数日後のある日。その日はミアレシティの空とは裏腹に、私の日常に嵐が訪れていた。
ホテルZ、私の自室。そこにはいるはずのない二人の訪問者が揃い踏みしていた。
「……で?」
腕を組み私を鋭く睨みつけるタウニー。その隣にはいつもより硬い表情で冷静さを装いながらも、その瞳の奥に怒りの色を宿したマチエール。
どうやらバレたらしい。私が二人ともに手を出していたことが。どちらが先に気づいたのか、どうやって連携を取ったのかは知らない。だが結果として私は今この部屋で、二人から同時に糾弾されるという最悪の状況に陥っていた。
「キョウヤ。はっきり言ってもらうよ」
タウニーが口火を切った。
「あたしとマチエール、どっちを選ぶの?」
「……キョウヤ」
マチエールも、静かだが、有無を言わせぬ口調で私に迫る。
「あなたのしたことは、あたしたちに対する裏切りです。……どちらか一人を、ちゃんと選んでください」
二人が私に選択を迫る。私はその緊迫した空気の中で冷静に二人を分析していた。
タウニーは教育によって、私の命令に服従する快感を覚えた。マチエールは契約によって、私にペットとして飼われる安心感を選んだ。
二人とも完璧に調教済みのはずだった。だが今、私の目の前にいる二人は、私のペットや被教育者である前に、一人の女だった。彼女たちの目には飼い主(わたし)を共有することなど断じて許さないという、原始的なまでの「独占欲」が、ありありと燃え盛っていた。数日放置されれば限界になるだろうに、女とはこうもたくましいものかと私は感心すらしていた。
(…だが厄介だな)
逃げ場のない状況。その時私の脳裏に遠い昔の記憶が蘇った。まだ幼かった私に母が教えてくれた、あの言葉。
『いい、キョウヤ。人生には、選択を迫られる時が必ず来るわ』
『そんな時、逃げたら、手に入るはずだったものまで失う。……でも』
『進めば二つ逃げれば一つ。そう信じて進みなさい』
進めば、二つ。逃げれば、一つ。……ああ、そうか。母さんのあの言葉は、まさにこの瞬間のためにあったに違いない。(注意:キョウヤ母「違います。」)
私は腹を括った。
「選べない」
「「は?」」
二人の声が、綺麗に重なった。
「私は二人とも欲しい」
「……っ、ふざけないで!そういう問題じゃないでしょ!」
タウニーが、顔を真っ赤にして叫んだ。
「キョウヤ……!」
マチエールもさすがにその答えは想定外だったのか、顔を赤くしながらも私を強く非難するように睨みつけた。
「私たちを馬鹿にしないでください。そんなこと認められるわけがありません」
(やっぱりだめか)
二人とも調教はされている。だがまだ女としてのプライドが、私の支配を上回っている。もちろん今この場で二人を力ずくで押さえつけ、その体に説得することは可能だ。タウニーの首筋を噛み、マチエールの耳元で囁けば、彼女たちはすぐに私の腕の中に堕ちてくるだろう。
だがそれでは意味がない。それではこの昂ぶった独占欲という名のプライドを、根本から調教したことにはならない。プロにはこだわりがあるものだ。
それにピンチはチャンスだ。これは二人をより深くより完璧に調教できる絶好の機会なのだ。
「……分かった」
私は二人のその強い視線を、真っ向から受け止めた。
「そこまで言うならトレーナーらしく、ポケモンバトルで決着を付けよう」
「バトル?」
タウニーが、訝な顔で聞き返した。「ああ」と私は頷く。
「バトルは、変則マッチだ。……2(マチエールとタウニー)対1(わたし)」
「……!」
「互いに、ポケモンは3体ずつ出す。Aランクトレーナーと、ミアレNo.1探偵。二人同時の相手だ、ハンデはこれくらいで十分だろう?」
そのあまりにも私に不利な条件。二人のトレーナーとしてのプライドが、わずかに刺激されたのが分かった。
「……それが、どう選ぶことに関係するんですか」
