契約書にサインしてから10日が過ぎた。ミアレシティの復興は道半ば。タウニーはリーダーとして相変わらず街を駆け回っていたが、その顔には疲労とは別の焦りの色が濃く浮かんでいた。
そして今日が10万円の返済期限日だった。案の定タウニーから返済が行われることはなかった。
考えてみれば自明のことだ。街の復興作業に追われポケモンバトルなどでまともに稼ぐ時間などない状況で、あのタウニーが10万という金額を10日で用意できるはずがなかった。金利のことしか頭になかった彼女は、自分の置かれた状況を正確に把握できていなかった。
夜。私はホテルZの自室で待っていた。期限の時刻を数分過ぎた頃、案の定、タウニーが慌てた様子で私の部屋に飛び込んできた。
「キョウヤ! ご、ごめん! あの10万なんだけど……!」
「ああ、タウニー。待っていたよ」
私は冷静に彼女を迎え入れると、自分の端末を取り出し、あの日の契約書を表示させた。
「返済は、まだのようだな」
「う……ごめん! 今、復興で色々物入りで……! もうちょっとだけ、待ってくれな――」
「それは良いんだが」
私はきっぱりと首を振ると端末の画面を彼女の目の前に突きつけた。そして彼女が完全に見落としていた、あの付属条項を指でタップする。
「ここを読んでくれ」
「え? ……『第5条(特約事項)』……? ……『返済が確認できなかった場合』……『毎晩……30分間、乙(キョウヤ)の自室を訪問し』……『乙の提示する常識的な要求に従うこと』……!?」
タウニーは、そこに書かれている文言をようやく理解し、サッと顔色を変えた。
「な……なにこれ!? 騙したの!?」
「騙してはいない。契約書を差し出した時、私は『よーく読んでくださいね』と言ったはずだ」
私は淡々と事実を告げる。
「結局、タウニーは契約書をしっかり見なかった。それに、返せる目途も立っていないのに、安易に他人から金を借りるのが悪いんだ」
「ぐ……! で、でも、こんなの!」
「これは、タウニーに『借金』というものの重さを、ちゃんと理解してもらうために用意した条項だ。リーダーが金の重さを理解していないのは、団にとって最大のリスクだからな」
正論だった。タウニーは「ぬぬ……」と悔しそうに唇を噛み反論の言葉を探したが何も出てこない。契約書にサインしたのは、他の誰でもない彼女自身だ。
「というわけで、契約に従ってもらう。今夜から、返済が完了する日まで、毎晩21時に私の部屋に来るように」
「……!」
タウニーは屈辱に顔を歪めたが、こくりと小さく頷くしかなかった。
あれから数日が過ぎた。毎晩21時になるとタウニーは観念して律儀に私の部屋を訪れるようになった。
私が契約書に基づき課した「常識的な要求」とは、すなわち「教育」だった。内容はごく基礎的な経済観念。貯金の大切さ、非常時の備え、そしてリーダーとして最低限知っておくべきリスク管理について。
もちろん内容は私がネットで拾った一般的な知識を彼女用にまとめたものだ。タウニーは今までポケモンバトルと街のこと以外、こういった地道な分野にはあまり興味がなかったのだろう。
最初の頃こそ「なんであたしがこんなこと……」「バトルで負けないし!」と警戒したり、露骨に抵抗したりする素振りを見せていた。だが私が淡々と根気よく教え続けると誠意が通じたのか、彼女の根が持つ真面目さが刺激されたらしい。
最近ではあのじゃじゃ馬が嘘のように、意外なほど大人しく端末に向かい勉強に励んでいた。
そして今夜。21時きっかりに現れたタウニーに私は早速端末を手渡した。
「今夜はまずこれまでの復習テストからだ」
「げっ、テスト……。聞いてないし」
タウニーは不満そうに唇を尖らせながらも端末を受け取ると、ベッドに腰掛けて真剣な表情で問題を解き始めた。
十分後。私は採点を終えた端末を黙ってタウニーに差し戻した。画面には、大きく「100点」の文字が躍っている。
「……タウニー、満点だ。全問正解だよ」
タウニーは自分の目を疑うように画面を凝視すると、次の瞬間、パァッと顔を輝かせた。
「当然でーす。あたしを誰だと思ってんの!」
先ほどまでの不安げな表情はどこへやら。タウニーは得意満面に胸を張り、鼻を鳴らした。その分かりやすい反応に、私は思わず小さく笑ってしまう。
「ああ、よく頑張ったな。やればできるじゃないか、タウニー」
私はそう言って、彼女の頭をわしわしと軽く撫でた。
褒められたのがよほど嬉しいのか、タウニーは目を細め、さらに得意気な顔になる。
「こんなの、ちょっと集中すれば簡単! 楽勝!」
