遅くなってごめんね!ヒメちゃんの今とこれからを応援してあげてください!
あとアンケート、感想ありがとうございます!不自然な点や気になる点などありましたら感想へお願いします!
東京競馬場の最寄り駅は、既に人で溢れかえっていた。
「うわぁ、こんな早くから……」
「ジャパンカップだからねー」
「コントレイルのラストランだぁ……いっぱいだぁ……」
改札を抜けると、競馬場への道は人、人、人。
午前8時には、既に入場ゲートに長蛇の列ができていた。
スタンド前の大型ビジョンには、オッズが表示されている。
単勝オッズ(午前8時時点)
1. コントレイル 1.8倍
2. サクラノヒメ 2.3倍
「おお〜、コントレイルやっぱり1番人気か」
「いや待て、ヒメが追い上げてきてるぞ」
単勝オッズ(午前10時時点)
1. サクラノヒメ 2.0倍
2. コントレイル 2.1倍
「逆転した!」
「でもまた動くだろ、これ」
単勝オッズ(午後12時時点)
1. コントレイル 1.9倍
2. サクラノヒメ 2.2倍
「また戻った!」
「どっちが勝つんだよ……」
オッズが、2強の間で激しく揺れ動いていた。
スタンドは、もう満員。
立ち見の観客もいる。
「席、もうないよ……」
「仕方ない、立ち見で見るかー」
「レース始まる前にからあげ買ってきていい?」
「いやもう無理だって、見るスペース無くなるよ?」
そして、発走30分前。
パドックにてアナウンスが響く。
それに合わせて18頭の馬たちが次々と姿を現した。
1階も2階も人で埋め尽くされている。歓声が、次々と上がる。
それぞれに込められた想いが複雑に交差する。
しかし、人々の視線は、やはりとある2頭に向けられているのであろう。
1枠1番 サクラノヒメこと私は、田中さんに曳かれるままにトコトコとパドックを歩き始めた。
「よし、ヒメ。落ち着いて歩こうな」
白い毛並みが、陽射しに輝いている。
沢山の声。沢山の期待。
「(……重いわぁ!)」
心臓が、激しく打っている。ドクン、と。
耳が、ピクピクと動く。後ろに伏せたり、前に立ったり。
尻尾も、落ち着かなくて忙しない。こんなこと今まで無かったのに。
パドックに入ってからずっとこんなんだ。
「(ふうぅぅ……)」
深呼吸をして、私はちらっと後ろを振り向く。
私のこの緊張は、後ろを歩く"奴"のせい。
……なんなんだよコレ。なんでこんな威圧を感じるの?
1枠2番 コントレイル。
青鹿毛の牡馬が、私のすぐ後ろを歩いていた。
額の流星が、電話の受話器のような形をしている。
もしもし君ってこのことだったのか。
『……』
コントレイルは、穏やかな表情で周回していた。
耳を立てて、余裕の様子。涼しい顔で、軽やかに歩いている。
でも……
「(……!)」
その存在感が、圧倒的で。
無敗の三冠馬。10戦7勝。GI4勝。
ディープインパクト産駒の最高傑作。
そして、今日が……ラストラン。
「(この馬に……
体が、震え始めた。汗が、首筋を伝う。たてがみが、湿ってくる。
「(ッ……)」
震えが、止まらない。
脚が、ガクガクと震える。
私の意思以上に、馬としての本能が。
 ̄ ̄こいつはやばい。と、告げている。
喉の奥から込み上げてくる震え。
「……おい、ヒメ」
田中さんが、私の顔を覗き見た。
「大丈夫か?」
私の首を撫でてくれる。
でも、震えは止まらない。
「汗が……すごいぞ」
田中さんが、心配そうに私の首を触る。
びっしょりと汗をかいている。
「おい、ヒメ!しっかりしろ!」
田中さんが、強く私の首を叩いた。
「ヒ……ヒヒッ(ごめんごめん……)」
「……どうしたんだ、急に。お前らしくもない」
田中さんが、不安そうに呟いた。
それでも。本能的な恐怖が私を襲った。
「あれ、サクラノヒメ……汗すごくない?」
1階の観客が、驚いたように呟いた。
「え、本当だ。体も震えてる……」
「大丈夫なの?」
「ちょっと待って、これヤバくない?」
パドック1階が、ざわつき始めた。
「田中さんも慌ててるやん!」
「何か話しかけてるけど」
「でも震えが止まってない……」
2階からも、声が聞こえる。
「おい、ヒメ、様子おかしいぞ!」
「緊張?それとも体調悪いの?」
「え、マジでぇ?俺、単勝ヒメに100万突っ込んだんやけど……」
