あれから数ヶ月が経過した。ミアレシティのポケモンバトルフィールドはすっかり、街の奇妙な日常の一部と化していた。
週に一度必ず開催される、あの賭けの再戦。マチエール&タウニーVS私(キョウヤ)。その結果はいつも同じだった。
「ああーっ! また負けた……!」
「くっ……! なんで、あそこで……!」
もはや演技でプレイの一環でしかないがタウニーが膝をつき、マチエールが悔しさに唇を噛む。そして私は二人の前に立ち、その顎に手を添え公衆の面前で、勝者の権利として彼女たちにキスをする。数ヶ月間マチエールとタウニーは、皆の前で私に敗北し続けた。
最初の頃こそ街中が「卑怯者!」「ジガルデを使うな!」と罵声に沸き、二人に同情的な声援を送っていた。だがそれも今や、すっかり様変わりしていた。もう誰も二人が私に勝てるとは思っていない。あれほどいた観客たちも今ではその数を大きく減らし、代わりにその構成は異様なほど濃密なものへと変質していた。
まだ律儀にマチエールとタウニーを応援し続ける者たちがその一部。
「頑張れマチエールさん! 俺たちがついてる!」
それとは別に敗北した二人が私にキスをされる、その屈辱的なシーンだけを見に来ている者たちがいた。
「ほら、始まったぞ!」「今日はどっちからだ? タウニーからか!」
さらにこの歪んだ三角関係そのものに倒錯した興奮を見出している者たちがいた。タウニーやマチエールの幼馴染や知り合いを自称する男たちが涙ながらに叫んでいる。
「タウニーちゃんは! 僕の方が先に好きだったのに!」
「NTR(ネトラレ)やんけ……! くそっ、キョウヤめ……!」
そう言いながらも、彼らの目は、なぜか性的な興奮にギラついている。
果ては「いいなぁ、タウニーたち……」「私も皆の前でキョウヤ様にボコボコにされて、辱められたい……」などと、頬を赤らめて呟く者たちまで現れ始めていた。
人の性とは、度し難いものである。
そしてこの数ヶ月で、状況はさらに複雑化していた。あのタウニーが、カロス地方全土を牛耳る超巨大企業、クエーサー社の社長、ジェットの実の孫であることが判明したのだ。それもあのジェットが自社の総力を挙げて「孫娘(タウニー)を誑かした害虫(わたし)を排除しろ」と、(キョウヤにとってのみ)とんでもない指令を出したことで公になった。
結果私には「Dead or Alive」で3000万の懸賞金がかけられた。夜のランクバトルは文字通り戦場と化した。四方八方から押し寄せる、懸賞金目当てのトレーナーたち。
バトルフィールドで対峙したかと思えば、メタグロスがノーマルジュエルを輝かせ、私のポケモンではなく、私自身を目掛けて「だいばくはつ」を仕掛けてきた。相棒が身を挺して庇わなければ、今頃私はここにいないかもしれない。空からはいきなりカイリューが「しんそく」で奇襲を仕掛け、一撃だけ当てるとすぐに飛び去って逃げていく。極めつけはポケモンセンターだった。手持ちを回復しようと立ち寄れば、その出入り口で私怨に満ちた目つきのトレーナーたちが出待ちをしている。ポケモンセンターのジョーイさんたちにも白い目で見られ、営業スマイルすら無かった。
だが私はそのすべてを返り討ちにし勝利し続けた。
今では私の懸賞金は1億にまで高騰していた。噂ではクエーサー社が、ついにこの地方のトレーナーでは私を倒せないと判断し、別地方のチャンピオンクラスの有名トレーナーを、莫大な契約金で呼び寄せているらしい。ご苦労なことだ。
だが正直なところ。私はこの街にも、この日常にも飽きが来ていた。毎週繰り返される茶番のような賭けバトル。私に屈服しきっている二人を公衆の面前でいたぶるだけのショー。懸賞金目当てで突撃しては返り討ちに遭う、雑魚トレーナーたち。マンネリだ。
その為私は街の皆に、一つ新しい「ゲーム」を提案した。
「チーム戦をしよう」
ミアレシティの中央広場。私がそう宣言した時、集まった野次馬たちは、一瞬何を言われたのか分からない、という顔をしていた。
「この街のトレーナーなら、誰でも参加可能だ。私も、この街の皆(おまえたち)も、3人以内でチームを組んで戦おう」
そして私はこの上なく傲慢な「賞品」を、提示した。
「もしお前たちのチームが、私のチームに勝利したら――」
「私にできることなら、どんな願いでも、一つだけ、叶えてやろう」
その傲慢すぎる発言。それは私への憎悪と敗北感に沈んでいた街のトレーナーたちの心に再び火をつけた。
「……どんな願いでも、だと?」
「あいつを倒せば……!」
「3人チームなら、勝てるかもしれない!」
街は発奮した。打倒キョウヤ。その一つの目的のために、今までいがみ合っていた者同士がチームを組み連携を確かめ特訓に励む。それは街の日常に奇妙な活気を取り戻させた。
