楽園心中   作:ユウキ テル

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第1章 REN——「楽園が生かした」少年


第1話 廃棄計画(9)

 妖刀解放おめでとう、とにこやかな笑顔で言った男が盛大な拍手を贈った。二人しかいない事務所には甲高い残響が広がる。

 贈られた側の蓮ははにかんで頭を掻いた。

「ありがとうございます」

「ここまで長かったよね。つらかったでしょ」

「え、…あ、はい」

 脳裏をかすめた様々な思い出を無理矢理振り払ってから、妖刀の解放をおめでとうと言ったのはこの男だけであると思い至った。

「よく頑張ったね」

 常に柔らかな笑顔を浮かべる男だった。落ち着いて喋る優しい声音も安心する。罪の告白すら赦してくれそうな穏やかさについ涙腺が緩んでしまった。

「僕、もうダメかと思ってました」

「そんなことはないよ。君の頑張りはちゃんと知ってるから」

「洋人さん……」

 男の名は、高千穂洋人《たかちほひろと》と言った。蓮よりだいぶ年上で、特警では少し先輩である。総一朗ほどではないが背が高く、穏やかな雰囲気をまとう男だ。肩にかかるほどの黒髪をハーフアップで結んでいたが、長髪の理由は特警に入隊させた父親への反抗と言っていたから見た目よりはクセのある男である。鍛えた体にフィットしているスーツは肌触りの良い生地で仕立ててあるし、ワイシャツの袖で光るのは何かの石がはめ込まれたカフスだ。

 洋人はボンボンだぞ、と武智は言う。ボンボンとは、と武智に聞き返して小突かれたのは若さゆえの愛嬌というものだ。

「まぁ、解放出来たからなんだって話ですけど……」

 妖刀が解放出来たことでようやくスタートラインに立つ資格を得た。今から走り出そうにも理奈を含めた諸先輩は遥か先の第一線で活躍している。その距離の遠さに一年も願い続けた妖刀の解放に心の底から喜べないでいた。

「そんなことあるよねぇ」

 想定外の言葉が洋人の口から出てきたことに驚いて蓮はすぐさま見上げていた。

「あの人達、ちょっと規格外だよね」

 どこか遠くに視線を向けて洋人が言葉を続ける。ひとりごとのような素振りである。

「私もここに入るまで妖刀なんかよく知らなかったけど、アレを使いこなしてるあの人達こそ魔族じゃないかと思うことがあるもの」

「いや、それはちょっと……」

「実際、ここにいるのは自由を保証されたい我々と敵に回したくない公安の思惑が一致したからだしね」

「あの、洋人さん」

「ん?」

「そういうの聞かれてもいいんですか?」

「そうかな?」

「そうだと思うぞ」

 突然割り込んだ声に二人が振り返る。そこに立っているのは美麗な男だった。

「牧隊長!」

「俺はおまえのそういうところは好きだが、総一朗なんかは毛嫌いするだろ」

「そうですか?」

 洋人はいつもの笑顔を貼り付けたまま首を傾げている。大の男がするにはあざとい仕草も愛嬌に見えてくるのだから不思議な男だと蓮は思う。

「総一朗は第一小隊の良心だからな」

「それを隊長が言います?」

「俺だから言うんだ」

 発言の中の何がそんなにドヤ顔をさせるのだろうかと蓮は疑問しかない。しかしこれが通常運転である牧の相手は先輩に任せることにした。

「で、何か用件でも?」

「有瀬に連絡があってな」

「僕に? なんですか?」

「ようやく妖刀の解放が出来たから、理奈と組んで模擬戦をやるぞ」

「模擬戦、ですか?」

 妖刀の解放ため同僚の協力を得てこれまでも模擬戦を行ってきた蓮には特別告げられることでもなかった。しかし、腕を組んでニタニタと美しい顔を歪める牧は待ってましたとばかりに口を開く。

