桜の姫がターフを駆けた軌跡   作:夜刀神 闇

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まさか、まさか私がこんなことになるなんて思ってなかった。競走馬として転生するなんて……


初めまして!見てくださってありがとうございます!
もしよかったら最後まで見てやってくださいm(_ _)m


Prologue
プロローグ なんで私がこんな目に


 

 

 

 

 

チュン、チュン……

 

窓の外から、やわらかな雀の鳴き声が聞こえてくる。

 

心地よい音色。春の匂い。暖かな光。

 

ああ、良い天気だなぁ。

 

私はいつものように大きく伸びをしようとして——

 

 

 

 

 

……あれ?

 

 

 

腕が、上がらない。

 

いや、そもそも……上げる「腕」が、ない。

 

 

 

恐る恐る視線を下ろす。

 

目に飛び込んできたのは、自分のものとは思えない光景だった。

 

 

 

白い。

 

ふさふさの、白い毛。

 

そして、四本の……細くて、長い、脚。

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

声を出そうとした。

 

けれど喉から出てきたのは、言葉ではなかった。

 

 

 

ヒヒンッ!!!

 

 

 

「うわっ、元気だなぁこの仔!」

 

 

 

突然響いた人間の声に、私はさらにパニックになった。

 

誰!?どこ!?え、何が起きてるのさ!?

 

首を巡らせた瞬間……視界が、おかしい。

 

 

 

広い。

 

左右がやけに広く見える。

 

まるでパノラマカメラで世界を見ているみたいに、視野が異常に広がっている。

 

これ、人間の目じゃない。

 

 

 

「おぉ、これは中々しっかりした仔だな」

 

 

 

作業着姿の壮年男性が、こちらを見下ろしていた。

 

その横には、優しげな瞳をした大きな白い馬。

 

馬、というか……お母さん?

 

 

 

ちょっと待って。

 

落ち着け、落ち着け私。

 

この状況を整理しよう。

 

 

 

目の前に馬がいる。

 

自分の体は毛むくじゃら。

 

脚は四本。

 

広すぎる視界。

 

 

 

つまり………

 

 

 

 

 

私、馬になってる!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すーはー、すーはー……

 

深呼吸。馬でも深呼吸ってできるんだ。へぇ。

 

 

 

いや、感心してる場合じゃない。

 

まずは状況を把握しないと。

 

 

 

目の前では、白い馬……多分お母さん?が穏やかな目で私を見つめている。

 

厩務員らしきおじさんは、満足そうに頷きながら何かメモを取っている。

 

周りには藁が敷き詰められていて、独特の匂いが鼻をくすぐる。

 

馬特有の、草と土と革の混ざったような匂い。

 

人間の頃なら「牧場の匂いだ」で終わっていたけれど、今は違う。

 

もっと細かく、もっと鮮明に、一つ一つの匂いが分かる。

 

 

 

嗅覚が、人間の時とは比べ物にならないほど鋭い。

 

 

 

ああ、そうか。

 

私は今、馬なんだ。

 

 

 

じゃあ、人間だった頃のことは……?

 

 

 

記憶を手繰り寄せる。

 

昨日……いや、「前世」での最後の記憶。

 

 

 

お腹が空いて、夜中にコンビニへ行った。

 

カップ麺とおにぎりを買って、帰り道を歩いていた。

 

誰もいない住宅街の角を曲がったときに。

 

 

 

背後から、光。

 

鋭い痛み。

 

倒れる身体。

 

冷たいアスファルト。

 

それに染み込んでいく、大量の赤い液体。

 

視界がゆっくりと暗くなって……

 

 

 

「……通り魔、だったんだ」

 

 

 

そう呟こうとして、また変な鳴き声が出た。ヒヒーン、って。

 

お母さん馬が心配そうにこちらを見る。顔を舐めてくれた。

 

ごめん、大丈夫だから。

 

 

 

刺された。

 

多分、死んだ。

 

そして気づいたら……馬として、生まれていた。

 

 

 

なんというか、あっけない。

 

人生の終わりって、こんなにあっけないものなんだ。

 

