リアルで色々ありすぎて筆がマジで進みませんでした。
いや進んでたんだけど詰め込みすぎて時間かかりました。
投稿するならなるべく良く仕上げたいですしね。
ってことでヒメちゃん海外初戦、応援してあげてください!
ーーー翌朝 メイダン競馬場 調教コース
朝日が昇り始めた頃。
私は、田中さんに曳かれて調教コースへ向かった。
「(今日は……)」
緊張していた。
ノリさんが、初めて跨る。
「(たけしじゃない人間が……私に乗って……)」
前世で何度もテレビで見た騎手。
でも、実際に乗られるのは初めて。
「(どうなるんだろう)」
耳が、ピコンピコンと動く。
尻尾も、落ち着かない。
調教コースに着くと、ノリさんが待っていた。
水野さんと何か話している。
「……はい、わかりました」
ノリさんが頷いた。
そして、こちらに歩いてくる。
「(……来た)」
私の心臓が、速く打ち始めた。
ノリさんが、私の前に立った。
「……おはよう、ヒメ」
低い、静かな声。
「ブルルッ(おはようございます)」
私は、小さく鼻を鳴らした。
何故だか、ノリさんの前では畏まってしまう。
「今日、初めて乗らせて貰うことになる」
ノリさんが、私の首を撫でた。
「……無理はさせない。お前のペースで行こう」
「ヒヒーン(うん……)」
その手が、温かかった。
田中さんが、私を支えてくれる。
「大丈夫だぞ、ヒメ」
「ヒヒッ?(田中さん……)」
「この人は、すごい騎手なんだ。安心しろ」
「ブルルルっ(うん……)」
ノリさんが、ゆっくりと私の背に手をかけた。
田中さんの補助とともに、次に、鐙に足をかける。
「……よし」
そして……
スッと、跨った。
「(……!)」
背中に、重みを感じた。
たけしじゃない。違う人の、重み。
「(……違う)」
少し、体が強張った。
耳が、後ろに伏せられる。
「(この感じ……慣れないな……)」
でも……
「……」
ノリさんは、何もしなかった。
ただ、座っているだけ。手綱も、強く握らない。軽く、触れているだけ。
「(……?)」
私は、首を少し動かしてみた。
手綱が、柔らかくついてくる。
無理に引かれることも、押さえつけられることもない。
「(……柔らかい)」
たけしとは、また違う感覚。
でも……
「(嫌じゃない)」
「……歩こうか」
ノリさんが、静かに言った。
手綱が、ほんの少しだけ動く。脚が、軽く私の腹に触れる。
「(……うん)」
私は、ゆっくりと歩き始めた。
一歩、二歩、三歩。
ノリさんは、私のリズムに合わせている。無理に急かさない。でも、確かに導いている。
「(……上手い)」
これが、ノリさんの騎乗か。
「(テレビで見てたのとは……全然違う)」
実際に乗られてみると、その上手さが分かる。
手綱の微妙な動き。脚の使い方。体重移動。全てが、絶妙。
「(すごい……)」
「……よし。少し、速めてみるか」
ノリさんの声。
手綱が、また少しだけ動く。
「(……わかった)」
私は、速歩に移った。
パッカパッカと、リズムよく、蹄が地面を叩く。
ノリさんの体が、私の動きに完璧に同調している。
「(……一体になってる)」
これが、一流騎手か。
「(たけしも上手いけど……ノリさんは……もっと……)」
言葉にできない。でも、何かが違う。
経験の差、なのかもしれない。
調教コースを一周。私とノリさんは、徐々に呼吸が合ってきた。
「(……悪くない)」
最初の警戒心は、だいぶ薄れていた。
「(この人なら……大丈夫かも)」
そして、常歩に戻す。
「……いい子だ」
ノリさんが、私の首を軽く叩いた。
「(……)」
その手が、優しかった。
調教を終えて、田中さんのところへ戻る。
「どうでしたか?」
田中さんが、心配そうに聞いた。
「……いい馬だ」
ノリさんが、私から降りながら言った。
「素直で、賢い。武司の言った通りだ」
「よかった……」
田中さんが、安堵の表情を浮かべた。
「ヒメも、受け入れてくれたみたいですね」
「ああ」
ノリさんが、私の額を撫でた。
「……最初は警戒してたが、すぐに慣れてくれた」
「(……ノリさん)」
私は、ノリさんの手に鼻を擦り寄せた。
「ブルルッ(よろしく)」
典広さんが、微かに笑ったような気がした。
「……よろしくな、ヒメ」
水野さんが、遠くからその様子を見ていた。
「……大丈夫そうですね」
隣にいた桜井オーナーが、微笑んだ。
「ええ。横川さんなら……安心です」
水野さんが頷いた。
「さすが、あの横川典広だ」
その日の午後 厩舎
私は、馬房で休んでいた。
「(ノリさんか……)」
まだ、少し不思議な感じがする。
「(前世で見てた人が……私に乗ってる)」
