桜の姫がターフを駆けた軌跡   作:夜刀神 闇

40 / 41
さていよいよここまで来ましたね!
凱旋門賞は目の前ですねぇ、、、
ヒメたちがどんな結果を残せるのかお楽しみにしてくださいね( *´︶`*)
あと投稿めっちゃ空いてしまった……仕事めっちゃ激務になってしまってな…人足りてないんや…


第34話 ロンシャン初戦 GIIフォワ賞

フォワ賞——パリロンシャン競馬場

 

ゲートに、入った。私を入れて7頭立て。

私が経験してきたレースのなかでは、1番の少頭数。

日本のレースに比べると、ずいぶん静かだった。

 

スタンドの声も、日本ともドバイともやはり違う。異国の言葉が、風に混じっていた。

 

たけしの手綱が、いつも通りだった。

帰ってきた手綱。私の初の海外遠征ドバイには間に合わなかったし、宝塚では届かせられなかったけど……今は、ここロンシャンの地で、栄光を。

 

足元の芝を、確かめた。重い。現地入りした時に感じた、あの湿った空気。

その空気が染み込んだ芝が、蹄の下にあった。調教でも思ったけど、日本の高速馬場とは、全然違った。

沈む、沈む、沈む。脚が、沈む感覚があった。

 

これが、ロンシャンか。前世で何度も見た、あの芝。

ディープインパクトも、オルフェーヴルも、この芝の上で走った。

そして……届かなかった。

 

『(怖くない)』

 

私は、自分に言い聞かせた。

 

『(重いならば、それに合わせた走りをすればいいだけの話。芝の感覚が違うならば、それに体を合わせれば良いだけなんだよ。ドバイでも走りきれたんだから。調教である程度の感覚は掴んでる)』

 

ゲートが、開いた。7頭が、飛び出した。

ベリーエレガントが、先頭に立った。バブルギフトが、それに続く。イレジンが、後方に控えた。

 

私は……さらに後ろの最後方につけた。大外枠から、自然に。最後方と言っても、少数であるためにそれほど影響はなかった。

泥を被るレースは慣れている。たしかメイクデビューでも京都記念でもすっごい芝が重かったはず。被らないのが1番ではあるけれどもね。

たけしが、無理に動かさなかった。じっくりと、脚を溜める形だった。

 

「ベリーエレガントが先頭、バブルギフトが2番手。日本のサクラノヒメは最後方、外の方を追走しています」

 

最初の1000m。ペースは、速くなかった。日本のような流れじゃなかった。全くと言って良いほどに。

ゆったりと、しかし馬群はぎゅっと固まっていた。

縦長にならない。全頭が、ひとかたまりのまま進んでいく。

 

『(みんな、溜めてんのか)』

 

ヨーロッパの競馬は、こういうものだと知っていた。

タフな、消耗戦。ドスロー展開。水はけが良くないターフ。その為に、馬場が重くなりやすい。日本の血統の馬では、歯が立たなかった。

 

直線で、どれだけ脚が残っているか。

重い芝の上で、最後まで脚を使えるか。

 

────向こう正面。

隊列は、変わらなかった。ベリーエレガントが逃げ、全馬が一団のまま。

私も、最後方のまま。脚を、溜めていた。たけしも、まだ手綱を動かさなかった。

 

────我慢。

今日のレースは、我慢のレースだ。

 

 

3コーナーを回った。隊列は、変わらない。ベリーエレガントが逃げて、全馬が一団。

そして……前方に、それが見えた。

 

直線。

長い、直線が見えた。

 

『(……よし!!!)』

 

体が、また疼いた。

ここだ。ここから行くんだ。直線に入ったら、末脚を解放して……。

脚に、力が入る。仕掛けの合図を、待った。いつものように。たけしが押すのを。

 

 

 

 

 

……来ない。

合図が、来ない。

たけしの手綱は、まだ静かなままだった。

 

『(どうして……?)』

 

直線なのに。

目の前に、まっすぐな芝が伸びているのに。

なんで。なんで合図が来ないんだ。

このままじゃ、仕掛け遅れるぞ。たけし。私の使い方忘れたんか!?

これなら、また私が勝手に────!