痛かったのは一瞬で、怖いと思う暇もなくて。

 

家族に会いたいとか、やり残したことがあるとか、そういうのを考える間もなく……

 

 

 

ああ、でも。

 

 

 

今、少しだけ、泣きたい気持ちになってる。

 

馬の目から涙って出るのかな。

 

 

 

「よしよし、お乳飲むか?元気出せよ」

 

 

 

おじさんが優しく声をかけてくれる。

 

お母さん馬も、白い鼻先で私を軽く押してくれた。

 

 

 

……うん。

 

泣いてる場合じゃない。

 

この世界で、馬として、もう一度生きていくんだ。

 

 

 

それに……

 

私、そこそこ競馬好きだったし。

 

馬として生まれ変わるなんて、ある意味最高のボーナスステージじゃない?

 

 

 

そう自分に言い聞かせて、私はよろよろとお母さんに近づいた。

 

本能に従って、初めてのお乳を飲む。

 

温かくて、少し甘くて。

 

生きてるんだなって、実感が湧いてきた。

 

 

 

「いやぁ、あのドゥラの仔だからなぁ。活躍してくれよ〜」

 

 

 

ゴクゴクとお乳を飲んでいた私は、その一言で固まった。

 

 

 

……え?

 

 

 

今、なんて?

 

 

 

ドゥラ?

 

ドゥラって、もしかして……?

 

 

 

「ドゥラメンテぇぇ!!!??」

 

 

 

またヒヒーン、と鳴いてしまった。

 

お母さんがびっくりして耳を立てる。ごめんお母さん。

 

 

 

でも、ちょっと、え、マジでぇ?

 

ドゥラメンテって、あのドゥラメンテ???

 

皐月賞もダービーも勝った、あの名馬の??????

 

 

 

私、ドゥラの娘なのぉ!?

 

 

 

心臓がドクドクと跳ねる。馬の心臓って、人間より大きいんだっけ。

 

音が、すごい。

 

 

 

おじさんはそんな私の様子に気づかず、満足そうに母馬を撫でている。

 

「白毛で、ドゥラメンテの仔。こりゃ期待できるぞ。まずは桜花賞?それとも阪神JFか……」

 

 

 

白毛……てか、おじさん先を見すぎじゃないかな。いきなりGIて。

 

…………そうか、お母さんが白いから、私も白いのか。鏡が無いからわかんないよ。

 

白毛って、限られた血統だったはず。

 

シラユキヒメ系?それともハクタイユー系?

 

 

 

ていうか、今って何年なんだろ。

 

ドゥラメンテが種牡馬になったのが2016年くらいで……

 

産駒が走り始めたのが2020年代。

 

じゃあ私が生まれたのは、2022年とか2023年とか?

 

 

 

分からないことだらけだ。

 

でも、一つだけ確かなことがある。

 

 

 

私は、競走馬として生まれた。

 

それも、ドゥラメンテの血を引く牝馬として。

 

 

 

ならさ。

 

 

 

走るしかないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親離れをして、広い放牧地で過ごすようになってから、季節が一つ巡った。

 

最初の数日は寂しかった。

 

あの白くて優しいお母さんの姿が見えなくなって、一人ぼっちになった気がした。

 

 

 

でも、すぐに慣れた。

 

同じくらいの仔馬たちと一緒に、草を食べて、寝て、走る日々。

 

人間の頃よりも、ずっとシンプルで、ずっと自由。

 

 

 

そして私は……走るのが、好きになっていた。

 

 

 

最初はただの好奇心だった。

 

四本の脚がどう動くのか、確かめたかった。

 

人間の二本脚とは全く違う感覚。

 

地面を蹴る力が、四倍になったみたいに強い。

 

 

 

ゆっくり歩いてみる。

 

少し速く、速歩で。

 

もっと速く、駈歩で。

 

 

 

そして……襲歩(ギャロップ)で。

 

 

 

風が、顔を叩く。

 

たてがみが後ろに流れる。

 

蹄が地面を叩く音が、心臓の音と重なっていく。

 

 

 

ドッ、ドッ、ドッドッ……

 

 

 

リズム。

 

これが、走るということ。

 

 

 

人間の頃は、走るのが嫌いだった。

 

持久走なんて地獄で、すぐに息が切れて、脇腹が痛くなって。

 

「なんで走らなきゃいけないの?」って、いつも思ってた。

 

 

 

でも今は違う。

 

 

 

走るのが、楽しい。

 

息が切れても、脚が震えても、止まりたくない。

 

もっと速く。

 

もっと遠くへ。

 

もっと、遠くへ!

