サイレント・ウィッチ短編
リディル王国第二王子フェリクスの暗殺を目論んだとして、ケイシー・グローブは結界の魔術師ルイス・ミラーによって拘束され、ひとまずは魔術兵団の駐屯所に連行された。そのまま駐屯所の一室に見張り付きで軟禁されている。
ここに牢屋に該当する施設がないわけではないのだろうが、モニカの嘆願によりケイシーが素直に取り調べに応じるのであれば事件を公にはしないことになっている。そのためにもいとけない少女が牢屋に収監されているといった目立つ状況を避けた結果がこれなのだろう。
それでも部屋の見張りをしている兵団員は女学生が魔術兵団内にて軟禁されている状況を疑問に思わないわけではなかっただろうが、これも職務と割り切っているのか、何も言わずに見張り任務を遂行していた。
ケイシーは覚悟を決めて実行した任務が果たせなかったことで逆に諦めがついたのか、ルイスの取り調べにも素直に応じていた。そういった調査が数日間行われたあと、ケイシーが軟禁されている部屋にルイスが訪れて簡潔に告げてきた。
「ランドール王国に対し、我がリディル王国から正式に抗議することになりました」
「えっ?」
ケイシーとしては事件は公にしないはずではなかったのかと頭の中を疑問符でいっぱいにした。
「ああ、違います。今回の事件の関与に対する抗議ではありません。あなたの供述の中で疑問に感じたことがありましたので、そこを重点的に調査した結果、ランドール王国の行いに看過できないものが見いだされまして」
「私の供述の中でランドール王国の落ち度なんてなかったと思うけど…」
むしろケイシーの住むブライト領は常に竜害に脅かされており、リディル王国から半ば放置されていたその故郷を、ランドール王国はいつも助けてくれていた恩人ですらあった。
「私が疑問に思ったのは、ブライト領が竜害を受け続ける中で『中央の救援が間に合ったことがない』というあなたの話です」
「それが何? 私の記憶にある限りでも中央からの救援なんて一度も来たことがない。助けてくれたのはランドール王国の人たちだけだったわ。そんな人たちに正式な抗議って何よ、ブライト領に何もしてくれなかったリディル王国がしていいことじゃないわ!」
「言わせてもらいますが、私は魔法兵団の団長を務め七賢人になり、竜討伐も今の時点で王国歴代二位の記録を叩き出しています」
「それが何よ! うちには来てくれなかったくせに! 一度も間に合ったことがなかったくせに!」
「だからそこがおかしいんですよ」
「え?」
「私は飛行魔術を使える上に風の上位精霊と契約しているので機動力はかなりのものです。実際、竜害の多い東部地方はしょっちゅう行っています。なのにそんな私がブライト領に一度も竜討伐に行ったことがないんですよ。おかしいでしょう?」
「王都の人たちからすれば、ブライト領なんて取るに足らない田舎の領地だから放置しても構わないってことでしょう?」
「それはありえません。あなたはランドール王国が救援に来てくれていたと言っていましたね。つまりブライト領はランドール王国に極めて近い国境に接している土地なんです。そんな土地を放置するなんてまともな国ならやりません。今のところはクロックフォード公爵が急先鋒になってリディル王国からランドールを経て帝国に攻め込めと主張しているところですが、状況が変化すれば逆だって起こりえないわけではないんですよ。ランドールの後ろにある帝国が力を蓄えてランドールを経てこちらに迫ってきた時に、その最前線の土地が竜害によって人っ子一人いなくなっていて防衛どころではないなんてことになったら泣くに泣けませんよ。そうさせないために国が救援するんです。誰のためでもない自分自身のために、国自身のためにです」
「でも! 現実に中央から救援なんて来てない!」
「ええ、だからおかしいんですよ。結論から言いましょう。ブライト領から中央への救援要請も被害報告もひとつ残らず握りつぶされ、偽の報告書にすり替えられてごまかされていました」
「…え」
「城の文書庫をひっくり返して、ブライト領から来ていた竜害報告書を全てチェックしました。どれも救援に及ばず、被害軽微とばかりあったのですよ。こんな有様だったため誰もブライト領に注意を払わなかった。自力でなんとかなっているのならと、竜害に苦しんでいる他の土地に手を回そうとなって、中央の救援がブライト領に向かうことはなかった」
