その「しつけ」、ポケモン用です   作:マウスブン

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タウニー2 借金1

あれから数日が経過した。 ミアレシティを襲った未曽有の危機は去り、街はジガルデの監視のもと、急速に活気を取り戻しつつあった。壊れた道路、崩れたビルの修復。プリズムタワー周りの片付けも始まり、街は復興へと力強く舵を切っていた。

 

もちろんMZ団のリーダーであるタウニーも、その中心にいた。 ホテルZを拠点に物資の差配から瓦礫の撤去指示、不安がる人々のケアまで、彼女は水を得た魚のようにエネルギッシュに動き回っていた。

 

……ただ一つ奇妙な点を除けば。 この数日間タウニーはあからさまに私と顔を合わせるのを避けていた。

 

リーダー会議で目が合えばそそくさと視線を逸らし、ホテルZの廊下ですれ違いそうになれば急用を思い出したかのように踵を返す。 彼女のその態度は数日前の夜、私の部屋で起きた出来事が原因であることは明白だった。

 

私の手の中であれほど無防備に感じていたリーダー。 あの夜の記憶はタウニーにとっては屈辱か、あるいはそれ以上の何かとして、鮮明に焼き付いているらしかった。

 

そんな中タウニーはリーダーとして、別の彼女にとっては非常に馴染み深い問題に直面していた。

 

「……まずい。お金、全然足りない」

 

ホテルZの自室でタウニーは己の預金残高を睨みつけ呻いていた。 復興支援のための資材の立て替え、食料の配給。また平常時に貯金して来なかった。善意と勢いだけで突っ走ってきたツケが、一気に回ってきていた。

 

「また……借りるしかないか。カラスバのところは……いや、でも、利子が高いし…」

 

サビ組から借りて、仲間に迷惑をかけた返済時の悪夢が蘇る。だが金がなければ何もできない。

「……仕方ない。背に腹は代えられないし」

タウニーがそう呟き怪しげな金融業者の連絡先に手を伸ばしかけた、その時だった。

 

ふわりと記憶がフラッシュバックする。

『タウニーは、たまに強引すぎるところがある』 『何かする時は、私にも相談してほしい』 『分かった?』

 

あの夜の私(キョウヤ)の声。 そして彼女のお腹を優しくだが有無を言わさぬように撫で続けた、あの手の感触。

 

「―――っ!」

タウニーは顔を真っ赤にして端末を取り落としそうになった。

「な、なによ、今思い出すことないでしょ……!」

あの感触はまだ肌に残っているかのようだ。 あのまま、もしあの部屋に居続けたら、自分はどうなっていたか分からない。

 

だが同時にあの時の私の言葉も蘇る。 『相談してほしい』 もしまた勝手に借金をして、それがバレたら。 今度はお腹を撫でられるだけでは済まないかもしれない。

 

「うう……」

タウニーは数分間頭を抱えて葛藤していたが、やがて観念したように重い腰を上げた。

「……分かったよ! 相談すればいいんでしょ、相談すれば!」

 

***

 

コン、コン。 控えめなノックの音に、私は見ていたスマホから顔を上げた。

 

「どうぞ」 「……失礼します」

 

ドアを開けて入ってきたのは、ここ数日、徹底的に私を避けていたタウニーだった。 彼女はまるで初めてランクトレーナーの昇格試験を受けに来た新人のように、妙に緊張した面持ちで部屋の入り口に立っている。

 

「なんだ、タウニーか。珍しいな、改まって」

「べ、別に普通。……その、キョウヤ、今ちょっといい?」

「ああ、構わないが」

 

私は部屋の中へと招き入れる。タウニーは意を決したように早口でまくし立てた。

 

「えーっと、報告っていうか、相談!相談なんだけど!」

「ほう?」

「あのさ、復興の費用とかでちょっとお金が足りなくて! それでまた借りようかと思ったんだけど……その前に、キョウヤに言っておこうと思って!」

 

「……」

私は一瞬何を言われたのか理解できない、という顔をしたかもしれない。タウニーは私が怒っているのだと勘違いしたのか、顔を青くして弁解を続ける。

 

「あ、いや! もちろん変なところからじゃなくて!今回はちゃんと金利とかも見て……!」

 

その言葉を遮るように私はタウニーの前に歩み寄った。 タウニーが「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、身構える。 私は彼女の目の前で立ち止まると、

 

「タウニー!」

「な、なによ!?」

 

