シスターフッドの教会にはとある配給があることをご存じだろうか。
彼女たちは神に仕え人々に教えを広めることを主軸に、時に過ちを犯してしまった者の許しを乞うのを神に代わって見届けるお仕事をしています。
いわゆる慈善事業的な側面を持ち合わせているシスターフッドは、お昼になると小さなおにぎりをその場にいる来訪者に配ることがあるそうです。
そう、つまり合法的にマリーちゃん手作りおにぎりが食べれるわけなんです。
必ずしもマリーちゃんが作ってるとは限らない? お前は何を言ってるんだ私は間違っていない。
「ここがシスターフッドの教会……ゲヘナじゃ見ない建物ね」
「とっても立派です。流石トリニティの歴史建造物です」
「中ではお祈りする人がいたり、懺悔室があったりするのかしら?」
「案内板にはそう書いてありますね。入ってみましょう委員長!」
ヒナちゃんとの二人きりの旅行。これってもはやハネムーンではないだろうか? まだ結婚してないけど将来はヒナちゃんのお嫁さんになるんだ……え、許されない?
重厚な扉を押し開けると、純白の壁に囲われた大きなステングラスが私たちを出迎える。
出入り口から近い場所には開けた空間、ロビーとでも言おうか。横には小さな部屋がいくつか並んでおり、おそらくそこが懺悔室。
少し進んだ場所に結婚式場のような椅子がずらり並んでおり、その正面には入って来た時に私達を出迎えたステンドグラスが……デカすぎんだろ。
建物自体が縦にも横にも大きいが当然奥行きも大きい、いざそれを目の前にしてみると威圧感が凄い。
ブルジョアの考える建物は格が違う。ゲヘナなんか最悪トタンで作ったりしてる所あるし。
そんなことを感嘆しながら思っていると、シスターから声を掛けられた。やっぱシスター服ってかわいいね。
「こんにちは。ようこそシスターフッ……ド……へ……?」
「こんにちは。お邪魔してるわ」
「ゲッゲゲゲゲヘナ!? なななんでここに!?」
一人のシスターがヒナちゃんを見て腰を抜かしてお尻で後ずさりしていく。お尻汚れるよ?
そんなシスターの叫び声に駆け付けてきたのは、およそシスターには似つかわしくない銃を抱えたシスター数人。
私たちを見るなり銃を構え、糾弾してきた。
「何故ゲヘナがここにいる! ここは……というか、トリニティ自体ゲヘナが簡単に入っていい場所じゃないんだぞ!」
「そうだぞ悪魔の末裔が!」
「私たちが根絶やしにしてやるッ!」
この人たちだけ作画違くありませんか? もうちょと透き通った顔してよ、そういう世界観なんだからさココ。
それよりもこの言いようが……きっとこれがトリニティ生徒たちの大半がゲヘナに対して思ってることなんだろう。それにしたって言い方ってのがあると思うんだけど。
この人たち、目の前にいる人をどなたと心得てるんだ? 畏れ多くも今の風紀委員長、空崎ヒナちゃんだぞ。
なんでナギサちゃんはこんな人たちがいる中でエデン条約進めようとしたの? 成功するわけ無いじゃんね。
「待ってください! 私たちはエデン条約の件でトリニティに訪問してるんです! 不法侵入じゃありません!」
「じゃあ真っ直ぐ帰れ! なんで教会に来るんだ!」
「そ、それは……」
「言ってみろ!」
私たちを四方八方から囲み銃口をこちらに向けてくるシスターたちに声高らかに言いたい。
言えるわけが無いだろう! マリーちゃんに会いに来ましたとか初対面で会ったことも無いゲヘナ生が言ったらそれこそ怖いだろうが!