「そんな…なんで…一体誰が…」
「ここまで言えばお判りでしょう。ランドール王国の手回しによるものですよ」
「なんで! ランドール王国の人がそんなことをするの!?」
「ランドール王国の言いなりになって第二王子を消そうと追い詰められていたあなたの状況を見れば、ランドールの動機は一目瞭然だと思いますが? かの国から嫁いできた王女様は我が国の王妃様で第一王子のお母上ですからね。クロックフォード公爵が強引に第二王子を推してこなければ、いずれはランドール王国の血を引く新国王が誕生することが見込めるのですから、さぞや第二王子が目障りだったことでしょう」
「じゃあ…」
「ブライト領をランドールに依存させ、第二王子を排除するための道具として使おうとした。そのために東部の要所に手の者を送り込み、ブライト領から中央に向けて出された救援要請や被害を訴える陳情書は全て処分したのでしょう。随分と手の込んだことをしたものですが、第二王子暗殺なんておおごとを企む以上、自分たちが手を汚さずに済むことに比べれば労力をかける甲斐はあったのでしょうね」
「そんな…だったら、救援要請が王国中央に届いていたらちゃんと助けが来ていたの…?」
「ええ、そこは間違いないでしょう。私は優秀ですし、その私が鍛えた魔法兵団も優秀です。現につい最近のケルベック伯爵領の黒竜騒動など、七賢人・沈黙の魔女が出張っていたとはいえ被害はほぼ無しにできるほど余裕で駆けつけられていましたよ。ケルベック領は地力がありますから救援が来るまでに持たせられる時間がブライト領と差があるかもしれませんが、対峙したのがかの黒竜とそれを取り巻く翼竜の群れですからね。その辺りを考慮すればブライト領の竜害であったとしても条件は似たようなものでしょう。結果もほぼ同じにできたと思います」
「でも本当に来てくれるの? だって『国境線に竜が多ければ隣国から攻められる可能性が低くなる、竜は弱小貴族より役に立つ防衛線だ』って…」
「はぁ? 竜は国境線のこちら側だろうと向こう側だろうと関係なく暴れるんですから、リディル王国側の迎撃をおろそかにしていたら、ちゃんと対処している他の国とどんどん差がついて、隣国がついうっかり『あそこの領地、かなり弱体化しているから今いけば一捻りでやれるのでは?』という考えに取りつかれ、竜が暴れていない隙に攻め込んで辺境の一領地くらいかすめ取ってやろうぜって野心を芽生えさせてしまうかもしれないではないですか。防衛線どころか国防の危機ですよ。誰ですか、そんな馬鹿なことを言ったのは」
「中央の貴族よ」
「セレンディア学園に入学するまで、中央に来たこともなさそうなあなたがどうやってそれを知ることができるんです?」
「…え…? でも、みんなそう言ってた」
「みんなって誰です。具体的に名前を言えますか?」
「だって、みんな…。そう、ケヴィンやトムおじさん…そうだ、行商のハンスさんが中央で聞いた話だって教えてくれて、それを聞いてみんなですごく怒ったもの」
「その行商って十中八九いえ十中十、間違いなくランドールから来た行商でしょうね。そもそも中央から東部辺境に行商がわざわざ行く理由がない。逆にランドールはリヴィル国民なら誰でも知ることができるような情報であっても他国では知ることができないがゆえに足を運んで情報収集する価値がありますから、ランドールから出発してブライト領を経由して中央に行き、そしてランドールに帰るために中央からブライト領を通過するのは普通にありそうです。だからその行商はまずランドール王国の息のかかった間諜と見ていい。生粋の間諜でなくとも、行商の片手間に間諜の真似事をすれば国から報酬がいただけるのだからやらない理由がない。そしてブライト領の人間にリヴィル王国への不信感を吹き込むのも任務のうちということなのでしょうね」
「じゃ、じゃあ…私たち、騙されていたというの…?」