でも……
「(悪くないな)」
たけしとは違う。でも、信頼できる。
「(レース……頑張ろう)」
隣の馬房から、レーベンちゃんの声がした。
『ヒメ、今日の騎手さん、どうだった?』
「(うん、いい人だった)」
私は、答えた。
『よかったね』
レーベンちゃんが、嬉しそうに言った。
『レース、一緒に頑張ろうね』
「(うん!)」
そして……
「(あと2日)」
ドバイシーマクラシックまで、あと2日。
「(世界で……勝つ)」
私は、そう心に誓った。
同じ頃 日本 横川家
武司の携帯に、また父からメッセージが届いた。
『今日、初めて乗った。いい馬だ。お前の言った通り、気が強いが素直だ。レース、任せろ』
武司は、メッセージを何度も読み返した。
「……父さん」
胸が、熱くなった。
「(ありがとう……)」
ベッドの上で、武司は天井を見上げた。
肋骨は、まだ痛む。でも……
「(ヒメ……頑張ってくれ)」
でも心は、ヒメと共にドバイにあった。
窓の外、夕日が沈んでいく。
ドバイでは、まだ調教している時間だろうか。
「(父さん……ヒメを……頼む)」
武司は、静かに目を閉じた。
2022年3月26日 メイダン競馬場 ドバイシーマクラシック(G1)
……時は来た。
パドック。夜の砂漠に浮かぶ、巨大な競馬場。
3月下旬のドバイは、気温30度近い暑さだったが、日が落ちると心地よい風が吹いていた。
メイダン競馬場のパドックは、夜空に浮かんでいるような……
照明が煌々と輝き、まるで宝石箱のような空間だった。
『……すごい』
サクラノヒメこと私は、周囲を見回した。
白い馬体が、照明に照らされて輝いている。
これまでたくさんの功績を挙げてきた。
牝馬として史上初の、無敗での牡馬三冠制覇という偉業を引っ提げて、ドバイの地へ。
『……』
…………緊張した。
思わず、ぶるっと震えた。
海外の馬たち。みんな、迫力がある。
鹿毛の馬、黒鹿毛の馬、栗毛の馬。
『(世界の舞台……)』
心臓が、早鐘を打つ。
そして——
私が本馬場に姿を現した瞬間。
ドオォォォォッ!!!
スタンドが、沸いた。
8万人の観客が、一斉に声を上げた。
「SAKURA NO HIME!!」
「THE WHITE FILLY!!」
「UNDEFEATED TRIPLE CROWN WINNER!!」
『……!?』
驚いて耳を立てた。すごい歓声だ。
『(私……こんなに注目されてる?)』
白い馬体が、照明の下で輝く。
田中さんが、手綱を持って歩いてくれている。
「大丈夫だぞ、ヒメ。いつも通りでいいんだ」
『(うん……)』
思い切り深呼吸した。少し落ち着けた気がする。
いつも通りの私。いつも通りの走り方。いつも通りのみんな。
……ここは、いつも通りのターフだと思って走るんだ。
私が最強だということを見せつけにゃならん。日本に置いてきた、たけしのためにも。
『……お前が、サクラノヒメとやらか』
なんだか勝気な目をした栗毛の牡馬が話しかけてきた。
海外の馬と会うのは初めてだ。私は適当に会釈して。というか、普通に日本語で聞こえてくるのか。英語だったら焦ってたわ。私はゼッケンに書かれている名前を見ようと凝視……しようとしたのだが。
『おおおおおやっっっぱりそうか!!!人間たちが話してた通りだ!!!……おぉ、本当に牝馬だ……ン"ンッ、失礼!牝馬の股間を覗き込むなど失礼な行為だったな!あまりにも体格が良くて牡馬なんじゃないかと少し疑ってしまったのさ!申し訳ない!!!いやなに、白くて美しい牝馬が来ると聞いて実は楽しみにしていたんだよ!!!…………え?それはお前だけだ?いやいやいやいや何を言うか!!!ここにいる牡馬全員お前のことを見たくて楽しみに待っていたと思うぞ!!?勿論俺もそうさ!!!もし良かったら今度一緒に……』
『ちょいちょいちょいちょいストーーーーップ!!!!!』
…………顔に顔を擦り付けられて一気にまくし立てられて目を回して倒れそうだった私とこの牡馬との間に入ってくれた馬がいた。
それは私の親友のユーバーレーベンちゃんだった……マジでレーベンちゃんあざす。目の前の牡馬はヒヒィンと鳴いて後退る。
このままやられてたら違う意味でやられてた気がするんだわ。まじ怖い。ひぃ。前にレーベンちゃんが言ってた、牡馬ばかりの環境に
『ヒメが困ってるでしょうが!……大丈夫??まだ目回ってない?』
『(あ、うん……)』
未だにお目目ぐるぐるのまま辛うじて答える。
レーベンちゃんの背後から先程の牡馬がこちらをチラチラ見てきている。
マジで、なんだったんだろう。海外の馬の間でも私のことって知られてるの?