私は撫でていた手を下ろし、彼女のその自信満々な横顔を見つめた。Aランクトレーナーとしての地頭の良さは本物だ。「理論」の習得は驚くほど早い。テストで満点を取ったタウニーは、すっかり気を良くしていた。褒められたことで自信を取り戻し、いつもの強気なリーダーの顔が戻ってきている。
私はそんな彼女の得意満面な顔をじっと見つめた。
「……なるほど。勉強は順調なようだな、タウニー」
「ふふん、まあね! あたし、やればできるし!」
「ああ、それはよく分かった」
喜びに浸るタウニーを見つめ、私は次のステップに進むかと考えるとゆっくりと立ち上がった。そしてベッドに腰掛けて彼女に対し静かに告げた。
「だが、タウニー。理論は完璧でも、実践が伴わなければ意味がない」
「え?」
「せっかく100点を取ったんだ。今日は、その応用編として『借金取りの怖さ』についても教えておこう」
「……は? 借金取り?」
タウニーは私が何を言っているのか分からない、という顔できょとんとしている。私は先ほどまでの穏やかな「教師」の仮面を外し、Aランクトレーナーとしての、冷徹な捕食者のそれに切り替えた。
部屋の照明が私の顔に影を落とす。
「ああ。例えば……」
私は声色を一段階落としゆっくりとタウニーに近づいた。一歩、また一歩と。私が近づくにつれタウニーの顔から先ほどまでの笑みが消え、警戒の色が浮かんでくる。
「な、なによ、キョウヤ。急に……」
「例えば、私がお金を貸した相手が『本職』だった場合だ」
私はベッドに座るタウニーの目の前で立ち止まり、彼女を真正面から見下ろした。その威圧感にタウニーの肩が小さく震える。
「……それで、タウニー」
私はまるで獲物を品定めするかのように低い声で尋ねた。
「いつお金は返してくれるんだ?」
「ひっ……!」
タウニーは息を呑んだ。それはいつもの「ライバル」としての私ではなく、完全に「取り立て屋」の目だったからだ。
「こ、今度……! もうすぐ、返すから!」
タウニーは必死にそう答えた。だがその答えはあまりにも弱々しい。
「『今度』? 『もうすぐ』?」
私は、彼女の答えを鼻で笑った。
「期日は、とっくに過ぎてるんだ」
私はそう言いながらゆっくりとタウニーの隣に腰を下ろした。ベッドが軋む。タウニーが逃げようと身じろぎする。だが私はそれを許さなかった。
「返せないなら……」
私の手がタウニーの、あの夜と同じ場所――引き締まったお腹へと伸びていく。いつものへそ出しのトップス。その下に広がる滑らかな肌。
「別の形で、返してもらおうか」
「―――っ!」
私の指先が彼女の肌に触れた。タウニーの体は恐怖で硬直していた。悪徳金融ならこういうことをするのかもしれない。そんな想像が彼女の頭をよぎる。
しかし恐怖とは裏腹に。私の指が彼女のお腹をゆっくりと執拗に愛撫し始めると、タウニーの体はあの初日の夜の記憶を鮮明に呼び起こした。
(あ……だめ、これ……)
怖い。キョウヤの目が、いつもと違う。でも手のひらから伝わる熱と、肌をなぞる指の感触が、彼女の体の奥底で、抗いがたい快感を呼び覚ましていく。
「ん……っ」
タウニーは恐怖とこみ上げてくる熱の両方に混乱し、必死に私の腕を掴もうとした。
「ま、待って! お、お金は……! お金は返す……!」
「ほう?」
私は彼女のその弱々しい抵抗を意にも介さず愛撫を続けた。今度はより優しく。まるで壊れ物を扱うかのように、指の腹で彼女の肌を慈しむように撫でる。その手つきは恐怖を与えるものとは程遠く、ただひたすらに甘い快感を誘うものだった。
「ぁ……ふ……」
タウニーの抵抗する力が急速に失われていく。私はそんな彼女の耳元で、さらにささやいた。
「この前も、そう言いながら返済が遅れたよね、タウニー」
「だっ……て……」
「勉強は100点なのに、実践は0点?」
「ちが……っ! んぅ……!」
私の指がホットパンツの縁ギリギリをなぞる。タウニーの体はビクン、と大きく跳ねた。もう思考がまとまらない。
「分かった?」
「……!」
あの夜と同じ短い問いかけ。タウニーは恐怖と快感で潤んだ瞳で、私を睨みつけるが、それはもはや、睨むというよりは上目遣いにすがるような視線だった。
「わ……わかった……!」
彼女は、喘ぎを抑え込みながら、絞り出すように言った。
「わかったから……! やめ……っ!」
その言葉を聞き私はようやく彼女のお腹から手を離した。タウニーは、はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返し、真っ赤な顔で私から距離を取ろうとベッドの端へとにじり寄る。
「……今日の『教育』は、ここまでにしようか」
私は何事もなかったかのように立ち上がり、いつもの冷静な口調に戻っていた。
