桜の姫がターフを駆けた軌跡   作:夜刀神 闇

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大変お待たせいたしました^^;
夏を超え秋になってしまった……т т
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
お気に入りとか減ってたりすんのかなーとか思ったら見てくれてる人がまだいる!嬉しい!
というわけでお久しぶりの投稿です!

凱旋門賞、残念でした……タバル君テラ君お疲れ様でした。


第35話 並んでいなくても

体の芯に、まだ火が残っていた。

 

フォワ賞を勝った熱が、抜けきらない。重い芝を走り切った脚が、じんじんと痺れている。悪くない痺れだった。田中さんに体を拭かれ、飼い葉を食べ、ようやく息が落ち着いた頃、遠くでスタンドがどよめいた。

 

ヴェルメイユ賞だ。

 

耳だけが、外へ向いた。異国のアナウンスが、雨に濡れた空気の向こうで何かを叫んでいる。あの子の名前を呼んだ気がした。けれど、そのあとの言葉が、どうしても聞き取れない。結果は、わからないままだった。

 

それから、どれくらい経っただろう。厩舎の外が、急に騒がしくなった。蹄の音。人の声。レーベンちゃん担当の人の、裏返った声。

 

帰ってきた。

 

私は馬房の中で顔を上げた。廊下の向こうから、黒い馬体が現れた。体中から湯気が立っている。息はまだ荒く、重い芝を、全力で走ってきた証だった。

 

そして、その目が……輝いていた。

 

『ヒメ……わたしっ』

 

レーベンちゃんは、私の馬房の前で止まった。湯気を立てながら、息を整えながら、それでも真っ先に、私のところへ来た。

 

『……やったよ』

 

静かな声だった。でも、震えていた。

 

『勝った。勝ったよ。私』

 

胸の奥から、熱いものが一気に湧き上がった。

 

『……レーベンちゃん』

『この芝で、勝った』

 

声が、途中で少し詰まった。

 

『最後ね、脚が重くて。日本と全然違って、沈むの。芝が。2着の子と並んで、全然抜けなくて……また2着か、って、一瞬思った』

『……うん』

『でも、少し前に聞こえたの。みんなが「ヒメ」って言ってた。嬉しそうに、何度も。だから、わかった。ヒメが勝ったんだって。ヒメが勝てたなら、私も勝てる。この芝でも、私たちの脚は通用する。そう思ったら、脚が、出た』

 

私は、何も言えなかった。私の勝利が、あの子の力になっていた。別々のゲートから出て、別々のゴール板を越えて、それでも、繋がっていた。

 

『おめでとう』

 

やっと、それだけ言った。

 

『おめでとう、レーベンちゃん。本当に、おめでとう』

 

レーベンちゃんが、鼻を鳴らした。笑ったのだと、わかった。

 

『ヒメも。おめでとう』

『ありがとう』

『あの、直線に見えて直線じゃないところ。引っかからなかった?』

『……ちょっと、引っかかりかけた』

『やっぱり』

『たけしが止めてくれた』

『いい人間じゃん』

『うん。自慢の騎手』

 

レーベンちゃんが、柵越しに首を伸ばしてきた。私も伸ばした。鼻先が、こつんと触れた。泥と汗と、雨の匂いがした。

 

ドバイの夜と同じ仕草だった。宝塚の後とも同じ。でも今日は、慰める側も、悔しがる側もいない。2頭(ふたり)とも、勝って帰ってきた。こんなことは、初めてだった。

 

『……ねえ、ヒメ』

『うん』

『私たち、強くなったね』

 

しみじみとした声だった。放牧地で泣いて力付けあっていたっけ。でもロンシャンの重い芝で、同じ日に、ふたりとも勝った。

 

『……うん。強くなった。レーベンちゃんは特に。びっくりするくらい』

『ヒメのおかげだよ』

『違う。自分自身の脚で勝ったんでしょ』

『……そうだけど。でも、追いかける背中があったから』

 

レーベンちゃんは少し黙って、それから、静かに言った。

 

『次だね』

 

空気が、わずかに変わった。

 

『……うん』

『あのね、2着の子がレースの後に言ってたの。灰色のすっごく強い牝馬がいるんだって』

 