史実の2022年ドバイシーマに出てきた……多分ヨーロッパとかドバイあたりの栗毛の牡馬……うーん……誰だろう……?
騎手の勝負服は……ゴドルフィン辺りのやつか?
『ああ!名乗り出るのが遅くなってすまない!俺はユビアーっていうんだ。同じレースに出る馬同士仲良く……』
『(……あ、そう。ユビアーって、ユビアー!?聞いたことある気g)』
『あんたレース中にヒメにちょっかい出さないでよ!』
『はァ!?そんなことするわけないだろ!それにサクラノヒメと比べてお前は俺の敵じゃないんだよ!俺はただ……』
『今なんて言った!?なんてズケズケした物言いなの!初対面の馬に対する態度じゃないでしょ!謝りなさいよ!!!』
『あぁん!?レース中に馬体ぶつけてやろうか!!!』
『やってみなさいよ!!!その瞬間に向こうのダートに放り投げてやるんだから!!!タマ無い癖に!!!』
『なんだとぉ!?』
…………2人の結構激しめな喧嘩(?)を尻目に、私はソロソロと距離を取っていた。
いや、なに?この子達……私の事でこんな喧嘩しないでよぉ……やめてよぉ……怖いよぉ……<(´⌯ ̫⌯`)>
ユビアーという名前を聞いても私は怖さしか無かった。たしかに聞いたことあるわってかゴドルフィンの超有名な馬じゃん。牡馬とか言ってしまったがセン馬じゃん。
と思っていると、未だにムキーと言ってるレーベンちゃんの後ろからユビアーが覗き込んできた。
『先程は失礼。お前は魅力的な牝馬だと思うし、もし俺が牡馬のままだったらと思うと……というのは本音だぜ。まぁ、とは言え、ここは強い馬たちが集う場だ。お前たちがいるとこのレースとは、レベルが違う』
『……』
レーベンちゃんも、私も、何も言えなかった。
『ここでは、俺が最強だ。あまり思い上がらない方が身のためだぜ、嬢ちゃん』
ユビアー……確か史実通りなら既にGIを、BCターフを勝っているはずの名馬。
それも目の前でレーベンちゃんとアホみたいな言い争いをしているような馬とは想像も付かないほどの。
そして、大型スクリーンに、人気が表示された。
現地オッズ
1番人気:ユビアー
2番人気:サクラノヒメ
3番人気:オーソリティ
4番人気:シャフリヤール
5番人気:パイルドライヴァー
一方その頃の日本オッズ(JRA)
1番人気 サクラノヒメ 2.1倍
2番人気 ユビアー 5.8倍
3番人気 オーソリティ 7.2倍
4番人気 ユーバーレーベン 18.3倍
5番人気 ステラヴェローチェ 22.1倍
『……(2番人気、ね)』
私はスクリーンを見ながら呟いた。
期待されてるんだ。海外初の日本馬がここまでの人気を獲得しているなんて。
緊張するなぁ。怖いな。私だってそんな気持ちくらいあるよ。
私が負けたら鞍上のノリさんだって外野からなんやかんや言われるだろうし。
乗り替わりの影響で、だとか。元の鞍上だったらもっと良い勝負が出来た、だとか。
『(ユビアー、だっけ)』
『どうした、サクラノヒメ』
私は、日本の芝とよく似た感触の芝を踏み締めてゆっくりと近づいていく。
彼のふたつの目が、私を真っ直ぐに突き刺す。
『(ご忠告、ありがとう。よく分かったよ)』
『……気にする事はない。負けることが全て悪いことではないからな。だからこの経験を元にーーー』
『(そうだね。よく分かったよ。あなたの言葉で、はっきりとね)』
重圧が、のしかかる。
菊花賞でずっと追いかけていたタイトルホルダーの背中。ジャパンカップで見送ったコントレイルの背中。
でも。