タウニーはまだ自分の肌に残る私の手の感触に戸惑いながら、何も言えずに私を見上げるだけだった。借金取りの怖さと、それとはまったく別の「怖さ」を、彼女はその身をもって再び深く理解させられた夜だった。
タウニーはまだ荒い息を整えようとしながら、真っ赤な顔で私を睨んでいた。彼女の腹部は私の指の熱がまだ残っているかのように、微かに震えている。
私はそんな彼女の混乱を意にも介さず淡々と決定的な通告を突きつけた。
「ああ、それともう2つ」
「……な、なに」
「今日の『教育』はお試しだ。だが明日以降も返済できないなら……返済期日が延びるたびに過激にしていくから」
「なっ……!?」
タウニーの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「か、過激にって……ど、どういう……!」
「さあな、それは明日や明後日に分かる。」
私は冷ややかに言い放つ。
「ま、待って! そんなのおかしい!」
タウニーは必死に抗議の声を上げた。だがその声は恐怖と、先ほど植え付けられた快感のせいで上ずっている。
「おかしいことはない」
私は彼女の抗議を、一言のもとに切り捨てた。
「返済すれば良いだけだ。簡単なことだろう?勉強は100点だったんだからな」
「う……」
タウニーは言葉に詰まる。返済する。それがどれだけ今の彼女にとって困難なことか、私自身が一番よく分かっているのに。
私は絶望に顔を歪める彼女に、最後の一押しをするように、さらに言葉を続けた。今度は先ほどまでの冷徹な「借金取り」の顔ではなく、いつものAランクのライバルとしての「キョウヤ」の顔で。しかしその口元には、明確な笑みが浮かんでいた。
「そしてもう一つ、仮に今後タウニーが私以外からお金を借りたら……」
私はその言葉の意味をゆっくりと、彼女の頭に刻み込むように言った。
「それは私の『教育』から逃げたってことだ」
タウニーの体がびくりと強張った。
「その時はこの契約(ペナルティ)は借金が返済されても終わりじゃない。私の気が済むまで毎晩みっちりと『教育』するからね」
その言葉は脅しでありながら、どこか甘くねっとりとした響きを持っていた。まるで永遠に彼女をこの部屋に縛り付けるとでも言うかのように。
タウニーはその私の笑顔と言葉の意味を理解した瞬間、
―――ゾクゾクッ
背筋を恐怖とは違う、何か得体の知れない悪寒が駆け上がった。それは逃げ場を完全に塞がれた絶望か。あるいはこの男になら支配されてもいいかもしれないという、倒錯した予感か。
タウニーは自分の身に走ったその「ゾクゾク」とした感覚に、ただ呆然としながら、私から目を逸らすことができなかった。
バタン。
タウニーはまるで夢でも見ていたかのように茫然とした表情のまま、ほとんど無意識といった様子で部屋を出ていった。ドアが閉まる音だけがやけに現実的に響く。
「……ふぅ」
一人になった部屋で、私は長く深く息を吐き出した。先ほどまでの彼女を支配していた空気とは打って変わり、いつもの静けさが戻ってくる。
これで一先ずタウニーが再び借金をする可能性は大幅に減っただろう。今日カラスバさんと会って思いついた借金取りの真似だが意外と効いたらしい。これで私から「逃げる」ことが何を意味するかを理解したはずだ。
ありがとう、カラスバさん。
しかし――。
私は先ほどのタウニーの表情を思い返す。日頃あれほど自由奔放で自信に満ち溢れ、誰の指図も受けないあのじゃじゃ馬が。私の言葉一つ、指先一つで、あれほどまでに動揺し怯え、そして……感じている。あのように私の掌の上でいいように転がせるというのは、率直に言って楽しかった。
(つい興が乗ってしまった)
あのゾクゾクとした悪寒を感じた時の彼女の潤んだ瞳。少しやりすぎただろうか。
(……まぁ、どうにかなるか)
私は安易にそう結論付けた。タウニーはAランクトレーナーだ。あの程度で壊れるほど彼女は弱くない。それにこれも全てはリーダーとしての彼女の「教育」のためだ。……半分くらいは。
私は思考を切り替え腰に提げていたモンスターボールに手を伸ばした。激戦を潜り抜けた私の大切なパートナーたち。「お疲れ、出てこい」ボールからポケモンたちを出すと私はクロスを取り出し、彼らの手入れを丁寧に始めた。
部屋にはポケモンたちが発する穏やかな鳴き声と、私がポケモンやボールを手入れする音だけが静かに響いていた。あの10万が返済される日はまだ当分先のように思えた。
3は明日です。
感想、評価ありがとうございます。
感想で誰一人、タウニーが期日通りに返済することを想像しておらず笑いました。