「本来なら妖刀と契約した術者同士の戦闘は御法度なんだぞ。今までは妖刀を解放出来ていなかったから許されていただけで」

「じゃあ何と戦うんですか?」

「擬似魔族だ」

「はぁ⁉︎」

 思わず洋人も口を開いて驚きを示す。ようやく思い通りの反応を得て牧は満足そうに笑った。

「擬似魔族? それはなんですか? なんでそんなものが存在するんですか?」

「おっと、質問はひとつづつだ」

「……では、擬似魔族とは?」

「魔族が残す核を元に人為的に発生させる魔族のことだ」

「その様なものがなぜ存在するんですか?」

「第五研究所が魔族研究の中で方法を発見したらしい」

「その擬似魔族が魔族と言える根拠は?」

 洋人の質問に牧は答えなかった。答えられなかったのか、答えたくなかったのか。どちらにせよ洋人が失望するには十分すぎる反応である。

「まぁ、細かいことは当日確認しろ。俺よりもよっぽど詳しい人間が来るからな」

 部下の答えも待たずに牧は自室へと戻ってしまった。残された蓮は洋人の横顔をこっそりと確認する。理由はわからないが正面から見てはいけない空気を感じ取っていた。

「本当にいい加減な人だ」

「そう、ですね」

「妖刀に取り込まれずに私に譲ったぐらいにはいい加減な人だよ」

「どういうことですか?」

「言葉の通りだよ。元の契約者である牧隊長が生存しているのに私は妖刀と契約しているんだ」

 なぜ、と問いかけてはいけない気がして蓮はしばし言葉を探す。

「僕、妖刀に喰われて死ぬんですよね」

 蓮の口から漏れた言葉に洋人が手を止めて視線を向ける。まっすぐに向けられた眼差しに蓮が慌てて取りつくろう。

「あっ、違うんです。それはちゃんとわかってて契約をしてるから。怖いとかそんなわけじゃなくて……」

「蓮君」

「はい」

「人は必ず死ぬんだよ」

「はぁ……それは、そうですけど」

「死はどんな立場の者にも平等に与えられた権利なんだ」

 まるで洋人が本職とする神の教えを説く問答の気配がしてきて蓮は無意識のうちに身を引いてしまう。

「初めて妖刀と契約をしたのは浦月さんだったよね」

「そうですね」

「それまでの候補者は契約に至らず妖刀に喰われた。それが、術者を取り込む魔法具を妖刀と語り継がせる所以だ」

 次は何が始まるのだろうか、と訝しげに視線を向ける蓮に洋人は満面の笑みを浮かべた。クシャッと目元を歪めると少年っぽさがにじむ。

「不思議だよね。契約が成功した術者はまだ誰も死んでいないのに、死ぬ時は妖刀に喰われるって言う」

「そう、……ですね。なんでだろう?」

「浦月さん、課長。隊長は私に譲渡済み。武智君、理奈ちゃん、そして蓮君。みんな生きているだろ?」

「生きてます」

「だからさ、今は望んで手にした力を使いこなすことを考えよう」

「僕はこの力を……復讐に使ってもいいんですよね?」

 洋人は指先を蓮の唇にそっと押し当てる。言外に発言を封じる所作に蓮は身をこわばらせた。

「喰われて死ぬなら、喰いつくして死のうよ」

 洋人にはいつもの張り付いた笑みが浮かんでいる。弧を描く目元からうっすらと覗く黒目に含まれた感情を探ることはやめた。

「理奈ちゃんの、特定の形状に定まらない妖刀ばかり見ていると不安になるよね。だけど、君の二段階変化だって十分すごいことなんだ」

 普段と変わらぬ本心を掴ませるつもりのない笑顔を見せた洋人は指先を離した。

「君には資質が十分にあるんだよ」

「は……はい! がんばります!」

 おどけた調子で敬礼をする蓮に洋人は楽しそうに笑うだけだった。いつもと同じ、相手を包み込むように穏やかな笑顔である。

 

 この時、胸中に潜む不安の輪郭を捉えることが出来たのであれば。妖刀の解放を諦めることが出来たのであれば。

 未来の自分が向ける問いを蓮は未だ知らなかった。

 




 –––第二話『性能試験』につづく–––
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