知っている。前世の記憶が、その存在の重さを知っている。私は何も言わず、ただ頷いた。

 

『世界中の強い馬が来て、私たちは、今度は同じレースを走る』

 

その目が、まっすぐ私を見た。

 

『ヒメ。言っておくことがある』

『なによ』

『凱旋門賞、私、本気で勝ちに行くから』

 

静かな声だった。でも、燃えていた。

 

『ヒメの友達としてじゃなくて、一頭の馬として、勝ちに行く。ヒメが相手でも、他の強い馬が相手でも、誰であろうと譲らないからね』

 

ああ、と思った。この子は、本当に強くなった。放牧地で泣いてた子が、世界で一番高い舞台を前にして、私の目を見て、勝ちに行くと言っている。

 

嬉しかった。怖いくらい、嬉しかった。

 

『……望むところだよ』

 

私は言った。

 

『私も、勝ちに行く。レーベンちゃんが相手でも、タイホ君が相手でも、譲らない』

『タイホ君って』

『……タイトルホルダー』

『ずいぶん仲がいいじゃん』

『いいでしょうよ』

 

レーベンちゃんが、ふっと笑った。張りつめていた空気が、少しだけ緩んだ。

 

『じゃあ、決まりだね』

 

首を引いて、自分の馬房へ向かいかけて、最後に振り返った。

 

『ヒメ、全力でぶつかろうね。……それで』

 

少しだけ、間があった。

 

『それで、私たちの走りを見せつけてやろう?』

 

黒い馬体が、隣の馬房に消えた。

 

私は、しばらく動けなかった。その言葉が、胸の真ん中に残っていた。日本馬が誰も勝てなかった凱旋門賞。ディープインパクトも、オルフェーヴルも、届かなかった場所。そこへ、日本馬6頭全員で行く。全力でぶつかり合いながら。

 

ロンシャンの夜は静かだった。日本とは違う匂いの夜気が、厩舎に流れ込んでいた。隣の馬房から、レーベンちゃんが寝藁を踏む音がした。その音を聞きながら、私は目を閉じた。

 

凱旋門賞まで、あと3週間か。

ああ、体が震えるな。とんでもないくらいの震えだ。

でも体の芯の火は、消えていなかった。消えるどころか、大きくなっていた。

大丈夫、これは、武者震いだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

ゴール板を、過ぎた、そのとき。

その瞬間、何が起きたのか、私にはわからなかった。

 

耳の奥で、人間たちの言葉が爆ぜていた。いつも聞く人間の声とは違う音。その中に、自分の名前が聞こえたのを私はずっと頭の中で反響させていた。

 

 

 

ユベルレベン。

 

 

 

ここの人間の口は、私の名前をそう呼んだ。いつも私を呼ぶ人間の声とは違う音だった。それでも、それは紛れもなく私の名前で。

脚が、動き続けていた。止め方を、忘れていた。地面に沈んだ蹄が、惰性のまま芝を掻いている。

 

息が、できない。胸が、焼けそうだ。

さっきまで隣にいたはずの女の子がいない。

 

 

……いた。

振り返らなくても、目を少し後ろに向けるだけでわかった。最後のほうずっと前にあった息遣いが、今は半歩後ろにある。

 

……勝った?

 

背中の人の手が、首筋を叩いた。一度、二度、三度。叩きながら、何かを叫んでいた。言葉はわからない。でも、その手が震えていた。震えながら、何度も何度も、首を叩いていた。

 

大きなレースで勝ったあの日から、ずっと背中にいた人だった。砂の香りがするレースで負けた日、この手は黙って首を撫でた。今日は、震えながら叩いている。

 

人間の言葉は、わからない。

でも、この手の意味は、わかる。

 

勝った。

 

勝った。

 

勝った。

 

私が、勝った、ってことだ。

 

この重い重い芝で。全く知らない牝馬たちを相手に。

私が……私だけが、ゴール板を最初に越えた。

 

実を言うと直線で、全くと言っていいほど脚が動かなかった。

 