『(あなたが私に絶対に勝てないってことが、だよ)』
『……へぇ?それは素晴らしい自信だな』
私は、決意した。
『(…………私は、いちばん強い競走馬として、このレースに、勝ちに来ているから)』
ユビアーの目が、一瞬見開かれた。
『……』
そして。
『ふっ……』
ユビアーが、小さく笑った。
『面白い。牝馬が、そこまで言うか』
……私は、ユビアーから目を逸らさなかった。逸らせなかった。
『(言うよ。だって、本当のことだから)』
心臓が、激しく鼓動している。
怖い。正直、怖い。
でも。
『(ここで引いたら……終わりだから)』
ユビアーが、一歩前に出た。
大きな体。
GIを勝利した馬の、鍛え抜かれた筋肉。
『……いいだろう』
ユビアーの声が、低く響いた。
『なら、レースで証明してみせろ。お前の「いちばん強い」をな』
私は、小さく頷いた。
『(うん。見せてあげる)』
そして、ユビアーがゆっくりと離れていく。
その背中を見ながら……
私は、小さく震えた。
『(……言っちゃった)』
心臓が、早鐘を打つ。
『(本当に……大丈夫かな、私)』
「ヒメ?」
ノリさんの声が、鞍上から優しく響いた。
「どうした? 緊張してるのか?」
『……』
私は、大丈夫だと伝えるために小さく鼻を鳴らした。
『(……うん、緊張してる)』
でも。
『(でも、やるしかないんだ)』
ーーーゲート入り
15頭の馬が、次々とゲートに入っていく。
サクラノヒメこと私は、15番。また外枠だ。
『……』
私は、ゲートの中で待った。
ノリさんが、静かに声をかけてくる。
「いいぞ、ヒメ。落ち着いて」
『(うん……)』
深呼吸。心臓の音が、聞こえる。
ノリさんは緊張してないのかな。すごく静か。
やっぱり歴戦の猛者は違うな。
ガシャン、ガシャンと各馬のゲートが閉まる音が響く。
『ヒメ』
『(お互い良い勝負をしようね)』
『……そうだね。でも、私が勝つから』
私は、前を見る。
2410m続く緑のターフ。
砂漠の国で行われる、世界最高峰のG1レース。
そして——
……と、その時。
ヒュウゥゥッ
風が、吹いた。砂漠の風だ。
それは私の耳にも届いた。
流石乾燥した気候だ……なんて気楽に考えてしまった。
そして……
『……!?』
バシャッ!!!
なんという運だろうか。私の目に、砂が入った。
『ヒヒッ!!!(目がっ)』
一瞬、視界が。思わず顔を背けてしまう…………そして。
ガシャァァンッ!!
ゲートが、開いた。
開いてしまった。
『(……えっ!?)』
私は、一瞬遅れた。
砂が目に入って、反応が遅れた。
「スタートしましたーっ! ドバイシーマクラシック! あっと、サクラノヒメが大きく出遅れたーっ!!」
『(しまっ……!)』
私は、慌てて駆け出した。
でも、もう遅い。
他の馬たちは、すでに5馬身以上先を行っている。
「くっ……!」
ノリさんが、歯を食いしばった。
しかし、そこは歴戦の猛者というべきか、落ち着いているのか。
「仕方ない……後ろから!」
「大外からオーソリティがハナに立ちましたー! 積極的に先頭を奪います! 2番手にシャフリヤールが内ラチ沿いにつける! 3番手争いはアレンカー、フォーザトップ! その直後にパイルドライヴァー! 中団にグローリーヴェイズ、並んでフクム! 差がなくステラヴェローチェ、内側にカスパー、ウィズアウトアファイトが続きます! 後方グループにドバイオナー、それを交わして早くもドバイフューチャーが上がってきた! その後ろにユーバーレーベンとブルガス! そして……4馬身ほど離れた最後方に、我が国のエース、1番人気サクラノヒメ! 大きく出遅れて最後方からのレースです! さらにその少々内側、前の方にユビアーも控えていますが……サクラノヒメは完全に離されました!!」