 

「……まだだ」

 

たけしが、低く呟いた。

 

「まだだ、ヒメ。我慢だ」

『(まだ……?)』

 

私は、混乱しながらも……従った。たけしの声を、信じた。

宝塚記念を一緒に戦った、この手綱を信じた。

そして……次の瞬間。

目の前の「直線」が……曲がった。

 

緩やかに、右へ。

まっすぐだと思っていた芝が、カーブを描いていた。

 

『(……!!!)』

 

フォルスストレート

 

思い出した。

前世の記憶の、奥の方から。

ロンシャン名物────偽りの直線。

直線に見えて、直線じゃない。

ここで仕掛けた馬は、本当の直線で脚をなくす。

何頭もの馬が、この偽物に騙されてきた。

そして、現に私は今……騙されかけていた。

たけしが止めてくれなければ、ここで体力を消耗してた。

 

『ぶるるっ(……たけし!)』

 

背に乗せてるたけしの口角が少し上がった気がした。

 

「俺、ここのコース図、百回見てきたから」

 

……百回かよ。

この人は、ロンシャンを、百回歩いていたんだ。

頭の中で。私を勝たせるために。

 

胸が、熱くなった。

偽りの直線を、我慢して回り切った。

そして……

 

本当の直線が、開けた。

 

「……今だッ。行けッ、ヒメッ!!!」

 

合図が、来た。

 

……重い芝が、もう重くなかった。蹄が、芝を掴んだ。掻き分けるんじゃない。掴んで、蹴る。

一歩ごとに、体が前へ飛んだ。

 

前の馬が、流れるように後ろへ消えていく。

バブルギフト……交わした。

ベリーエレガント……交わした。

 

先頭に、立った。

 

もうほかには何も来ない。

 

届かせない。

 

誰も追いかけられない。

 

誰も追いつけない。

 

私の末脚は、まだ残っていた。

 

────突き放す!!!

 

2馬身。3馬身。4馬身。

 

 

 

「ゴーーールッ。サクラノヒメッ。圧勝ですッ。日本の三冠馬、ロンシャンの初戦を4馬身差離しての勝利で飾りましたッ。前年のディープボンドに続き、フォワ賞を……日本馬が、完勝ですッ」

 

 

 

 

 

 

 

脚が、緩んだ。息を、整わせる。

あ〜〜〜危なかった。偽りの直線(フォルス・ストレート)のこと、すっかり忘れてたわ。

たけしが、馬上で大きく息を吐いた。

 

「……よし。よしよしよし。完璧だ、ヒメ。完璧だった」

 

声が、震えていた。

 

「お前、フォルスで一回行こうとしただろ」

 

……バレてた。

 

「でも、我慢できた。俺の声、聞いてくれたんだな」

 

たけしが、首を撫でてくれる。

 

「これなら……本番、戦えるだろ」

 

私は、ロンシャンの空を見上げた。灰色の、低い空。冷たい風。重い芝の匂い。

 

ぜんぶ攻略した。

 

ロンシャンの罠を、ひとつ越えた。スローペースの我慢も。フォルスストレートも。重い芝も。全部……たけしと一緒に、越えた。

引き上げながら、私はふと、遠くを見た。

この同じロンシャンで、今日……あと何分か後に、もうひとつのレースがある。

 

ヴェルメイユ賞。

レーベンちゃんが、走る。

 

『(レーベンちゃん)』

 

私は、心の中で語りかけた。

届かないのは、わかってる。

でも……言いたかった。

 

『(ほら、私は勝ったよ。ロンシャンの芝、ちゃんと攻略してきたよ。フォルスストレートっていう意地悪な罠もあったけど、たけしと一緒に越えたよ。だから……』

 

 

 

レーベンちゃんも、勝ってね。

灰色の空の下、白い馬体が、ゆっくりとウイニングランを終えた。

スタンドから、聞き慣れない言葉の歓声が降ってきた。

フランス語の中に、時々、日本語が混ざっていた。

 

 

遠くまで、応援に来てくれた人たちがいたということ。

私は、その声に向かって、一度だけ高く嘶いた。

 

 

サクラノヒメ 5歳以降どうする?

  • 海外ローテ!欧州や他国GI巡り
  • ダート挑戦!国内ほかドバイBCサウジなど
  • 国内専念!大阪杯、天皇賞、有馬記念など
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。