マチエールが冷静に問い詰める。私はこの勝負最大の賭けを、彼女たちに提示した。
「もし二人が勝てば――」
私はきっぱりと言い放った。
「私の負けだ。その時は潔く、どちらか一人を選ぶ」
「……」
「だが」
私は口元に笑みを浮かべた。
「もし私が勝てば」
「この先1週間。マチエールも、タウニーも、二人とも、文句一つ言わずに、私の『もの』になってもらう」
「―――っ!」
二人が、同時に息を呑んだ。あまりにも、ハイリスク・ハイリターンな賭け。
だが、二人は顔を見合わせた。
(2対1だ)
(相手はAランクとはいえ、こっちはAランクと、それと凄腕のポケモントレーナーのマチエール)
(負けるはずが、ない)
二人のトレーナーとしての矜持が、その有利な条件を拒否することを許さなかった。
「……いいでしょう」
マチエールが、先に頷いた。
「その賭け、受けます」
「ふん……!」
タウニーも、不敵に笑う。
「キョウヤがあたしたち二人に同時に勝てるわけないし! その賭け、乗ってやる!」
(……乗った)
私は心の中で、静かに勝利を確信した。進めば二つ。必ず、二人とも、私のものにする。
数日が過ぎ、決戦の日となった。
この数日、町中を必死に走り回り、この問題を仲裁できる、ある一つの可能性を求めていた。
私は激怒していた。必ず、かの邪智暴虐の女たちを再調教しなければならぬと決意した。私には女のプライドがわからぬ。私はただのトレーナーである。ポケモンを捕まえ、戦わせて暮して来た。けれども調教相手の反抗に対しては、人一倍に敏感であった。
私がこの不利な勝負を覆すための目的のものを探して奔走している間、あの二人は知り合いたちに私と2人の関係を触れ回っていた。さすがに自分たちが私に調教されていたなどという、スキャンダラスで恥ずかしい事実は広めなかった。そこは二人の女としてのプライドが許さなかったらしい。
だが「キョウヤが、タウニーとマチエールの二人ともに手を出していた」という事実は別だった。そのゴシップは復興作業に活気づくミアレシティを瞬く間に駆け巡った。噂は尾ひれがつき私は街の女性陣から「Aランクの女たらし」「MZ団リーダーと探偵の二人を同時に食おうとした男」として、完全に悪名を馳せることになった。もうこれで私はこの町の他の女性に手を出すことは、当分できなくなるだろう。
ガッデム。
そして決戦の日。バトルフィールドとして指定されたミアレシティの広場。私はその中央で私を包囲するように立つ二人の女と対峙した。
「来たね、キョウヤ」
お腹周りと首元を隠す服を着たタウニーが、Aランクトレーナーとしての自信に満ちた顔で私を睨みつける。
「言っておくけど、手加減はしないから。キョウヤが負けたら……」
「……今日こそ、私たちにきっちり選んでもらいますよ」
マチエールがその言葉を引き継いだ。その瞳はもはや私に甘えるペットのものではなく、ミアレNo.1の探偵としての冷徹な光を宿していた。
だが私は不敵に笑った。この数日間、私がただ走り回っていただけだと思っていたら、大間違いだ。私が求めていた目的のものはすでに手に入れた。
「悪いが」
私は腰に提げたモンスターボールの一つに、そっと手をかけた。
「この試合だけは、負けられない」
「……?」
「この賭けは、私の勝ちだ。……負けるわけにはいかないんでね」
私のその不敵な笑みに、二人の表情がわずかに強張る。空気が張り詰めた。もはや言葉は不要だった。
「「「行けっ!!」」」
三人の声が広場に響き渡る。三つのモンスターボールが高く宙を舞った。フィールドに着地したのは私の一体のポケモン。そしてそれに対峙するように、タウニーとマチエール、それぞれのパートナーが一体ずつ、二方向から私を挟み撃ちにする形で、その姿を現した。
2(マチエールとタウニー)対1(わたし)。二人の女のプライドと、私の二人ともを手に入れるという支配。そのすべてを賭けた、変則ポケモンバトルが、今、始まった。