「いや、パドック悪くても走る馬はいるし……(震え声)」
ざわ……ざわ……ざわ……
パドック2階も、ざわつき始めた。
「馬券どうしよう……」
「今から変えられないよぉ……」
「やばい、マジで心配になってきた……」
周回を続ける。しかし。
フゥーッ、フゥーッ……
ますます鼻息は荒くなっていく。
落ち着こうと思えば思うほど、気にしないようにしようとすればするほど。
田中さんはなんとか私を落ち着かせようとなだめてくれているが、でも。
「……さて、パドックでは各馬が周回していますが……」
実況アナウンサーが、モニターを見ながら言った。
「1番のサクラノヒメ、少し……様子がおかしいですね」
「汗をかいて、体も震えているように見えます」
「緊張でしょうか?」
解説者が、答えた。
「でしょうね。相手はコントレイル。無敗の三冠馬ですから」
「3歳牝馬としては、相当なプレッシャーだと思います」
実況アナウンサーが、心配そうに続けた。
そうしているうちにもアナウンスが響く。
騎手たちが、次々とパドックに入ってくる。
「……ヒメ」
たけしが、駆け寄り、私を見た瞬間、表情が変わった。
「……大丈夫か?」
優しく、私の首を撫でてくれる。
でも、私の首は汗でびっしょりだった。
「……武司君、ヒメの様子がおかしいんだよ!」
「いつからですか!?」
「パドックに入ってからずっと!こんなこと初めて……」
その手が、温かい。
でも、ごめんね。コントレイルが、怖いんだ。
彼はなんの気にもなしに私の後ろを歩いている。
ビクターモア君と約束したのにね。勝つって。
怖くて……。怖くて、怖くて怖くて怖くてたまらないんだよ。
「……しっかりしろ!」
たけしの声が響いた。首に感じるたけしのその手。その言葉に、ハッとする。
「お前は、サクラノヒメだろ!!」
……怖がっているのは、私だけだって?
たけしが、私の背中に跨る。この重み。この感覚。
「(……少し、落ち着いてきた)」
まだ、震えは完全には止まらない。汗も、まだ出ている。
でも、たけしの、私の最高の相棒の、大丈夫だという言葉が、震えていた私の心を少し安心させてくれた。
パドックを後にして、本馬場へ。
芝のコースで、返し馬が始まる。
「亡き父に捧げた三冠。同世代の牡馬を蹴散らして掴んだその頂。前代未聞の白き女王は古馬を交えての頂へ挑みます!1枠1番、サクラノヒメと横川武司」
私は、軽く駆けた。
「(……よし)」
脚は、動く。問題ない。
呼吸も、少し落ち着いてきた。
と、その時。
『ヒメ!!!』
大きな声が聞こえた。
振り向くと……
7枠14番 ユーバーレーベン
青鹿毛の牝馬が、嬉しそうに駆けてきた。
「(ユーバーレーベン!!!)」
私も、嬉しくなった。
『久しぶり!!!』
ユーバーレーベンが、私の横に並んだ。
『元気だった?』
「(うん!元気だったよ!)」
二頭で、並んで軽く駆ける。
夏の放牧以来の再会。
『ヒメ、すごいね。噂で聞いたよ!レースでまた勝ったって!』
「(レーベンちゃんだって、この前勝ってたじゃん!)」
『えへへ、ありがとう』
ユーバーレーベンが、嬉しそうに耳を動かした。
でも……
『……ヒメ』
ユーバーレーベンが、急に真剣な顔になった。
『大丈夫?さっき、すごく緊張してたみたいだけど……』
「(……見てたの?)」
『うん。心配だった』
ユーバーレーベンが、優しく私を見た。
「(……怖いんだよね)」
私は、正直に答えた。
そして、遠くで返し馬をしているコントレイルの方に顔を向ける。
「(勝てる気が……しないんだ)」
『……そっか』
ユーバーレーベンが、頷いた。
『私も怖いよ。ヒメが怖がるなんて相当なことだし』
「(だよね……)」
『でもね』
ユーバーレーベンが、私の横にぴったりと並んだ。
『ヒメは、私が知ってる中で一番強い馬だよ』
「(レーベンちゃん……)」
『ヒメなら、きっと勝てる』
「(……ありがとう)」
私は、小さく鼻を鳴らした。
『頑張ってね。私、ずっと応援してるから』
「(うん。レーベンちゃんも頑張って)」
ふたりは、お互いに鼻を擦り寄せた。
お互いの騎手……えーとレーベンちゃんの騎手は……デム郎さんか。お互い頑張ろうね。
そして私は、前を向いた。
