桜の姫がターフを駆けた軌跡   作:夜刀神 闇

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そしてアンケートも助かりました!!


第5話 白毛

 

 

7月。

 

梅雨が明け、本格的な夏が訪れた頃。

 

 

 

「お姫様、ちょっと見てくれよ」

 

 

 

田中さんが、タブレットを持って馬房にやってきた。

 

画面には、競馬のニュースサイトが映っている。

 

 

 

【速報】ソダシ、新馬戦快勝!白毛の新星、またも誕生

函館1800m、2着に2馬身差の快勝

 

 

 

ソダシ。

 

 

 

その名前を見た瞬間、私の心臓が跳ねた。

 

 

 

知ってる。

 

人間だった頃、この馬の名前を何度も聞いた。

 

 

 

白毛の牝馬。

 

無敗で阪神JFを勝ち、そのままの勢いで桜花賞を制した、歴史的な馬。

 

 

 

「同じ白毛なんだってよ、お前と」

 

 

 

田中さんが、画面をスクロールする。

 

 

 

映像には、真っ白な牝馬が映っていた。

 

函館競馬場。芝1800m。

 

真っ白な馬体を弾ませてゴールを駆け抜けるソダシ。

 

 

 

「綺麗だなぁ……」

 

 

 

田中さんが、感心したように呟く。

 

「お前もそうだけど、白毛ってやっぱり目立つよな」

 

 

 

私は、画面を食い入るように見つめた。

 

 

 

ソダシ。

 

 

 

血統を見ると……

 

 

 

父クロフネ、母ブチコ。

 

母の父はキングカメハメハ。

 

 

 

そして、母ブチコは……

 

 

 

シラユキヒメ産駒。

 

 

 

「あれ、血統表見たら……」

 

 

 

田中さんが、気づいた。

 

「お前の母さんも、シラユキヒメ産駒だったよな?」

 

「ってことは……」

 

 

 

近親。

 

 

 

ソダシと私は、かなり近い血統なんだ。

 

 

 

「白毛の姉妹、みたいなもんか」

 

 

 

田中さんが、笑った。

 

「すげぇな。同じ年に、白毛が二頭も活躍するなんて」

 

 

 

 

 

画面の中のソダシは、誇らしげにウイニングランをしていた。

 

その姿が、眩しかった。

 

 

 

ソダシは、この後の来春……牝馬クラシックに向かう。

 

 

そして。

 

 

 

……桜花賞を勝つ。

 

白毛として、史上初のクラシック制覇。

 

 

 

でも、それは牝馬限定戦。

 

 

 

もし、私が牡馬戦線に向かったら……?

 

 

 

白毛で初の、牡馬クラシック挑戦。

 

 

 

そんな未来も、あるのかもしれない。

 

 

 

「てかさ」

 

 

 

田中さんが、記事を読みながら言った。

 

「このソダシって馬、次走まだ決まってないんだって」

 

「……ブルルッ(え?)」

 

「ほら、ここに書いてある。『陣営は慎重に次走を検討中』って」

 

 

 

田中さんが、少し考え込む表情になる。

 

「もしかして……札幌2歳Sとか?」

 

 

 

 

 

札幌2歳S。

 

 

 

もし、私がそこに出走して……

 

 

 

ソダシも、そこに来たら……

 

 

 

「白毛対決、とか……すげぇことになるな」

 

 

 

田中さんが、ワクワクしたように言った。

 

「お前とソダシが並んで走るとか、絶対盛り上がるって」

 

 

 

私は、画面の中のソダシを見つめた。

 

 

 

もし、一緒に走ることになったら。

 

 

 

どんな感じなんだろう。

 

 

 

白毛同士で、競い合う。

 

 

 

少し、ドキドキした。

 

 

 

「お前も負けんなよ、お姫様」

 

 

 

田中さんが、私の首を撫でてくれた。

 

「白毛の誇り、かかってるからな」

 

 

 

私は、小さく鼻を鳴らした。

 

 

 

うん。

 

負けない。

 

 

 

私……

 

 

 

白毛として、走り続ける。

 

 

ソダシにだって、勝ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【競馬】白毛総合スレ Part.144

 

1 名無しさん@実況厳禁

ソダシ、新馬勝ったぞ!!