 

 

 

胸の奥で、何かが叫んでいる。

 

走れと。

 

これがお前の生きる意味だと。

 

 

 

これが、血の記憶なのかもしれない。

 

ドゥラメンテの娘として生まれた私の、本能。

 

いや……馬としての、本能。

 

 

 

放牧地の端から端まで、私は毎日走った。

 

他の仔馬たちが草を食んでいる横を、一頭だけ駆け抜けていく。

 

厩務員のおじさんたちが「あの仔、よく走るなぁ」と笑っていた。

 

 

 

うん、走ってる。

 

だって、走るのが気持ちいいんだもん。

 

 

 

ある日の夕暮れ。

 

茜色に染まった空の下で、私は放牧地の真ん中に立っていた。

 

汗で濡れた体が、夕風に冷やされていく。

 

息が整ってくると、不思議な感覚が湧いてきた。

 

 

 

ああ、私は今、「馬」なんだな。

 

 

 

人間だった記憶は確かにある。

 

でも、今の私は間違いなく馬で。

 

そして、これから「競走馬」として生きていくんだ。

 

 

 

遠くで仲間の仔馬が鳴いた。

 

私も小さく鼻を鳴らして、応えた。

 

 

 

大丈夫。

 

怖くない。

 

 

 

だって、走るのが好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくすると、私の生活に変化が訪れた。

 

調教、というやつだ。

 

 

 

競馬ファンだった私は、その意味を知っている。

 

人間と馬が、共に走るための訓練。

 

鞍をつけて、手綱をつけて、騎手を乗せて……

 

ターフを駆ける競走馬になるための、最初の一歩。

 

 

 

その日、厩舎の空気は少し緊張していた。

 

私と同期の仔馬たちが、次々と厩舎に連れてこられる。

 

みんな、そわそわしている。

 

耳を伏せたり、尻尾を激しく振ったり。

 

 

 

そりゃそうだよね。

 

初めて見る道具だらけだもん。

 

 

 

革の鞍。

 

金属の轡。

 

締め付けられる腹帯。

 

 

 

一頭の栗毛の牡馬が、腹帯を締められた瞬間に暴れた。

 

後ろ脚で地面を蹴って、ヒヒーンと大きく鳴く。

 

あー、尻っぱねしちゃってるね。ありゃ相当不安がってるな。

 

調教助手のお兄さんが「おいおい、落ち着け!」となだめている。

 

 

 

他の仔たちも、不安そうに鼻を鳴らしている。

 

当然だ。

 

体に何かを巻きつけられて、平気でいられる動物なんていない。

 

 

 

でも。

 

 

 

私は、動じなかった。

 

 

 

「……おい、この仔、全然嫌がらないぞ」

 

 

 

調教助手のお兄さんが、不思議そうに呟いた。

 

 

 

そりゃそうだ。

 

だって私、これが何のためのものか知ってるもん。

 

 

 

鞍は、騎手が乗るため。

 

手綱は、意思を伝えるため。

 

腹帯は、鞍を固定するため。

 

 

 

どれも、「走るため」の道具なんだ。

 

痛めつけるためのものじゃない。

 

むしろ、これがないと一緒に走れない。

 

 

 

まぁ、腹帯はちょっと苦しかったけど。

 

ぐぇぇ!?て一瞬なっちゃった。

 

でも、我慢できないほどじゃない。

 

 

 

「マジかよ、初めてなのにこんなに落ち着いてるって……」

 

「ドゥラメンテの仔だぜ?血が違うんだよ、血が」

 

 

 

お兄さんたちがヒソヒソ話している。

 

私はただ、じっと彼らを見つめていた。

 

 

 