「(……考えよう)」
今、私は何が怖いのか。
「(コントレイルが、怖い)」
それは分かってる。
でも、何が一番怖いのか。
「(……並ばれること)」
そうだ。
「(直線で、横に並ばれること)」
ダービーで、シャフリヤールやエフフォーリアと並んだ時。
菊花賞で、タイトルホルダーと並んだ時。
どれも、ギリギリだった。
「(でも、勝てた)」
それは、相手が同世代の3歳馬だったから。
「(でも、コントレイルは……)」
古馬。無敗の三冠馬。
10戦7勝。
「(並ばれたら……勝てない)」
その確信があった。
「(じゃあ、どうする?)」
私は、いつもの戦法を考えた。
「(中団〜後方から、直線で差す)」
それが、私のいつものレース運び。
札幌2歳S、ホープフルS、皐月賞、ダービー、菊花賞。
全部、それで勝ってきた。新馬戦は……まぁ……想定外の事態が起きたからねぇ。
「(でも……)」
今回は、無理だ。
「(中団にいたら、確実にコントレイルも中団にいる)」
そして、直線で……
「(並ばれる)」
その瞬間、私は負ける。
「(いつも通りじゃ、ダメなんだ。それが通用しない相手……おそらく今後も、今回だけじゃなく、これまで通りじゃいかなくなる、勝てなくなっていく場面が出てくるんだろう。じゃあ、どうする?)」
私は、必死に考えた。
「(いっそのこと逃げるか?)」
先行する適正があるのかも自分でも分からない。
「(いや、待って)」
出遅れからの勝利。
あれは、実質的に「追い込み」だった。
「(私、前へ行けないわけじゃない)」
逃げ馬の条件。
スピードがあること
スタミナがあること
気性が前向きであること
「(私……全部、ある)」
スピードは、皐月賞で証明した。
スタミナは、菊花賞で証明した。
気性は……
「(前向きすぎるくらい、前向きだ)」
そして、私は最終的な結論を出した。
「(逃げる…………いや、
ただの逃げじゃない。
「(圧倒的な差をつける)」
そうすれば……
「(直線で追いつかれても、まだ余裕がある)」
コントレイルが追いついてきても、まだ前にいられる。
「(そして、最後の200mで……)」
私の末脚を使う。
「(これなら……これなら、勝てるかもしれない)」
私は、決めた。
「(大逃げする)」
いつもの私じゃない。
いつもの戦法じゃない。
でも……
「(これしかない)」
たけしは、気づくだろうか。
私が、いつもと違う走りをしようとしていることに。
「(……気づいても、止められないんだから)」
だって、ゲートが開いたら……
もう、そこは私の独壇場なんだから。
『もうすぐゲートだよ!』
私は、ユーバーレーベンの声に反応し、返事をした。
「(うん)」
『……ヒメ、何か考えてる?』
ユーバーレーベンが、私を見た。
「(……え?)」
『顔が、さっきと違うというか。なんというかさっきよりイイ感じね』
「(……そう?)」
『うん。なんか……決めた!って感じの顔』
ユーバーレーベンが、不思議そうに言った。
『大丈夫?』
「(……大丈夫)」
私は、ユーバーレーベンを見た。
「(私、決めたから)」
『決めた?』
「(うん。勝つ方法)」
ユーバーレーベンが、目を見開いた。
『……そっか』
そして、優しく笑った。
『じゃあ、頑張ってね。私だって勝ちに来てるんだから、本気で』
「(そうだね、ありがとう)」
2頭は、また、お互いに鼻を擦り寄せた。
「まもなく発走です!」
アナウンスが響く。
馬たちが、次々とゲートへ向かう。
私も、ゲートへ向かった。
「(……来た)」
心臓が、激しく打っている。
恐怖が消えたわけではない。でも……
「(やるしかない)」
係員が、私を誘導してくれる。
特に嫌がる素振りもみせずゲートの中へ。
ガシャン、と扉が閉まる。
「(……ここから、始まる)」
隣のゲートに、コントレイルが入った。
私の体がぶるっと震える。本能からくるものだろう。
『……』
コントレイルは、静かに前を見ている。
「(……負けない)」
私も、前を見た。
武司が、私の首を軽く叩いた。
「ヒメ……行こう」
その声が、優しかった。
「ブルルッ(……うん)」
全馬、ゲートイン完了。静寂。心臓が、激しく打つ。
「(決めたんだ。勝つって!)」
そして……
ガシャァァンッ!!