 

2 名無しさん@実況厳禁

>>1

見てた見てた

強すぎじゃん

 

3 名無しさん@実況厳禁

函館の映像見たけど真っ白で綺麗すぎる

 

4 名無しさん@実況厳禁

1800m勝ったってことは

結構距離使えるタイプ?

 

5 名無しさん@実況厳禁

今年、白毛当たり年だな

 

6 名無しさん@実況厳禁

サクラノヒメもいるし

白毛が二頭も活躍とか胸熱

 

7 名無しさん@実況厳禁

>>6

しかも近親らしいな

どっちもシラユキヒメ系

 

8 名無しさん@実況厳禁

白毛の姉妹か

浪漫しかない

 

9 名無しさん@実況厳禁

父がクロフネとドゥラメンテで、そんで……

 

10 名無しさん@実況厳禁

>>9

母父もキングカメハメハとクロフネだし

配合が面白いよな

 

11 名無しさん@実況厳禁

来年のクラシック、どっちも出るかな

 

12 名無しさん@実況厳禁

>>11

ソダシは桜花賞狙いだろうな

サクラノヒメは……どうなんだろ

 

13 名無しさん@実況厳禁

サクラノヒメ、まだ次走決まってないんだよな

 

14 名無しさん@実況厳禁

ソダシも次走未定らしい

 

15 名無しさん@実況厳禁

>>14

マジで?

じゃあもしかして……

 

16 名無しさん@実況厳禁

札幌2歳Sで白毛対決とか?

 

17 名無しさん@実況厳禁

>>16

それは胸熱すぎる

 

18 名無しさん@実況厳禁

白毛二頭が並んで走る姿想像したら

もう泣けてきた

 

19 名無しさん@実況厳禁

でもまだ決まってないからな

両方違うレース使うかもしれん

 

20 名無しさん@実況厳禁

とりあえず白毛の時代来てるわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【競馬】2歳牝馬総合スレ Part.25

 

678 名無しさん@実況厳禁

ソダシ勝ったな

サクラノヒメに続いて白毛2頭目

 

679 名無しさん@実況厳禁

今年の2歳牝馬、レベル高くね?てか白毛強くね?

 

680 名無しさん@実況厳禁

サクラノヒメ、ソダシ

他にも強そうなの何頭かいるし。サクラノヒメ追ってきたユーバーレーベンも

 

681 名無しさん@実況厳禁

来年の桜花賞楽しみすぎる

 

682 名無しさん@実況厳禁

>>681

ただサクラノヒメが牝馬路線来るかは不明

 

683 名無しさん@実況厳禁

水野厩舎、まだ次走決めてないらしいな

 

684 名無しさん@実況厳禁

牡馬混合の噂もあるし

 

685 名無しさん@実況厳禁

もし牡馬路線行ったら

桜花賞は白毛一騎打ちにならんのか

 

686 名無しさん@実況厳禁

>>685

それはそれで面白いけど

両方見たい気持ちもある

 

687 名無しさん@実況厳禁

その前に札幌で対決の可能性あるぞ

 

688 名無しさん@実況厳禁

>>687

マジで!?

 

689 名無しさん@実況厳禁

ソダシも次走未定で

札幌2歳Sがいちおう候補らしい

 

690 名無しさん@実況厳禁

サクラノヒメも札幌の噂あるし

もしかしたら実現するかも

 

691 名無しさん@実況厳禁

白毛対決、見たすぎる。直線で白毛同士がデッドヒート繰り広げる未来が見える見える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【競馬】水野厩舎総合スレ Part.33

 

123 名無しさん@実況厳禁

ソダシも勝ったし

サクラノヒメの次走早く決めてくれ

 

124 名無しさん@実況厳禁

師匠、まだ悩んでるのかな

 

125 名無しさん@実況厳禁

調教見る限り、順調そうだけどな

 

126 名無しさん@実況厳禁

坂路のタイム、めっちゃ良いらしいぞ

 

127 名無しさん@実況厳禁

>>126

52秒台連発してるって聞いた

 

128 名無しさん@実況厳禁

それだけ仕上がってるなら

そろそろ次走決めてもいい頃だよな

 

129 名無しさん@実況厳禁

牝馬限定か牡馬混合か

どっちだろうな

 

130 名無しさん@実況厳禁

札幌2歳S使ったらソダシとぶつかるかも

 

131 名無しさん@実況厳禁

>>130

白毛対決とか胸熱すぎる

 

132 名無しさん@実況厳禁

でも牡馬混合だから厳しいぞ

牝馬二頭で牡馬相手とか

 

