ぁ…」という小さな喘ぎに遮られてしまう。 お腹を撫でられながらの説教。その屈辱と快感が入り混じった状況に、タウニーの顔はもう限界まで赤く染まっていた。

 

私はそんな彼女の様子を冷静に観察していた。 そしてゆっくりとタウニーの顔を覗き込むように、自分の顔を近づけた。 吐息がかかるほどの距離。 彼女の潤んだ瞳が戸惑うように私を映している。

 

「タウニー」

 

私は撫でる手を止めないままささやいた。

 

「分かった?」

 

至近距離で浴びせられた低い声。それが引き金だった。

 

「―――っ!」

 

タウニーの体が弓なりに跳ねた。もう声を抑える余裕すらなかった。

 

「わ、わわ、わかった! わかったから!」

 

彼女はまるで熱湯に触れたかのように私の手を振り払い、ベッドから転がり落ちるように立ち上がった。その動きはAランクトレーナーとは思えないほどぎこちなく、慌てふためいていた。

 

「わかったから、もういいでしょう!」

「……ああ」

「も、もう遅い! キョウヤも疲れてるだろ! お休み!!」

 

タウニーはまともに私の顔を見ることもできず、一方的にそう捲し立てた。 そして返事を待つこともせず脱兎のごとくドアに向かう。

 

バタン!

 

まるで嵐が過ぎ去ったかのように彼女は部屋を出ていった。 静けさが戻った部屋に、私一人。 ドアが閉まる音のなんと慌ただしいことか。

 

私は先ほどまでタウニーの肌に触れていた自分の右の手のひらを見つめた。 まだ彼女の肌の熱と柔らかさが残っているようだった。

 

「……本当に、分かったのかどうか」

 

ライバルの、そしてリーダーの、見たことのない姿。 私は小さく息を吐き出すと、その手のひらに残る微かな感触を確かめるようにゆっくりと拳を握りしめた。

 

 

 

 

タウニーが嵐のように去っていったドアを私はしばらく無言で見つめていた。 静まり返った部屋に、先ほどまでの彼女のかすかな吐息と慌ただしい足音が反響しているかのようだ。

 

「……これでよかったのかなぁ」

 

ぽつりと独り言が漏れる。 私はベッドサイドに置いていた自分の端末を手に取った。スリープを解除すると画面には数日前に開いたままの電子書籍が表示される。

 

そのタイトルは『荒ぶる気性を鎮める! じゃじゃ馬ポケモンのための実践的調教術』。

 

数日前、私は父親に連絡を取っていた。

『父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだが』

『ほう? キョウヤから連絡とは珍しいな。どうした、バトルで行き詰まったか?』

『いや、そうじゃないんだが……私の周りに、手に負えない「じゃじゃ馬」がいて』

『じゃじゃ馬?』

『ああ。トラブルメーカーで、人の話を聞かず突っ走る。どう扱えばいいか、父さんなら何か知ってるかと思って』

『はっはっは! なるほど、じゃじゃ馬か! それなら父さんに任せろ。昔取った杵柄だ。いい本を送っておこう。基本は同じだぞ、キョウヤ』

 

父は私がトレーナーとして、例えば気性の荒いギャロップかゼブライカか、あるいは新しく捕まえたやんちゃなポケモンに手を焼いているのだと、そう解釈したのだろう。 もちろん私が話したのは人間の、それもMZ団のリーダーであるタウニーのことだったのだが。

 

送られてきたのはポケモン調教に関する専門書だった。 だが私はそれを読み進めるうちに「なるほど」と妙に納得してしまったのだ。

 

「対象が興奮状態にある場合は、まず落ち着かせる」

「警戒心を解くため、まずは優しく触れること(スキンシップ)。グルーミングなどが効果的」

「抵抗しないようであればそのままの状態で穏やかに、しかし明確に指示(教育)を与えること」

「信頼関係こそが、主導権を握る鍵である」

 

私が先ほどタウニーに行ったことはまさにこの本に書いてある通りの実践だった。 怪我(痣)を手当てするという名目でのスキンシップ。 そして彼女が最も無防備(お腹を撫でられて感じている)な状態を見計らっての、教育的指導(説教)。

 

タウニーの反応を思い返す。 最初は驚き戸惑い、そして……私の手つきに明らかに別の感情を昂らせていた。 だが重要なのはそこではない。 結果として彼女は私の言葉に反論できなくなり、最後は「わかった」と明確に指示を受け入れた。

 

「うん……まぁ、上手くいった方だな」

 

少なくとも「そんなの知らない!」と突っぱねられるよりは遥かに効果があった。 父さんの言う通り基本は同じ、か。

 

ミアレシティを救うという激戦を経た体は、もう限界だった。あの凄まじいエネルギーとの攻防を思い出すと、今更ながら全身の力が抜けていく。 私は端末をベッドサイドに放り投げると、服を緩めるのもそこそこにベッドへ倒れ込むように横たわった。

 

(明日以降も、リーダーへの「教育」は続くかもしれないな)

 

あのじゃじゃ馬が、今日のお説教だけで大人しくなるとは到底思えない。だがその時はまた、父さんの本の続きを実践してみるまでだ。 何なら他の子に試してみても良いかもしれない。そんなことを考えながら私の意識は、重い疲労と共に深い眠りの底へと急速に沈んでいった。




思いついたので書きました。続くかは知りません。
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