……とは言ったものの、さてどうすべきか。観光というにはデリケートすぎる時期だし、そうじゃないとしても理由が特にない。
だってマリーちゃんに会いたいとマリーちゃん製おにぎりが食べたい以外何も考えてなかったし。
「……どうするの? 流石に抵抗は無理よ?」
「わかってます委員長。ですが……どう切り抜けましょうか」
「何をゴチャゴチャと!」
「あなたたちが何かをすればエデン条約は破綻する! あなたたちは何もできない! 大人しく出ていけ!」
「……よくもまぁ、エデン条約締結なんて考えた物ね」
ヒナちゃんが呆れるのも無理はない。というか、正直私もだんだん呆れはじめてる。
もう少しエデン条約に前向きな生徒が増えてから締結しますって言った方が良かったんじゃないか? これじゃ締結できたとて喧嘩しか起きないよ。
ここで応戦すると、私たちの立場が立場なだけにエデン条約に非常に大きな影響を与える可能性がある。もちろん悪い意味で。
確かエデン条約以前のシスターフッドはティーパーティとの政治的干渉を避けていて、政治力は事実上放棄状態にあったはずだ。
それでもトリニティの生徒ということには変わりなく、エデン条約に否定的な意見を挙げれば当然カウントされる。
シスターフッドという組織による政治干渉、発言は無いが、一生徒としては十分にエデン条約を否定する声を上げることができるわけ。
厄介すぎるだろこの学園。
と、眉間に皺を寄せながらどうすべきか悩んでいた時だ。
立ち入り禁止の立て札に遮られた扉の向こうから一人のシスターが飛び出してきた。
「何かありましたか!?」
ベールには山のような形が二つあり──
──オレンジ色のセミロングヘアの隙間から覗くは輝く蒼い瞳。
どこか困った様子でパタパタ歩いてくる彼女の名は……
ほえ……本物のマリーちゃんだァ……
「ちょ、ちょっと! 急に倒れないで!?」
知っているかい? ブルアカ界で最も清楚とされる生徒の名を。
その名は伊落マリーちゃん。
キヴォトスの中でもトップクラスの常識と清楚さと可愛さを兼ね備える実質天使のような生徒だ。
ごめんねヒナちゃん……きっと私は今倒れているんだろう。ヒナちゃんに抱えられてるだけでも私は幸せ……でもね?
きっとゲームという二次元世界で見るのと三次元のこの世界で見るのでは可愛さは萌えからリアル志向に変わるから可愛さの絶対的指数は変わるだろうと思っていたけどなんだこの可愛い生き物はもう可愛すぎて存在しているだけで固定資産税かかるだろちゃんと払ってんのかシスターフッドお前らこっちのヒナちゃんだって負けてないぞいや待って清楚さ負けてるしアッいい匂いここまで漂ってくるこの匂い何多分石鹸かなツルギちゃんとはまた違う石鹸使ってるんだねでもとってもいい匂いもう昼頃だっていうのに清潔さを微塵も欠けさせずに生きてるの凄いよマリーちゃんってか遠目から見てもなんだあのお肌のふっくら感はもう赤ちゃんだろでも年相応な顔立ち身体仕草がちゃんと高校生だって私の頭の中に情報を叩き込んでくる本当に存在して生きてるだけでありがとうございます。
「大丈夫ですか!?」
「ひょえ」
顔が近い!
さっきのシスターのようにお尻だけで数メートル後ずさりする。きっとお尻は埃だらけ……いや待て、なんだこの床の綺麗さは。
ありえん……これがゲヘナと同じ人間がしている掃除だというのか? もっと頑張れゲヘナ生。
「大丈夫ですよ。みなさん、銃を下ろしてください」
「ですがシスターマリー! 彼女たちはゲヘナ生です!」
「腕章を見てください、彼女たちは風紀委員。ちゃんとした来客です」
「……シスターマリーが言うなら」
私たちを囲んでいたシスターたちは銃を下ろし、各々の持ち場へと戻っていった。
マリーちゃんの発言力強すぎない? って思ったけどそう言えばサクラコ様のお気に入りだったね。多分マリーちゃん自身の人望があるからだと思うけど。
騒がしさが一気になくなり、残ったのはヒナちゃん、マリーちゃん、そして私の三人だけ。
「立ち上がれますか?」
「ひゃい」
差し伸べてくれた手を取って立ち上がる。おててがフニフニでツルツルで同年代とは思えない肌質じゃん……普通に羨ましいんだが?
