楽園心中   作:ユウキ テル

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第1章 REN——「楽園が生かした」少年


第1話 廃棄計画(7)

 雑居ビルの上層階から落下した塊は盛大に砂埃を巻き上げ、粘度の高い液体を撒き散らかした。液体が放つ酸っぱい臭いが辺りに充満する中で牧は不快感を隠そうともしない。

 塊が内側から切り裂かれたかと思うと二人の少年少女が現れた。体液に塗れた蓮と理奈は肩で呼吸を繰り返している。

「ありゃ分署に入る前に丸洗いだな」

 呑気に場違いな感想を漏らした牧の姿に蓮が気付いて手を振る。

「隊長ぉっ!」

「そこで何してんだ?」

「僕、妖刀を解放出来たんです!」

「おー、そうかそうか。そいつを倒したらゆっくり聞かせてくれー」

 了解、の意だろう。蓮が鮮やかな敬礼を見せた。

「よそ見してないで手伝って!」

 肉塊の中で酸っぱい体液に塗れて動き回るのは小柄な理奈だ。まるで産業廃棄物の処理に奔走しているような様は、到底年頃の娘に任せる仕事ではない。だが他に頼める者がいるわけではなかった。理奈自身もそれを理解しているので引き受ける。

「なんなのよコレっ! こんな寄せ集めと戦ったことない!」

「あと幾つ?」

「一つ。残りは核だけ」

「何をすればいい?」

「丸ごと動きを止めて。トドメは刺すから」

 不満の一つや二つ、自然と口をつくのだろう。牧だって理奈と同じように産廃処理をしろと言われたら即座に断る。

 それでも健気に任務を果たそうとする若人二人は動きの鈍くなった魔族を遠目に見る位置まで後退してそれぞれの妖刀を構えた。理奈は身の丈に合った刀身を持つ打刀であろうか。もしかしたら脇差かもしれない。魔力が強すぎる故に出力が不安定な理奈の妖刀は状況によって形を大きく変えた。

 一方、蓮の方は長い棒状の、槍のようにも見える妖刀を構えていた。見事なモーションで投擲された妖刀がまっすぐに魔族の肉塊に突き刺さる。しかし、それだけで魔族の動きを封じるようには思えなかった。理奈の要求は、動きを止める、なのだ。

 しかし次の瞬間のことであった。妖刀は形を変えた。網目状に変化して魔族全体を包み込むとゆっくりと食い込んでいく。

「なんだあれは……?」

 初めて見る妖刀の挙動に牧は視線を奪われる。そして、先ほど肉塊が落下して来た雑居ビルの上層階を見上げた。あの高さから魔族に覆われて落下して来た二人は無傷だった。その上、魔族の攻撃でダメージを受けていない。

 想像した状況に牧はゾクリと震えていた。

「なんてことだ……‼︎」

 蓮の妖刀に包み込まれた魔族は苦しいのか断末魔のように甲高い不協和音を響かせていた。暴れようにも身動きの取れない肉塊に理奈は妖刀を突き立てる。耳をつんざくような高音域の悲鳴が雑居ビル群で共振した。耐えきれなかった外壁が崩れ落ちたビルはひとつではない。

 耳の奥に残る残響が消えた頃にはもうそこに肉片ひとつ残っていなかった。あの魔族の塊を討ったのである。状況をようやく飲み込んだ蓮は膝から崩れ落ちた。初めて魔族と戦い勝ったのだ。ずっと願っていたことだった。姉を殺した魔族を討つ。この世から全ていなくなるまで。

 そんな蓮の感慨などに興味がない理奈はすぐに雑居ビルの中に戻ろうと駆け出していた。

「隊長っ! 中にまだ総ちゃんが!」

 理奈が戦うため、一人で結界を構築たが失敗した浦月の元に急いで戻らなければならなかった。

「大丈夫だ。まだ気配はある」

「当たり前ですっ!」

 牧は思い出したようにイヤホンを耳に装着して胸元のスイッチを押した。

「こちら第一小隊、牧。魔族の討伐を確認」

「討伐の確認、了解」

 通信相手の椎葉は雑居ビルを挟んだ向こう側にいるがやたらとノイズの混じる交信だった。通信障害を発生させる要因は思い当たらないが、目の前の茂みの先は中央公園である。そこには魔女が残した〈門〉がある。電界の歪みなど想定範囲内であろう。