133 名無しさん@実況厳禁

>>132

それはそれで見たい

白毛コンビで牝馬ワンツーフィニッシュとか

 

134 名無しさん@実況厳禁

妄想が捗るわw

 

135 名無しさん@実況厳禁

師匠を信じて待つしかないな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【競馬】血統スレ Part.91

 

456 名無しさん@実況厳禁

ソダシとサクラノヒメって

血統的に近いんだな

 

457 名無しさん@実況厳禁

>>456

どっちもシラユキヒメ系だからな

 

458 名無しさん@実況厳禁

白毛因子がどう作用してるのか気になる

 

459 名無しさん@実況厳禁

ソダシは父クロフネ、母父キングカメハメハ

サクラノヒメは父ドゥラメンテ、母父クロフネ

 

460 名無しさん@実況厳禁

>>459

めちゃめちゃ近親やんけ。従姉妹に当たるんか?

 

461 名無しさん@実況厳禁

ソダシはスピード×パワーって感じ

サクラノヒメはスタミナ×スピード

 

462 名無しさん@実況厳禁

どっちも母父が補強してるのは共通じゃね

 

463 名無しさん@実況厳禁

白毛の遺伝子研究、もっと進んでほしいわ

 

464 名無しさん@実況厳禁

今年がターニングポイントになるかもな

白毛二頭が活躍したら、価値上がる

 

465 名無しさん@実況厳禁

札幌で激突したら血統オタ歓喜だろ

白毛の可能性を比較できる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【競馬】札幌2歳S予想スレ

 

1 名無しさん@実況厳禁

まだ早いけど立てた

札幌2歳S予想スレ

 

2 名無しさん@実況厳禁

>>1

今年は白毛来るかもな

 

3 名無しさん@実況厳禁

サクラノヒメとソダシ

両方出たら祭りだわ

 

4 名無しさん@実況厳禁

まだどっちも出走確定してないけどな

 

5 名無しさん@実況厳禁

サクラノヒメは牡馬混合使うって噂

ソダシは次走未定

 

6 名無しさん@実況厳禁

もし両方来たら

白毛ワンツーあるか?

 

7 名無しさん@実況厳禁

>>6

さすがにそれは厳しいだろ

牡馬相手だぞ

 

8 名無しさん@実況厳禁

でも新馬の内容見たら

両方かなり強そうだけどな

 

9 名無しさん@実況厳禁

サクラノヒメは出遅れから勝ったし

ソダシは5馬身差圧勝

 

10 名無しさん@実況厳禁

能力は間違いなく高い

 

11 名無しさん@実況厳禁

問題は牡馬との力関係だな

 

12 名無しさん@実況厳禁

早く登録見たいわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月下旬。

 

 

 

水野調教師が、再び関係者を集めた。

 

 

 

「サクラノヒメの次走について、結論を出したい」

 

 

 

全員が、息を呑んで聞き入る。

 

 

 

「この一ヶ月、調教を見てきた」

 

 

 

水野調教師が、調教記録を広げる。

 

 

 

「坂路のタイムは、さらに向上している」

 

「併せ馬でも、古馬に引けを取らない」

 

「そして……」

 

 

 

彼が、全員を見渡した。

 

「この馬の成長は、まだ止まっていない」

 

 

 

桜井オーナーが、前のめりになる。

 

「では……」

 

 

 

水野調教師が、深く息を吸った。

 

 

 

「次走は、札幌2歳Sでほぼ決まり」

 

「芝1800m、混合のG3だ」

 

 

 

 

 

……やはり。

 

 

 

田中さんが、小さく息を呑んだ。

 

 

 

「牡馬混合、ですか」

 

「ああ」

 

 

 

水野調教師が頷く。

 

「この馬の力を、正確に測りたい」

 

「牝馬だけでは、分からない」

 

 

 

佐藤調教助手が、少し複雑な表情で言う。

 

「師匠、ソダシも札幌に来る可能性がありますけど……」

 

 

 

水野調教師が、頷いた。

 

「ああ、知っている」

 

「鐘子オーナーの関係者に確認したが、ソダシも札幌2歳Sが候補の一つらしい」

 

 

 

田中さんが、驚いた顔をする。

 

「じゃあ、白毛対決になるかもしれないってことですか?」

 

「その可能性はある」

 

 

 

水野調教師が、少し考え込むように続けた。

 

