その「しつけ」、ポケモン用です   作:マウスブン

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タウニーが肉体調教だとすると、マチエール精神調教になります。じっくりねっとり侵食します。
実力と立場と理性と良識のある女性を調理する様をお楽しみください


マチエール1 餌付け

 私は父から貰った電子本を片手に、子供の頃を思い出す。『荒ぶる気性を鎮める!じゃじゃ馬ポケモンのための実践的調教術』。この本を送ってきた私の父は決して強いトレーナーではなかったそうだ。強くもなく、弱くもなく。集めたジムバッジも、片手で数えるほどだったと聞いている。

 

 だがそんな父には不釣り合いなポケモンが一匹だけいた。それは大きく、強く、珍しく、そして恐ろしく賢かった。父が持つ他の、平凡なトレーナーが持つポケモンたちとは明らかに「格」が違う。そのポケモンがバトルに出る時だけ、父はまるで別人のように堂々として見えた。

 

子供心にもその異質さは分かった。何度か、噂を聞きつけたのだろう有名人や、いかにも金持ちといった風体のコレクターが、うちを訪ねては破格の条件での交換を持ちかけていた。だが父はすべて断っていた。

 

いつだったか、私は父に尋ねたことがある。

「父さん、あのポケモン、どうやって捕まえたの?」

父は最初、照れたように「ラッキーだったんだ」と頭を掻いた。

 

だがすぐに悪戯っぽく目を細め、まだ幼かった私にこう言ったのだ。

「いいか、キョウヤ。ラッキーパンチってのはな、ただ運がいいから当たるんじゃない。ラッキーパンチは、狙って出すものなんだ」

その時の父の心の底から誇らしそうな顔と、教えてくれた言葉の意味を、私は今でもよく覚えている。 運(ラッキー)とは待つものではなく掴み取るもの。それも周到な準備と一瞬の好機を見抜く目があって初めて「狙える」ものなのだと。

 

 

 

思い出に浸るのを止め、私は考える。 タウニーへの「教育」はひとまずの成果を上げた。父の本はポケモン相手でなくとも驚くほど有効だ。あのじゃじゃ馬は今や私の言葉や手に順応し始めている。

 

 私は窓の外に広がるミアレシティを見つめた。私はAランクトレーナーに昇格し、この街をアンジュフラエッテの脅威から救った。そしてあのジガルデにさえ認められ、メガシンカという強大な力を自在に行使できるようになった。

 

父はあのたった一匹の強力なポケモンを手に入れるために、生涯一度きりの「ラッキーパンチを狙った」。

 

……ならば私は?

トレーナーとしてはこの街では力も名声も手に入れた。だがそれだけで満足するには私は若すぎた。父の理論は正しい。そして私にはそれを実行する力がある。

 

「手が回っていないだろうしな。ものは試しだ、行ってみるか」

 

 私はそう独りごちるとベッドに放っていた外套を肩にかけ、ホテルZの自室から音もなく廊下へと出た。復興の喧騒が戻り始めたミアレシティ。その夜の空気の中へ、私は確かな目的意識を持って歩き出していった。

 

 

 

 

「いやぁ、キョウヤが来てくれて助かりましたよ」

 

ミアレシティ探偵事務所。 そのドアに掲げられたプレートは、街の喧騒の中でささやかながらも確かな存在感を放っていた。事務所の主であるマチエールが、心底ほっとしたようにそう言った。彼女はぐっと背伸びをしながら、山積みになった書類の束を見やる。

 

この日私はマチエールの元を訪れ、彼女の探偵の仕事を手伝っていた。 平常時でさえ、ミアレNo.1の探偵である彼女は山積みの調査で多忙を極めている。それがアンジュフラエッテの暴走による未曽有の破壊からの復興期ともなると、その仕事量は爆発的に増加していた。

 

瓦礫の下から発見された落とし物の照合、混乱の中で行方不明になったポケモンや人の捜索、復興作業に便乗した詐欺まがいのトラブル仲裁……。行政の手が回らない細かな、しかし街の住人にとっては切実な依頼がこの小さな事務所に殺到していたのだ。

 

(……計画が遅れるな)

 

私の胸中にそんな考えがないかと言えば嘘になる。だが父の言葉を反芻し、次なる「ラッキーパンチ」を狙うべく、私は今日この事務所のドアを叩いた。それは純粋な善意だけではなく明確な目的を持って彼女に接近するための一手だった。

 

だが目の前に広がる惨状。対応に追われ疲労の色を隠しきれない彼女の姿。この街の復興を担う一人として、そしてあの激戦を共に戦ったであろう仲間として彼女とこの街の窮状を放っておくこともできなかった。

 

結果として私は本来の目的を一時保留し、朝から晩まで膨大な量の事務処理と聞き込み調査に時間を費やしていた。

 

「マチエールさん。最近はずっとこんな調子ですか」

 

私が入力作業を終えた端末を脇に置き尋ねると、マチエールはデスクのマグカップを片手に、こくりと頷いた。湯気が立つ、濃いめのコーヒー。彼女が今日一日で何杯目を飲んでいるのか、私には分からなかった。