扉が、開いた。
「……………………出口の見えないトンネルに、一筋の光を照らしてくれたコントレイルに、最大限の敬意を評して!第41回ジャパンカップ……今スタートが切られました!!!」
18頭の馬が一気に飛び出す。
「(行く!!!)」
私は、全力でゲートを飛び出してから加速していった。
「コントレイルはまず良いスタートを決めてくれました!拍手が起こります、拍手が起こります!シャドウディーヴァが行ったサンレイポケットが行った。そしてワグネリアンも行った。そして内からはアリストテレス……と、おっと!?内から1番サクラノヒメも行きました!」
走る、走る、走る。とにかく加速していく!
予想外の展開に、実況の声が響く。
「ヒメ!?」
武司が、驚いた声を出した。手綱を絞る。
でも……
「(ごめん、たけし!)」
私は、止まらない。
グイグイと前へ。
「おいヒメ!?」
たけしが、必死に手綱を絞る。
でも……
「(止まらないよ!!)」
私は、さらに加速した。
「キセキは行きません、キセキは行きません!ワグネリアンにサンレイポケット黒い帽子のシャフリヤール。前から6,7番手に最内を進んで白い帽子はコントレイル!第1コーナーにカラフルな勝負服が吸い込まれていく!」
私は、先頭を走っていた。
「(よし!これでいい!)」
後ろから、馬群の気配。
でも、まだまだ距離がある。
「……ヒメ」
たけしが、諦めたように呟いた。
「仕方ない、お前に合わせるわ」
手綱を緩める。
「(ありがとう、たけし。信じてくれて)」
私は、さらにペースを上げた。
「……おい」
水野調教師が、その様子を見て驚いていた。
「ヒメが……逃げてる……?」
田中さんも、目を見開いている。
「なんで!?武司君、止めないの!?」
「……絞ってるのが見えるだろ」
水野調教師が、静かに言った。
「でも、ヒメが止まらない」
「え……」
「普段は従順なサクラノヒメが、騎手の指示を無視してる」
水野調教師が、深くため息をついた。
「……信じてみよう。ヒメを」
「最後方になんとキセキ、最後方になんとキセキ!そして2番手からは大きく開いて先頭はサクラノヒメという、面白い展開になったジャパンカップ!」
後ろをちらっと見る。5馬身くらいか。向正面に入っていく。
……このまま独走を貫けば勝てる。最初から最後まで先頭を走っていれば勝てるんだ。脳筋かもしれないけど。
「先頭のサクラノヒメは大きく開いて5馬身のリード。アリストテレスその後ろからはワグネリアンが追走してそして11番のシャドウディーヴァ。更には4歳覚醒のオーソリティが前から5番手ほどか。そしてダービー好走のシャフリヤールは前から5,6番手の位置につけた。その後ろからは12番のサンレイポケット、魅惑のサウスポー……さぁキセキ行った!さぁキセキ行った!前半1000m62.2!遅いとみたか!?」
1000m地点を通過したあたりで、後ろに動きがあった。
そう、キセキが進出を始めて来たんだ。そういや逃げ馬いないなと思ってたらそんなとこにいたのか。
「(まだ、スタミナも持ってくれてる。スピードも維持出来てる。このまま、このまま……)」
いつもと違う戦い方。でも、最後にやることはひとつだ。
先頭でゴールすればいいだけ。それが今回は最初から先頭というだけの話。
「(このまま無敗街道を突っ走る!)」
いずれは海外だって夢じゃない!