だがもちろん。私もチームメイトを探さねばならない。私は街の中で皆に声をかけた。
「私とチームを組まないか? 勝てば多少ならばお前たちの願いも叶えてやろう」と。
だが誰一人として、私とチームを組んでくれる者など居なかった。街中のトレーナーから総スカンを食らったのだ。
「誰がお前なんかと!」
「女の敵が、よく声をかけられたものだね!」
そしてそんな孤立無援の私を見て、街の皆は今までの鬱憤を晴らすかのように、私をあざけっていた。
「見ろよ、あいつ! チームメイトが一人もいねえぞ!」
「当たり前だ! 自業自得だ!」
「これで、あいつも終わりだな!」
そして初めてのチーム戦の日がやってきた。バトルフィールドには大勢の観客たちが詰めかけている。私の前に立つのは、この日のために結成された対戦相手の3人組。名は知らないが、頭角を現してきたかなりの実力者たちらしい。
「キョウヤ! ついにお前の天下も終わりだ!」
「3対1じゃ、いくらお前でも勝てねえだろうよ!」
観客たちも「そうだそうだ!」「3人に勝てる訳ないだろう!」と、私に容赦ない罵声を浴びせている。
相手チームのリーダー格の男がボールを構えた。
「俺たちの願いは、お前をこの街から追放することだ! 覚悟しろ、ボコボコにしてやるぜ!」
正義の心を燃やし、三人がそれぞれのポケモンを繰り出そうと構える。
だが私はその殺気立った雰囲気の中で、ただ静かに笑っていた。
「……そう慌てるな。俺のチームメイトを、紹介しよう」
「はあ?」
相手の男が鼻で笑った。
「チームメイトだ? お前に協力する奴らが、この街に居るはずないだろう!」
観客たちも、一斉に笑い出す。
「そうだ! 虚勢を張るな!」
「そうかな?」
私は自分の背後を振り返った。観客たちの喧騒の後方から、二人の人影がゆっくりと私の方へと歩いてくる。観客たちの笑い声が、ぴたりと止まった。
「……え?」
「うそ……だろ……?」
私の横に並び立ったのは、他の誰でもない。
「……マチエールさん?」
「……タウニーちゃん!?」
相手の3人組が信じられない、という顔で二人を見つめている。
「な、なんで、きみたちが、そいつと……!」
「紹介する」
私は観客全員に聞こえるように、宣言した。
「私のチームメイト。タウニーと、マチエールだ」
「……!」
「二人は、俺が『願いを叶えてあげる』と言ったら、進んでこのチームに参加してくれた」
「そ、そんな……!きみたち、あいつに、あんなにヒドイ目に遭わされて……!」
相手チームが混乱している。だがタウニーとマチエールの目は、もう彼らを見てはいなかった。二人の瞳は私と同じように、目の前の敵だけを、冷静に見据えていた。
タウニーが不敵に笑う。
「……あたしたちの『願い』は、アンタたちを倒さないと、叶わないからね」
マチエールも、静かに頷く。
「……あたしたちは、キョウヤのパートナーとして、ここに立っています」
(そうだ。二人の『願い』は、ただ一つ。「私に可愛がってほしい」。そして私はその願いを、このチーム戦に勝利し続ける限り与え続け、二人を永遠に私の側に縛り付けることができる)
「さあ始めようか」
私は腰のボールに手をかけた。
タウニーが、マチエールが、そして私が。三人が同時にモンスターボールを、高く空へと投げ上げた。
「「「行けっ!!」」」
フィールドに三色の光が迸る。タウニーの足元に七色の角を輝かせ生命を司る伝説のポケモンが、その姿を現した。
「―――ゼルネアス!」
マチエールの背後に破壊のオーラを纏い死を司る伝説のポケモンが、その翼を広げた。
「―――イベルタル!」
そして私の正面にカロス全土の秩序を守る、絶対的な監視者が降臨した。
「―――ジガルデ!」
「……!」
「ぜ、ゼルネアス……!? イベルタル……!?」
「それに、ジガルデまで……!?」
相手の3人組は目の前に現れた、カロス地方の神話そのものに、完全に戦意を喪失し、その場に立ち尽くしていた。
私はその絶望に染まった顔を見ながら、静かに確かな意志を持って告げた。
「君に決めた、タウニー、マチエール」
そして私は隣に立つ、二人の最強の「共犯者」たちに向き直る。
「「はい(うん)!!」」
三人の視線が交錯する。バトルが、今始まろうとしていた。
私はこの瞬間、心の底から満たされていた。一人、この街に来て。ポケモンは、この街は、私に本当に多くのものを与え、教えてくれた。
友情。努力。勝利。ポケモン。メガシンカ。金。愛。タウニー。 マチエール。
人もポケモンも時に協力し合い、ぶつかり合い、そして共に生きることができるとこれからも証明していくのだ。
約一か月、お付き合いいただきありがとうございました。ノリとリビドーのみで突っ走りました