「だが、それは偶然だ」

 

「私は、この馬を牡馬と走らせたいから札幌を選んだ」

 

「ソダシがどこを使うかは、向こうの陣営……須会さんたちが決めることだ」

 

 

 

 

 

桜井オーナーが、慎重に聞く。

 

「もしソダシと当たったら……」

 

「……全力でぶつかるだけだ」

 

 

 

水野調教師が、きっぱりと答えた。

 

「同じ白毛だからといって、負ける訳にはいかない」

 

「これは、レースだ」

 

 

 

彼が、サクラノヒメの写真を見つめる。

 

「この馬に、札幌で……」

 

「全力で走ってもらう。そして勝つ。我々は、勝つことをただ信じるのみ」

 

「それが、ヒメへの敬意だ」

 

 

 

 

 

佐藤調教助手が聞く。

 

「札幌で勝てたら……?」

 

 

 

水野調教師が、答える。

 

「朝日杯FSに挑戦する」

 

「そして……」

 

 

 

彼が、言葉を選ぶように続けた。

 

「来春のクラシックについては、その結果を見て判断する」

 

 

 

 

 

牡馬クラシック。

 

 

 

その言葉は、まだ口にされなかった。

 

 

 

でも、全員がその可能性を感じていた。

 

 

 

「分かりました」

 

 

 

桜井オーナーが、覚悟を決めたように頷いた。

 

「札幌2歳S、出走させましょう」

 

 

 

田中さんが、少し不安そうに聞く。

 

「騎手は……横川騎手で?」

 

「ああ。継続騎乗を依頼する」

 

 

 

水野調教師が、窓の外を見た。

 

 

 

「武司君にも、伝えておかなきゃな」

 

「この馬と共に、歴史を作るかもしれないって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方。

 

 

 

水野厩舎の公式アカウントから、ツイートが投稿された。

 

 

 

【次走決定】

サクラノヒメ、8月22日 札幌2歳ステークス(G3)に出走予定

鞍上は横川武司騎手

皆様の応援、よろしくお願いいたします

 

 

 

そのツイートは、瞬く間に拡散された。

 

 

 

リツイート、1万5千件。

 

いいね、6万件。

 

 

 

コメント欄には……

 

 

 

「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

 

「牡馬混合!!!」

 

「やっぱり牡馬相手か」

 

「横川騎手とのコンビ、応援してます」

 

「札幌、絶対見に行く」

 

「ソダシも来るかな?白毛対決見たい」

 

「白毛姉妹の激突、実現してほしい」

 

「どっちも頑張れ!」

 

 

 

期待の声が、溢れていた。

 

 

 

 

ネット上は、白毛対決への期待で盛り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は………………夢を見た。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

…………?

 

 

 

 

 

 

 

見慣れた景色。

 

コンクリートの建物。

 

アスファルトの道。

 

 

 

人間の世界。

 

 

 

私は、二本の脚で立っていた。

 

 

 

手がある。

 

指がある。

 

服を着ていて、スマートフォンを握りしめている。

 

 

 

ああ、これは。

 

 

 

前世の、私だ。

 

 

 

 

 

駅前の広場。

 

夕暮れ時。

 

 

 

目の前に、彼がいた。

 

 

 

恋人だった人。

 

三年間、一緒にいた人。

 

 

 

でも……

 

 

 

彼の隣には、見知った女性がいた。

 

 

 

親友だった。

 

 

 

いや、親友だと思っていた。

 

 

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 

彼の声が、遠くから聞こえた。

 

 

 

何に対して謝っているのか。

 

それは、言わなくても分かる。

 

 

 

二人の距離。

 

繋がれた手。

 

 

 

そして、私を見る彼女の目。

 

 

 

申し訳なさそうな、でもどこか誇らしげな。

 

 

 

 

 

言葉が、出なかった。

 

 

 

何も、言えなかった。

 

 

 

怒りも、悲しみも、全部が喉の奥で固まって。

 

 

 

ただ、立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

「……じゃあ」

 

 

 

彼が、そう言って背を向けた。

 

 

 

彼女も、小さく口角を上げて。

 

 

 

二人で、歩いて行った。

 

 

 

 

 

私は、その場に残された。

 

 

 

一人で。

 

 

 

 

 

周りの人々が、普通に歩いている。

 

笑っている。

 

話している。

 

 

 

でも、私だけが……

 

 