ポケモンバトルは、当然と言うべきか、二人(マチエールとタウニー)の圧倒的有利に進んでいた。AランクトレーナーとミアレNo.1探偵。その二人が最初から共闘し、一人のトレーナーを潰しにかかる。数の利だけでなく、二人の連携は即席とは思えないほど的確だった。
「キョウヤの次の技は炎が来るよ!」「水で対応して、こっちから叩く!」
タウニーの直感的な攻めと、マチエールの冷静な分析によるサポート。私のポケモンたちは、その波状攻撃の前に次々と倒れていった。
そして今私は残り1体。対する二人はそれぞれがまだ2体ずつ、合計4体のポケモンを温存していた。戦力差は絶望的だった。
どこからか噂を聞きつけた連中が、私たちのバトルの周りをいつの間にか遠巻きに取り囲んでいた。復興作業の手を止め、このゴシップの結末を見届けに来た野次馬たちだ。当然彼らが応援するのは、街の人気者である二人(マチエールとタウニー)の方だった。
「そうだ、タウニー! やっちまえ!」
「マチエールさん、頑張れー!」
「あの女たらしに、街の女の怖さを教えてやれ!」
私には罵声しか飛んでこない。完全に悪役だった。
「……追い詰めたよ、キョウヤ」
タウニーが汗を拭いながら、勝ち誇ったように言った。
「もうキョウヤのポケモンは、それ一体だけ」
「……観念してください、キョウヤ」
マチエールも冷静に告げる。
「もうあなたに勝ち目はありません。……賭けは、私たちの勝ちです」
二人の瞳にはこの後自分が選ばれるかの不安の光が浮かんでいた。
だがそれでも私に敗北を突きつける。観客も「そうだ!」「謝れ!」と囃し立てている。
しかし。私はその罵声と勝利宣言の嵐の中で、不敵に笑っていた。
(……ああ、そうだ。追い詰めた、だが追い詰められたのは、お前たち二人だ)
私の場には先ほどまでのポケモンたちが、最後の力を振り絞って残してくれた「置き土産」がまだ光り輝いていた。物理ダメージを軽減する「リフレクター」。特殊ダメージを軽減する「ひかりのかべ」。この二重の壁が私の最後の切り札を守っている。
そして何より。私の最後の切り札。この数日私が街中を必死に走り回り、ようやくその居場所を突き止め、頭を下げ、この勝負にこそふさわしい最強のポケモン。私が探し求めていた目的のもの。
私は最後のモンスターボールを高々と掲げた。賭けは私の勝ちだ。進めば二つ。今こそあの言葉を実行する時。
私は高らかに叫んだ。その声は二人の女たちと、愚かな観客たち全員の耳に突き刺さった。
「均衡(バランス)をもたらせ!(意訳:二人とも欲しい!)―――ジガルデ!!」
ボールから放たれたのは、カロス地方の生態系を監視し、その秩序を守る伝説のポケモン。あのアンジュフラエッテの暴走を、共に鎮めた、私に力を貸すと決めた「監視者」。
「なっ……!?」「そ、そんな……!?」
タウニーとマチエールが、同時に息を呑んだ。罵声を飛ばしていた観客たちも、目の前に現れた「伝説」の威圧感に水を打ったように静まり返る。
ジガルデはその異質な瞳で、フィールドに立つ二人のポケモン――そしてその後ろに立つタウニーとマチエールをじっと見つめていた。まるで「お前たちが、この街の均衡(バランス)を乱す者か」と、問い質すかのように。
リフレクターとひかりのかべ。二重の防壁に守られたジガルデを前にタウニーとマチエールの連携は、もはや意味をなさなかった。
「くっ……! なんて硬さなの!」
「攻撃が通らない……! タウニー、一旦引いて!」
二人は必死に指示を飛ばすが戦局は一方的だった。ジガルデはその異質な瞳で二人のポケモンを冷静に分析すると、最小限の動きで、しかし最大効率の攻撃を繰り出していく。「コアパニッシャー」がタウニーのポケモンを薙ぎ払い、「サウザンアロー」がマチエールのポケモンの守りを貫いた。