大丈夫だよ。

 

私、分かってるから。

 

 

 

鞍が完全に装着されると、不思議な感覚がした。

 

体に、何かが「追加された」感じ。

 

重いけど、邪魔じゃない。

 

むしろ、これが「競走馬の装備」なんだって、実感が湧いてきた。

 

 

 

そして次の瞬間……

 

 

 

背中に、人の重みが乗った。

 

 

 

「よし、いくぞ」

 

 

 

上からの声が、すぐ近くで聞こえる。

 

人間を背負うって、こういう感じなんだ。

 

思ったより、重くない。

 

いや、重いんだけど、背負えない重さじゃない。

 

 

 

脚が、地面を探る。

 

人間の脚が、私の腹を軽く押す。

 

手綱が、首に沿って引かれる。

 

 

 

その意味が、何となく分かった。

 

 

馬に乗ったことはあるから。

これは、"指示"だ。

 

 

 

「行こう」

 

 

 

そう言ってるんだ。

 

 

 

なら。

 

 

 

私は、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

一歩、二歩。

 

人間の重みが、背中で揺れる。

 

でも、バランスは崩れない。

 

調教助手のお兄さんも、私の動きに合わせて体重を調整してくれている。

 

 

 

「……すげぇ、本当におとなしいな」

 

「いや、おとなしいってレベルじゃねぇだろこれ」

 

 

 

後ろから、驚きの声。

 

 

 

ふふ、どう?

 

私、優秀でしょ?

 

 

 

調子に乗って、少しだけ速度を上げてみる。

 

速歩。

 

蹄が地面を叩くリズムが、少し速くなる。

 

 

 

調教助手のお兄さんが、手綱を軽く引いた。

 

「おっと、まだ速くなくていいぞ」

 

 

 

あ、ごめん。

 

つい、走りたくなっちゃって。

 

 

 

私は素直に速度を落とした。

 

お兄さんが、私の首を優しく叩いてくれた。

 

「いい子だ」

 

 

 

その言葉が、妙に嬉しかった。

 

 

 

人と走る。

 

人と、息を合わせる。

 

 

 

ああ、これが競走馬なんだ。

 

もう、私は人間じゃないんだ。

 

人間と一緒に、ゴールを目指すんだ。

 

 

 

背中の重みが、不思議と心地よく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

春が、二度目の訪れを告げていた。

 

放牧地には花が咲き、雲雀が鳴き、白い息が空に溶けていく。

 

 

 

私は相変わらず、のんびりと草を食んでいた。

 

「姫〜、こっちおいで〜」

 

厩務員のおっちゃんが呼んでいる。

 

 

 

姫。

 

それが、私の牧場でのあだ名だった。

 

 

 

白い毛並みの牝馬だから、姫。

 

単純だけど、悪くない。

 

人間だった頃は、そんな風に呼ばれたことなんてなかったし。

 

 

 

「お〜い、姫。今日はな、お前に大事な話があるんだぞ」

 

 

 

おっちゃんがブラシをかけながら、嬉しそうに言った。

 

 

 

大事な話?

 

 

 

私は耳をピンと立てる。

 

馬の耳って便利だ。感情を表現するのに、すごく役立つ。

 

 

 

「お前な、今日から正式な名前がつくんだ」

 

 

 

……名前。

 

 

 

あぁ、そうか。

 

競走馬として登録されるってことか。

 

 

 

人間だった頃、競馬中継を見ながら思ってた。

 

馬の名前って、かっこいいなぁって。

 

ディープインパクト、オルフェーヴル、キタサンブラック。

 

どれも響きが良くて、その馬の個性を表していて。

 

 

 

じゃあ、私の名前は?

