短めで投稿の方がいいのか悩むなー
ジャパンカップから5日後。
私はまた放牧地に送られた。
「ヒメ、ゆっくり休んでおいで」
田中さんが優しく声をかけてくれた。
でも、私は何も答えられなかった。
だって、負けたんだもの。
馬運車から降ろされ、放牧地の厩舎へと案内される。
次のレースへ向けてのリフレッシュなのだろう。
レースの間隔的に有馬は出ないって聞いたし、今回も同じ期間くらいか?
「(……ここ、また来たんだ)」
あの時は、ホープフルが終わって、クラシックへ向けての調整、リフレッシュみたいな感じだったか。
それで、ユーバーレーベンと再会して、楽しく過ごした。
でも、今は。
「(何も楽しくないや)」
放牧地の係員さんが、私を柵の中に入れてくれた。
広い草地が広がっている。
「さあ、好きに走っていいよ」
優しい声。
でも、私は動かなかった。
「(走る気にもなれない)」
走って、また、負けたら。
全力を出しても勝てない。なら、走る意味は?
その場に、ただ立ち尽くしていた。
翌日も、その翌日も。
私はほとんど動かなかった。
草食って水を飲んで寝て起きてまた草食って……
それだけ。
走ることもせず、ただぼんやりと立っていた。
「(……負けた)」
その事実が、まだ重くのしかかっていた。
「(コントレイルに……)」
あの青鹿毛の牡馬。
圧倒的な強さで、私を抜き去った。
今でも抜かれる瞬間が脳裏に焼き付いて離れない。
最弱の三冠馬と言われながらも、引退レースを勝って、その強さを見せつけて。
……また、負けたら。
その呪いが、私の心を締め付けて離さない。
走ることへの恐怖が、チラついて。
「(勝てなかった)」
大逃げという作戦を選んだ。
でも、ダメだった。
怖がってるみたいでしたと水野さんや他の人たちに言う、たけしの言葉。
「(全部、私のせいだ)」
たけしの指示を無視して……
勝手に大逃げして……
そして、負けた。
「(私が……弱いから)」
目を閉じる。
涙が、また溢れてきそうになる。
「(もう、無敗じゃない)」
その事実が、どうしても受け入れられなくて。
ブルルッ……
小さく、震えた。
そして、放牧3日目。
私はいつものように、柵の近くでぼんやりと立っていた。
草も食べる気にならない。
ただ、下を向いていた。
その時……
『……ヒメ?』
聞き覚えのある声がした。
「(……)」
顔を上げない。
誰とも話したくなかった。
『ヒメ!本当にヒメだ!』
足音が近づいてくる。
そして、目の前に……
青鹿毛の牝馬が現れた。
鹿毛に近い青みがかった毛色。
額には小さな星。
体高は私よりやや小さく、引き締まった体つき。
ユーバーレーベンだ。
『久しぶり!会いたかったよ!』
ユーバーレーベンが、嬉しそうに私の横に来た。
「(……レーベンちゃん)」
私は、小さく呟いた。
『レース本当に凄かったよ。隣にいるかな〜って思ってみたら最初から前の方にいたもんね』
ユーバーレーベンが、明るく言った。
でも……
「(……負けたけどね)」
私は、また下を向いた。
『……うん』
ユーバーレーベンが、静かに答えた。
『でも、牡馬相手なんだから』
「(2着じゃ、意味ないよ)」
私は、首を横に振った。
「(勝たなきゃ……勝たなきゃ意味がない)」
『ヒメ……』
ユーバーレーベンが、心配そうに私を見た。
「(無敗じゃなくなった)」
涙声になっていた。
「(もう、無敗じゃないんだ)」
『……』
「(みんなの期待を……裏切った)」
ボロボロと、涙が落ちた。
「(田中さんも、水野さんも、たけしも……)」
声が震える。
「(みんな、私を信じてくれてたのに)」
『ヒメ……』
「(勝手に大逃げして……勝手に負けて……)」
もう、止まらなかった。
「(全部、私のせいなんだ)」
ユーバーレーベンが、静かに私の隣に立った。
そして……
『……ヒメ』
優しい声で、言った。
『前の放牧の時、ヒメが私に言ってくれた言葉、覚えてる?』
「(……え?)」
私は、顔を上げた。
『アルテミスステークスで9着に負けて、落ち込んでた私に』
ユーバーレーベンが、穏やかな目で私を見た。
『ヒメ、なんて言ってくれたっけ?』
「(……)」
私は、思い出そうとした。
あの時、私は……なんて……
「(……諦めるな)」
小さく、呟いた。
『そうだよ』
ユーバーレーベンが、優しく言った。
『ヒメはそう言ってくれた』
そして、続けた。
『あの言葉があったから、私は立ち直れた』
「(レーベンちゃん……)」
『あの言葉があったから、私はオークスを勝てたんだよ』
ユーバーレーベンが、私の顔を覗き込んだ。
『だから今度は、私が同じ言葉を返すね』
そして……
『1回の失敗で、諦めちゃ勿体ないよ、ヒメ』
「(……っ)」
胸が、熱くなった。
『ヒメは、誰よりも強いんだから』
「(でも……)」
『コントレイルに負けたって、それだけでヒメの価値が下がるわけじゃない』
ユーバーレーベンが、私の首に自分の首を寄せた。
『ヒメは、牝馬なのに怖がらずに牡馬に混じって勝ってるんだから凄いよ』
「(……)」
『それって、すごいことなんだよ』
