凱旋門賞は目の前ですねぇ、、、
ヒメたちがどんな結果を残せるのかお楽しみにしてくださいね( *´︶`*)
あと投稿めっちゃ空いてしまった……仕事めっちゃ激務になってしまってな…人足りてないんや…
フォワ賞——パリロンシャン競馬場
ゲートに、入った。私を入れて7頭立て。
私が経験してきたレースのなかでは、1番の少頭数。
日本のレースに比べると、ずいぶん静かだった。
スタンドの声も、日本ともドバイともやはり違う。異国の言葉が、風に混じっていた。
たけしの手綱が、いつも通りだった。
帰ってきた手綱。私の初の海外遠征ドバイには間に合わなかったし、宝塚では届かせられなかったけど……今は、ここロンシャンの地で、栄光を。
足元の芝を、確かめた。重い。現地入りした時に感じた、あの湿った空気。
その空気が染み込んだ芝が、蹄の下にあった。調教でも思ったけど、日本の高速馬場とは、全然違った。
沈む、沈む、沈む。脚が、沈む感覚があった。
これが、ロンシャンか。前世で何度も見た、あの芝。
ディープインパクトも、オルフェーヴルも、この芝の上で走った。
そして……届かなかった。
『(怖くない)』
私は、自分に言い聞かせた。
『(重いならば、それに合わせた走りをすればいいだけの話。芝の感覚が違うならば、それに体を合わせれば良いだけなんだよ。ドバイでも走りきれたんだから。調教である程度の感覚は掴んでる)』
ゲートが、開いた。7頭が、飛び出した。
ベリーエレガントが、先頭に立った。バブルギフトが、それに続く。イレジンが、後方に控えた。
私は……さらに後ろの最後方につけた。大外枠から、自然に。最後方と言っても、少数であるためにそれほど影響はなかった。
泥を被るレースは慣れている。たしかメイクデビューでも京都記念でもすっごい芝が重かったはず。被らないのが1番ではあるけれどもね。
たけしが、無理に動かさなかった。じっくりと、脚を溜める形だった。
「ベリーエレガントが先頭、バブルギフトが2番手。日本のサクラノヒメは最後方、外の方を追走しています」
最初の1000m。ペースは、速くなかった。日本のような流れじゃなかった。全くと言って良いほどに。
ゆったりと、しかし馬群はぎゅっと固まっていた。
縦長にならない。全頭が、ひとかたまりのまま進んでいく。
『(みんな、溜めてんのか)』
ヨーロッパの競馬は、こういうものだと知っていた。
タフな、消耗戦。ドスロー展開。水はけが良くないターフ。その為に、馬場が重くなりやすい。日本の血統の馬では、歯が立たなかった。
直線で、どれだけ脚が残っているか。
重い芝の上で、最後まで脚を使えるか。
────向こう正面。
隊列は、変わらなかった。ベリーエレガントが逃げ、全馬が一団のまま。
私も、最後方のまま。脚を、溜めていた。たけしも、まだ手綱を動かさなかった。
────我慢。
今日のレースは、我慢のレースだ。
3コーナーを回った。隊列は、変わらない。ベリーエレガントが逃げて、全馬が一団。
そして……前方に、それが見えた。
直線。
長い、直線が見えた。
『(……よし!!!)』
体が、また疼いた。
ここだ。ここから行くんだ。直線に入ったら、末脚を解放して……。
脚に、力が入る。仕掛けの合図を、待った。いつものように。たけしが押すのを。
……来ない。
合図が、来ない。
たけしの手綱は、まだ静かなままだった。
『(どうして……?)』
直線なのに。
目の前に、まっすぐな芝が伸びているのに。
なんで。なんで合図が来ないんだ。
このままじゃ、仕掛け遅れるぞ。たけし。私の使い方忘れたんか!?
これなら、また私が勝手に────!
「……まだだ」
たけしが、低く呟いた。
「まだだ、ヒメ。我慢だ」
『(まだ……?)』
私は、混乱しながらも……従った。たけしの声を、信じた。
宝塚記念を一緒に戦った、この手綱を信じた。
そして……次の瞬間。
目の前の「直線」が……曲がった。
緩やかに、右へ。
まっすぐだと思っていた芝が、カーブを描いていた。
『(……!!!)』
フォルスストレート
思い出した。
前世の記憶の、奥の方から。
ロンシャン名物────偽りの直線。
直線に見えて、直線じゃない。
ここで仕掛けた馬は、本当の直線で脚をなくす。
何頭もの馬が、この偽物に騙されてきた。
そして、現に私は今……騙されかけていた。
たけしが止めてくれなければ、ここで体力を消耗してた。
『ぶるるっ(……たけし!)』
背に乗せてるたけしの口角が少し上がった気がした。
「俺、ここのコース図、百回見てきたから」
……百回かよ。
この人は、ロンシャンを、百回歩いていたんだ。
頭の中で。私を勝たせるために。
胸が、熱くなった。
偽りの直線を、我慢して回り切った。
そして……
本当の直線が、開けた。
「……今だッ。行けッ、ヒメッ!!!」
合図が、来た。
……重い芝が、もう重くなかった。蹄が、芝を掴んだ。掻き分けるんじゃない。掴んで、蹴る。
一歩ごとに、体が前へ飛んだ。
前の馬が、流れるように後ろへ消えていく。
バブルギフト……交わした。
ベリーエレガント……交わした。
先頭に、立った。
もうほかには何も来ない。
届かせない。
誰も追いかけられない。
誰も追いつけない。
私の末脚は、まだ残っていた。
────突き放す!!!
2馬身。3馬身。4馬身。
「ゴーーールッ。サクラノヒメッ。圧勝ですッ。日本の三冠馬、ロンシャンの初戦を4馬身差離しての勝利で飾りましたッ。前年のディープボンドに続き、フォワ賞を……日本馬が、完勝ですッ」
脚が、緩んだ。息を、整わせる。
あ〜〜〜危なかった。
たけしが、馬上で大きく息を吐いた。
「……よし。よしよしよし。完璧だ、ヒメ。完璧だった」
声が、震えていた。
「お前、フォルスで一回行こうとしただろ」
……バレてた。
「でも、我慢できた。俺の声、聞いてくれたんだな」
たけしが、首を撫でてくれる。
「これなら……本番、戦えるだろ」
私は、ロンシャンの空を見上げた。灰色の、低い空。冷たい風。重い芝の匂い。
ぜんぶ攻略した。
ロンシャンの罠を、ひとつ越えた。スローペースの我慢も。フォルスストレートも。重い芝も。全部……たけしと一緒に、越えた。
引き上げながら、私はふと、遠くを見た。
この同じロンシャンで、今日……あと何分か後に、もうひとつのレースがある。
ヴェルメイユ賞。
レーベンちゃんが、走る。
『(レーベンちゃん)』
私は、心の中で語りかけた。
届かないのは、わかってる。
でも……言いたかった。
『(ほら、私は勝ったよ。ロンシャンの芝、ちゃんと攻略してきたよ。フォルスストレートっていう意地悪な罠もあったけど、たけしと一緒に越えたよ。だから……』
レーベンちゃんも、勝ってね。
灰色の空の下、白い馬体が、ゆっくりとウイニングランを終えた。
スタンドから、聞き慣れない言葉の歓声が降ってきた。
フランス語の中に、時々、日本語が混ざっていた。
遠くまで、応援に来てくれた人たちがいたということ。
私は、その声に向かって、一度だけ高く嘶いた。
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