 

 

 

「決まったぞ!」

 

 

 

おっちゃんが、嬉しそうに紙を掲げた。

 

 

 

「お前の名前は……………………()()()()()()だ!」

 

 

 

 

 

サクラノヒメ。

 

 

 

その言葉が、春の風に乗って響いた。

 

 

 

桜、の、姫。

 

 

 

「白い毛並みで、春生まれで、ドゥラメンテの娘。桜みたいなもんだろ?」

 

「それに、お前はおっとりしてるけど、芯は強そうだ。まさにお姫様って感じだ」

 

 

 

おっちゃんが私の首を撫でてくれる。

 

その手が、温かい。

 

 

 

サクラノヒメ、か。

 

 

 

悪くない。

 

いや、すごくいい。

 

 

 

桜は、日本人にとって特別な花だ。

 

儚くて、美しくて、でも力強い。

 

散り際まで、誇り高く咲き誇る。

 

 

 

私も、そんな風に走れたらいいな。

 

 

 

「牧場じゃ、これからも姫って呼ぶけどな。いいだろ?」

 

 

 

もちろん。

 

 

 

私は鼻を鳴らして、おっちゃんの手に顔を寄せた。

 

 

 

サクラノヒメ。

 

それが、競走馬としての私の名前。

 

 

 

でも、ここでは「お姫様」。

 

 

 

どちらも私で、どちらも大切。

 

人間だった過去も、馬として生きる今も、全部つながってる。

 

 

 

おっちゃんが最後にブラシをかけてくれたとき、

 

春風がひときわ強く吹いた。

 

どこからか、桜の花びらが一枚、ひらひらと舞い降りてきた。

 

白い私の背中に、淡いピンクの花びらが乗る。

 

 

 

「ほら見ろ、桜が祝福してくれてるぞ」

 

 

 

おっちゃんが笑う。

 

私も、心の中で笑った。

 

 

 

ありがとう。

 

前の世界で、私を見守ってくれていた人たちへ。

 

そして、この世界で、私を育ててくれている人たちへ。

 

 

 

サクラノヒメ、通称、姫。

 

これから、競走馬として走っていく。

 

 

 

どこまで行けるか分からない。

 

でもさ。

 

 

 

走ることが好きだから。

 

人と一緒に走ることが、嬉しいから。

 

 

 

きっと、大丈夫。

 

 

 

遠くで雲雀が鳴いた。

 

私は空を見上げて、小さく鼻を鳴らした。

 

 

 

春の風が、背中を押してくれている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……夕暮れの放牧地。

 

茜色の光に包まれて、私はぼんやりと立っていた。

 

 

 

人間だった頃の記憶は、少しずつ遠くなっている。

 

でも、消えたわけじゃない。

 

心の奥に、ちゃんと残ってる。

 

 

 

あの日、通り魔に刺されて死んだ私。

 

怖かったし、痛かったし、悔しかった。

 

もっと生きたかった。

 

 

 

でも——

 

 

 

こうして、もう一度生きるチャンスをもらえた。

 

それも、大好きだった競馬の世界で。

 

馬として。

 

走る存在として。

 

 

 

なら、後悔なんてしてられない。

 

 

 

この四本の脚で、精一杯走ろう。

 

人間と息を合わせて、ターフを駆けよう。

 

ゴールを目指して、全力を尽くそう。

 

 

 

それが、サクラノヒメとしての私の、生き方だから。

 

 

 

「姫ー!ご飯だぞー!」

 

 

 

厩舎の方から、おっちゃんの声が聞こえた。

 

私は耳をピンと立てて、ゆっくりと歩き出す。

 

 

 

蹄が地面を叩く音。

 

風がたてがみを揺らす感触。

 

生きている実感。

 

 

 

ああ、悪くないな。

 

 

 

この世界での二度目の人生。

 

競走馬としての物語が、今、始まったばかりだ。

 

 

 

空を見上げると、一番星が輝き始めていた。

 

私は小さく鼻を鳴らして、厩舎へと向かった。

 

 

 

明日も、走ろう。

 

その先、どんな未来が待ってるのかな。

 

……あぁ、本当に楽しみで仕方がないよ。

 

お父さん、お母さん、私生まれ変わっても幸せだったよ……

 

もう語れないのが残念なくらい。

 

きっともうはっきりと思い出せないだろうけど。

 

でも、これから幸せに生きていくつもりだから。

 

 

 

 

……それで、充分だよね。

 

 

サクラノヒメとして、生きていくから。

凱旋門賞 前哨戦としてどこ行くか

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