今まで走ってきた芝とは、まるで違った。蹴っても、蹴っても、地面が力を返してこない。沈む。沈む。沈む。内で粘る娘に、残りあと少しで並びかけて……ぜんぜん、差が、詰まらなかった。

 

このまま、2番目か。

また、誰かの後ろを走るのか。

また、勝てなかったよ。そんな声が、頭の奥から聞こえてきそうだった。

 

 

 

その時だった。レースの前で聞いた、あの音が蘇った。

人間の言葉は、わからない。でも、ひとつだけわかる音がある。いつもの人たちが何度も何度も、嬉しそうに口にしていた音。担当の人が、私の首を撫でながら、何度も繰り返していた音。

 

サクラノヒメ。

 

その音と、人間たちの高揚。意味は、わかった。言葉がわからなくても、わかった。

ヒメが、勝った。

この芝で。この重い重い芝で。泥濘のような地面の上で。今日、もう。

 

ヒメが、1番前でゴールしたということ。

 

あの白い背中は、いつも私の前にいた。でも今日は、違った。今日はあの子が先に走って、この芝で私たちの脚が通用することを、証明してくれていた。

ヒメがここにいないのに、ヒメが前にいたんだ。

その事実が、私を1番前でゴールさせてくれた。

残りあと少し。上の人の手が動いた。私の体が、応えた。重い芝が、一瞬だけ軽くなった気がした。前を走っていた娘と、並んだ。残りもう少し、前に出た。残りほんの少し、差し返される気がした。それでも、蹴った。

 

頭ひとつ分抜けてゴールした。

それだけの差で、私はゴールした。

 

 

 ̄ ̄脚が、ようやく緩んだ。

泥が、腹まで跳ねていた。黒い馬体が、泥と汗でさらに黒くなっていた。冷たい小雨が、火照った背中に落ちていた。

 

たくさんの人間の拍手が降ってきた。

いつもの歓声とは違う、落ち着いた拍手だった。でもその中に、ひときわ大きな、裏返った声があった。

 

「ユーバーレーベン!!!!!」

 

私の名前を呼ぶ声だった。

ヒメに送られていたのと、同じ声だった。知らない人達の声が、私の名前を呼んでいた。

 

その声が……胸の、奥まで届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厩舎への道を、歩いた。

雨が、まだ降っていた。灰色の空の下、芝が暗い緑色に濡れていた。体から、湯気が立っていた。泥が、脚に絡みつく感触を残したまんまに。

 

歩きながら、思った。

今日、私たちは同じレースを走らなかった。あの子は別のレースを、私はまた別のレースを。別々のゲートから出て、別々のゴール板を越えた。

 

それなのに。それだというのに。並んで走った気がした。

あの子がこの芝を走って、勝って。そのまた後に私が同じ芝を走って、勝った。まるで隣で走っていたみたいだった。砂の香りがするレースの時のように。ヒメより先にゴールできたあの時のように。

 

並んでいなくても、並んで走れるんだ。

その事実が、胸の中で静かに燃えていた。

 

ならば、次は。次は、本当に並んで走る。同じゲートから出て、同じゴール板を目指して。この芝で。

そして今度は……私が、先に越える。

 

厩舎の灯りが、見えてきた。その一番奥の馬房に、白い顔があった。

こちらを見ていた。私は興奮を抑えられずに人間を引っ張っていった。

まだ息が整っていない。そのままだ。でも……真っ先に、あの子のところへ行く。

伝えたいことは、ひとつだけだった。

 

 

 

『ヒメ、わたし…………!』

 

 

 

 




馬側の視点でレース名をどう表現するかがすごくポイントかなと思ってます。
人間がよく言う言葉、として扱えばいけるかなと思ってタイトルホルダーは既に菊花賞とか天皇賞とか言わせてしまってるけど大丈夫かな〜
残りあと少し。残りもう少し。残りほんの少し。は残り200m、100、50を表してるつもりだけど伝わるかな〜
凱旋門賞の地文は書き始めてるけどやっぱり難しいし十分に考えております……もう少々おまちを……
お身体に気をつけてお過ごしくださいませ( . .)"

サクラノヒメ 5歳以降どうする?

  • 海外ローテ!欧州や他国GI巡り
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