ユーバーレーベンの声が、温かかった。
『だから……もう一度、前を向いて』
「(レーベンちゃん……)」
『ヒメなら、また勝てるよ。絶対に』
その言葉が、胸に染みた。
「(……でも)」
まだ、迷いがあった。
「(怖いんだ)」
『怖い?』
「(また負けるのが……怖い)」
私は、正直に言った。
コントレイル以外にも強い馬はいる。
毎回圧勝しているわけではないし、距離が長ければ不利になる。
いずれは長距離も出るかもしれない。その時、私は勝てているだろうか。
「(コントレイルみたいな馬が、また現れたら……)」
ユーバーレーベンが、少し考えてから言った。
『……それでも、走るしかないんじゃない?』
「(え?)」
『だって、私たちは馬だもの』
ユーバーレーベンが、真っ直ぐに私を見た。
『私たち、走るために生まれてきたんだよ』
「(……)」
『負けるかもしれない。でも、勝てるかもしれない』
ユーバーレーベンが、優しく笑った。
『だったら、走ってみなきゃわかんないでしょ?』
その言葉が……
「(……そうだね)」
少しだけ、心が軽くなった。
『それに』
ユーバーレーベンが、私の耳元で囁いた。
『ヒメが走る姿、私は好きよ』
「(レーベンちゃん……)」
ポッと顔が赤くなる気がした。
おい、牝馬と牝馬だぞ。やめろよ照れるだろ。
変わらず私の顔は真っ白だろうけど。
『だから、また走ってるヒメを見たい』
その言葉に……
「(……ありがとう)」
涙が、また溢れてきた。
でも、今度は悲しい涙じゃなくて。
「(ありがとう、レーベンちゃん)」
温かい涙だった。
『どういたしまして』
ユーバーレーベンが、私の首を優しく舐めてくれた。
『さ、一緒に走ろう?』
「(……うん)」
私は、小さく頷いた。
『久しぶりに、
「(そうだね)」
ユーバーレーベンが、嬉しそうに耳を動かした。
『…………よ〜〜ッし!じゃあ、競争ね!!!』
「(え、ちょっと待って早い早い早い!!)」
ユーバーレーベンが、先に駆け出した。
『もぉ〜ッヒメったら遅い遅い!こんなんじゃ次のレースは私の勝ちで決まりね!!』
その声に……
「(……もう)」
私は、少し笑った。
「(待ってよぉ、レーベンちゃ〜〜〜〜ん!)」
そして……
久しぶりに、走り出した。
風が、頬を撫でる。
草の匂い。土の感触。
「(……そうだ)」
これが、競走馬なんだ。
「(走るために、生まれてきたんだ)」
ユーバーレーベンを追いかける。
青鹿毛の背中が、すぐそこに。
『もっと速く!ヒメ!』
「(負けてたまるかーー!!)」
他の馬たちがチラチラとこちらを見ている。
久しぶりの、この感覚。
「(……楽しい)」
心から、そう思えた。
『ヒメ、笑ってる!』
ユーバーレーベンが、嬉しそうに言った。
『やっと、いつものヒメに戻ったね!』
「(うん……ありがとう)」
私は、ユーバーレーベンと並んだ。
「(レーベンちゃんのおかげよ!)」
『えへへ、どういたしまして』
並んで走る。空が、青い。
雲が、流れていく。
「(……また、頑張ろう)」
前を向いて、走ろう。
「(コントレイルに負けたけど……)」
それで終わりじゃない。
「(次がある)」
そう、次がある。次のレースが。
また頑張ればいいんだ。
ユーバーレーベンが、私を見て笑った。
『そうそう!それでこそヒメだよ!』
そして……
『次のレース、楽しみにしてるね』
「(うん……!)」
私は、力強く頷いた。
柵の外から、放牧地の係員さんが2頭の様子を見ていた。
「おお、サクラノヒメ、やっと走り出したな」
「よかったですね。ずっと元気なかったから心配してたんですよ」
「ユーバーレーベンが来てから、急に元気になったな」
「友達なんですかね、あの2頭」
「みたいだな」
係員たちは、微笑ましそうに2頭を見守っていた。
その日の夜。
厩舎に戻った私は、久しぶりに飼葉を完食した。
「(……お腹空いてた!)」
走ったから、余計に。
青草の方がウマいが、これも中々。駄洒落じゃないよ。
隣の馬房から、ユーバーレーベンの声が聞こえた。
『ヒメ、ちゃんと食べてる?』
「(うん、食べてるよ)」
『よかった!明日も一緒に走ろうね』
「(うん、お願い)」
ユーバーレーベンが、嬉しそうに鼻を鳴らした。
そして、私は思った。
「(……ありがとう、レーベンちゃん)」
友達がいるって、こういうことなんだ。
「(支え合えるって、こういうことなんだ)」
夏に私がレーベンちゃんを励ました。
そして今、レーベンちゃんが私を励ましてくれた。
絆は繋がっていくんだ。
「(……よし)」
私は、決めた。
「(次のレース、絶対勝つ)」
コントレイルはもういない。
でも、強い馬はまだまだ沢山いる。
「(全部、倒していく。私だけのレースをして)」
そして……
「(また、頂点に立つ)」
白毛の牝馬として。
サクラノヒメとして。
伝説の名馬として名を残して。
「(私は、まだまだ強くなれる)」
窓の外、星が輝いていた。
「(次は……負けない)」
そう、心に誓った。
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