「川桐、浦月両名の負傷を確認。至急救護願う」

「了解」

 通信を終えた牧の元にはよろよろと歩く蓮がたどり着いていた。

「武智さんを助けないと」

「救護には理奈と第二小隊が向かっている。お前じゃ役に立たないから大人しく待ってろ」

「でも隊長……!」

「安心しろ。二人とも妖刀にはなってない」

「でも……‼︎」

「俺を信じろ」

 あんただから信用ならないんだよ、と真正面から吐き捨てた武智を思い出したが蓮はおとなしく頷いた。

 妖刀になる。

 それは人智を超える魔力と呼ばれる能力を最大限に活かすことの代償だった。今世では鍔のみとなった妖刀は、契約した術者の魔力を最大限に引き出す魔法具の一種であった。いつの世からこの世界に存在したのか、それは鍛刀した刀匠一族の中でもわからぬほど古より術者の手を渡り歩いていた。その魔法具は最後に契約した術者ごと吸収し、新たな魔力とする。契約に耐えられぬ者はその場で吸収されたと聞く。それがこの刀が妖刀たる所以であつた。

 だから契約に耐えた蓮には妖刀を扱う資格があったのだ。だが、妖刀は一年も応えなかった。

 死後は妖刀の魔力となって何も残らないとしても、姉の仇を討つために必要な力だった。

(魔族なんか一掃してやる)

 繰り返し誓ってきた決意を蓮は確認する。そして、いつも同じ結論に辿り着くのだ。

(魔力を持つ存在を魔族と呼ぶ。人の形を保つ個体は魔人と、その象徴的存在を魔女と)

 蓮は目の前で落ち着いた様子で構える美麗な男に視線を向けた。白い肌に切長の瞳に柳眉を持つ男。艶やかな長い黒髪を風にゆらせて佇む様は人外のような美しさを纏っている。

 それもそのはずだった。彼らが隊長と呼ぶ見た目は美しいが行動が奇怪な男こそが魔女と契約し、伴侶として生きた魔人なのだ。

「了解」

 いつの間にか牧は無線での通信を終えていた。上着の胸ポケットに手を突っ込むとタバコの箱を取り出して一本咥えた。

「浦月と川桐を確保。第二小隊で応急処置を終えたら病院に搬送するそうだ」

 牧は喫煙者自体が肩身の狭い時代に紙タバコとマッチを持ち歩いてた。火をつけた残り香が強く残る。

「路上喫煙禁止ですよ」

「うるさいね。まともな人間なら寄りつかない場所でぐらい好きに吸わせろ」

 心底嫌そうに眉を歪めた牧が顔を背けて紫炎を吐き出した。廃墟ビル群を時折吹き抜ける風が紫炎をかき消す。

「俺はこれから病院に付き添うんだよ」

「それは当たり前ですよね?」

「総一朗には俺しか輸血出来ないからな」

 そういえば、と蓮は出動後の輸血が初めてではないことを思い出す。

「人が血をくれてやってるのに毎度毎度嫌な顔しやがって」

 悪態の連発に流石に蓮も辟易してくるが、その中にも甘えのようなものを感じ取って不思議な感じがした。

「じゃあ行くか」

 当然のように牧はタバコを地面にポイッと投げた。

「隊長、ポイ捨て!」

「だからうるさいんだよ、おまえは」

 見た目がどんなに良かろうとも、第二小隊の女性隊員で構成されたファンクラブが存在しようとも、この大人は尊敬に値しない。武智が信頼しない理由も十二分に理解できる蓮は、一人でどんどんと歩いて行く牧の背中を見てため息を漏らすのだった。

 

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