満面の笑みを浮かべた。 そしてその勢いのまま彼女の頭をわしわしと思いっきり撫で回した。

 

「えっ? ちょ、キョ、キョウヤ!?」

「えらいぞ、タウニー! すごいじゃないか!」

「へ? なにが!?」

 

タウニーは犬のように頭を撫でられながら、完全に混乱していた。

「ちゃんと私に相談できた! 言われたことをしっかり守れるなんて、本当にえらい!」

「え、あ、そ、そう……?」

 

説教でもましてやあの夜のような「教育」でもなく、ただ純粋に子供にするように全力で褒められた。 遠い過去である既に亡くなった親に褒められた時のことを思い出す。その事実にタウニーの強張っていた顔が、じわじわと嬉しそうに緩んでいくのが分かった。

 

「ふ、ふふん。ま、まあね! あたしだって、やればできるし!」

「ああ、見直したよ」

 

私はようやく彼女の頭から手を離した。タウニーは少し赤らんだ顔で、照れくさそうに自分の髪を直している。

 

「それでさ」 彼女は少し自信を取り戻したように胸を張った。

「今回はちゃんと金利も確認するから。変な借り方はしない」

「ああ、それがいい。それでこそリーダーだ」

 

私がそう言うと、タウニーは満足げに頷いた。

 

「いくら借りたいんだ?」

 

私が尋ねると彼女は少し言いにくそうに視線を泳がせた。そしてタウニーはおずおずと人差し指を一本立てた。

 

「……10万、かな」

 

タウニーがおずおずと提示した金額に、私は小さく深いため息をついた。 10万。街の復興費用としては少なすぎるが、彼女個人の金欠を補うには絶妙に生々しい金額だ。

 

「はぁ……」

「な、なによ、ため息なんかついて。ダメならいいけど……」

タウニーは私が呆れたか、あるいは拒絶するものと思ったらしい。不安そうに唇を尖らせる。

 

私は首を振り、自分のポケットからスマホを取り出した。

「いやダメじゃない。安心しただけだ。変に大きい額を借りられるよりよほどいい」

 

私は端末を数回タップしドキュメントファイルを開くと、それをタウニーの端末に転送した。

 

「私から貸しましょう、タウニー」

「えっ?」

 

タウニーは目を丸くした。

「キョウヤが? あたしに? 10万も?」

「ああ。ただし、口約束は後で揉める元だ。簡単な契約書を作ったので、それに合意(サイン)してほしい」

 

私は自分の端末の画面にも同じ契約書を表示させ、タウニーに差し出した。 タウニーは私の端末と自分の端末に表示された『金銭借用契約書』という文字を、怪訝そうな顔で見比べる。

 

「いいの? キョウヤが貸してくれて」

「ああ。リーダーが金策に困って、また妙なところから借金されても面倒だからな。MZ団の信用問題にも関わる」 「む……」

 

タウニーは私の言葉に少し不満そうだったが、背に腹は代えられない。

「……分かった。契約書ね」

 

私は彼女に端末の画面を向けたまま、釘を刺すように言った。

「ただし、契約書はちゃんと、よーく読んでくださいね、タウニー」

「わかってるって! あたしだって、サビ組の件で反省してるんだから!」

 

タウニーはそう言うと、私の端末を覗き込むようにして、契約書の文面を読み始めた。 ……いや、読んでいるというよりは、指で素早くスクロールし、単語を拾い読みしているだけだった。

 

「ふむふむ……借用金額10万……返済期日、10日後……利息……あれ?」

タウニーがスクロールする指を止めた。

「金利、ないも同然じゃん! 年利0.01%って!」

 

彼女はパッと顔を上げた。その顔は、先ほどまでの不安そうな表情から一転し、喜色に満ちている。

「キョウヤ! これ、ほとんどタダで貸してくれるってこと!?」

「そういう計算になるな」

 

「やった! 優しいじゃん、キョウヤ!」

タウニーは完全に気を良くし、契約書の最後の部分、あの細かい文字が並んでいる付属条項などには目もくれず、一番下の電子署名欄をタップした。

 

「はい、合意!」

「……確かに」

 

彼女の端末にも合意の通知が飛ぶ。 私はそのまま端末を操作し、自分の口座から彼女の口座へ、即座に10万を送金した。タウニーの端末が、軽快な着信音を鳴らす。

 

「お、入った! 早っ!」

タウニーは自分の端末を見て満面の笑みを浮かべた。

「助かったよ、キョウヤ! これでなんとか資材の支払いができる!」

 