『(……クッソ!!!)』
私は、必死に走った。
『(出遅れた……新馬戦以来だ)』
あの時も、ゲートで躓いて大きく出遅れた。
蜂にびっくりしてしまって、3馬身は離されて。
『ヒメ!?』
レーベンちゃんの声が、前から聞こえた。
『大丈夫!?』
『(大丈夫よ)』
私は、必死に答える。
『(まだ……まだ終わってない)』
ノリさんが、手綱を抑えた。
「焦るな、ヒメ」
「各馬はほぼ一団となって第1コーナーへ! 先頭はオーソリティ、2番手シャフリヤール!ペースは……まずまずといったところでしょうか! 最後方のサクラノヒメも馬群に取り付きにかかりますが……まだまだ3馬身ほどの差があります!!」
『……』
私は、歯を食いしばった。
前を行く馬たちの背中が見える。
『(追いつく……)』
バックストレッチ。
「向こう正面! 先頭オーソリティ、逃げを打っている打っている!2番手シャフリヤールが内ラチ沿いにぴったりとマークしている状態か! 3番手以降は固まっている。グローリーヴェイズ、フクム、パイルドライヴァー、アレンカーらが並んで進みます! 後方にはユーバーレーベン、そしてユビアー! そして……サクラノヒメは徐々に馬群に取り付いてきている……! まだ最後方ですが、じわじわと差を詰めているか!?」
『……』
私は、リズムを整えた。
ノリさんの手綱が、優しい。
全く焦ってない。
「いいぞ、ヒメ。その調子だ」
3コーナー。
『(……見える)』
私は、前の馬たちを見た。
オーソリティが、先頭で逃げている。
シャフリヤールが、その直後。
そして、中団に密集した馬群。
『(外だ……)』
私は、直感した。
『(外を回る)』
これしかない。
『(行くしかない!)』
「先頭はまだオーソリティ! 持ったまま粘り込みを図ります! 2番手シャフリヤールも内をキープ!後続各馬は追い出しに入っているか!横一杯に広がっているッ!横一杯に広がっているぞ!外からパイルドライヴァー、アレンカー、フクム! 内側にはグローリーヴェイズ、ステラヴェローチェ! そして後方、ユーバーレーベンが大外へ持ち出した!! その後ろ、さらに大外…………ここだ!ここできた!サクラノヒメが動いた!! 最後方から、一気に加速してきたぞっ!!!」
『……ッ!』
外へ出る。大外。みんなの、最も外。
「ここだ、ヒメッ!!」
ノリさんが、追った。
私は、今出せるだけの力を最大限にまで振り絞る。
脚が、弾ける。白い馬体が、炸裂する。培ってきた力は、今。
この時の為に!!!
「最終コーナーを回る!先頭未だにオーソリティ!このままゴール板を駆け抜けるかッ!?しかしシャフリヤールがそれに並びかける!内から交わしにかかります!外にはユビアーも上がってきた!後方からの競馬です!3番手争いはオーソリティ、パイルドライヴァー、アレンカー!そして……!そして!我が国のエース、三冠馬だ!断然1番人気!!!サクラノヒメ!!!凄い脚だ!!!最大外一気だあぁーーーっ!!!」
『(うおぉぁぁぁぁッッッ!!!)』
私は、必死に走った。
前の馬たちを、次々と交わしていく。
グローリーヴェイズ、交わした。
ステラヴェローチェ、交わした。
フクム、交わした。
アレンカー、交わした。
次、次、次。ひとつひとつ、確かめるようにーーー交わす!
