楽園心中   作:ユウキ テル

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第1章 REN——「楽園が生かした」少年


第1話 廃棄計画(5)

「有瀬を処分しろ」

 大きな窓に広がる青空を背景にして、顔に濃い影を落とすオールバックの男が言った。感情を読み取られることを拒絶するように淡々とした命令だ。言葉を理解して飲み込には思ったよりも時間を要する。

「何を……」

「聞こえなかったか。有瀬を処分しろ」

「……聞こえてますよ」

 立派なデスクをあつらえてある課長室の主、山城克己の声が淡々と繰り返される。デスクの前に控える浦月は視線を合わる意思がないのか、真っ直ぐと壁の本棚を見ているだけだ。背後にある応接セットには二人の隊長が控えているはずだったがこちらも気配が薄い。久しぶりに分署に呼び出された武智は唐突な命令に感情を押し殺すだけで精一杯である。

「彼は妖刀を解放できないからな」

「待ってください。蓮……有瀬は妖刀との契約を済ませています。妖刀を解放する資格があります」

「そうして一年が経ったな」

 反論できない事実に武智が押し黙る。山城の体を受け止めた革張りの椅子が甲高く鳴いた。

「彼を〝拾った〟のは君だからな」

 思わず奥歯を噛み締めた音が耳の奥から鈍く響いた。

「浦月に任せて任務中の事故に見せかけることも出来る。それを君に頼むんだ」

 依頼と命令の違いもわからないのか、と武智は喉まで出てきた言葉を飲み込んだ。そんなことよりも確認しなければならないことがあるのだ。

「有瀬の処分を決定した根拠はそれだけでしょうか?」

「と、言うと?」

「山城課長の立場で部下の処分を決定出来るのかと聞いているんですよ」

 それから沈黙がしばしの時を支配した。山城は問いに答えることのないまま口元を歪めている。笑っているのか、怒りを滲ませているのか。どちらにも見えた。

「どのような状況であれ、課内の指揮権は私にある。私が命令する」

 背後のソファで人が動く気配がする。わざわざ持ち込んだカップでコーヒーを飲んでいるのだろう。さらに硬いビニールの音に続いて、何かを噛み砕く音が豪快に響く。

「牧君」

 山城の声は武智の背後に向けられていた。何かを口に含みながら返事をする情けない声が返ってくる。

「煎餅を持ち込むのはやめなさい」

「失礼。次回からはチョコレートにします」

 そうではない、と武智をはじめその場にいた者が考えて口にはしなかった。

「いつまでも話が終わらないから退屈で。ここで課長に食ってかかっても命令は変わらんだろ」

「あんたは黙ってろ」

「上司の話はちゃんと聞かないとダメだぞ」

「ちゃんと上司をやってる相手の話だから聞くんだよ」

 苛立ちを隠す気もない様子で武智が振り返る。ソファーに居るのは凛とした雰囲気で座っている女と、漆黒のワンレングスにやけに白い肌を持つ美麗の男だった。見ようによっては美女二人のようである。

「俺がちゃんとした上司じゃないみたいな」

「現場であんたの指示を受けたことがないから言ってんだろ」

「それは間違いない」

 ようやく浦月の援護が加わった。現場に出たがらない隊長に代わり、自ら戦闘に参加しながら指示を出す労を背負っているのが浦月なのだ。

「だって俺、妖刀がないんだよ?」

「んなこと知るか」

「妖刀なしで現場なんか行ったら死んじゃうだろ?」

「だから知らねーよ」

 大人気もなく拗ねた様をアピールする美麗の男は薄く形の良い唇を尖らせる。下心がある相手ならそのようにも取られかねない仕草であった。残念ながら武智にはそんな嗜好はないので露骨に嫌悪感を滲ませるだけだ。

「つーかさ、妖刀契約に関しちゃあんたはすでに死んでる人間だろ? 二度三度死のうが同じじゃね?」

「川桐君、言葉が過ぎるわよ」

 凛とした声が嫌な空気をピシャリと払う。思わず武智も姿勢を正した。

「申し訳ありませんでした」

 牧相手とは全く異なる礼儀正しい所作だ。そこに垣間見える敬意を感じ取って牧は不満げに形の良い眉を歪める。

「まるで椎葉隊長の部下みたいじゃないか」

「可能ならばそのような人事を希望します」

「あなた達が私の部隊にいたら仕事どころではないから遠慮しておくわ」

 ペロッと小さく舌を出して挑発する様は親子か兄弟の戯れのようで見て微笑ましくもあった。

 そんなやり取りにどこか楽しげにも見える笑みを椎葉杏《しいばあん》は浮かべていた。彼女の率いる部隊は女性のみで構成され、牧の部隊とは真逆である。同年代の若い女性が多い上にシフト体制の出会いが極端に少ない職場だ。山城と椎葉は厳しかったが、それをかいくぐって好みの隊員に好意を伝える者もいるのだ。年齢的には親子ほど離れた浦月にすら時たま手紙が届くのだからこの環境の娯楽のなさは相当なのである。