 

「そうなんだよねー。街が元気になるのは嬉しいんだけど、それに伴って困りごとも増えちゃって。もこおの手も借りたいくらい」

 

彼女がそう言うと、足元で丸くなっていたニャスパーの「もこお」が、迷惑そうに「ニャス…」と鳴いた。 事務所の壁には彼女の恩人だというハンサム氏と、クセロシキ氏の写真が飾られている。彼らが見守る中、彼女はたった一人でこの街の日常を守ろうと奮闘していた。

 

私はマチエールを観察する。イクスパンションスーツの上に丈の短いコートを羽織る独特のスタイル。あの激戦の中でも冷静さを失わなかった判断力。そしてこの膨大な仕事を前にしても、決して笑顔を絶やさない精神的なタフさ。

 

タウニーは分かりやすい「じゃじゃ馬」だった。感情の起伏が激しく行動が短絡的で、それゆえに扱いやすかった。

 

だがマチエールは違う。 彼女は自立したプロフェッショナルだ。物事の優先順位を理解し冷静に状況を分析し、そして何より他人に弱みを見せない。

 

(父さんの本……『じゃじゃ馬』の項だけでは、これは通用しない)

 

タウニーに用いた「教育」や「ペナルティ」といった手法は、このマチエール相手には逆効果になる可能性すらある。彼女を攻略するにはタウニーの時とは比較にならないほど周到な準備と、より高度な戦略が必要になるだろう。

 

「キョウヤが手伝ってくれると、本当に作業が早くて助かるよ。やっぱりAランクのトレーナーは、依頼対応も的確だね!」

 

私の内なる計算など露知らず、マチエールは屈託なく笑う。

 

「いえ……当然のことをしたまでです」

 

私は静かにそう答えながら、今日の善意が、決して無駄ではなかったことを確信していた。 信頼。それが、この手強い探偵の牙城を崩す、第一の鍵だ。私の「ラッキーパンチ」のための準備は、今、静かに始まった。

 

 

 

「お疲れ様! 今日は本当に助かったよー!」

 

膨大な依頼リストの整理に目処がつき、私は端末から顔を上げた。窓の外はすっかり暗くなりミアレシティのネオンが復興作業のクレーンを照らしている。

 

だが私の隣でマチエールはまだ止まらなかった。彼女は新しい依頼の電話を受けながら、もう片方の手で別の調査資料をめくっている。その姿はまさに「ミアレNo.1の探偵」そのものだった。

 

しかしこの事務所に来てからずっと私の中にはある違和感が燻っていた。 彼女が口にしたのは、私が数えただけで5杯分のコーヒー。それだけだ。少し見たキッチンだが、真ん中に電子レンジが置いてあり調理した形跡もない。私がここを訪れた時も、彼女は既にデスクに張付くか、外を走り回っていた。

 

電話を切ったマチエールが「ふぅ」と深く息を吐き、再びマグカップに手を伸ばしたタイミングで私は尋ねた。

 

「マチエールさん」

「んー? どうしたの、キョウヤ」

「ご飯は、食べましたか」

 

ぴたり、と彼女の手が止まった。 その一瞬の硬直が私の推測の答えだった。

 

彼女はあはは、と乾いた笑いを漏らしながら、困ったように首を振った。

「忙しくてねぇ。何か詰め込もうとは思ってたんだけど、すっかりタイミングを逃しちゃって」

 

その返事を聞き私は黙って自分のカバンへと手を伸ばした。ガサリ、と紙袋の擦れる音が静かな事務所に響く。

 

「良かったら、食べませんか。来る途中のカフェで、多めに買っておいたものです」

 

私がデスクの上に置いたのはサンドイッチが数種類とキッシュ、それから甘いデニッシュが詰め込まれた紙袋だった。

 

マチエールはその袋と私の顔を驚いたように見比べた。

「えっ、いいの? これ、キョウヤの夜ご飯じゃ……」

「私は大丈夫です。それより探偵が倒れたら街が困る」

 

私が静かに頷くと彼女は一瞬ためらった後、「……それじゃあ、お言葉に甘えて」と、遠慮がちにサンドイッチの包みを一つ手に取った。

 

そして一口。 その瞬間、彼女を縛っていた理性のタガが外れたかのようだった。

私が自分の分のデニッシュを一つゆっくりと食べ終える間に。マチエールはサンドイッチの包み紙をくしゃりと丸め、もう一つのキッシュの袋を開け、さらに次の包みへとほとんど無心で手を伸ばしていた。

 

その食べっぷりは彼女の洗練された探偵というイメージからは程遠い、飢えそのものだった。

 

「……そんなに、食べてなかったのですか」

 

私が尋ねるとマチエールはキッシュを頬張ったまま、少し恥ずかしそうに視線を泳がせた。

 

「んー……。お恥ずかしいけど行きつけのお店がまだ例の事件の影響で閉鎖しててね。事務所もなかなか空けられないし」

彼女はごくん、と食べ物を飲み込むと、自嘲するように続けた。

「最近、精々一日一食がやっとだったからね。……すごく、助かるよ」

 