「残り200メートル! 先頭はシャフリヤール!オーソリティを交わして抜け出したか!しかし外からユビアーが迫る!3番手にはオーソリティ!内からパイルドライヴァーも追い込んできた!そして大外!サクラノヒメが猛然と伸びてくる!!!」
前を見る。
シャフリヤールが、先頭にいる。
ユビアーが、その外から迫っている。
『(届く!…………届くッ!!!)』
そう、信じて疑わなかった。
「残り100メートル!シャフリヤール先頭!シャフリヤール先頭ッ!!外からユビアー!並んだーっ!!そしてサクラノヒメも2、3番手に上がってくるッ!!」
私の脚が、さらに伸びる。
白い馬体が、風を切る。
ユビアーの方を見た瞬間、両者の視線が交差した。
『ハッ……なんでここまで着いてこられてるんだよ』
『(お生憎様。言ったでしょ?……私が最強だってッ!!)』
ユビアーが、小さく笑った。
『良いね。なら俺も、それに、全力で応えてみせるさ!!!』
ダービーで競ったシャフリヤール。
調子に乗っているユビアー。
ジャパンカップで一緒になったオーソリティ。
その名も知らぬ海外馬たち。
そして、大親友レーベンちゃん。ありがとう。
貴女のおかげで、力が出せるよ。
『(抜く……!)』
「ヒメッ!! 行けーっ!!」
ノリさんの声が、響いた。鞭が唸る。体の芯が全力で応える。
「ゴール前!シャフリヤール!ユビアーも来ている!ユビアーも来ているッ!大外にはサクラノヒメ!3頭が並んだっ!!いや4頭!4頭だ!!!ユーバーレーベンが来た!!!黒い馬体と白い馬体が弾んでいる!誰が抜け出すか!?」
無我夢中で走りながら、ハッと横を見た。
……そこには、猛烈な勢いで迫るレーベンちゃんの姿があった。
もう触れそうなくらいの距離に、レーベンちゃんが来ていた。
ハァハァと息をしながら、それでも全力で脚を動かしながら、レーベンちゃんはこちらを見ていた。
その目が、言っていた。
ここにいるよ、ヒメ。
諦めてないよ。
嬉しかった。
胸の奥が、じわりと熱くなった。
レーベンちゃん。
あなたがいるから、全部出せる。
だからーーー
『させるかッ、ヒメぇぇ!!!』
——ーその声が、火になった。
怖くない。
苦しくない。
もっと、速くなれる気がした。
白い馬体が、さらに低くなる。
ノリさんが何かを叫んでいる。
鞭の音が、聞こえなくなる。
風の音すら、消えていく。
レーベンちゃんの息遣いが、すぐ隣にある。
「4頭並んでゴールイン!!!……大接戦!大接戦です!!!1着争いシャフリヤールとサクラノヒメが有利か!ユビアーとユーバーレーベンが少々不利でしょうか?!しかし4頭が!4頭がほぼ同時にゴール板を通過しましたッ!!!ドバイの夜に!信じられない!信じられない叩き合いが生まれましたッ!!!」
脚が、緩む。息が、くる。
体の奥から、何かが込み上げてくる。
隣を見た。
レーベンちゃんが、いた。
ハァハァ言いながら、私を見ていた。
お互い、しばらく何も言えなかった。
『……ヒメ』
『うん』
『最後方から、凄いね』
『……レーベンちゃんが来てくれたから』
レーベンちゃんは何も言わなかった。
ただ、首をほんの少しだけ私の方へ、そっと、触れた。
「写真判定の結果が出ましたッ!!1着、1着は…………サクラノヒメッ!!!!2022年ドバイシーマクラシック、制したのは、日本の三冠馬だッ!!!最後方からの競馬で、世界を相手に見事に差し切り、世界の頂点へ!!!そして2着にシャフリヤール!3着はユーバーレーベン!……なんと、日本馬が3着までを占めてのフィニッシュですッ!!!」
ノリさんが、何かを叫んでいた。
田中さんが、柵の向こうで顔を覆っていた。
水野先生が、静かに目を閉じていた。
私は、空を見上げた。
ドバイの夜空だった。
前の世界では、見上げたことのない空だった。
……ありがとう。
生まれ直せて、良かった。
本当に、本当に、良かった。
と、思っていると、栗毛の……初対面でいきなり距離を詰めてきたユビアーが話しかけてきた。
『なあ、サクラノヒメ』
『(……なに?)』
『ゲート開いた時……何があったんだ』
私は、素直に砂が目に入ったことを伝えた。
『……』
『大丈夫か』
思わず、ユビアーを見た。
さっきまでと同じ、真っ直ぐな目だった。
心配しているのか、それとも純粋に確認しているのか。たぶん、両方だった。
『(大丈夫)』
『そうか』
『(なんで聞くの?)』
ユビアーは、少しだけ視線を逸らした。
『いわゆるお前は万全な状態で走れなかったってやつだろ。……今度はちゃんとした状態で走りたい、ってこと。言い訳されたくないからな』
素直じゃないな、と思った。
でも、嬉しかった。
『(今度があればね)』
『それでいい』
ユビアーが、騎手さんに誘導されていく。
その背中に、私はこっそり言った。
『(ユビアー)』
振り返らずに、耳だけこちらへ向けた。
『(またね)』
ユビアーは、何も言わなかった。
ただ……尻尾が、一度だけ揺れた。
ーーーウイニングランを終えて、全てが終わって。
レーベンちゃんと、馬房に戻ったあとも話していた。
夜風が気持ちよい。
体の熱が、引いたあと。
静かで、穏やかな時間だった。
『ヒメ』
『(どした?)』
『気づいた?』
レーベンちゃんが、どこか楽しそうな声で言った。
『(何を?)』
『シャフリヤールとオーソリティとか。周りの馬たちも結構じーっとヒメのこと見てたよ』
『(そりゃこれから一緒に走るってんだから)』
『違う違う』
レーベンちゃんが、ふふっと笑った。
聞いたことのない笑い方だった。
『そういう目じゃなくて。もっと……なんていうか。そういう目』
私は、首を傾げた。
『(そういうって)』
『ヒメって本当にわからないんだね』
呆れているのか、感心しているのか、判断がつかなかった。
『パドックから気になってたんだけど。他の馬もそうだよ。グローリーヴェイズもオーソリティも、ヒメが通る時にちょっと首伸ばしてたし』
『(え……?)』
『モテてるんだよ、ヒメ。すごく』
頭が、真っ白になった。
『…………』
『……ヒメ?』
『…………』
『ちょっと、返事して』
『(なんで!?)』
『なんで、って。白くて綺麗で、走りも強くて。そりゃそうなるよ』
レーベンちゃんは、完全に楽しんでいた。
悪い子だぁ、この子は!ありえんやろ!