 同性の恋人がいると公言しても、それが良い、などと言われるから若い子は理解出来なかった。

「舞台は新地に準備してある。有瀬を連れて出動してこい」

 部下たちのやりとりの合間を見計らい山城が口を挟んだ。振り返った武智が見たのは、いつも通り薄く笑みを貼り付けた山城だった。

「万が一に備えて浦月。それから、氷室」

「総一朗はともかく、理奈まで出せってことはそれなりの相手ですよね?」

「任務中に命を落とすには相応の理由が要る。君一人でどうにかできる相手では説明がつかないだろ」

 気付かぬうちに一歩前へ踏み込んで乗り出した体を浦月の腕が押し留めていた。

「離せよ」

「やめろ、ここで課長に手を挙げても命令は変わらない」

「離してやれ浦月。好きにさせろ」

「あぁ、そうかよ」

 浦月は腕は離す気配はない。武智は自由になる右手を振り上げて妖刀を顕現させた。

 便宜上、刀の名を持つ呪具であるが、銃火器の形状を好む武智は拳銃のシルエットの妖刀の銃口を山城へ向けていた。山城はじっと双眸を向けたままだ。互いに正面から見据えたまましばしの時が過ぎる。

「いいことを教えてやろう」

 先に口を開いたのは山城だった。一本だけ立てた右手の人差し指を自らの額に当てると口元を笑みの形に歪める。

「打ち込むのは、ココに一発。魔力で血液をわずかばかり凝固させる。やがてそれが頭に詰まる、あるいは、心臓に。証拠の残らない病死の出来上がりだ」

「課長、その辺でやめましょう」

 武智が黙って向けた銃口を下ろさせた浦月は呆れたように視線を向ける。山城の口ぶりが手慣れた者のようであるとしたら、浦月の表情もあしらい慣れた者のそれであった。

「有瀬には俺から出動命令を出しておくよ」

 本来ならそれが仕事であるはずの牧が意気揚々と立ち上がった。

「牧君もたまには上司らしいことをするんだな」

「何言ってるんですか、課長。俺は、この部隊にいるだけで価値がある、ってスペシャルな存在なんですから」

 頓珍漢なことを自信満々に言い放った牧がマイカップ片手に課長室を出て行った。残された四人はなんとも言えない感情のやり場を探している。

「確かに間違っちゃいないんだけどな。ちょっと甘やかしすぎましたかね?」

 沈黙を破った浦月の視線が向けられていることに山城が気付く。伏し目がちに視線を逸らして頭を振ったのが答えのようだった。

 

 ⚪︎⚫︎⚪︎

 

 あの時、武智が向けた銃口から山城が逃げるそぶりすら見せなかった理由はすぐに理解していた。至近距離での攻撃だろうが武智では相手にならないからだ。

「サシの勝負はしたことないけど、本気でやり合ったら敵わないだろうな」

 などと言っていた浦月にすら武智は敵わない。

 契約している呪具である妖刀は各人の魔力の特性に合わせた形状で具現化される。武智は銃火器であったし、理奈は刀を好み、ナイフである者もいる。そして、浦月の手には何も持たれていなかった。

「突っ立ってないで仕事しろよ」

 防具のグローブを破壊されて無防備な蓮を浦月の足元へと放り込む。勢い余って転んだ蓮には視線を向けず、浦月は視線を砂埃に塗れる理奈に向けたままである。

「おまえさ、あれが出てくること知ってたわけ?」

「残念ながら。知っていれば僕一人では来なかったよ」

「だろうな」

「悪いけど蓮を連れて離脱してくれ」

「いいのか、それで?」

「理奈一人ならば僕が何とかする」

 床に転がった蓮の腕を掴んだのが武智の答えであった。

「何とかならない時はどーすんだよ」

「それこそ、相応の理由、ってやつだ。後始末は任せる」

「どいつもこいつも……ばっかじゃねーの!」

 吐き捨てた勢いで蓮を立ち上がらせると、魔族に背を向けて走り出す。驚いて何度も振り返ろうとする蓮を強引に戦闘現場から遠ざけようとしていた。

「武智さんっ⁉︎」

「悔しかったら妖刀を解放してみろ! 役立たずなんだよっ!」

 蓮に向けて吐き捨てたはずの言葉が武智の奥深くへと刺さっていた。

 

 ––そうだ、さっさと妖刀を解放しろ。そうすれば、俺は蓮を殺さなくて済むんだ。

 

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