 

止まっていた。

 

 

 

 

 

どれくらい、そこに立っていただろう。

 

 

 

気づいたら、空が暗くなっていた。

 

 

 

スマートフォンの画面が、何度も点滅している。

 

通知。

 

メッセージ。

 

 

 

でも、見る気になれなかった。

 

 

 

 

 

足が、勝手に動き出した。

 

 

 

帰ろう。

 

 

 

家に帰って、布団に潜って、何も考えないようにしよう。

 

 

 

そう思って、住宅街を歩いた。

 

 

 

家に帰って、何も無いことに気づく。

 

 

 

 

こんな時でも、お腹は空くんだ。

 

 

 

 

 

ああ、嫌だな。

 

 

 

コンビニ、行こう。

 

 

 

カップ麺とおにぎりを買った。

 

 

 

その帰り道だった。

 

 

 

 

 

角を曲がった、その瞬間。

 

 

 

 

 

背後から……

 

 

 

光。

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

鋭い痛み。

 

 

 

背中に、何かが……

 

 

 

 

 

倒れる。

 

 

 

冷たい、アスファルト。

 

 

 

体から流れ続ける、大量の赤い液体。

 

 

 

視界が、ぼやける。

 

 

 

 

 

ああ……

 

 

 

 

 

私、

 

 

 

 

 

そういえば、殺されたんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒヒッ(うっ)……!」

 

 

 

 

 

目が、覚めた。

 

 

 

 

 

息が、荒い。

 

心臓が、激しく打っている。

 

全身が、汗で濡れている。

 

 

 

周りを見回す。

 

 

 

馬房。

 

藁の匂い。

 

窓から差し込む、月明かり。

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

 

夢だったんだ。

 

 

 

いや……

 

 

 

夢、じゃない。

 

 

 

記憶だ。

 

 

 

前世の、記憶。

 

 

 

 

 

私は、ゆっくりと呼吸を整えた。

 

 

 

すーはー、すーはー。

 

 

 

落ち着け。

 

 

 

もう、あの世界には戻らない。

 

 

 

あの痛みも、あの悲しみも……

 

 

 

全部、前世のこと。もう、終わったこと。

 

 

 

 

 

なのに。

 

 

 

なんで、今更……

 

 

 

 

 

嫌だな。

 

 

 

 

 

忘れかけてたのに。

 

 

 

馬として生まれ変わって、走ることが楽しくて。

 

調教も、レースも、全部が新鮮で。

 

 

 

前世のことなんて、もうどうでもいいと思ってたのに。

 

 

 

 

 

なんで、今……

 

 

 

 

 

思い出すんだろう。

 

 

 

 

 

私は、藁の上に横たわった。

 

 

 

体は、まだ震えている。

 

 

 

心臓の音が、やけに大きい。

 

 

 

 

 

月が、窓から見えた。

 

 

 

綺麗な、満月。

 

 

 

 

 

あの日も、月が出てたっけ。

 

 

 

振られた日。

 

 

 

殺された日。

 

 

 

 

 

全部、終わった日。

 

 

 

 

 

でも……

 

 

 

 

 

私は、ここにいる。

 

 

 

馬として。

 

サクラノヒメとして。

 

 

 

白い毛並みで、四本の脚で。

 

 

 

走ることができる体で。

 

 

 

 

 

もう、あの世界には戻れない。

 

 

 

彼も、彼女も、家族も……

 

 

 

誰にも、会えない。会いたくない。

 

 

 

 

 

でも、それでいい。

 

 

 

 

 

そう思ってたはずなのに。

 

 

 

なんで、今……

 

 

 

 

 

こんなに、胸が痛いんだろう。

 

 

 

 

 

隣の馬房から、別の馬が鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

私は、小さく鼻を鳴らし返した。

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

ただの、夢。

 

 

 

 

 

でも。

 

 

 

 

 

本当は、大丈夫じゃなかった。

 

 

 

 

 

前世の痛みは、まだ消えてなかった。

 

 

 

振られた痛み。

 

裏切られた痛み。

 

殺された痛み。

 

 

 

全部、まだ残ってる。

 

 

 

 

 

馬になったからって……

 

 

 

忘れられるわけじゃなかった。

 

 

 

 

 

私は、目を閉じた。

 

 

 

でも、眠れなかった。

 

 

 

 

 

あの日の景色が、まぶたの裏に浮かぶ。

 