たけしを。私をここで走らせてくれてるみんなを!
みんなに勝利を届ける。コントレイルに勝って、それで……それで。
「(運命を変える馬になってやる)」
最高の相棒と共に走る。ユーバーレーベン、タイトルホルダー…………そしてアスクビクターモア。色んな彼・彼女らの運命を変える。悲しい運命なんて来ないんだ。
横をチラッと見ると、キセキが既に並びかけてきていた。
「(……キセキ君、随分と遅いご登場ですこと!)」
『うるさいな!!!レースに集中しやがれ!!!怒』
私に一喝したかと思うと、前に出た。
コントレイルに並ばれるよりも遥かにプレッシャーが少なかった。それは大いに助かる。
「サクラノヒメの前!キセキが行った、キセキが行った!やはり先頭指定
キセキと僅かに後ろ、私が並びかける形で4コーナーを曲がっていく。
後ろからは徐々に徐々に集団が来ていた。距離を詰めてくる。
でも、私にとっては関係ない。ずっと先頭でいればいいだけの話だ!
「キセキ君!スマンねぇ!そこは私の
『くっ……!?』
私は、僅かに前にいたキセキを追い抜き返す。
だって、そこは何者にも取られちゃいけない。譲れない。負けられない。
「1番人気のコントレイルはこの位置!まだ落ち着かせて、まだ落ち着かせて!キセキが2番手に下がってサクラノヒメが再び先頭に踊りでる!3番手との間は3馬身から4馬身か!?」
そうしている間にも後方との差がなくなり始めてきたか。
4コーナーを抜けて直線に入る。
私には、幸いまだ脚が残ってくれてる。逃げを維持してもスタミナはまだある!
「オーソリティがキセキを躱して3番手から2番手に上がる!先頭サクラノヒメとの距離を縮めにかかる!」
……何者にも抜かせない。追いつかせない。
ルドルフもディープもコントレイルも3歳で負けている。
でも私は違うんだ。
人間から生まれ変わった馬なんだ。私は3歳でも負けないんだ。負けられないんだ。
「ヒメ、このままだ!!行けぇーー!!!」
たけしの叫び声が聞こえる。鞭を入れられる。
「(絶対に!絶対に勝っ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄)」
ドンッ。
「(……え?)」
その時、後ろから。
足音が私の耳に。
うるさいくらい響いた。
集団の足音が迫ってきているというのに。
その、足音…だけが………………。
「(な…に……?)」
後ろを振り向こうとしたその瞬間。
実況の声が響いた。
「今年の三冠馬去年の三冠馬サクラノヒメとコントレイルだ!!2頭のマッチレースになるのか!!?」
「(っ……!!!)」
ハッとして横を見る。
そこには。
中団にいたはずの、奴が。
その青鹿毛の馬体が、そこに。
コントレイルが、そこにいた。
「キセキ、キセキ!いやもうこれは届かないか!?外からコントレイル!外コントレイルだ!」
「(っ、待っ……!)」
私がそう叫んだ時、コントレイルがちらっとこちらを向いた。
その目が、私の弱さ。逃げれば勝てるなんて思う安直さを見透かしていたように見えて。
君は、待てと言われて待つのか?
と言われたような気がして。
「1番サクラノヒメをあっという間に差し切った!」
ああ、嫌だ。
「コントレイル!!もう他には何も来ない!!!」
取らないでよ。
「(あ"ぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!!!!)」
そこは、私の場所なのに。
やめてよ。
「空の彼方に最後の軌跡!!!コントレイルー!!!!!」
コントレイルが1着でゴール板を駆け抜けた。
そして私も、そのすぐ後にゴールした。
2着だ。2着?