私は考えながらその無防備な横顔を眺める。 自分を犠牲にしても街のために働く。 そこはタウニーもマチエールも、驚くほど似通っていた。

 

タウニーは感情と勢いで突っ走り、マチエールは理性と責任感で働く。方向性はまったく異なるが、どちらも自分の限界を顧みず、生活という基盤が疎かになっている。

 

(……これは、「隙」だ)

 

父の本には「対象の信頼を得るには、まずその生態を把握し、必要な欲求を満たしてやることが近道である」とも書かれていた。ポケモンで言えば、グルーミングや餌付けにあたる行為だ。タウニーには「ルール」による調教が有効だった。 だがこの自立した探偵には、まず餌付けから始めるべきだろう。

 

 

 

 

あっという間に紙袋が軽くなっていくのを横目で見ながら、私は自分の荷物をまとめた。すっかり夜も更け事務所の時計は終業時間をとうに過ぎている。

 

「マチエールさん」

「ん、なぁに?」(もぐもぐ)

「明日は、昼頃にまた来ます」

 

私がそう言うとマチエールは残っていたデニッシュに手を伸ばしかけたまま、きょとんとした顔で私を見た。

 

「その時にホテルZの周辺で購入した別の食べ物も持ってきます。違うお店の食べ物だから味も楽しめるはずです。だから明日はちゃんとそれを食べてくださいね。」

「えっ!?」

 

マチエールは慌てて口の中のものを飲み込むと、ぶんぶんと手を横に振った。

「いやいや、悪いよ! 今日だってこんなに貰っちゃったし……。明日までキョウヤに甘えるわけにはいかないよ。大丈夫、大丈夫!」

 

彼女は「大丈夫」という言葉で、この話を終わらせようとした。 だが私はそれを許さなかった。

 

私は荷物をまとめる手を止め彼女が座るデスクの前に、音もなく一歩踏み込んだ。そして彼女の顔を真正面から覗き込むように、わずかに身を屈める。

 

「ひゃっ……」

 

予期せぬ距離の詰まり方にマチエールの肩が小さく跳ねた。

 

「マチエールさん」

私は彼女の瞳をまっすぐに見つめたまま、静かだが有無を言わせぬ口調で告げた。

 

「あなたはミアレNo.1の探偵だ。この復興期に、街の人がどれだけあなたを頼りにしているか、私よりもあなた自身が一番よく分かっているはずだ」

「え……あ、うん。それは……」

「あなたが倒れたら、それこそが街の損失になる。あなたが万全の体調で依頼をこなし続けることこそが、今この街にとって最も必要なことです」

 

私は彼女の働きを最大限に褒め称える。それは本心からの賞賛であり、同時に彼女の責任感を的確に突く「楔」だった。

 

「そしてこれは私の我儘です。あなたには健康でいてほしい、その為に私がサポートしたい」

 

私は有無を言わさぬ笑みを浮かべた。

「私が持ってきたいから、持ってくるんです。あなたはそれを拒否しないで、ただ食べてくれればいい」

 

「……!」

マチエールは私のその圧に完全に気圧されていた。 いつもの冷静な探偵の顔はどこへやら、その顔はわずかに赤らみ、視線が戸惑うように泳いでいる。理性的な人間だからこその脆さがそこにはあった。

 

「わ、わかった……」

 

数秒の沈黙の後。彼女はまるで白旗を上げるかのように、小さく頷いた。

 

「わかったから……! 持ってきてくれるなら、ちゃんと食べる。食べるから!」

 

「ありがとうございます」

 

私は目的を達したことを確認すると即座に彼女から距離を取り、何事もなかったかのように立ち上がった。

 

「では、遅くなりましたので私はこれで失礼します。また明日」

「あ、うん……」

 

私は背を向け、事務所のドアノブに手をかける。 背後ではマチエールがまだ状況を整理しきれないといった様子で、私が残した最後のサンドイッチの包みを開ける音がした。

 

ドアを開けると、背中越しに彼女の声が飛んでくる。 私は軽く会釈だけを残し、夜のミアレシティへと再び踏み出した。

 

バタン、とドアが閉まる。 一人と一匹になった事務所で、マチエールは頬杖をつきながら、サンドイッチをゆっくりと咀嚼していた。

 

「……意外と、強引だねー、キョウヤは」

 

足元のもこおに話しかけると、ニャスパーは興味なさそうに「にゃあ」とだけ返事をした。 マチエールはキョウヤが出て行ったドアをじっと見つめながら、先ほどの彼の瞳を思い出していた。あの有無を言わさぬ強い光を。




マチエール編続きは金土日です。作者なりの純愛ストーリーになります。

2025/10/27 午後19時 日間1位確認、おめでとう、タウニー!これは君が勝ち取ったものだよ
高評価、感想、ここすき、本当にありがとうございます。そしてタウニーに大きな拍手をお願い致します。
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