彼女は機嫌よくそう言うと私の肩を軽くポンと叩いた。

「……それじゃ、あたし、やることあるから!」

そしてほんの少しだけ考える素振りを見せた後、少し照れくさそうだがはっきりとした声で言った。

 

「……ありがとう」

 

そう言い残しタウニーは今度こそ自信を取り戻したリーダーの足取りで、意気揚々と部屋を出ていった。

 

バタン、とドアが閉まる。 一人残された部屋で私は再び、ふぅと深い息を吐いた。

 

手元の端末にはタウニーの署名が入った契約書のデータがまだ表示されている。 彼女が喜び勇んで見落としていった、あの付属条項。

 

『第5条(特約事項)』 『甲(タウニー)は乙(キョウヤ)に対し、借用金額を返済期日(本契約締結より10日後)までに返済するものとする。 万が一、返済が確認できなかった場合、甲はそのペナルティとして、返済完了の日まで、毎晩21時より30分間、乙の自室を訪問し、乙の提示する『常識的な要求』にすべて従うものとする』

 

あの調子では10日後に10万をきっちり用意できるとは到底思えない。 ましてや、復興支援でさらに出費がかさむのは目に見えている。

 

私は端末の画面を消した。 父さんの本には、こうも書かれていた。

 

「対象の行動を制限し、明確なルール(ペナルティ)を課すことは、主従関係を認識させる上で極めて効果的である」と。

 

「……まあ、相談に来ただけ一歩進歩したか」

 

あのじゃじゃ馬が、契約書の隅々まで目を通せるようになるのは、もう少し先の「教育」が必要だろう。 私はほくそ笑みながら、10日後のカレンダーに、小さく印をつけた。

 

 

 

私はタウニーが出て行ったあと、再びスマホからファイルを開く。そして短い付き合いながらも今まで知ったタウニーについての事実と分析したメモを見直す。そして端末に表示させたのは、私自身がまとめたレポートだった。

 

対象者分析レポート(暫定)

対象者: タウニー (MZ団リーダー / Aランクトレーナー)

 

分析概要: 対象者は高い潜在能力と実績を持つ一方で、その行動原理には著しい不安定要素が介在している。

 

1. 能力評価:

ポケモントレーナーとしてAランクの実力を保持している点、また、ミアレシティの危機やその後の復興において、街の人々を助け、リーダーシップを発揮している実績は疑いようがない。能力そのものは極めて高い。

 

2. 育成環境の欠如 (推定):

対象者はその言動や振る舞いから、精神的にまだ未成年である側面が強く見受けられる。

母親を早期に無くしているため、成長過程において「行き過ぎた行動」や「短絡的な思考」を諫め正しい方向へ導く大人が不在であった可能性が極めて高い。また母親の形見であるジャケットを非常に重視し大切に着ている。

 

3. リスク思考の歪み:

上記(2)の結果、不安定な生活(その場しのぎの解決、危険な行動)が日常であったと推測される。

これにより一般的なトレーナーや社会人が持つ「リスク」への感覚が麻痺しており、物事の見通しが(常人から見ると)極めて甘い。これがサビ組からの借金問題などに直結している。

 

4. 行動動機 (推定):

過去にこの町でAZによって救われた経験が、現在の行動の根幹にあると推測される。AZや彼が守ろうとしたこのミアレシティへの「恩返し」が、強迫観念もしくは執着となっており、しばしば自己犠牲的、あるいは無謀な行動を引き起こすトリガーとなっている。

 

 

 

私はレポートの画面を閉じた。 これらは状況証拠から積み上げた私の推測も多く入っており、すべてが正しいとは限らない。だがもしこの分析が的を射ているのだとしたら。 あのじゃじゃ馬は強気な態度の裏で、拠り所のない脆さを抱えていることになる。

 

(……どうしたものか)

 

父の本(ポケモン調教術)では、信頼関係の構築が第一とされており、また相手の過去や生い立ちを知ることもその一つと記載されていた。スキンシップとルールによる教育も、今のところは間違ってはいないのだろう。だがこれをどう生かすかはポケモントレーナーの腕の一つだ。

 

「なるようにしかならないか。」

 

ポケモンや相手にも都合や好みはあり、今後の町がどうなるかも分からない。私は小さく息をつき、次の「教育」の機会を待つことにした。




2は明日、同時刻です。
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