『(そういうの考えたことナカッタ)』
『うん、知ってる。だから言ってる』
『(……別にいいじゃん。レースに関係ないし)』
『今はね』
レーベンちゃんの声が、少しだけ変わった。
からかいの中に、何か別のものが混じった。
『でもヒメ、私たちいずれはお母さんになるじゃん』
『(へっ?)』
『へっ?じゃない!引退したら、
足が、止まりそうになった。
お母さんだってぇ〜?お母さん……お母さん……
『(んなぁ!?)』
『そう。子供産まなきゃいけないんだよ?まさか、ヒメ』
『(う、うん、まあ、それは……まぁ、知って、はいるけど)』
『知ってるだけで、考えてなかったでしょ?』
図星だった。
完全に、図星だった。
レースのことしか考えていなかった。
ずっと、ただ走ることだけを考えていた。
引退した先のことなど……度も、考えたことがなかった。
子作り。
相手の牡馬と。
子供。
『(あーーーっ!?)』
頭の中で、何かが爆発した。
顔が……馬なのに、なんとなく、熱い気がした。
『(レ、レーベンちゃん、それは、まだ、だいぶ先の話で)』
『シャフリヤールとか、いいんじゃない?体格だって申し分無いし、さっきすごく見てたし』
『(ちょ!!?)』
『ユビアーも悪くないよね。気が強そうだけど、ああいう気性って案外子供に出るとかわいいらしいし…………ってアイツ玉無しだったわ』
『(なんでそんな具体的な話になってるの!?)』
レーベンちゃんが、今度こそ声を上げて笑った。
馬らしくない笑い方だった。
それだけ、本当におかしかったらしい。
『ヒメって、レースになると誰より冷静なのに』
笑いの余韻を残しながら、レーベンちゃんが言った。
『こういうことには、まっっったく気が回らないんだね』
『(……うるさい)』
『かわいい』
『(もー、うるさいってば汗)』
この子は全く……
『(……ねえ、レーベンちゃん)』
『な〜に?』
『(レーベンちゃんは、そういうこと……考えるの?)』
レーベンちゃんは、少し黙った。
夜風が、馬房を通り過ぎた。
『……たまに、ね』
静かな声だった。
さっきまでの笑いが、すっと引いていた。
『走れなくなった時、自分はどうなるんだろうって、考えることはあった』
私は、レーベンちゃんを見た。
『(……そっかぁ)』
『でも今は、まず勝つことの方が先。ヒメに勝ちたいし?』
いつもの声に戻っていた。
でもその奥に、さっきとは違う何かが残っていた。
『ヒメも、もうちょっとだけ周り見ておきなよ』
からかいではなく、今度は本当にそう言っていた。
『レース以外のことも、ちゃんとある世界だから』
私は、少しの間黙って歩いた。
子供。
引退。
レース以外の世界。
考えたことのなかったことが、頭の中でゆっくり動いていた。
……まあ、でも。
今は、まだ。
走ることだけを考えていたい。
『(……レーベンちゃん)』
『なに』
『(次、凱旋門賞ってのに行くかもしれない)』
『知ってる。人間たちが一杯話してるから嫌でも耳に入るよ』
『(一緒に行く?)』
レーベンちゃんが、こちらを向いた。
目が、少し輝いていた。
『……行きたい』
即答だった。
『(じゃあ決まり)』
二頭で、しばらく語り合った。
ドバイの夜が、静かに深くなっていった。
……お母さんのことは、もう少し後で考えよう。
うん、絶対に後で。
【ドバイワールドカップデー2022】サクラノヒメが最後方から豪快差し切り!日本馬3着まで独占!ドバイシーマクラシック
2022年3月27日 05:14配信 スポーツ競馬
ドバイシーマクラシック(G1・芝2410m)
26日(日本時間27日未明)、アラブ首長国連邦・メイダン競馬場でドバイワールドカップデーが開催された。芝2410mで争われたドバイシーマクラシック(G1)は、日本の白毛の三冠馬サクラノヒメ(牝4・美浦・水野厩舎)が最後方からの大外一気を決め、優勝した。鞍上は主戦・横川武司騎手の負傷離脱に伴い急遽乗り替わった横川典広騎手。2着には同じく日本のシャフリヤール(牡4・栗東・藤澤厩舎)が入り、日本馬によるワンツーフィニッシュとなった。