数の有利など、伝説のポケモンの前では無意味だった。残りのポケモンが全て倒され戦闘不能になるまで、そう時間はかからなかった。
広場に静寂が訪れる。立っているのはジガルデと私だけ。戦いは私が勝利した。
「そん……な……」
「……負けた……?」
タウニーとマチエールは自分たちのパートナーがすべて倒されたフィールドを見つめ、敗北という事実を前にショックで呆然と立ち尽くしていた。
その静寂を破ったのは観客たちだった。
「ふざけるなー!」
「無効試合だ! 今のはノーカウントだろ!」
「伝説ポケモンを使うなんて卑怯だぞ! それでもAランクか!」
罵声の嵐。だが私はそんな戯言を聞き流すと、圧倒的な存在感を放つジガルデ(パーフェクトフォルム)へと向き直った。
「今回も町の安全は保たれたよ。ありがとう、ヒーロー」
私が過去最大の感謝の声をかけると、ジガルデは周囲の人間たちが自分とキョウヤに敵意を向けている状況に、少し困惑したような素振りを見せながらも、「秩序は守られた」という私の言葉に小さく頷きを返した。
ジガルデ、君が騙されてはいけない、誰が町の秩序を乱しているか早く気付いてくれ。
私はジガルデをボールに戻すと、まだ呆然と立ち尽くしている二人の元へと、ゆっくりと歩み寄った。
「賭けは、私の勝ちだ」
「……っ」
「……!」
二人がハッとしたように私を睨みつける。だがもう遅い。
私はまず目の前にいたタウニーの顎を乱暴に掴んだ。
「なっ……! なにす……んむっ!?」
ズキュウウウン。
観客たちが全員見ている、その広場のど真ん中で。私はタウニーの抵抗する言葉をディープキスで塞ぎ込んだ。
「ん……! んんーっ!」
タウニーが必死に私を押しのけようとするがその力は急速に失われていく。数秒。唇が離れた時、タウニーはカクン、と膝から崩れ落ち腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「……タウニー!?」
マチエールがその光景に驚きタウニーに駆け寄ろうとする。だが私はそのマチエールの腕も掴み引き寄せた。
「キョ……! みなが……みてっ……」
ズキュウウウン。
次に私はマチエールの唇を塞いだ。タウニーにしたよりもさらに深く執拗に。マチエールの体がビクン、と大きく跳ね、やがて彼女もまた腰砕けになるように、その場に崩れ落ちた。
「あ……ぁ……」
二人とも腰が抜け真っ赤な顔で私を見上げることしかできない。
観客として見ているのだろう、シロー、ムク。君たちの正義とは若干違うが、これが私なりの性技だ。
私は完全に腰砕けになった二人を見下ろし、その耳元に悪魔のように囁いた。
「約束通り、今週一週間は、二人とも、私の『もの』だ」
「……!」
「みっちりと、『再調教』してやるから、覚悟しておけ」
そして私は立ち上がり、まだブーイングを飛ばし続けている観客たちに向かって高らかに宣言した。
「来週まで、この二人は俺が預かる!」
「な、なんだとー!」
「もし来週。この二人が、もう一度、俺と同じ賭け(2対1)で勝負して、私に勝てたら」
私は不敵に笑う。
「その時は潔く、どちらか一人を選んでやろう。……それで良いな?」
そのあまりにもふざけた宣言に、観客たちは大ブーイングを飛ばした。
「勝手なことを言うな!」
「卑怯者のくせに!」
「女の敵!」
何人かが崩れ落ちている二人の元に、心配して駆け寄ってきている。私はその騒乱を背に静かに踵を返した。
「戦いはいつもむなしい…。彼らは身をもってそれを俺に教えてくれた…。……なぁ、ジガルデ」
私は横を向いて、そう話しかける。その横で秩序の監視者はただ困惑して立っていた。
いつもと違って少しやりすぎた気がします。何なんでしょうね、こいつ(キョウヤ)は。
あと5話です。タウニー2話、マチエール2話とおまけの最終回