 

 

彼の顔。

 

彼女の顔。

 

 

 

二人で歩いて行く、背中。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

通り魔の、ナイフ。

 

 

 

 

 

 

 

やめて。

 

 

 

もう、思い出したくない。

 

 

 

 

 

私は、藁の中に顔を埋めた。

 

 

 

草の匂い。

 

土の匂い。

 

 

 

馬の、匂い。

 

 

 

 

 

ここは、あの世界じゃない。

 

 

 

ここは、競馬の世界。

 

トレーニングセンター。

 

水野厩舎。

 

 

 

私の、居場所。

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ、呼吸が落ち着いてきた。

 

 

 

心臓の音も、ゆっくりになってきた。

 

 

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

もう、大丈夫。

 

 

 

 

 

あれは、過去のこと。

 

 

 

今の私は……

 

 

 

サクラノヒメ。

 

 

 

走る馬。

 

 

 

 

 

 

全力で、走るんだ。

 

 

 

 

 

それが、今の私の生き方だから。

 

 

 

 

 

 

 

窓の外を、また見る。

 

 

 

月は、まだそこにあった。

 

 

 

静かに、優しく、輝いている。

 

 

 

 

 

前世で見た月と、同じ月。

 

 

 

でも……

 

 

 

今見てる月は、違って見える。

 

 

 

 

 

あの時は、一人だった。

 

 

 

でも今は……

 

 

 

田中さんがいる。

 

水野さんがいる。

 

たけしがいる。

 

仲間の馬たちがいる。

 

 

 

 

 

一人じゃない。

 

 

 

 

 

その事実が、少しだけ……

 

 

 

心を軽くしてくれた。

 

 

 

 

 

私は、もう一度目を閉じた。

 

 

 

今度は、眠れそうな気がした。

 

 

 

 

 

嫌な夢、見ませんように。

 

 

 

 

 

そう願いながら……

 

 

 

意識が、遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

 

 

田中さんが、いつものように馬房にやってきた。

 

 

 

「おはよう、お姫様」

 

 

 

彼が、ブラシを持って近づいてくる。

 

 

 

そして……

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

田中さんが、私の顔を覗き込んだ。

 

「お前、泣いてるのか?」

 

 

 

 

田中さんが、顔を拭いてくれる。

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

ただ、ちょっと……

 

 

 

嫌な夢を見ただけ。

 

 

 

 

 

田中さんが、優しく私の首を撫でてくれた。

 

「無理すんなよ」

 

「何かあったら、ちゃんと教えてくれよな」

 

 

 

その言葉が、温かかった。

 

 

 

私は、田中さんの手に顔を寄せた。

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

心の中で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

ブラッシングをしてもらいながら、窓の外を見る。

 

 

 

朝日が、昇り始めていた。

 

 

 

新しい一日。

 

 

 

昨日の夜の、嫌な記憶を……

 

 

 

少しずつ、洗い流していくような朝日。

 

 

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

私は、前を向いて生きていく。

 

 

 

前世の痛みも、悲しみも……

 

 

 

全部、背負って。

 

 

 

でも、それに負けないで。

 

 

 

 

 

走り続ける。

 

 

 

それが、サクラノヒメとしての……

 

 

 

私の、生き方だから。

 

 

 

 

 

田中さんが、朝飼葉を持ってきてくれた。

 

「ほら、食え。今日も調教あるからな」

 

 

 

私は、飼葉を食べ始めた。

 

 

 

少しずつ、元気が戻ってくる。

 

 

 

 

 

そうだ。

 

 

 

食べて、走って、生きる。

 

 

 

それが、今の私。

 

 

 

 

 

嫌な夢は……

 

 

 

もう、忘れよう。

 

 

 

 

 

そう、自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

でも……

 

 

 

心の奥底では、分かっていた。

 

 

 

 

 

忘れることなんて、できない。

 

 

 

あの痛みは、ずっと残り続ける。

 

 

 

 

 

それでも……

 

 

 

 

 

走り続けるしかないんだ。

 

 

 

 

 

前へ。

 

 

 

ただ、前へ。

 

 

 

 

 




次走決定しましたね!これからどうなることやら。
筆が進む限り書き続けますよぉ!!!

凱旋門賞 前哨戦としてどこ行くか

  • ヴェルメイユ賞※牝限
  • フォワ賞
  • ニエル賞
  • ギヨームドルナノ賞
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