■ まさかの最後方から「この馬なら」と信じた
レースは好位につけたオーソリティが主導権を握り、それにシャフリヤールが続く展開。サクラノヒメはゲート内で躓くアクシデントに見舞われ、スタート直後から最後方に位置する苦しい展開を強いられた。
しかし最終コーナー手前から大外に持ち出すと、そこから見せた末脚は圧巻の一言。馬群を外から豪快に飲み込み、残り100mで先頭に立ったシャフリヤールとユビアー、さらに猛追したユーバーレーベンとの4頭による壮絶な叩き合いを制して、写真判定の末に1着となった。
レース後、横川典広騎手は涙をこらえながらこう語った。
「ゲートで躓いた瞬間はヒヤッとしました。でもこの馬は後ろに下がりながらも脚が安定していたので、僕も落ち着けた。直線に入った瞬間、外に出したらスイッチが入るのがわかった。あとはこの馬を信じるだけでした。武司は悔しかったと思います。でも一度も弱音を言わなかった。『ヒメのこと、頼みます』と言ってくれたから……今日は二人分、乗りました」
主戦の横川武司騎手は先月の落馬事故による肋骨骨折のため今回は欠場。父への乗り替わりは発表当初から大きな注目を集めていたが、その期待に完璧に応えてみせた。
■ 水野調教師「ゲートのことは関係ない」
水野調教師はレース後、報道陣に対して落ち着いた口調でこう述べた。
「ゲートのことは、結果的には関係なかった。あの馬はああいう状況でも崩れない。それはわかっていた。ただ、騎手がよく辛抱してくれた。横川典広騎手の判断が完璧だったと思います」
また、次走については「まだ決めていない」としながらも、秋の凱旋門賞(仏・G1)への参戦が有力視されている。
■ 「悔しいけど、次は勝つ」
2着のシャフリヤールは終盤まで好位につけていた。直線でも抜け出し、一時サクラノヒメに差し返す場面も。騎手は「最後まで勝ちにいった。でも、サクラノヒメが強すぎた。でも自分たちも力を出し切れた」と語り、調教師も「この馬の力は本物。しかし、負けは負けですからね。次は勝ちます」とコメントした。
■ ネットの反応
レース結果が伝わると、日本のSNSは深夜にもかかわらず大きく盛り上がった。
「最後方から差し切るとか頭おかしいやろ。。。(褒めてる)」
「ノリさん泣かせてくれるじゃないか……武司くん早く戻ってきてくれ」
「ユーバーレーベンも強かった。日本馬のワンツー?いやスリー?って普通にやばい」
「水野先生のコメント毎回短すぎて笑う でも全部言ってるからな」
「ヒメちゃんの末脚、人間の目で追えないんだが」
「凱旋門賞行くなら絶対に勝ってくれ。頼む」
脳死で書いてる部分もあるので違和感とかあったらご指摘おまちしてます。
展開とかちゃんと考えてはいるんだが難しいな( •ω• )
普通に書ける作者さん羨ましい!汗
今回も読んでくださりありがとうございました!
次走もアンケートしようかなと思ってますんでまたよろしくお願いします(*´︶`*)ノ
今思ったんだが年度代表馬とかヒメちゃんが獲得した称号とか書くの忘れてた。とりあえずここに書き込んでおきます
2020年 最優秀2歳牝馬
2021年 最優秀3歳牝馬
2021年 年度代表馬
こんくらいですかね?別に話の中で書いた方がよいのかな•́ω•̀)?
凱旋門賞 前哨戦としてどこ行くか
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ヴェルメイユ賞※牝限
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フォワ賞
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ニエル賞
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ギヨームドルナノ賞
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プランスドランジュ賞