「コントレイルやりました!!有終の美を飾って見せました!!!他馬を圧倒、完封です!!初の対決となる同じく無敗の三冠馬サクラノヒメに2馬身の差をつけての勝利!今年の三冠馬サクラノヒメ!白毛の牝馬は7戦目にして初黒星となりました……!」
実況の声が遠くでする。でももう私には何も聞こえなかった。
「(……)」
叫びすぎて喉が痛い。
負けた。ああ、負けたんだ。2着、2着か。ゆっくりとスピードを落とす。
信じられなかった。信じたくなかった。
勝てると思った。コントレイルが相手でも。
しかし負けた。初めて負けた。
新馬戦、札幌2歳S、ホープフルS、皐月賞、日本ダービー、菊花賞。
全部勝ってきた。牝馬とは思えない実績を残してきた。
それでも、負けた。圧倒的なまでの差をつけられて。
今までの努力が無駄だったのかと錯覚させられるほどに。
「……ヒメ、よく頑張ったな」
たけしが首を撫でてくれる。優しく声をかけてくれる。
その言葉が、心に突き刺さった。
「(ごめんなさい)」
涙が溢れてきた。
「(ごめんなさい……ごめんなさい……)」
勝手に大逃げして……たけしの指示を無視して……そして負けた。
完全に自業自得だ。
「(私のせいだ……私…の……)」
ウイニングランをすることもなく検量室前でみんなが出迎えてくれた。
「お疲れ様」
田中さんの優しい声。
「面白い戦略だったが残念だったな」
水野さんの慰め。
でも、私は下を向いていた。
『……ヒメ!』
7着でレースを終えたユーバーレーベンも声をかけてくれる。
レーベンちゃん。私、負けたよ。
「(ぅわあぁぁぁんっ……!)」
私は大きく嘶いた。
周りのみんなが驚いている。
号泣していた。自分のせいで負けたという事実に耐えられなくて。
みんなの期待を裏切って……負けたという事実に。
「(う"っ……ひっぐ……うわぁぁん……!!)」
「よしよし、泣かなくていい。お前はよく頑張ったんだから」
「(田中さ"ぁん"!!)」
田中さんが涙を拭いてくれる。そして優しく撫でてくれる。
それでも涙は止まらなくてボタボタボタボタ落ち続けてた。
「めちゃくちゃ泣くな……大丈夫だ、次がある。落ち込まないでいいんだ」
水野さんも優しい言葉をかけてくれる。
そう、次頑張ればいい話だ。でもそんな切り替えは私には出来なくて。
レーベンちゃんは連れられていくまで心配そうにこちらを向いていた。
一方のコントレイル。
満員のスタンドから大歓声を受けながら騎手と共にお辞儀をしていた。
私は、口取り式の準備をするコントレイル陣営をぼうっと眺めていることしか出来なくて。
史実の勝利馬が、史実通りに勝った。ただそれだけの話だった。
厩舎に戻された後も、私の気分は全く上がらなかった。
今までは勝利の凱旋みたいな感じだったけど、今回はただ負けて戻っただけ。それ以上でもそれ以下でもなかった。
道行く馬たちに挨拶されても、返事する気も起きなくて不思議がられていた。
「(もう、無敗じゃない)」
その事実が、重くのしかかってきた。
デビューしてからずっと、ずっと無敗だった。
でも、今日……
「(初めて、負けた)」
その悲しみが、胸を締め付ける。
「(コントレイル……)」
あの青鹿毛の牡馬。
穏やかな表情で、私を抜き去っていった。
「(強かった……本当に、強かった。勝てなかった)」
その翌日になっても私の気分は全く上がってこなかった。
「おはよう、ヒメ」
田中さんが飼葉をもって馬房に入ってきた。優しく声をかけてくれる。
でも、私は下を向いたままだった。
「(ごめんなさい……)」
まだ、自分を責めていた。
「……ヒメ」
田中さんが、私の前にしゃがんだ。
「お前は、よく頑張った。コントレイル相手に、2着だったなんて。それは、本当にすごいことなんだよ」
でも……
「ヒヒッ(でも、勝てなかった)」
私は、目を瞑った。
「(負けたんだ)」
田中さんが、優しく私の首を撫でてくれた。
「……次は、勝とうな」
その言葉が……少しだけ、心に染みた。
でも……
「(次……)」
まだ、前を向けなかった。
敗北の悲しみが、その二文字の事実がまだ胸を締め付けていた。
前半部分長すぎた。。。レース書くんむずいけど楽しい!!!
凱旋門賞 前哨戦としてどこ行くか
-
ヴェルメイユ賞※牝限
-
フォワ賞
-
ニエル賞
-
ギヨームドルナノ賞
-
プランスドランジュ賞