「まあそういうことです。ですが向こうにも言い分はあるでしょうね。クロックフォード公爵なんて主戦派が国の重鎮なんですから、油断できない国としてこちらに向ける感情は厳しいものにならざるを得ないでしょうし、騙すことに関しても良心の呵責も感じないことでしょう。とはいえそれはそれです。リヴィル王国としては知らぬ間に小細工をされた挙句、我が国の民が無駄に竜の脅威にさらされたんです。細工をするために王国内に潜んでいたランドールの工作員は動かぬ証拠として捕まえることができましたから向こうに言い逃れはさせません。第二王子暗殺を企んだ件を公にできなくとも、この一件単体でランドールに抗議することになります」
「それって、第一王子派の不利にならない?」
「多少は他派閥がうるさく言ってきて足を引っ張っる材料にはするでしょうが、主体となっているのは他国です。第一王子やその派閥が直接何かをしたわけではないのでそれほど強くは出られないでしょう。第二王子暗殺未遂を公にしなければそれほどおおごとにはなり得ませんよ」
「そう…」
ルイスの話を聞きながら、ケイシーは言いようのない脱力感を覚えていた。
第一王子派や第二王子派がどうなろうと辺境のブライト領には関係のないことだ。グローブ伯爵家は一応は第一王子派らしいがこれといった恩恵を受けていた覚えはないため、積極的に推していたわけでもない。
ああでも恩恵を受けていなかったのはランドール王国の妨害によるものかもしれなかったのだから、手紙や陳情書などではなく王都に出向いて直接竜害を訴えることができていたら、魔法兵団を最速で派遣してもらえていたのだろうか。
そう思った瞬間、ケイシーの瞳から思わず涙がこぼれ出た。
ずっとこれしかないと思い詰めていた。自分がどうなっても、それこそ崩れた材木の山に押しつぶされて死ぬことになったとしても、ブライト領の関与を気付かせることなく事が成就すれば、ケイシーの故郷は戦争に巻き込まれることもなく、ランドール王国の助けによって平和に過ごすことができるだろうとそう思っていた。
しかし、そうではなかった。そんなことをする必要はなかったのだ。
本来ならリヴィル王国から助けの手が差し伸べられていたはずだった。ランドール王国の妨害がなければ、あるいはその妨害に気が付いていれば。どうせ辺境は見捨てられているのだと諦めていなければ、みんな死なずに済んでいたかもしれなかったのだ。ケイシーの兄たちも今も生きていたかもしれないのだ。
そう思っただけで、ケイシーの瞳からこらえきれない涙がボロボロと溢れ出る。涙と共に溢れ出るのはやりようのない後悔だ。
もっと、もっと何かできていたのではないか。もっと声をあげていれば、もっとなりふり構わずあらゆるところに窮状を訴えていれば、何かおかしいと誰かが気が付いて、救いの手がもっと早くに差し伸べられていたかもしれないのだ。
でも何もかももう遅い。ケイシーの兄たちは、領民たちは、死んだ人間はもう二度と戻らない。
そしてモニカやラナたちと過ごしたあの暖かなお茶会のひと時も、もう味わうことができないのだ。
時は遡らない。残されたのは何一つ見抜くことが出来ずにいいように利用されて踊らされた、哀れな道化の娘がいるだけだった。
(あとがき)「サイレント・ウィッチ」のケイシーの顛末にショックを受けると同時に、ちょっとひっかかったところがあったので、そこから想像・妄想・推測を煮詰め、ケイシー事件の裏側を捏造してみました。
いや本当に疑問だったんですよ。「サイレント・ウィッチanother 結界の魔術師の成り上がり」のコミカライズ冒頭を読んだものですから、あれだけの実力と機動力のあるルイスがいて、そして本人もサイレント・ウィッチ第一話で「三か月で10回も竜討伐している」とまで言っているのに、ケイシーのブライト領では救援が来てない? ちょっとおかしいなと思ってしまい、そして即座にランドール王国が裏で糸を引いている可能性を閃いてしまいました。ランドールには動機もあるしでそう考えると辻褄あってるなあと思ってしまったので。
思いついたので書いてしまったのですが、モニカと切ない別れをした後で、覚悟の上でしたことが全くの無駄だったと知らされる展開で、ケイシーに追い打ちしてしまうことになってしまったのは申し訳ないです。思いついちゃったんだよ…思いついちゃっただけなんだよ…。