ずっとこの手を触っていたいが流石に不審者すぎるからやめておこう。
「ありがとうございます。えっと……」
「私はマリーです。先ほどはお騒がせしました」
「こちらこそ助かりました。こんな時期に観光したせいで……はは、面目ない」
「本当よ。肝が冷えたわ」
「委員長も申し訳ありません。あまり長居はしないほうがよさそうですね」
「いえ、私がご一緒すれば問題ありません。よければ見て行ってください」
「……では、一度お祈りをしてみたいのですが」
「本当ですか? なら、ぜひこちらへ!」
やっぱマリーちゃんシスターフッドにおける結構な権力者なんじゃなかろうか? 君私と同じ一年生でしょ? さっきの生徒だって「マリーちゃんなら……」って言ってどっか行ったし、さては強い立場だな?
そんなことは問題ではない。私がここに来た理由を忘れてはならない。マリーちゃんに会うことと、飯だ。
教会で配られる飯を「寄越せ!」と言うのはあまりに頭ゲヘナだから言えない。かといって「配給はまだですか……?」と言うのも乞食にしか見えん。
飯時にも関わらずマリーちゃんを前にした胃袋は緊張して腹の虫は静まり返っている。こんな時だけ優秀なのは何故だ。
マリーちゃんの後ろを歩き案内されたのはクソデカステンドグラスの真正面。さっきの結婚式場の長椅子に着席を促された。
素朴ながらも頑丈な作りの長椅子はあまりに硬く、長く座ればお尻が爆散することが座った瞬間に理解できた。
マリーちゃんたちだけじゃなくて、シスター全員がこんな場所で毎日お祈りしてるのか。お尻頑丈すぎるってばよ。
「私たちはここでお祈りをしています。特定の誰かではなく、全ての人が等しく良い日を送れますようにと」
「シスターはみな、そういう考えなのですか?」
「全員がそうかはわかりません。ですが、良い日を送れることを祈るのは皆同じです」
「自分以外の誰かを想う……ゲヘナ生とは真逆ですね。今度布教しに来ませんか?」
「サクラコ様が許可すれば、ぜひ」
こういう社交辞令までこなせるなんてやっぱマリーちゃんは最強だァ。アコちゃんはマリーちゃんを見習ってくれ。
この後マリーちゃんの真似をして手を握ってお祈りを捧げて、シスターフッドの簡易見学を終えた。
時間も1時を過ぎようと長針がテッペンを通り過ぎようとした頃、私たちは帰路に着こうと教会を出た。ゲヘナとトリニティって結構距離あるからこれくらいから帰らないと定時に間に合わないんだ。
残念ながら、おにぎりは手に入らなかったよ。
見送りに外まで来てくれたマリーちゃんにお辞儀をして踵を返そうとした時、マリーちゃんが待ったをかけた。
「まってください! 渡し忘れた物が!」
とてとてと歩いてくるマリーちゃんもかわいい。ふふ……カワイイ!!!
マリーちゃんが渡し忘れた物と言いポケットから取り出したのは、白い丸い塊。サランラップに包まれたそれが何か、理解するのに数秒といらなかった。
これは……おにぎりッ!?
「お昼時に来た参拝者さんに配っているんです。よかったら帰りの電車で食べてください」
勝ち組です。
おにぎりを天高く掲げて太陽の下にさらす。サランラップによって光り輝くそれは、あまりに神々しいまるで宝石だ。
オーバーなリアクションだがそれだけ嬉しいのだ。ありがとうマリーちゃん愛してるよマイハニーマリーチャン。
トリニティの駅構内に入り、電車を待つ。ゲヘナ行き電車の本数がわざと少なくなっているのを知っていたから、私たちは駅内ショッピングを楽しんでいた。
そんなとき、ふと花を摘みたくなってヒナちゃんと別れる。
広い構内で随分歩き回った頃だろう。
「えーっと、トイレトイレ……」
「あそこにあるぞ」
「ありがとうござい……ま……」
後ろから助け舟を出された。
感謝を言おうとして振り向いた。
「……」
「早く行け」
そこにいたのは白いロングコートを纏った、スタイルの良い女性。
ただそれだけならどれだけ良かったことか。
「ただし、用を足した後の貴様を空崎ヒナと合流はさせんがな」
錠前サオリが、そこにいた。
お話、動きます。